第768話 15歳(夏)…レイヴァース家のゆるい1日(10/10)
水上戦がつつながく終了し、次は競泳が行われる。
参加者は七名、ミーネ、シア、リオ、パイシェ、リィ、シオン、セレブ(ジェミナ)である。
この七名は湖の向こう岸から、俺たちの待つこちら側――岸の前に浮かべた横長のビート板を目指して一直線に泳ぎ、その順位を競い合う。
距離はおよそ二百メートル、陸地ならそう大した距離ではないものの、泳ぐとなるとなかなか大変である。
念のため、湖で遊んでいる元水生の精霊獣たちに誰かが溺れたら助けてあげてね、とお願いしてあるので安全だ。
「あんちゃんは誰が勝つと思うー? あたいはシアかな」
「シアか、ありえるな。だがセレブやリオも侮れない感じだぞ?」
シアが有利なのは間違いない。
泳ぎ方についての知識を持っているし、身体能力がダントツに高い。
セレブは精霊獣の姿であれば優勝間違いなしだろうが、ジェミナの体を使ってどこまでやれるかだ。
あとリオは『怪魚』とまであだ名される泳ぎ手である。
「なあアエリス、リオって速く泳げるから怪魚って呼ばれるようになったのか?」
「いえ、湖に水を飲みに来た獣や魔物を水に引きずり込んで仕留めていたのが原因ですね」
「それ怪魚っていうか、邪悪な水妖とかそういうのだよね?」
まあ水中での活動力が並大抵ではないことは確かだろう。
注意事項に競争相手を水中に引きずり込むのは反則とか、ちゃんと言っておくべきだったかな……。
「もーいーわよー!」
と、そこで向こう岸からミーネが手を振って合図を送ってきた。
では始めるとしよう。
「よし、バスカー、合図だ!」
「わん! わおぉ――――ん!」
バスカーが大きく吠え、これがスタートの合図となる。
七名の選手が一斉に湖へと飛び込んだ。
みんな頭から水に潜る飛び込みだったが、この中でシアとリオだけが飛び込んだ勢いをあますことなく推進力に変えるきれいな飛び込みを見せた。
まずここで、シアとリオが他五名に対し少しリード。
いや、すぐに水面に上がったシアと違い、リオはさらにドルフィンキックで潜水を続け、シアからも差をつけた。
「あっれー、リオすごいな……」
やがて水面へとあがったリオはそこからクロール。
脳筋国家が泳ぎ方を追求した結果なのか、やっていることがあっちの世界と同じになっている。
その少し後ろからは同じくクロールを始めたシアが追うが、その馬力を持ってしてもなかなかリオに追いつけない。
無駄が無く洗練されたリオのクロールと、派手に水しぶきを上げてしまっているものの馬力でカバーするシアの戦いだ。
その後方には、ドルフィンキックで水中をすいすい進み、息継ぎのために犬掻きで水面に顔を出すという泳ぎ方をしているジェミナが続いている。
そして――
「ぬあー!」
「速ええなおい!」
四位、五位争いをしているのがミーネとシオン。
二人はバタ足の平泳ぎで懸命に泳いでいたが、徐々に先を行く三名から離されていた。
その少し後ろには横泳ぎをしているパイシェと、平泳ぎをしているリィが続く。
順位はこのまま維持されるかと思ったが、後半にさしかかったところで変化があった。
四番手と五番手、必死に追いすがっていたミーネとシオンがバテてきたらしく、速度がじわじわ落ちていく。
そのためペースを保って泳ぎ続けていたパイシェとリィに追い越されたのだ。
「最下位はイヤーッ!」
さらにミーネはシオンからもちょっと離され始め、負けてなるものかと気合いで速度を上げようとする。
「あちゃー、ミーネがまずいな……」
「まずいのですか?」
「ああ」
尋ねてきたサリスに苦笑いで頷く。
「地面を走ってるのとは訳が違うから。無理して体力使い果たそうものなら沈むし」
「あー……」
文句を言われるかもしれないが、大事を取って精霊獣にミーネを回収してもらおう、そう考えた。
その時だ。
「ぬああぁぁぁッ! 足つったぁぁぁ――――ッ!」
ミーネが盛大に叫び、そして静かに沈んだ。
そう、溺れる者はバシャバシャ暴れたりせず、静かに沈むのである。
「おおぉぉ――――い!?」
突発的すぎんだろ!
