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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
番外 『レイヴァース家の異聞抄』編
787/820

第775話 15歳(夏)…ともに分かち合うもの(4/6)

 痛みが共有される……?

 いや、ちょっと待て、おかしい、これまで見たり聞いたりしたアレサの行動からすると、そんなんだったらえらいことだ。治療だけでなくゴロツキへの攻撃も、全部その痛みを受けていたことになる。そんなの耐えられるものじゃないだろう。

 いや、それ以前にだ、そんな自分も痛みを受けるなんてことになるなら、治療も攻撃も普通はできない。

 つか聖女なんてやってられない。


「それ本当のことなんですか?」

「はい、本当のことです」

「本当って……」


 この状況でこんな嘘をついても意味がない。

 ならば本当のことなのだろうが……、このあんまりな話を俺はすぐに信じることができなかった。


「アレサが痛がっている様子とか見たことないですが……」

「それはね、我慢しているのよ」

「んなバカな!?」


 我慢ですむレベルじゃなくね!?


「ティゼリアさん、なんでアレサに聖女やらせてるんです!?」


 聖女は悪党をぶん殴ってなんぼである。

 それに聖女にならなければ俺に会うこともなく、騒動に巻き込まれ大変な目に遭うこともなかった。

 出会いを否定したくはないが、俺が知るよりもアレサがずっと大変であったことを思うと、ついそう考えずにはいられない。

 幸せにしますとか『いったい何を言ってんだお前は』って話だ。


「そりゃもちろん止めたわよ。面倒みていたら何を思ったのか聖女になるって言いだして、もう馬鹿かって説教もしたのよ? 大神官と一緒になって諦めるよう説得もしたんだけど、なのにこの子は聖女になるって、本当に頑固で……」

「頑固たって、なんで認めちゃうんですか」

「ほっといたら勝手に聖女を始めちゃいそうだったんだもの。まあ要するにね、町の人たちだけじゃなく、この子もこの子なりにおかしかったわけ。私が出会うまで、この子この町で何していたと思う? 『聖者』――、いえ、『聖女』をやっていたのよ。重傷を負った人のところへお呼ばれされて治療しに行っていたの」

「それは自発的に?」

「いえ、その頃は町の方針で、ね。まあ町ぐるみで悪いことをしているわけではなかったわ。法外な治療費をふっかけるようなこともなく、効果に見合ったお礼を受け取るくらいのもので、この子が痛い思いをするのを我慢しているということを除けば、真っ当ではあったわ」

「いやそのアレサだけが痛い思いをしてるってのが問題でしょう?」

「もちろんよ。だから保護したんじゃない。ただね、アレサはみんなの期待を裏切りたくないって気持ちで従っていたんだけど、でも、この子なりにやりがいを感じてもいたのよ」

「やりがいですか……」

「問題はあったけど、この子がやっていたのは間違いなく人助け、そりゃもう感謝されるわけよ。さらに言うなら、この『痛み』に苦しんでいた人を助けられたという、まさに痛みをともなった実感、それは達成感にも繋がるの。まあでもね、こんな事を放置するわけにもいかないから、そこから私は聖女としてお仕事よ。真っ当にものを考えられるようにさせてから、どうするかをアレサや町の人に委ねることにしたわ」

