第774話 15歳(夏)…ともに分かち合うもの(3/6)
しばらくしてパートン父さんは復帰したが、場は実に賑やか、騒がしくなっており、中断してしまった挨拶を再開する雰囲気でもなかった。
そこで場所を変えて仕切り直しということになり、俺たちは町の中へと案内されていく。
歓迎のために集まった人々の多くはここで解散、ついてくるのはアレサと親しげな女性陣と、俺に興味津々な子供たちである。
うん、さすがに子供たちは無関係だよなこれ。
「仕方ないわね。ここは私が引き受けるわ。先に行って!」
子供たちついてきちゃってるな、みたいな話をしていたところ、なんだか格好いいことを言ってミーネがお菓子を配り始めた。
大人気だ。
地味に助かるため、子供たちはミーネに任せて俺たちは移動。
そして到着したのは町の中心にある立派な建物だった。
集会場として使われているようだが、それにしては立派なので、本来は別の目的で建てられたものなのだろうとぼんやり考える。
そのまま俺たちは大きな円卓のある会議室のような部屋へと通され、陣営に分かれて着席。とは言っても町側の人はパートン父さんとミルザ母さんだけで、付いてきた女性陣はこの部屋にまでは来なかった。
「それではまず、途中になってしまった挨拶から始めさせてもらいます」
「はい、なんかすみません……」
さっそく俺以外――シア、シャロ、シャフリーンの自己紹介が行われ、子供たちを食い止めるために残ったミーネの説明は俺が行った。
そして――
「た、ただいま……」
最後、ちょっとおっかなびっくりな感じでアレサが言う。
「ああ、おかえり」
「おかえりなさい」
パートン父さんとミルザ母さんは穏やかに微笑みながら言葉を返した。
「いつか顔を見せに来てくれたらいいと思っていたが……、まさか婚約の報告をするためになるとは思いもしなかったよ」
「そうね、話に聞いてもなんだか信じきれなくて。ふふ、でも本当だったのね。あ、そうそう、あなた、レイヴァース卿にちゃんとお返事ができていませんよ」
「おおそうか、そうだそうだ。これは失礼しました。貴方と娘の仲むつまじい様子はティゼリア様から伺っております。貴方ならば娘を幸せにしてくれる、私も妻も結婚には賛成です」
おお、よかった。
これで――
「ただ――」
ん?
「ただその前に、どうか聞いて頂きたいことがあるのです」
「は、はあ……」
なんだろう、ちらっとアレサを見たら天を仰いでいた。
え、なんなの……。
△◆▽
パートン父さんの話は、まずはこの町――セントアレグの誕生にまつわるところから始まった。
「三百年ほど昔、世の中はそろそろ魔王が誕生するのではないかという不安に包まれ、その結果、国や富裕層によるポーションの買い占めが起こりました。このことはレイヴァース卿もよく御存じとティゼリア様から伺いましたので、詳しい説明は省かせていただきます」
うん、よく御存じと言うか、仮想体験してきたからな。
「そんな時代、一人の錬金術師がポーションを巡る騒動にひどく心を痛め、ポーションなど無くともすむような世の中にならないものかと考えるようになりました。その錬金術師は名をリッジレーといいました。我々一族の祖となった人物です」
「リッジレー……?」
はて、どこかで聞いたことがあるような……。
「……婿殿、ほれ、NPCの一人として会ったじゃろ……」
「……あ、あーあー……」
こそっとシャロに囁かれ、ようやく思い出す。
シャロが用意していた仮想世界で会ったポーション職人だ。
つか一族の祖って……、あれ、じゃあ仮想世界での体験はミーネのルーツだけではなく、アレサのルーツでもあったのか?
