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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
番外 『レイヴァース家の異聞抄』編
782/820

第770話 15歳(夏)…女王の才能(後編)

 予想とはえらく違うものが飛び出してきた。


「えぇ……」


 びっくりする俺をよそに、映像は次の展開へと進む。

 画面を塞いでいた看板がどけられると映し出されたのは村だった。

 もちろんただの村ではない。

 まず建物が小さい。

 せいぜい犬小屋くらいだ。

 そしてそんな村で生活しているのが、なんとぬいぐるみ達なのである。


「ふわぁ……!」


 いつもとはちょっと様子の違うぬいぐるみ達の様子に、セレスがさっそく引き込まれた。

 と、そこで再びリオのナレーションが入る。


『――ここは世界のどこかにあるぬいぐるみの里。

 ぬいぐるみ達は仲良く暮らしています――』


 ここまでくればさすがにわかった。

 もうタイトルの時点で察してもいたが、これはドキュメンタリーではなく娯楽映画だ。


「……」


 いったい誰の入れ知恵なのかと、俺は容疑者二名を見る。

 しかしシアもシャロも首を振り、むしろ俺が提案したのではないかという目を向けてきた。

 もちろん俺だってこんなの知らない。

 ってことは、リオたちは自発的にこれを思い描き、撮ることにしたのか?

 え、すごくね?


「……ぬいぐるみの里、せかいのどこか……」


 もうセレスとか信じかけてるな。

 探しに行くとか言いだしたら、童話の『青い鳥』みたいなことになるぞ。ぬいぐるみ達もついていったら、それもうただのピクニックだ。

 そんなことを心配するうちに物語は始まった。

 リオのナレーションが終わると、ぬいぐるみ達が生活する様子が映し出される。

 クッションをよいしょよいしょと揉んだり、風見鶏をえいえいと回したりと、まったく意味の無い行動が各所で行われている。

 もしかして、あれは仕事なのだろうか?

 ぬいぐるみ達が奇行を続けるなか、やがて焦点を当てられたのは並んで村を歩くクマたち――クマ兄貴とプチクマだった。


『兄さん、今日も平和だね』

『ああ、よいことだ』


 なっ、精霊字幕だと……!?

 てっきりリオのナレーションで状況を説明していくと思ったのに、まさか精霊字幕で会話の様子を成立させるとは……!

 つかクマ兄貴の奴、えらく器用なことしやがるな。

 それからクマ兄貴とプチクマの会話が続き、どうやらクマ兄貴が里の守り手であり、異変が無いか見回りをしているということがわかった。

 一番大きなぬいぐるみだから順当な配役だ。

 あれで里一番の穀潰し、みたいなことにしないあたり、リオの素直さと、そしてそれを思いついてしまう俺の捻くれ具合がよくわかる。


『うむ、今日も異変は無いようだな』


 クマ兄弟が見回りの最後に訪れたのは里の奥にある社だった。


『いいかアーク、この兄に何かあったら、お前がこうやって里の様子を見て回らなければならない。特に、この社に封印されている魔王の宝冠に異変は起きていないか、よく確認するんだぞ』

