第772話 15歳(夏)…ともに分かち合うもの(1/6)
最近のセレスの流行りは、庭園にある『くまくまクエスト』の撮影現場――ぬいぐるみの里で、ぬいぐるみ達に囲まれながら仕舞い込んでいたティアラを頭に乗っけて精霊姫(王)として過ごすロールプレイだ。
その楽しそうな様子は、せっかくだからとリオ主導のもとルフィアが撮影を行ったりしている。
まあそれはいいのだが、そろそろ撮影機を強奪されるんじゃないかという危機感があり、そこで俺はリオとルフィアのため、もう一セット撮影機と投影機を用意してもらえないかリィにお願いすることにした。
すると――
「あー、それな。今作ってるとこだからもうちょっと我慢しとけ」
「あれ、そうだったんですか?」
「そりゃ神に期待されてるんだから用意してやらないとまずいだろ」
「なるほど」
お願いするまでもなく、リィは自主的に新しい撮影機を作り始めていた。
部屋にはクロアもいて、せっせと別の作業を続けている。
「ならクロアはそのお手伝いか」
「うん。僕はね、投影機を作ってるの。二台作って、一台はリオさんで、もう一台は複製した『くまくまクエスト』と一緒にユーニスに贈ろうと思ってるんだ」
「お、そうか、ユーニスはびっくりするだろうな」
「うん!」
嬉しそうに頷いてクロアは作業に戻るのだが……、クロアってリィが完成させた物なら製造できるまでになってるの? すごくない? つか魔道具作りに関してはクロアがぶっちぎりになってんじゃん。
とうとう弟に敵わない分野が出てきたことに驚きと感慨深さが綯い交ぜになり、俺はクロアの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「に、兄さん、そんな撫でられると手元が狂うから……」
「おいそこの兄ちゃん、弟の邪魔すんな。ほら、出てった出てった」
「はい……」
切ない。
でもクロアの邪魔になるのも事実なので、俺は肩をすぼめて大人しく退室した。
それからひとまず部屋に戻ろうと廊下を歩いていると――
「猊下! げーいかぁー!」
アレサが前に伸ばした手をわたわたさせながらやってきた。
首輪についた鎖をシャフリーンが後ろから引っぱっているせいで、なかなか前に進めないのだ。
最近、大声を上げることが多くなったなー、となんとなく思うこのアレサだが、シアとシャロによる研究の結果、その抱擁はどうやら俺に対して麻薬のような効果をもたらすという仮説が立てられた。
んなバカな、と言いたいところだが、自分がどのようになっているか冷静に考えてみたところ、あながち間違いとも言えず、なんとなく思い出したのは人間にヘロインをぶちこみ、脳内で生成される脳内麻薬エンドルフィンをせっせと採取する宇宙人の映画であった。
問題が解決するまでアレサとの接触にはこれまで以上に注意するよう言われ、これは飼い主のシャフリーンにも伝えられたのだろう、アレサが停止させられた位置はこれまでよりも俺から距離が離れていた。
「あうー、猊下が遠い……」
「我慢してください。今はこうするのがお二人のためであり、また私たちのためでもあるのです」
「うぅ……」
普通ならそろそろ人間不信になるところだろうが、そこは心の真偽を見抜く聖女、皆がアレサを不当に苦しめようなどと思っていないことはちゃんと理解されている。
シアとかミーネなら、とっくに癇癪を起こして大暴れしていることだろう。
「早くなんとかする方法を見つけないとな」
「御主人様、それなのですが――」
「猊下、これからどこかにお出かけしませんか!」
シャフリーンが何か言いかけたところ、アレサが遮るように大声を上げた。
「どこか?」
「はい! どこでもいいのです! すぐに!」
「うん……?」
それはアレサにしては珍しい提案であり、俺としてはそれを叶えるのに何の抵抗も無いのだが……、さすがにこれは様子がおかしい。
どこかに行きたいというよりも、早いところ屋敷から逃げ出したいという雰囲気だ。
「なあシャフリーン、どういうこと?」
「どういうことも何も――」
「あー! あー! あぁー!」
「子供ですか貴方は!」
「あう!」
ずびしっ、と脳天にチョップを喰らわされるアレサ。
なんか……、二人のやり取りがミリー姉さんとシャフリーンのやり取りに近づいているような気がする。
このところ、ふとした瞬間にアレサの知性が低下しているのを感じる俺は、この原因を婚約者になったことに起因すると考えていたのだが……、もしかするとシャフリーンがお世話していることも関係しているのではないだろうか?