いや、スライダー周回のために階段上りまくって足を疲労させてたからそうでもないのか?
まあともかく救助!
そう思った時――
「おや……?」
ぷかりとミーネが浮いてきて、さらに水面からも押し上げられる。
巨大なカメがミーネを甲羅に乗っけて浮かび上がったのだ。
「あ、トトが助けてくれたようですね」
「そうだな。まったく……」
甲羅の上で足を押さえているミーネを、トトはゆっくりこっちに運んで……、あ、ミーネが悶えすぎて甲羅から落ちた。
トトはミーネ回収のためにまた水中へ。
世話をかけるな……。
「まあともかく、ミーネはリタイア、っと……」
俺は向けていた撮影機を、再びレース中の選手たちに向ける。
リオとシアはもうすぐそこまで迫っていた。
まだかろうじてリオがリードしているが、それも体半分ほどでしかない。
リオが逃げ切るか、シアが追いつくか。
そして結果は――
「ぶはっ! あ、これ私やりましたよね!? シアさんよりちょっと早かったですよね!」
ぎりぎり、肘から先の差でリオが先に浮かべたビート板に手をかけた。
息を切らせながらリオはビート板の上にあがり、そこでへたり込む。
一方、シアの方はまだ余裕があるようだ。
泳ぐ距離がもう少し長かったら、結果は違ったものになっていたのだろう。
だがまあ、リオは見事に一位を獲得した。
「やった、やりました! 私が一番! これ来ましたよ、私の時代が来ました! この夏は私のものです!」
ぺたんと座り込み、なかなか立ち上がれないくらい疲れているリオであったが、それでも嬉しそうにはしゃいでいた。
「はあー……、勝てると思っていたんですけどねー……、まさか普通に負けることになるとは……」
「大丈夫、シアさんなら少し練習すればすぐ私より速く泳げるようになりますよ!」
「今日ここで勝ちたかったんですぅー」
ふて腐れるシアの様子からして、本当に一位になれると考えていたようだ。
と、そこに三位となるセレブが到着。
「……」
無言のままビート板に上がり、そのままぐでんと横になる。
まさにアザラシ。
勝てなかったのがショックだったのかな……?
それから四位となるパイシェ、五位となるリィが到着し、遅れて六位となるシオンが到着、そして最後に巨大カメの上で悶えるミーネが運ばれてきた。
「いいとこ無しだわ……」
ミーネはすぐにアレサから手当を受ける。
怪我をしたわけではないので、足をもみもみマッサージだ。
「ミーネさん、どうですか?」
「うん、ありがとう。だいぶ楽になったわ。ちょっと突っ張った感じが残ってるけど、もう大丈夫」
そう言ってミーネは立ち上がると、ひょこひょこ更衣室へ向かう。
そして愛剣を背負って帰ってきた。
「もう一回やりましょう!」
「はーい、そこー、魔術は禁止だよー」
「ええ~」
「だってあれだぞ、何でもありになったらシアとかすごい速さで水面走るぞ、きっと」
水上戦も競泳もろくな成績を残せなかったミーネは不満そうであったが、何でもありになれば何でもありなりの強敵が現れるだけなのである。
△◆▽
水遊びは体力を使う。
夕方、思いっきり湖で遊んだ皆はたいへんお疲れな様子であった。
疲れすぎて第二和室で寝てるのはクロアとセレス、ミーネ、ティアウル、ジェミナ、リオ、シオンである。
起きている面々が倦怠感に苦しめられるなか、お仕事に行っていたシャロとおとものロシャが帰ってきた。
「なんか屋敷の様子が妙なのじゃが……」
全体的にでろーんとした空気が漂うのが気になったシャロに、庭園の湖で遊んでみんな疲れていることを説明した。
そしたら拗ねられた。
「ワ、ワシも一緒に遊びたかった……、ワシも……」