『うん、わかった!』


 素直に返事をするプチクマの頭をよしよしと撫でるクマ兄貴。

 指示通りに行動しているだけなのだろうが、何しろぬいぐるみ、可愛らしさ補正で演技しているように見えるのはお得なところである。

 ほのぼのしたクマ兄弟の様子。

 が、しかし、画面の隅には、建物から半身を出してクマたちの様子を覗っているピエロの着ぐるみ――ミーティアがいた。

 ぬいぐるみの里に着ぐるみピエロ。

 もう見るからに不審者であり、もし着ぐるみではなくリアルピエロだったらセレスが泣いていたかもしれん。

 そしてクマ兄貴はというと、そんな怪しいピエロの存在には気づかずプチクマを連れて帰ってしまった。

 さすがのクマ兄貴クオリティだ。

 去って行くクマ兄弟の後ろ姿が映され、そのまま画面は空の様子へと移る。

 青空はやがて夕暮れに、夜になり、そして朝となる。

 これ、イールが普通に空を切り替えてるんだろうな……。


『どうしよう、どうしよう!』

『たいへんな、ことになった!』

『こまったこまった!』


 再び映し出された里では、ぬいぐるみ達が集まって騒いでいた。

 ぬいぐるみ達は輪になっており、その中心にはちょこんと座ったクマ兄貴と、耳をぴんと立てたウサ子がいる。


「……わあ! ……わあ!」


 囁くように声を上げているのはサリス。

 ウサ子の登場にテンションが上がったようだ。


『宝冠が消えていたというのですね?』

『はい、巫女様、私が確認に行った時にはもうありませんでした』


 どうやらウサ子は巫女らしい。

 いつものメイド服姿なんだけど巫女らしい。

 まあちゃんと服を着ているのはウサ子だけだし、確かに特別感があるからいいのか。


『宝冠は封印されていました。ならば何者かが封印を解き、持ち去ったのでしょう。すぐに取り戻さねば世界は大変なことになってしまいます』

『では里の守り手としての役目を果たせなかった私が、せめてもの償いに、取り戻しに向かいましょう』

『なるほど。ではクーエルよ、あなたに宝冠を取り戻す役目を与えます。宝冠を取り戻すまで、里に戻ることは許しません』

『はっ!』


 と、そこで――


『兄さん! 行っちゃうの!?』


 ぬいぐるみ達の輪からプチクマが飛びだし、ちょこんと座りっぱなしのクマ兄貴にぼすっとしがみつく。


『弟よ、兄は行かねばならない。この兄が戻るまで、里の守りを頼んだぞ』

『うん……、うん、わかった! 無事に帰ってきてね!』

『ああ、すぐに帰るさ』


 こうしてクマ兄貴は名誉挽回のため、プチクマやウサ子を始めとしたぬいぐるみ達に見送られ、宝冠を取り戻す旅に出ることになった。

 俺はここからクマ兄貴の冒険が始まるのかと思ったが、続く映像は里に残されたプチクマが兄に代わって里の巡回を続ける様子であった。

 プチクマが里を歩き回ったり、家に戻ったり、ふと空を見上げる様子ごとに昼と夜、天候、そして季節が切り替わる。

 兄の帰りを待つプチクマの様子に合わせ、どれだけ月日が流れているかを表現しているようだ。

 これら特殊効果、すべてイールの匙加減という……。

 あいつハリウッドでもボリウッドでも活躍できそうだな。


『巫女さま、兄さんを捜しに行かせてもらえませんか!』


 そしてある日、兄の帰りを待ちきれなくなったプチクマはウサ子にお願いをする。

 ウサ子は少し考える素振りを見せ、それから言う。


『里の守り手がいなくなるのは心配ですが、それよりも宝冠が戻らぬままの方が問題です。クーエルも心配ですしね。わかりました。宝冠を探すついでとして、クーエルを捜しに行くことを許しましょう』

『巫女さま、ありがとうございます!』


 こうしてプチクマは捜索の旅に出ることになった。

 そこからはプチクマの冒険譚である。

 兄の足取りを追う中、プチクマは何者かが宝冠を戴き魔王となったことを知る。

 きっと兄も魔王の元に向かったのだと考えたプチクマは、途中でバスカーと子ザルのルファー、そしてピヨを仲間にしたり、精霊獣たちを助けたり助けられたりしながら旅を続け、妖精の里では『英雄のハリセン』なる謎の武器を与えられたりしていた。

 そして辿り着いた魔王城。

 大きな倉庫くらいのお城がマジで用意されている。


『おや、誰か倒れている』


 魔王城の入口すぐ横に倒れていたのはピエロのミーティアだ。


『……宝冠は私が手に入れたのだ、私が魔王となり、世界を支配するのだ……、この私が……』


 プチクマたちが近寄るも、ピエロは倒れたまま独り言を呟くばかりであり、宝冠を盗んだのはお前かという問いかけにも、誰が持っているという問いかけにもまともに答えなかった。