「リッジレーは癒し手――人々を癒してまわる『聖者』の伝説に着目しました。もし聖者が多くいれば、ポーションばかりが必要とされる世を変えることができるのではないかと考えたのです。リッジレーは聖者のことを調べ、そして辿り着いたのはメルナルディア王国でひっそりと暮らす古き民――アーレグでした」
「ん?」
「んん……?」
思わず唸る。
シアもまた唸っていた。
「このアーレグについても、説明する必要は無いようですので省きましょう。ようやく辿り着いたリッジレーでしたが、ここで知ったのは聖者の真実でした。元々特殊な民族であるアーレグの民の中に、まれに生まれる治癒能力に特化した者。その者は『癒し手』として世界の様子を調べて回る務めが課されるのです。つまり『聖者』とは、人々を癒してまわる聖人ではなく、人々に受け入れられやすい聖人という立場で世の中を見てまわる観測者だったのです」
ふむ、無料Webサービスかと思いきや情報を抜かれていたという……、いや、ちょっと違うか。
「それからリッジレーはしばらく里に留まり、アーレグの人々に協力をお願いしたようですが、そもそも突然変異のようなものです、アーレグの人々でもどうにかなる問題ではありませんでした。やがてリッジレーはアーレグの里から去ることになったのですが……、その時、里から出たがっていたアーレグの女性を連れだすことになります。その女性がリッジレーの妻、我々のもう一人の祖というわけです」
「んん?」
「んー……?」
俺とシアは首を捻る。
それはつまり、この町の人々は薄くともアーレグの血族であり、当然ながらアレサも同じということだ。
「ってことはアレサさん、わたしとアレサさんって遠い遠い親戚ってわけですよねこれ?」
「はい、そうなります。実は私、先祖返りでアーレグの血が濃く現れているんです。髪の色は違いますが、瞳は同じ赤でしょう?」
「おお、言われてみれば……!」
髪や瞳の色が様々な世界なもんだからあまり気にしていなかったが、考えて見れば赤い瞳は珍しいのかもしれない。
知っているのはシアやアレサ、ポンコツ少年王と、アーレグの関係者ばかりだ。
「今でこそ、町の皆さんは普通の人と変わりませんが、昔は銀の髪や赤い瞳、そしてシアさんのように優れた身体能力を持つ人がいたようです。ただそれを傲る者も現れてしまったようで、一族は自分たちを戒めるべく自らを『古き民に劣る種』――アーレグ・レッサー・ブリードと名乗るようになりました」
「んふ? アーレグ・レッサー……? もしかしてアレサさんの名前に関係あります?」
「はい、ありますね」
シアの問いにアレサが頷き、そこからの説明はパートン父さんが引き継いだ。
「祖となったリッジレーですが、自分が期待を寄せた『聖者』というものをまだ諦めていませんでした。この地で生活を始めたリッジレーは独自の研究を始めることになり、それは後世へと受け継がれ、やがて『聖者』は我々一族の悲願となっていきました。そして……、その『聖者』に近い者、アレサが生まれました。元々は私たちがテリアという名前をつけていたのですが、アレサが成長し、その力が判明したことで、娘には一族の名称からとった名が与えられることになったのです。アーレグ・レッサー――アレグレッサと」
「はー、そんな経緯があったんですか。アレサさんって元はテリアさんだったんですね」
「はい。ただもうこちらの名前に慣れきってしまったので、今テリアと呼ばれるとちょっと戸惑いますね」
おお、わかるぞその気持ち。
俺とアレサじゃあ状況が違いすぎるけど、戸惑うのはなんとなくわかる。
「娘にアレグレッサという名が与えられたことは、当時の私たちは名誉なことだと思っていました。また誰一人それを疑う者はいませんでした。なにしろ、とうとう『聖者』が誕生したのだと、みんなおかしくなっていましたから」
「おかしくなっていた……?」
「はい。娘が生まれ持った力は非常に高い治癒能力、そして多少間接的であっても、接触することで相手の怪我まで癒すことのできる共有能力でした。娘が怪我人を治療する様子は、まさに我々が望んでいた聖者そのもの。素晴らしいこと、だったのです。だから私たちは共有能力の問題点を些末なものと考えました」
そこまで話し、パートン父さんは一度黙る。
それはまるで覚悟を決めているようで、もしかしてヤバい問題があったのかといまさら心配になった俺はアレサを見る。
「いえ、猊下、大した問題ではないですから、ここは――」
「アレサ、余計な口出しは駄目よ」
俺の心配をやわらげようとしたのか、アレサは何か言いかけたが、それはティゼリアに遮られてしまう。
結果、室内は沈黙に包まれることに。
だがやがて、パートン父さんが再び口を開いた。
「治癒能力の共有、何も問題がないように聞こえますが、実はそうではないのです。治癒の力は、治癒の必要がある場合に活性化するもので、ならばその判断はどのように行われるのでしょうか?」
「それは……、接触なのではないのですか?」
「はい、その通りです。つまり治癒の力の共有の前に、まず相手の状態が共有されます。とは言え、相手の外傷などがアレサにも現れるようなことはありません」
まあそうだろう、すぐに治癒するとはいっても、そんなことになるならアレサに回復はお願いしにくい。
また敵と戦うことも――
「しかし痛みは共有されてしまうのです」
「ふあ?」
思わず変な声が出た。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2023/06/04




