第773話 15歳(夏)…ともに分かち合うもの(2/6)
唐突な訪問は混乱を生むかもしれないということで、まずはティゼリアだけ先にアレサの故郷へ向かい、事情説明がてら俺たちの訪問日を伝えるということになった。
アレサの故郷はセントアレグという小さな町で、住んでいる人々はほとんどが血族であるらしい。
この町に向かう面子はアレサはもちろんのこと、飼い主のシャフリーン、そしてご挨拶に伺う婚約者の俺が加わっての三名だ。
「遠出した先であっという間に屋敷に帰れたら便利じゃろうなぁ~。何かあってもすぐに戻れて、なんなら特殊な門を拵えて、行き来できるようになったらさぞ楽なことじゃろうな~」
ちらちら視線を送りながらも、素知らぬ感じを装っているのはシャロである。
あまりにもあからさまであるが、その容姿はまだ小さい女の子なので可愛らしく、思わずふふっとしてしまう。
「うん、シャロには一緒に来てほしいな」
「よいじゃろう。婿殿の頼みとあっては断るわけにはいかん」
こうして同行者が一名追加。
あとは……、うん、金色いのと銀色いのがガン見してきてるな。
俺が注意を向けたことに気づくと二人はにこっと微笑んだ。
よし。
「以上!」
「んな!?」
「ちょっとぉー!」
編成が完了したことを告げると、離れて見守っていたシアとミーネが憤慨した様子で詰め寄ってきた。
「おかしいです! ご主人さまそれはおかしいですよ! だが断るの形式美すら放棄とかいったいなに考えてるんですか!」
「そうよ、そうよ、おかしいわ」
「ええい、何もおかしくないわい!」
「おかしいですよ! わたしたちを連れて行かないとか、なんですか、今日はちょっとイジワルモードですか!?」
「イジワルはよくないわ。ここは素直になってね、一緒に行こうって誘ってくれたらいいのよ?」
シアとミーネは同行したいと駄々をこねる。
「あのだな、遊びに行くわけじゃないんだから。アレサの両親への挨拶もかねてるのに、関係ないのを連れて行っちゃまずいでしょ?」
「ぶぶー! 違いまーす! 関係なくはありませーん!」
「ああん?」
「よく考えてみてください、わたしたちはアレサさんと苦楽を共にしてきた仲間ですよ!」
「うんうん、パーティメンバーね。悪神とも一緒に戦った仲だわ」
「それです! となればですね、わたしたちにはアレサさんを心配する権利があると言っても過言ではないでしょう!」
「ぐぬぬ……」
こいつら本心は好奇心から同行したいだけだろうに、駄々だけでは飽き足らず理屈までこねおるか……。
仕方がないのでアレサに確認をとってみたところ、問題ないとの返答を頂いてしまい、結局いつもの外征部隊が編成された。
『………………』
その後、俺は仲間になりたそうなお嬢さんたちの視線を一身に浴びることになったが、みんな一緒はさすがにどうかと思うのでご遠慮願った。
△◆▽
アレサの故郷は精霊門を有する他国の迷宮都市、その近郊に存在した。
最初はデヴァスに乗せていってもらうつもりだったが、都市から出てしばらく歩けば見えてくるという話なので、今回は普通にのこのこ歩いて向かうことにした。
そして当日の朝、俺たちは憂鬱そうなアレサの案内でセントアレグへと出発する。
道中、これといった問題は起きず、昼過ぎにはアレサの故郷までもう少しというところまで到達した。
「お、町の入口に人が集まっておるぞ。歓迎かのう」
「きっとそうですね。ん~、あ、ティゼリアさんもいますよ」
「うわぁ……」
嫌そうに呻いたのはアレサである。
やがて、俺たちの接近にともない、人集りはこちらに向けて手を振ったり声を上げたりと賑わしくなった。
「アレサさん、よかったですね。歓迎されていますよ。そろそろ首輪は外しておきましょうか」
「うぅ……、こんなふうには帰りたくなかったです……」
「よしよし、よしよし」