よほどショックだったのか、ほろりと涙するシャロ。
大変申し訳ない気持ちになった俺は、撮影機をシアに預けるとシャロを膝に乗せて全力で慰めた。
その甲斐あってシャロは徐々に元気を取り戻していったが、決め手となったのは抱えていたロシャの一言だ。
「いい歳してなに子供みたいに拗ねてるんだ」
「なんじゃとぉー!? このもふもふがぁー!」
「ぬあー!」
この辛辣な励ましにシャロは腹を立て、ロシャをこねくり回す。
仲良しだな。
シアも笑いながら撮影している。
そのあと父さん母さんやティアナ校長も帰宅したので、夕食の用意をすることにした。
しかしみんなグロッキーだったため、今日のところは魔導袋に保管してあった料理で間に合わせる。
食卓の話題はやはり庭園の湖で遊んだことになり、シャロはややふて腐れていたが、父さん母さんは楽しげに聞いていた。
△◆▽
夕食を終え、日も暮れた頃、普段であればもう少しにぎやかなのだが、疲れている者が多いため屋敷はおだやかな雰囲気だった。
今夜ばかりは作業をやめ、すぐに就寝できるよう準備を進めている者が多い。
そんな、皆の寝支度の様子を撮影して回るのは気がひけて、俺は適当に屋敷を徘徊するぬいぐるみや精霊獣、魔獣を撮影していた。
そして立ち寄った食堂で、お風呂上がりのシアとセレスを見つける。
ほかほかしている二人は並んで座り、氷を浮かべた果実水を美味しそうに飲んでいた。
「ふいー」
「ふいー」
ぐびびー、っと同じように果実水を飲み干してひと息。
セレスが真似するからもう少しお淑やかにできないか、そのうちシアにお願いしてみようか――、そんなことを考えながら、俺は仕事部屋へと戻る。
自分を映すように撮影機を机に置き、椅子に腰掛ける。
「――以上がこの屋敷の日常なわけだ。まあ午後からおかしなことになってたけど、そういうのもまた日常なんで、結果としては良かったんじゃないかなと思う。みんな楽しそうだったしね」
締まらない締めくくりの言葉だが、普段の俺はこんなものなのでちょうどいいのだろう。
ここで俺は撮影を止め、大きなため息をつきながら背もたれにもたれ掛かる。
「さて、明日は編集作業を頑張らないとな」
仕事は……、まあ明後日からでいいだろう。
それから俺は寝支度をすますとベッドに入り、あれこれ明日の編集について考えていたがいつの間にか眠りに落ちていた。
そして翌日早朝――。
チュド――――ンッ!
「なんじゃぁぁぁ――――ッ!?」
突然の爆音。
強制的に覚醒させられた俺は、パニックを起こしベッドから転げ落ちることになった。
いったい何が起きたのか、それを把握するため異変を探したところ――
「おはよーございまーす! 約束通り寝顔を撮影させてもらっていますよー! ついでに起こしてあげましたー!」
部屋には満面の笑みでバズーカ砲を担ぎ、隣に撮影機をセットしたシアがいた。
俺はすべてを理解した。
「おぉぉまぁぁえぇぇ――――ッ! びっくりして永眠するかと思ったわ! つかなに!? 何それ!?」
「あれ? 知りません? 爽やかで速やかな朝の目覚めを約束する早朝バズーカです」
「知ってるよ! 知ってるんだよそれは! そうじゃなくて、どこからそんなもん持ってきたってことだよ!」
「スラえもんにお願いしました!」
「スラえもんじゃねえよ! ふざけんな! 俺ですら断念したネタぶっこんでくるんじゃねえよちくしょう!」
怒鳴りまくる俺、楽しそうに笑うシア。
こうしてまたレイヴァース家の一日は始まるのであった。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/05/22