「聖女の仕事というと……、それは物騒な?」

「とりあえず、先祖の妄執に取り憑かれていたこの町の人たちを片っ端からぶん殴っていったわ。正気に戻るまでね」

「え、もしかしてあちらのご両親も?」

「当然」


 ご両親は乾いた笑いを浮かべつつ頷く。


「特に念入りに根性を叩き直したのは、この町を取り仕切っていた人たちよ。ただそのせいか、今回訪問したら私の顔を見るなり倒れちゃったのよね。まだ寝込んでるみたい」


 そ、そうか、この町の体制が変わったうんぬんって、ティゼリアの仕事だったのか……。


「ひとまず私の頑張りで町にかかっていた呪いは解けたんだけど、でもまさかこの子が聖女になりたがるのは予想外だったわ」


 ふむ、つまりこうか。

 色々あったがアレサは自由になった。

 で、聖女になってしまったと。

 なんでや。


「アレサ……」

「あぅ、すみません……」


 話しかけたらアレサが縮こまってしまった。


「いや、謝ることはないんだ。むしろ俺が謝らないと……」

「いえいえ、猊下が謝ることなどありません。私が望んでいたのですから」

「望んだのか……。アレサはさ、なんでまた聖女になろうと思ったの?」

「それは……、えっと、先輩に憧れたのと、あとやはり自分は特別で、ならばこの力は人のために役立てるべきと思ったからです」

「実際、この子はほかの聖女にない優秀さを発揮したんだけど、でもそれでもねぇ……。この子を貴方の従聖女にしたのはね、色々と思惑があったんだけど、そのうちの一つは普通に聖女やっているよりは、誰かをぶん殴る機会も減って痛い思いをしなくてすむだろうって狙いがあったの」

「あ、そうだったんですか!? それは……、お気遣いありがとうございます。おかげさまで穏やかな日々を過ごすことができています」


 穏やか……、ときどきえらいことになったけど、それでも概ね穏やかではあるか。


「で、内緒にしていたのはね、ほら、もし知ってしまったら貴方はアレサが従聖女になることを認めなかったでしょ?」

「そうですね、さすがに。したとしても、何もさせないようにしていたと思います」

「でしょうね。知っていたらアレサに指示を出すのを躊躇する場面もあったかもしれない。だから聖都では知らせないようにしようってことになったの。貴方の身の安全が第一だったから。だから責めるなら私たちをね?」

「いや内緒にされていたのは気になりますけど、だからって責めるつもりはありませんよ。あるのはアレサへの申し訳なさくらいで」


 アレサから教えてもらいたかったかどうか、これもはっきりとした答えが出ない。

 アレサも言うに言えなくなっていただろうし、知らせることで生まれる俺の心理的な負担も無いままにしておきたかったことだろう。

 軽い怪我などはアレサに任せることをやめたとしても、アレサの力が求められるような状況では、やはりアレサにお願いするしかない。

 そこには申し訳なさがつきまとう。

 だが、アレサは謝られたいわけではないのだ。

 その行いは単純な善良さから行われるもので、であるならば喜ばれたいに決まっている。

 例え痛みをともなおうとも施そうとする善意。

 アレサにとってそれは信念――、我、のようなものなのだ。

 もう理屈ではなく、生き方の話、となれば横から他人にあれこれ言われたくないはずである。

 こりゃ知られることを渋るわけだ。

 でも、もう他人ってわけじゃないんだから、心配くらいはさせてほしいところである。

 と、そこで――


「まあ、アレサさんには感謝ってことですよ。これからはなおさら感謝する、それでいいじゃないですか」


 シアが強引に話をまとめようとしてきた。

 それはちょっといい加減すぎるだろうと思うも、アレサはにこっとしてうんうんと頷いていた。


「それにあれですよ、ご主人さまがアレサさんのことをとやかく言う資格はないですからね」

「は? なくはねえだろ」

「あ? すっかり元気になってもう忘れちゃいましたか? ご主人さまの場合は痛みを我慢するどころの話じゃなかったですよね? わたしにすら内緒にしてましたよね? あれけっこうなショックだったんですけど」

「……」


 もうダメだ、何も言えん。

 どんどん体がポンコツ化してるけど、助けたい人を助けられたからまあいんじゃない――というスタンスでやっていた俺がアレサのことをとやかく言う資格は無かったのだ。

 シアはにっこり笑顔を見せているが……、もしかして威圧とか使ってる?