「それで、どういうことなの?」
「はい。実は私たちだけではアレサさんの問題を早期解決するのは難しいのではないかということになりまして、そこでアレサさんと親しい方に協力を仰ぐことになったのです」
「ふんふん、なんとなく読めてきた」
まあ読めてきたも何も、向こうからアレサの先輩――ティゼリアがやって来るのだが。
「ああ! もう来て――、くっ、これでは手遅れに……!」
「ちょっとアレサ、さすがにその反応はひどくないかしら?」
「すみません! でも今は困るんです!」
あたふたするアレサを見て、ティゼリアはため息をつく。
「困る、じゃないでしょう。どういうことなのその有様は。春頃はまだそこまで変わりなかったのに、久しぶりに来てみれば首輪をつけられているわ、鎖に繋がれているわ、人の顔見て逃げ出すわ」
「これにはやむにやまれぬ事情がありまして……」
「まあおおよその説明は受けてきたから。で、相談されはしたものの、私だってどうしてこうなったかなんてわからないから、ひとまず貴方を故郷に連れ帰ることにしたわ」
「そ、そんな! ああ、早く逃げていれば……」
ティゼリアの提案にアレサはしおしおと一気にしょぼくれた。
「ティゼリアさん、そのアレサの故郷ってのはどんなところなんですかね?」
「この子の故郷はね、ちょっと特殊な――」
「あー! ああー! あうあぁー!」
「てい!」
「あうぅ!」
アレサが話を妨害し、再びシャフリーンの手刀が唸った。
まあ実際に唸ったのはアレサだが。
「貴方……、ずいぶんと愉快な感じになったわね。今の貴方を見たらきっとご両親もびっくりよ」
そりゃ聖女なのに鎖付きの首輪をつけられて帰ってきたらご両親は度肝を抜かれること間違いなしだろう。
「と言うか……、貴方これまでに故郷へ戻ったことある?」
「う……、な、ないです。でもでも手紙は送っていますから!」
「手紙か……、アレサの故郷って帰るのが大変だったりするの?」
「そ、そういうわけでは……」
「聖女なら日帰りできるわよ。ただ帰らないだけね」
「アレサは故郷に帰りたくない?」
「それは……、えっと……、帰りたくないっ、というわけではないのです。でも、今は困るのです。先輩、帰らないとは言いません。ですから、もうしばらく時間を置いてからというわけにはいきませんか?」
「時間をおいたらさらに悪化するかもしれないでしょう? 打てる手は早い内に打っておかないと。困った事になるのは彼だけじゃないかもしれないのよ?」
「ど、どういうことでしょう……」
「貴方も悪影響が出ているかもしれないってこと。いくらなんでも性格が変わりすぎのような気がするもの。もしかしたら貴方の場合は廃人化じゃなくて、知能が低下しつつあるんじゃない?」
「知能!? 先輩、それはあんまりでは!?」
ティゼリアの指摘に目を丸くするアレサ。
一方、シャフリーンは納得したように深く頷いた。
「なるほど……、言われてみれば確かにそうかもしれません。その可能性は大いにあると思います」
「シャフさんもひどい……!」
「そうですか? しかし『げいかー、げいかー』と御主人様を求めて日々徘徊する貴方に付き合う身としては――」
「うわぁー! あぁー! あひゃぁ――――ッ!」
今度のアレサは大声だけでなく、果敢にシャフリーンへと挑みかかって力尽くで妨害しようとした。
が、そもそもシャフリーンはアレサを捕縛できるからこその飼い主なわけで、あっという間に身動きを封じられて動けなくなった。
「もがー! ももがー!」
あと口も塞がれている。
アレサの完敗だ。
「それでは話を続けましょう」
「その状態で何事も無かったように話を進めようとするのは……、いえ、そうね。そうでないと埒が明かないみたいね。それにこうも簡単にアレサをあしらえるのは頼もしいわ。私だと故郷に引っぱっていくのも一苦労しそうだから。同行をお願いできる?」
「ここまで来たら最後までお付き合いします」
どうやらティゼリアは無理矢理にでもアレサを帰郷させるつもりらしく、シャフリーンは飼い主――、ではなく、面倒見役として同行させるようだ。
「ティゼリアさん、僕も同行していいですよね? まだアレサのご両親に挨拶していないので、一緒に行ってもいいなら行きたいです」
「それはもち――」
「もががー! も、もが、ももがもが!」
「シャフリーン、ちょっとアレサに喋らせてあげてくれる?」
「はい」
シャフリーンが口を塞ぐのをやめると、アレサは必死な様子で喋り始めた。
「猊下! それはまたにしましょう! あ、そうです! 私は大人しく故郷に帰ります! それで両親を連れて戻りますので、挨拶はその時にするのがよいと思います! 猊下がわざわざ足を運ぶ必要はありません! そうしましょう!」
なんだろう、アレサは帰りたくない故郷に帰るよりも、俺が自分の故郷に出向く方が嫌なのか?
何かを企んでいるとまでは思わないが、なんとかして俺を蚊帳の外に置いておきたいという強い意志が伝わってくる。
するとそこでティゼリアが言う。
「貴方ね、ほら、そう遠くないうちに夫婦になるのよ? なるべくなら隠し事は無い方がいいんじゃないの?」
「う」
ティゼリアの言葉に、アレサの勢いは削がれる。
どうやらティゼリアは何故アレサが俺をのけ者にしようとしているのか、事情を知っているようだ。
「今回は良い機会だとは思わない?」
「で、でも……」
納得できないというよりも、納得したくないといった感じでアレサは渋い顔、俺をちらちら見てくる。
「隠したままでも問題はない……、と、思う……、のです。誰かが困るわけではありませんし、これまで通りですから。それなのにわざわざ明かさなくても……」
「確かにそうだけど、明かしたらいけない理由でもあるの?」
「猊下が怒ってしまうかもしれません。猊下に怒られると悲しいです」
「びっくりするほど可愛らしい理由が飛んできたわね……」
呆れたような、困ったような顔になってティゼリアはアレサの頭を撫でる。
「大丈夫よ、こっちの都合で内緒にするようにしたんだから、怒られるのは私や大神官よ。貴方は何も悪くないんだから。ね?」
と、ティゼリアは俺に目配せするのだが、何の話かまったくわからないので反応に困った。
「あのー、結局、どういうことなんです? アレサが何か秘密を抱えていて、俺が故郷に同行してしまうとそれがバレるから困るってのはわかったんですけど……、その秘密ってのは?」
「ごめんなさい。それはまだ内緒。意地悪とかじゃなくてね、それをほかならぬ貴方に説明するのは、私の役目じゃないと思うから」
「は、はあ……」
よくわからないが、アレサの面倒を見てきた先輩が言うのならそうなのだろう。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/08/25