テンションだだ下がりなら暴走する危険は少ないと判断され、シャフリーンがアレサの首輪を外す。
するとそれがいよいよ到着という意識に繋がったのだろう、アレサは暗澹たる表情になり、そんなアレサの頭をミーネが撫でて慰める。
何か自分なりの楽しみでも見出したのか、道中もよく慰めていた。
△◆▽
『ようこそおいでくださいました!』
町に到着した俺たちは、まず歓声でもって迎えられた。
最初こそ小規模の人集りであったのが、俺たちが到着するまでの間にどんどん人が増えていき、子供からお年寄りまで、もう今となっては町の住人がみんな集まっちゃったのではないかという規模にまで膨れあがっていた。
やがて興奮が少し収まったところで、ティゼリアに付き添われた中年の男性と女性が俺たちの前までやってくる。
自己紹介はしてくれるのだろうが、もう聞かなくてもわかった。
なにしろ顔がアレサに似ている――、いや、アレサが似ているのか。
でもちょっと意外だったのは、似ているのが父親であったことである。
アレサを精悍な感じにしたハンサムなお父さん。
対し、母親の方はまだ若々しく、可愛らしい感じのする女性だった。
「初めまして。私はパートン。アレグレッサの父です」
「私はミルザ。アレグレッサの母です」
やはりか。
これでアレサの兄と姉ですとか言われたらどうしようかと思った。
それからパートン父さんは自分が町でどのような立場にあるか、簡単に説明してくれる。
この町の住人のほとんどは血族関係があるため、元々は本家的な感じの人たちが町のことを取り仕切っていたらしい。しかし五年ほど前にみんな引退し、さらに古くから続く体制も変化、今はパートン父さんが町長を務めているとのことである。
そうか、アレサのお父さんは町長さんなのか。
次はこちら――俺が自己紹介する番なのだが、自分自身、今の自分の状況を簡潔には説明できないので、本当に挨拶だけにとどめることにした。
「どうも初めまして。ヴィロック・レイヴァースと申します。アレグレッサさんにはいつもお世話になっています」
「レイヴァース卿、貴方の噂はこの町にも伝わっております。さらについ先日、ティゼリア様からより詳しく貴方のことを伺う機会にも恵まれました。今のこの世、今日という日があるのは貴方のおかげです。ありがとうございます」
「僕だけの働きではありませんよ。大陸中の国々が、僕の呼びかけに快く応じてくれたおかげです。そして僕と一緒に戦ってくれた仲間たちのおかげでもあります。アレグレッサさんもその一人です」
「は、はい、伺いました。娘は……、貴方と共に悪しき神へ挑んだのだと。噂ではそこまで詳しい話は無く、と、とても驚きました。まさか娘が……、ええ、それほどの活躍を……」
パートン父さん、もう泣きそうになってるんだが……、これどうしたら……。
「レ、レイヴァース卿、娘はお役に立てていますか……?」
「もちろんです。アレグレッサさんは、出会ってからずっと僕を思いやり、支えてくれました。僕が関わった様々な困難――普通の女性であればその人生で遭遇するはずもない困難のなかでも共に戦ってくれました。役に立ってくれている――そんなふうに言うのが心苦しくなるくらいアレグレッサさんには助けられてきました」
「はわわわわ……」
「はわ、はわわ……」
背後から動揺したアレサの声と……、何故かシャフリーンの声も聞こえてくる。
発作を警戒して手を繋ぐか何かしたら、感情の共有が起きてしまったのだろうか?
気になるが、今はちょっと振り返れる状況じゃない。
なにしろ、パートン父さんたら、顔をくしゃくしゃにしてもう泣き始めてしまったのである。
どうしよう、これもしかして言うべきことを言う状況ができあがってきてるような気がする。
出会い頭に言うべきことじゃないと思うんだが……、ええい、言ったれ!
