第78話 9歳(春)…お仕事の日々
ゆっくりと休息をとった翌日からお仕事の日々が始まった。
まずはダリスの商会へ通い、実際に遊んでもらいながらGMの役割を解説するという講習会を開く。
クェルアーク家での試遊会とは違い、見学者多数のなかでの進行はちょっと緊張する。なにしろ生まれてこの方、十人以上の人間に囲まれて注目されるような経験はなかったからだ。誰もがすごく真剣な表情をしているからよけいにプレッシャーがかかる。
「まずは準備をととのえましょう!」
さも当然のようについてきたミーネはそんな圧力をまったく気にせずプレイヤーとして参加してはしゃいでいた。こいつのマイペース具合を少しは見習うようにしたほうがいいのだろうか?
「いやいや、名前はシャーリーで頼みますぞ。シャーリーで」
そして呼んでないのに参加しているのがマグリフの爺さんだ。
試遊会のあとにどんだけ真剣に読みこんだのか知らないが、ダリスと一緒になって初参加の商会従業員に手ほどきもしているし、それどころかシナリオまで作ってきている。もちろんゴブリン王のように長いものではなくちょっとしたお使い程度のものだが、それにしても行動力があるというかなんというか、ホントに仕事してるのか?
△◆▽
講習会は連日おこなわれ、数日もすると原本そのままの写本が十冊できあがった。
一冊はマグリフが、残りの九冊は理解の早かった従業員へとわたる。
本格的にGMの訓練にはいる前に、まずTRPGを初めて遊ぶ人がどんなところにつまずき、プレイの障害になるか、そしてその場合どのように対処し誘導するかを実際に見てもらうため、マグリフが連れてきた優秀な生徒三人、そして急遽引っぱりだされたダリスの娘のサリスと鍛冶士クォルズの娘のティアウルの合計五人による完全初見による試遊実験をおこなった。
訓練校の生徒はいきなりチャップマン商会本部へ連れてこられ、運の悪い(?)ことにその日は冒険者ギルドの各国支店長まで見学していたので青くなっていた。
一方、令嬢であるサリスは実に落ち着いたものであり、そしてティアウルは状況がよくわかってなかった。
ティアウルは視力が弱いことがわかったあと、さっそく眼鏡を与えられたようだった。
しかしその眼鏡はおれの予想とはずいぶんかけはなれた形状をしていた。
なんと言うか、猫の口元みたいな形状をしたゴーグルだ。
「落として二個壊したらこうなった!」
なるほど、あれなら落としようがないからな。
そしてティアウルは視力を矯正したことで不器用がなおって鍛冶士としてやっていけるのかと思いきや、おっちょこちょいであることが判明し、結局、鍛冶屋には向かないと判明した。
ふびんな子や。
「それでは冒険の書を開始しますが――、ところでパーティのリーダーはどうしましょう? 訓練校の生徒さんたちがやりますか?」
「「「…………」」」
生徒三人は緊張のあまり固まっている。
「あの、私でも出来るものなら……」
と、そっと手をあげたのはサリスだった。
リーダーの仕事はパーティメンバーの意見の調整、あとは最終的な行動の決定くらいなのでサリスでも充分に――、いや、逆にサリスがやったほうがいいのかもしれない。
生徒たちが萎縮したままなので、リーダーはサリスということで決定する。
そしていよいよ遊戯開始。
始めこそカチコチでろくに発言もできない生徒たちであったが、次第に緊張がとけてTRPGを楽しむようになった。
冒険者の知識を持っていないサリスに助言をして助け、学んだことを活用しながらシナリオを進めていく。
いくつかの短いシナリオをクリアする頃にはすっかり緊張もなくなり、ときにはギャーギャー騒がしく意見をぶつけあったりするように。
その様子をマグリフはとても嬉しそうに眺め、そしてミーネは参加できなかったことが不満で拗ねていた。
「むー……」
「いやお嬢さま? あなたこれまでさんざん遊んできたでしょ?」
初見による試遊会。
ギルドのお偉いさんたちの反応は上々だった。
問題は試遊会が終わったあと自分たちもやると言い始めたことで、しかたなくおれがGMでゴブリン王のシナリオをプレイさせた。
さすがにギルドの支店長ともなれば行動は的確で迅速。遊び方も見学していたので進行は実にスムーズなものだった。
それでもクリアには深夜までかかり、お偉いさんたちは満足したようだがおれはそのあと眠さのあまり倒れた。
△◆▽
その翌日からおれはダリスの商会だけでなく、冒険者訓練校にも出向いて指導するようになった。
午前中は商会、午後からは訓練校。
これまでの生活からしたら実にせわしないスケジュールだ。
訓練校で教員たちに遊び方、GMのやり方などを教えるわけだが、まず最初はやってみるべきだろうとマグリフが言いだし、またゴブリン王のシナリオをやることになった。
そしてまた倒れた。
過酷な日々であった。
栄養ドリンクのようにクェルアーク家の回復ポーションを飲み、喉を回復させて喋り続ける日々であった。
高そうだから遠慮しようなどと考える余裕はすでになかった。
そんなポーション漬けの日々ではあったが、十日ほどもたてばそれなりにGM役をこなせる者も育ってきた。
大部屋にいくつものテーブルを用意し、GM見習いたちがそれぞれのテーブルでゲームをおこない、さらにGM役を育てる。
よし、ここからは倍々ゲームだ。
いや違うな、この場合はネズミ算式か?
まあとにかくあとは勝手にGM役が増えていく。
おれはやっと手があき、次にやるべきことに移る。
次回作のための資料集めだ。
二作目は王都の冒険者がテーマなので、冒険者ギルドの規則や仕組みなどをしっかりもりこむつもりである。
ほかにも称号や神威、導名のための名声値などのシステムを追加予定。それぞれ行動やイベントに補正がかかるようにしようかと考えている。さらには魔鋼や魔物産の生地など使い続けると成長する武器防具の要素などもいれたい。
そんなふうに新要素を計画しているわけだが、ギルドの規則や仕組み以外はぶっちゃけおまけなので後回しだ。
今やるべきことは二作目を製作するにあたり必要不可欠な要素となる膨大なクエストを作成するため、過去に冒険者ギルドで発行した依頼歴を書き写させてもらうことである。
過去にどのような依頼があり、どのように達成、もしくはどのような状況で失敗になったか、そういった記録を参考にさせてもらうのだ。
支店長のエドベッカに許可をもらえたので、おれはギルド支店本部にでかけ、そこで膨大な記録との格闘を始めた。
当然ながら記録は持ちだし禁止。
なのでおれはギルドの記録資料室にこもり、黙々と読みあさり、よさげな依頼歴をせっせと書き写していく。
それまでは喋りとおしの日々だったが、今度は一転、一言も喋らずひたすら文字を書き続ける日々になった。
日中はこのように手を酷使し、そして夜はミーネの服を作るのにまた手を酷使。三日目にはみごと腱鞘炎となり、クェルアーク家のポーションをめぐんでもらった。
ポーションって過剰摂取とかしても平気なのだろうか?