「猊下、私はこの力を持つことで色々ありましたが、この力があったからこそ猊下にお会いすることができました。ですから、私は幸せなんです。痛いのなんてへっちゃらです」

「そっか……」


 力の代償をアレサは受け入れている。

 受け入れることができた――、と言うべきか。

 このアレサの言葉にティゼリアはやれやれといった顔、シャロはにやにやして、ミルザ母さんは微笑み、パートン父さんはまた泣く。

 あとシアは威圧が強くなった。

 恐い。


「さて、では聞いてもらわないといけない話は以上ね」


 ティゼリアがまとめに入る。

 思いも寄らぬ話を聞くことになったが、だからとアレサの扱いを変えることはアレサ自身が望まず、となればシアが言ったようによく感謝するしかないのだろう。

 些細な怪我であっても、アレサが治したいのだから、そこはお願いして感謝した方がいいのだ。

 まあ絡んできたゴロツキをぶん殴るようなことはもうさせないが。


「アレサがなかなか故郷に戻らなかったのって、どこから秘密が俺に漏れるかわからなかったから?」

「それもありますが……、色々あったので、私がいては町の皆さんが困るのではないかと思っていたんです」

「ああ、なるほど。そういう理由もあったのか。でも今日の感じだと気にしてないみたいだし、たまには帰ってもいいんじゃない? もう秘密もなくなったんだからさ」

「そうですね。えっと……」


 と、アレサはご両親を見る。


「もちろん、いつでも帰ってきなさい。いや私たちとしてはな、アレサはもう町に見切りをつけて戻るつもりはないのではないかと考えていたんだ」

「そ、そんなことはありませんよ……!?」

「そうか。ならよかった。うん、たまにでいいから、顔を見せに来てくれ」

「はい!」

「あなた、孫の顔を見るのが楽しみね」

「ああ、そうだな」

「はいぃ……!?」


 お二人とも、気が早いです。

 急かされるのが嫌でアレサ帰らなくなっちゃいますよ。

 あとシアの威圧がますます強くなってる気がするんでそのくらいにしてください。


    △◆▽


 アレサの秘密にまつわる話は終わり、次は故郷に戻るきっかけとなった問題に話は移るが、ここで場所を移動となった。

 案内されたのは広い診療室――アレサ専用の診療室だ。

 まずこの建物自体がアレサが暮らすために作られ、さっきまで居た部屋はティゼリアにボコボコにされたこの町の元代表たちが会議をする場所だったらしい。

 アレサは大切な聖者、町に居るときはここで至れり尽くせりの生活を送り、能力の状態確認と健康管理がしっかり行われていた。そのためここにはアレサの体や能力の成長記録が残されており、それらを参考にしながら診査は行われるようだ。

 ちなみに、診断するのは一緒にこの建物にやってきた婆さまたちである。アレサの主治医みたいなもののようだ。でもって一方の若い女性陣はここで過ごすアレサの世話役、話し相手であったらしい。


「アレサ様、お話は無事に終わったようですね」

「表情がずいぶん明るくなっていますよ」

「あ……、はい」


 にこにこと話しかけられ、アレサはちょっと照れつつも肯定する。


「さてさて、それではアレグレッサ様、ひさしぶりの診断を始めさせてもらいますですじゃ」

「あ、はい。お願いします」

「ではまず……、そうですのう、その困った状態というものを実際に見せていただくことにしますかの。レイヴァース卿、ご協力お願いしますですじゃ」

「そ、それは……」

「こ、ここで、こんな人前でですか!?」

「ただ話に聞くのと、実際に確認するのでは大きく違いますからの、どうかお願いしますですじゃ」


 うむむ……、確かに。


「アレサ、ここはやるしかないだろう」

「で、ですが……、この、もう何の憂いもなくなった状態となると、これまでよりも凄い影響を猊下に及ぼしてしまうかもしれません」

「なん……、だと? い、いや、だとしても、アレサが普通に生活を送れるようにするためにはやらないと!」


 意を決し、俺はアレサと向かい合う。

 そしてちょっとおっかなびっくりに抱きしめ合った。

 すると――


 *・゜゜☆・*:.。.★.。.。。.:*・゜.*♪


 ――はっ!?

 一瞬うたた寝をしてしまったような感覚を覚え、俺の意識が再起動する。

 そして気づいたのは、室内の様子が『つい先ほど』とはずいぶん違ってしまっていることだった。


「あ、ダンナが正気に戻ったみたいだぜ」

「おはようニャー」


 あれ、なんでシャンセルとリビラがいるの?

 ってかみんないる!?