「パートンさん、ミルザさん、実はお二人にお願いがあるのです」
「は、はい、なんでしょう……」
「僕はこれからもアレグレッサさんと共に歩んでいきたいと思っています。僕は何かと騒動に巻き込まれる運命にあるようで、もしかするとこれからもアレグレッサさんを困難に遭遇させてしまうかもしれません。ですが、必ず幸せにします。ですから、どうかアレグレッサさんを僕にください。僕の伴侶とすることを許してください」
「――ッ」
パートン父さんは一瞬だけ驚きの表情を見せる。
そして――泣き崩れた。
「う、うおっ、ううぅ、おぉ、ア、アレサは、娘は、む、娘は、つらっ、つらい、おぉぉっ、幸せ、に、どうかっ……!」
号泣だ。
俺に何か言っているようなのだが、うまく言葉になっていなくてよくわからない。
「よ、ようやく……、く、苦しみや、努力が、む、報われ――」
パートン父さんはなんとか言葉を紡ごうとするが、結局はうまくいかず最後には泣き沈むばかりとなった。
一方のミルザ母さんは静かに涙をこぼしながら、身をかがめてパートン父さんを抱きしめる。
仲むつまじいことがその様子からなんとなくわかった。
さらにその一方では、ティゼリアが『これどうすんの……』と言いたげな表情で俺を見つめてくる。
言わない方がよかったかな……?
でもなー、確かにとどめになっちゃったけど、でも言うべき雰囲気になってたからそれを逃すのもどうかと思うし……。
きっと本来の段取りはまず歓迎、順番に挨拶、そして最後にアレサの帰還を喜ぶ――、みたいな流れだったのだろう。
にもかかわらずまだ俺の挨拶しか終わっていない状態、周りの人々もここで中断させてよいものかと悩むらしく、場はなんだかよくわからない空気に包まれることになった。
しかしそこで、ちょっとした変化が起きる。
人集りの中から町の子供たちがぴょんと飛び出して俺のところに来たのだ。
「お兄さんが英雄さまなのー?」
「つよいー? つよいー?」
「悪い神さまやっつけたんだよね!」
「お話きかせてー!」
目をきらきらさせて話しかけてくる子供たち。
するとそれを皮切りに、さらに子供たちが飛び出してきた。
そこからはあっという間で、俺は町の子供たちに囲まれ、めっちゃべたべたされることになる。
もう本当にぺたぺた、ぽすぽすと触れてくるのだ。
もしかして撫でると御利益があるとでも思われているのだろうか?
確かに神だし、御利益を与えることもできるかもしれないが、何しろ悪神である、おそらく誰も喜ばないどころかがっかりだと思う。
俺はなし崩し的に子供たちの相手をすることになったが、それが場の空気をやわらげる結果にもなった。
人々の注目は主に子供たちに質問攻めにされる俺だが、その一方でちゃんとアレサを気にかけ、声をかけ始める人たちもいた。
これは主に女性である。
「アレサさまー! お久しぶりですー! またお会いできる日を楽しみにしていたんですよー!」
「アレサ様アレサ様、私のこと覚えてますかー!?」
「年下ですかー! 聖女になったら結婚とか大変と聞きましたが、年下捕まえましたかー!」
アレサに歳が近い少女、あるいは女の人がこんな感じだ。
やはり懐かしい顔なのだろう、道中は暗かったアレサの表情も明るくなっている。
さらにご年配の女性もアレサの帰還を喜んでいた。
「アレグレッサ様、よく、よくお戻りに……!」
「お元気そうでなによりですじゃ」
「あの小さかったアレグレッサ様が、伴侶となる男性を連れて……、それも世界を救った英雄とは……、老い先短いこの婆にはよい土産ですのう」
なんだか婆さま方はアレサを拝み始めてもおかしくない雰囲気だ。
つかみんなアレサを敬っているのはどういうことだろう?
これは聖女になったから、というわけでもなさそうだ。
この町の住人はほとんどが親族の関係と聞いたし、もしかしたらアレサは本家のお嬢様的な存在だったのだろうか?
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/08/26




