第776話 15歳(夏)…ともに分かち合うもの(5/6)
羞恥のあまり錯乱状態に陥ったアレサが落ち着くのを待って話し合いは再開される。
が――
「ふぐぅ……、へぐぅ……」
落ち着きはしたものの、アレサは半泣き。
えぐえぐしている。
「よしよし、よしよし」
これを慰めるのはミーネ。
アレサの頭を撫で撫でしている。
「うぅ……、みんなしてそんな色々言わなくてもいいじゃないですかー……」
恨めしそうにアレサが言うと、あれこれ囃し立てた面々はばつが悪そうな顔をする。
曰く、悪気は無かった。
めでたいし感慨深いしで、つい盛りあがってしまった。
なるほど、反省はしているが後悔はしていないといった感じのふてぶてしさがあるな。
これにアレサは疑いの目を向けるが――
「ほ、本当に悪気は無いのですね……」
その供述が真であることを確認したのだろう、何とも言えない悔しげな表情をして、それからむすっと膨れた。
こんなふうにやさぐれるアレサは珍しい。
「よしよし、よしよし」
「うぅ……」
ともかく、アレサが変調をきたした原因は判明した。
それは愛ゆえの暴走であり、いつまで続くか誰にも判断がつけられない。いずれ落ち着くかもしれないし、俺を愛する限り(照れる)持続してしまうかもしれない。
「これは……、どうしたものなんでしょうね。要はもともとアレサさんにはそのポテンシャルがあって、婚約をきっかけにそれが開放されてしまったみたいな話でしょう? 生まれつきの話じゃないですか」
「治すとかそういう話じゃないなぁ……」
悪いことではないのだ。
むしろ、これまで苦労してきたアレサが幸せに包まれているんだから喜ぶべきところである。
「俺に効きすぎさえしなければ何の問題もない話なのに……」
「ですねぇ……。でも廃人コースはさすがにあれですからねぇ……」
頑張れば耐えられるものであればまだいいが、速攻で意識を持っていかれてしまうようなものはどうにもならない。
やがて――、ミーネの撫で撫でが効いたのか、アレサもだいぶ落ち着いたのでこれからの事について話し合われる。
「アレサには少しの間ここに留まってもらって、落ち着くのを待つのはどうだろうか?」
パートン父さんが言う。
「落ち着くのかのう。会えない時間が想いを募らせ、どこかで爆発したりはしてしまわんか?」
「アレサは屋敷でも爆発してたからなー」
「ん。してた」
シャロの言葉にティアウルが続き、非接触引き剥がし係をしているジェミナがうんむ、と頷く。
この会話を聞き、リビラとリオ、サリスが相談。
「これは遠ざけすぎるのは逆効果かもしれないニャー」
「では逆にすぐ近くに? でもすぐ側に居るのに触れられないというのももどかしい話だと思います」
「離してもくっつけても駄目、困りましたね」
うーん、と頭を悩ます三人。
ほかの面々もあれこれ意見を出したりするが、解決策となるような案は出ず、話し合いは難航した。
やがて――
「あ、あの!」
大人しくしていたアレサが声を上げ、皆が注目したところで話を始めた。
「み、みなさん、色々考えて頂いてありがとうございます。私も考えたのですが……、私はここに留まることにします。しばらく……、どれくらいの期間になるかはわかりませんが……。あ、でも何かあればすぐに参上しますから、遠慮なく呼んでくださいね!」
ここに残るのか――、と、俺は言葉そのままに捉えた。
皆も残念そうな感じだが、アレサが決めたならばといった様子である。
が――
「アレサさん、貴方もしかして、いずれ婚約を破棄するつもりではありませんか?」
シャフリーンの言葉に俺たちは呆気にとられた。
そんなバカなと思うも、困ったように微笑むアレサのその様子はシャフリーンが言ったことを肯定するものだった。
「いやいや、いやいやいや、それは極端すぎるよ!? もしかして俺といるのが嫌になったとか!?」
「そんなことは有り得ません!」
「んお!?」
びっくりして尋ねたら怒鳴り返されてまたびっくりした。
「ですが、このままでは猊下に迷惑がかかってしまいます。いつ収まるかわからないのです。ずっとこのままかもしれないのです。それを気にかけ続けるのは負担です。猊下にとっても、皆さんにとっても。ですから私は……、ここに残ります」
「いや、だから待ってって。ね? まずは落ち着いて」
動揺する俺はなんとか言葉を紡ぎつつティゼリアを見る。
神妙な顔で頷かれた。
本気かよぉ……!
え、これどうしたらいいの!?
あなたの愛が信じられない――、とかそんな話ではない。
これは「愛してる!」って言ったら「私も愛しています! だからさようならです!」って話である。
やべえ、どうやってアレサを止めたらいいのかわからねえ。
それどころか動揺しすぎてわけわかんなくなってきてるし。
「猊下、今は少し悲しいかもしれませんが、大丈夫です。皆さんがいますからね。私の方も大丈夫ですから心配はしないでください。幸せでした。それで充分です」
その言葉はティゼリアを見なくてもわかる。
やっと幸せになったんだろう?
ならここからだろう?