 子供たちを食い止めていたはずのミーネも、子供たちと一緒にここにいるし、いったいどれだけ意識を飛ばしていたのか不安になる。

 ほかにも若い女性陣はアレサを囲んでなんだか励ましているし、婆さま方は円陣を組んでなにやら話し込んでいた。


「シア、どれくらい時間が経過した、何が起きた」

「三時間というところですかね。色々ありましたよ。まずはあちらのお姉さんやお婆さんたちがアレサさんを引き剥がそうとしてそのままご主人さまに抱きつくことになりましたね。お婆さま方はけっこう嬉しそうでしたよ。それからもう誰にも触れられないということで、シャロさんが精霊門でジェミナさん呼びに行きました。みなさんはなんかついて来ました。ジェミナさんがお二人を引き剥がし、アレサさんの方を拘束、ご主人さまの方は転がしておいたんですが、途中から起きあがって歌ったり踊ったり楽しそうにしていました。そのあたりでミーネさんが子供たちを連れてこっちに来ました。子供たちはご主人さまに倣って歌ったり踊ったり楽しんでましたよ。それからお二人が落ち着くのを見計らって診察が行われました」

「けっこうなカオスなのに何一つ記憶にねえ……!」

「まあ我に返ったならちょうど良かったです。これから診断結果を聞くところなので」

「そ、そうか……」


 それから少し待つと、円陣を組んでいた婆さま方が陣形を組み替えての魚鱗の陣、突撃体制に入った。

 来るか――、って来るわけがねえ。

 ダメだ、まだちょっと思考がおかしいようだ。


「それでは、診断の結果をお伝えしますじゃ」


 先頭の婆さまが神妙な顔をして言う。

 もしかして深刻な話なのかと少し心配になる。


「結論から申しますと、アレグレッサ様のお体は至って健康ですじゃ。しかしながら、先ほどのような問題を引き起こしてしまう、これはどういうことか、儂らの見立てでは……」


 見立てでは……?


「レイヴァース卿が愛しすぎるせいで、想いに能力が引っぱられて強力に活性化――要は暴走しているという結論に至ったのですじゃ」

『…………え?』


 みんな困惑した。

 それだけ?

 それだけなの?

 もしかして婆さんたちヤブなの?


「うぅっ……、くっ、くぅ……」


 ひどい診断をされたアレサが涙目なんだが。

 ぷるぷるしてるぞ。


「アレグレッサ様の歩んできた道のりはつらく険しいもの、だからこそ余計に嬉しくてしかたなかったんじゃろうなぁ……」

「うむうむ、あの小さかったアレグレッサ様が、こんな乙女になるとは、儂らが歳をとるわけじゃな」

「愛しくて片時も離れたくないとか。いいのう、若いのう」


 好き勝手言い始める婆さまたち。

 さらに若い女性陣もキャッキャしながら囃し立て、ミーネが連れてきた子供たちもあれこれ言い始める。


「アレグレッサさまはえーゆーさまが好きなのかー?」

「わたし知ってるー、けっこんするんだよ」

「すげー、けっこんすんのかー」


 子供たちは無邪気だが、今ばかりは残酷と同義だ。

 アレサはなんとか堪えていたが――


「ぬあぁぁぁ――――――――――ッ!!」


 そこで限界。

 顔を手で隠し、地面に転がってごろごろし始めた。

 聖女にあるまじき取り乱しようである。

 どんな攻撃も退くことなく受け止めてきたアレサだが、こういう精神へのダイレクトアタックには弱かった。


「おお、アレグレッサ様が照れるあまり転げ回っておられる……!」

「おいたわしや、アレグレッサ様……!」


 いや婆さま方、他人事みたいに言うなよ。

 ちょっと錯乱してしまったアレサの介抱は、シャフリーンを筆頭としてうちの面々で行われた。


「アレサさん、気をしっかり持ってください!」

「愛とはいったい……うごごご!」


 ダメだ、だいぶ混乱してるみたいだ。


※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/01/30


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― 新着の感想 ―
[一言] けなげな盲導犬が、ボールと散歩をねだって狂喜発狂するチワワになってしまった・・・
[一言] ハグ中のアレサは認識力が残っているのかどうか。 主人公みたいに飛んでしまっていて残っていないとなると、 実は幸福感を感じている主幹時間ZEROで単に寿命を浪費しているだけになってしまう。 …
[良い点] 愛こそ最狂!!!!! [一言] 愛で押されてるなら、もっと大きな愛で押し返せば良いのですw
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