 予想はしていたが……、これはあれだな、『戻らないミイラ取りを捜しにいったらファラオになってた』という流れだな。

 そして宝冠を取り戻すべく魔王城へ入ったプチクマたちを待っていたのは――


『ふはははは! 我こそは魔王クマ大帝クーエルである!』


 頭に宝冠を載せ、実にいつものクマ兄貴らしくなったクマ兄貴であった。

 名誉挽回どころか汚名挽回である。


『兄さん!? いったいどうして!』

『アーク、落ち着くわん』

『うきき、君のお兄さんは宝冠に操られているんだうきー』

『話は殴り倒して宝冠を引っぺがしてからだぴよ』


 こうして始まる兄と弟の戦い。

 プチクマたちはクマ兄貴を寄って集って攻撃し、最後は微精霊が集まって神々しい感じになった英雄ハリセンの一撃によって決着がついた。

 頭にくっついていた宝冠がぽろっととれると、倒れていたクマ兄貴がむくっと起きあがる。


『長い夢を見ていたようだ……。弟よ、この兄が不甲斐ないばかりに世話をかけたな……』

『兄さん、元に戻ったんだね!』

『ああ。宝冠を取り戻したまではよかったが、転んだ拍子に頭に乗っかってしまってな、それでこのざまだ』


 魔王になってた理由が本当に不甲斐なかった。


『さあ兄さん、里に帰ろう』

『ああ、帰ろう』


 と、ここでオープニング(?)に流れた、木琴らしき楽器による曲が流れ始めた。

 そしてリオのナレーション。


『――こうして宝冠を取り戻したクマの兄弟は、ようやく里に帰ることができました。

 宝冠を封印したあと、里ではクーエルとアークの帰りを祝ってのお祭りが始まり、みんな一緒に楽しみました。

 めでたし、めでたし――』


 最後にぬいぐるみ達がわちゃわちゃしている様子が映され、そして映像が終わる。

 上映時間は一時間弱ほどであった。


「わー!」


 ぱちぱちぱち、と懸命に拍手をするのはセレス。

 よほど楽しかったのか、興奮冷めやらぬ様子である。

 考えてみれば二番目に見た映像作品が可愛らしいものいっぱいの物語なのだ、そりゃあインパクトもすごかったのだろう。

 それを思うと、リオに先にやられてしまったのが少し悔しい。

 皆も楽しんだようで、セレスほどではないが拍手を――、いや、セレスくらい拍手を送っている奴がいた。


「いやあ素晴らしい! 素晴らしいよ!」


 いつの間にか紛れ込んでいた遊戯の神――ハヴォック。

 ハヴォックは拍手をしながらリオに近づき、よほど気に入ったのか称賛の言葉を贈る。


「旧文明にもこういった映像作品はあったんだけどね、それは政治的な道具であり、または学術的な資料だった。こんなふうに、見る者を楽しませるために作られたものはなかった。これは素晴らしい娯楽だ。世に広まれば、どれだけの人々を笑顔にするだろうか。少なくとも、これを見た子供は誰もが笑顔になることだろう」


 急に神さまに褒められて、さすがのリオもぽかんとしてしまって反応ができない。

 ハヴォックはかまわずリオの手をとってぶんぶん振る。


「君にはこういうものを作る才能があるようだね。いや、こういうものを思い描く才能、かな? ともかく僕は大いに期待している。できればこれ一作きりではなく、他にも作品を作ってもらいたい。期待を込めて加護を与えておくよ!」

「あ……、ありがとうございます。が、頑張ります!」

「うんうん、頑張ってくれ。そして……」


 と、ハヴォックは次にルフィアに近寄り、その手を取る。


「実は撮影風景をこっそり覗いていたんだけどね、君は彼女が思い描くものをなんとか実現しようとよく頑張っていた。精霊の文字でぬいぐるみ達の会話を表現しようとしたり、君の努力と発想がなければこの作品は実現しなかったことだろう。君にはこれからも彼女の協力者として頑張ってもらいたい。加護も与えておくからね!」

「は……、はっ! 加護を授かる栄誉に浴しましたことは身に余る光栄にございます! ハヴォック様のご期待に添えるよう、これからもリオレオーラ様と共に尽力して参ります!」