「ちょ――」
「何も充分ではありません。ふざけたことを言わないでください」
咄嗟に話しかけようとした俺の言葉を遮ったのはシャフリーンだ。
口調は強く、ちょっと怒っているのがわかる。
「貴方が諦めてしまったら意味が無いのです。これでは私があれこれ気を揉んでいたのがすべて無駄になってしまうではありませんか。幸せになったからこそ不幸になる――、私はそんな結末のために鎖を引いていたわけではありません」
このシャフリーンの言葉に、皆はうんうんと頷いて同意する。
アレサはちょっとぽかんとしていたが、やがて嬉しそうに言う。
「ありがとうございます」
だが、その表情には望まぬ未来を受け入れた者が見せる憂いがあった。
アレサの決意は変わらない。
「ご主人さまー……」
「ああ……」
どう説得したものか――。
そう俺が考え始めた時、異変は起きる。
ずん――、と。
空気が重くなったと錯覚するような圧力が俺たちを襲う。
突然のことに、集まっていた誰もがぎょっとする。
しかしながら俺はこういう威圧に覚えがあった。
何か来たらしい。
「このタイミングでかよ……!」
忌々しげに俺が呻いた次の瞬間、ぱぁ~っと光が生まれ、それが収まった時、そこには見知らぬ女性が現れていた。
若く美しい――、まあたぶん神なのだろう。
いつの間にか威圧感が消え失せていたが、状況が飲み込めない者――だいだいこの町の人たち――はぽかんとしたまま。
うちの面々は割と慣れてしまって「ほーん」という感じだったが、まだ耐性がついていないティゼリアはすぐに跪いた。
「わたくしはラヴリア! 愛の神ラヴリアよ! こんにちは!」
「こんにちは! でも今は立て込んでるんで帰ってもらえませんか!」
俺はそれこそ神に祈るような気持ちで叫んだ。
ティゼリアが『お前マジか』といった感じの凄い目で見てくるが、今は神と遊んでいる場合ではないのだ。
「ふふ、聞きしに勝る辛辣さ、さすがね!」
「くそっ、帰らねえか……、仕方がない! 行け ミーネ! 『加護をねだる』だ!」
「こんにちは! 加護ください!」
ミーネの攻撃。
効果はどうだ、ばつぐんか?
「あらあら、この私――愛の神ラヴリアの加護が欲しいの?」
「はい! 欲しいです! ください!」
「正直でよろしい。でも貴方に私の加護は必要ないわ。もうちゃんとお相手がいるじゃないの。でしょう?」
「――ッ! それもそうね!」
「それでも加護が欲しいと言うなら、与えるのもやぶさかではないのだけれど……、貴方はそれでいいのかしら?」
「ふぇ?」
「私の加護を得てしまえば、貴方はいずれ、自分が加護の効果で愛されているのではないかと疑いを持つようになるかもしれないわよ?」
「むぅ……」
「それにね、貴方に加護を与えてしまうと、無駄に男性を魅了することにもなりかねないわ。愛している愛していると、男性がわらわら詰めかけて来たら貴方はどう思うかしら?」
「面倒ね!」
「そう、面倒なだけなのよ。だって貴方が愛しているのはそこにいるヴィロりんなんですもの! あ~なたが~、あぁ~いする~、ただひ~とりのぉ~、だぁ~んせいは~♪」
「う、歌わなくてもいいから……!」
ミーネがあしらわれている!
やばい、強敵だ!
「帰っては……、帰ってはもらえませんか! 今はそれどころじゃないんですよ……!」
「神の降臨をそれどころって……、まあ、その子のことで頭がいっぱいでそれどころじゃないのね。それに私もこんな調子で浮かれているし、いまいち信用できないのもわかるわ。でも、普段お淑やかな私がこうなっているのは貴方が原因なのよ?」
「え、俺……?」
「そう! 貴方が世界を救った結果、大陸規模で結婚の機運が高まったでしょう? だからその、なんて言うの? こう、甘い感じの波動がどどどぉ~っと私に流れ込んできているの!」
「なるほど……、大陸中の惚気パワーが注ぎ込まれた結果、うっとうしさのあまり発狂したわけですか……」
「……ちょっと貴方、言い方! 言い方……!」
ティゼリアが小声で怒鳴ってきた。
でもラヴリアの方はまったく気にしてないようで、そのまま話を続けている。
「ほかにも当人が望まない結婚を解消させるためにあれこれ働きかけたりとけっこうな忙しさでね、気づいたらこんな感じになっちゃってたのよ。しばらくすれば戻ると思うんだけど、今はごめんなさいね」
「あ、いえ、わかりました。大変なようですね、お疲れさまです。今日の所はもう帰ってゆっくり休んだらどうですか?」
「飽くまで追い返そうとするその姿勢、見事だわ!」
要は酔っ払いが絡んできたようなものだ、そんなの追い返すに決まっている。
「でも駄目よ! まだ私にはここでやることがあるの!」
「やること……?」
「そう! 貴方の働きは人々に愛をもたらしたわ! そして貴方自身も愛に包まれている! これは素晴らしいことよ!」
「は、はあ……」
「レイヴァース家は愛がいっぱい! 特に付き合い始めた恋人たちのような初々しい空気がね、すーはーすーはー、これは効くわ!」
空気をキメてハイになるとか、レベル高ぇなぁ神さまはよぉ!
「もっと一緒に、もっと近くに、そう思いながらも気恥ずかしさに負けてしまったり、周りを気にしてしまったり、もどかしかったり、でもあれこれ想像してしまったりするんだけど、声をかけられて話していると全部どうでもよくなっちゃったりする、そんな感じの波動をびしびし感じるの。私はね、思うの、すぐに結婚しちゃうんじゃなくて、この甘酸っぱい状況を楽しむのも一興なんじゃないかって! だって今だけなんですもの! でしょう!? ねえ貴方たち!」
『…………』
同意を求められた皆はすっげえ困った顔してる。
「やっぱり帰ってもらえませんか!」
マジで何しに来たんだコイツはよぉ……!