 あ、さすがのルフィアも神さま相手だと畏まるのか。

 すげえレアだ、それこそ映像に残しておきたいくらいに。


「いやー、最近、誰かさんが仕事をずっとさぼっているのが気になっていたんだけど、予想もしないところで楽しみができてよかったよ」


 そして俺には突然の嫌味。

 いやまあ自分でもちょっとサボりすぎかなーって感じてたけども。


「じゃ、そういうことでよろしくね! また新しい作品ができたら見に来るから!」


 と、ハヴォックは二人に加護を与えて消えた。

 わりと神に遭遇する機会のある我が家なので、皆はそれはそれとしてリオとルフィアに面白かったと感想を述べたり、神さまに認めてもらえてよかったねと二人を祝う。

 しかしその中で浮かない顔をしているお嬢さんが一人。


「アエリス、どうした?」

「少し複雑な心境でして……。もちろんリオが加護を授かったことは嬉しいのですが、未来の女王が何をやっているのかという気持ちが少し……」


 なんとなく納得した。

 だがまあ『くまくまクエスト』で発揮されたリオの才能はこうしたいと思い描く力――未来に対してのビジョンだ。それは『平和な世界の記録映像を残す』という発想に至るものであったし、もしかすると国を救うためガチムチ百人と戦って勝つという発想もまたその才能によるのではないかと思う。

 場合によっては悪用もできてしまう才能だが……、まあリオなら平気だろう。


「なるほど……」


 説明したところ、少し納得できるところがあったのか、ちょっとアエリスが落ち着く。

 一方、リオとルフィアを取り囲んだお嬢さん方はますますヒートアップしていた。


「やっぱり楽しいことをしてたのね! 次は私もやるわ! この王都を舞台にしてオーク仮面のお話を撮りましょう! お芝居みたいに! みんなも出るの!」

「じゃあニャーはオーク仮面に助けられるヒロインをやるニャ」

「よく言うぜ。お前はオーク仮面にやられる敵役だろ。性格的に黒幕も無理だな」

「黒幕かぁー……」


 何かを想像するティアウル。

 何かを察するヴィルジオ。


「ティアよ……」

「姉ちゃん!? あ、あたい何も思ってなんか、って、あぁぁ――――――ッ!?」


 盛りあがっている。

 盛りあがってしまっている。

 マズい流れだ。


「み、みんな……? でもあれだよ? 演技とかって、けっこう訓練とかしないといけないものだよ? 素人がやると、撮った映像を見たとき死にたくなるよ?」


 やんわりと止めようと頑張ってみる。


「御主人様、それなら大丈夫ですよ。その役になりきってしまえばいいわけですからね。私も協力します」

「サリス……?」


 なんだ、サリスは演技指導も出来るのか?

 まいったな、初めての『映画』にお嬢さん方は触発されてしまっている。

 その熱気の中でリオが叫ぶ。


「皆さん! 今回のことで、私は確かな手応えを感じました! そのうちまたこういうのを撮ろうと思います! それがオーク仮面になるかはわかりませんが、その時は一緒に頑張りましょう!」


 うん、そろそろ『平和な世界の記録映像を残す』という当初の目的が行方不明になってきてるな。

 もしかしてあれか、予算が出やすいダミー企画を提案して、出た予算で好きなものを撮っちゃうあれなのか?

 まあいいけど、いいけども。


「そしていずれはご主人様が主役の物語を撮りたいですね! どれくらいの長さになるかちょっと想像がつかないんですけど、私たちまとめての告白の様子とかは是非とも撮りたいです!」


 いやそれはちょっとよくないなぁ……!


※脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/01/30

※さらに脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/08/09


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― 新着の感想 ―
[一言] リオ完全主役おめでとう! 本人の持ちうる属性がどれもまとも過ぎるのが目立た無い原因なんでしょうね…他のヤツらが濃すぎるんや!
[良い点] とっても面白かったです!!今までに読んだ小説の中で一番笑ったかもしれません! 神様が出てくる回は九割がた爆笑しております!パンツ神と被虐の神に幸多からんことを! [一言] 私利私欲で申し訳…
[一言] 映画見た後のセレスは出演ぬいぐるみ全員をハグして回ったんだろうか やっぱりぬいぐるみの里を探す旅(ピクニック)に出て,「ないね」「どこだろね」をして帰ってきて,寝る時に真実に気づいたりしたん…
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