第762話 15歳(夏)…レイヴァース家のゆるい1日(4/10)
コルフィー、そしてクロアから出禁をくらった俺は、それからメイド見習いとして第二和室のお掃除をしているセレスを撮影した。
ピヨを頭にのっけたセレスは柄の長いはたきで埃を落としているのだが……、周りに集まっているぬいぐるみたちは埃を浴びまくりじゃないのか?
いや、むしろ散った埃を待ち受けているような様子だ。
ちょっと撮影をシアと交代して、俺は〈モノノケの電話相談室〉でぬいぐるみたちに確認してみる。
『ぼくたち、ホコリをあつめてるの』
『しってる? ちょっとビリビリってさせると、あつまるんだよ』
『セレスちゃんの、おてつだい!』
まず存在自体がモコモコ埃取りみたいな奴らだが、どうやらさらに静電気を発生させて埃を吸着しているようだった。
「え? お前らって埃まみれなの?」
『あとで、きれいにするもん』
『おそとでね、ホコリをおとすの!』
『ぼふっぼふって!』
「ふむ……」
まあ綺麗になるのだろう。
何しろ精霊入りの不思議なぬいぐるみだ。
しかし気分的にはちゃんと綺麗にしたいところでもあり――
「そのうちまとめて洗濯するか……」
『え!?』
『せんたく、やだー!』
『まえに、アークがひどいめにあったって、いってた!』
『つるされちゃう!』
『ほされちゃうよー!』
俺の呟きでぬいぐるみたちが恐慌を起こし、べつに今から洗濯をするわけでもないのに部屋からすたこら逃げだしていった。
結果――
「ごしゅぢんさま、みんなをイジめちゃダメです!」
セレスに怒られた……。
「いや、イジめたわけじゃないんだよ? なあピスカ」
『ぴよ? ぴよー……(え? あー、虐げてはいませんが……)』
「おい」
微妙な反応してくんなよ。
味方してくれよ、セレスの視線が痛いんだよ。
「むぅー」
「はい、もうイジめません」
釈然としないが、これでぬいぐるみたちを責めようものならまたセレスに怒られる。
やるせない気分で部屋から出たところ、にやにやして撮影機を向けてくるシアが言った。
「セレスちゃんに怒られるご主人さま。よいものが撮れました!」
「くっ……」
シアは良い笑顔で憎たらしいことを言ってくるが、これもまたありのままの日常である。
甘んじて受け入れなければならない。
△◆▽
それから俺はお掃除をしている皆を撮って回ることにした。
最初に見つけたのはサリスとティアウル、それから着ぐるみピエロのミーティアであった。
「本当ならティアさんは好きなことをしていればよいのですが……」
サリス曰く、ティアウルは皆の調子が狂っているときにせっせと掃除をしていたのでしばらく仕事は免除されているらしい。
「あたいだけ暇しててもしかたないしな! それに半分以上はミーティアがやってくれてたしな!」
一人では時間を持てあますだけでつまらないと、ティアウルはミーティアを連れて皆の手伝いをしているようだ。
ティアウルの母親は肝っ玉おばちゃんっぽく、あんまり似てないと思っていたが、案外、ティアウルがこのまま育っていけばあんな感じになるのかもしれないと、ふと思う。
そして、そんなティアウルと対照的だったのが次に発見したリビラだった。
リビラはシャンセルが掃除するのを近くでにやにや眺めるばかりで手伝おうとはしない。
そんな二人の様子を、俺とシアはこっそりと撮影する。
「なー、そんな見てるくらいなら手伝ってくれよー」
「お断りニャ! みんながサボっている時にニャーは頑張ったニャ。お仕事の免除は当然の権利ニャ。こうしてシャンがせっせと掃除しているのをぼけーっと眺めているのは至福なのニャ。心が満たされるニャ」
「なんて安い心なんだ……」
あきれるシャンセルだったが、ここで撮影している俺たちに気づく。
「なー、ここはさー、おおらかな心って言うかさー、妹分の仕事を手伝ってくれる親切なところを見せてもいいと思うんだ、あたし」
「なに言ってんニャ。妹分をこき使っての姉貴分というものニャ。とっととここの掃除を終わらせて、日頃の感謝を込めてニャーの部屋を甲斐甲斐しく掃除するのがいいニャ」
「ひでえ姉貴分もいたもんだ……」
「なんとでも言うがいいニャ。負け犬の遠吠えは心地よいニャ」
「ところでさー」
「なんだニャ」
「ダンナが撮影してんだよ」
「……んにゃ?」
シャンセルが指を刺し、リビラがこちらにふり返る。
きょとんとしたのもつかの間――
「なに勝手に撮影してんニャ! ちょっとそれよこすニャァァァ――――ッ!」
「まあまあ、落ちつけって」
リビラはこちらへ突撃しようとしたが、それをシャンセルが羽交い締めで阻止する。
「落ち着いてる場合じゃねえニャ! あんな記録残されたらニャーの印象が悪くなるニャ! 証拠隠滅ニャ!」
おっと、これはあれだな、ドキュメンタリーでカメラに襲いかかってくる人だな!
「撤収!」
「あいあいさー」
撮影機を壊されたらたまらない。
シャンセルが足止めしているうちに、俺はすみやかにその場から離脱した。
そのあと会ったのは、お掃除をしているヴィルジオとシオン。
シオンはミーネとチャンバラばっかやっている印象が強いが、一応メイドとして働いてもいるのである。
「お、アタシに何かしろってか? いいぜ、何する?」
「いや、普通に掃除しててもらえばいいんだ。その様子を撮影するだけだから」
「それ面白いか?」
「屋敷のありのままの様子を、という話だっただろう。主殿が望むのは、おぬしが真面目に掃除をしている姿なのだ」
「面白いとは思えないんだけどなぁ……」
釈然としないようだったが、シオンは大人しく掃除を再開。
その掃除ぶりは……、すごく普通だった。
「シオンって掃除できるんだな……。それともみんなの指導の賜物?」
「おいおい、アタシだって掃除くらいできるぜ。まあ基本は剣ふってばっかの生活だったけど、あんたらからすれば長生きだからな、放浪するなか色々な仕事をしてきたんだよ。レスカと一緒にしてもらっちゃ困るぜ」
「ふむ、わかるぞ。妾も旅の途中、色々と仕事をしたものだ。それに身の回りすべてを任せられるような宿はとれないから、必要なことは自分でやっていた。掃除、洗濯、炊事、長く続ければそれなりに手慣れてくるものだ」
「わかるー」
ヴィルジオの話にシオンがしみじみと頷く。
意外と打ち解けているような二人。
が――
「アタシはまあ二百年くらいの放浪生活だったけど、ヴィルジオはどんなもんだ? ってかヴィルジオってアタシと歳近い?」
「妾はそんな歳食っておらんわー!」
クワッと表情を一変させ、ヴィルジオが怒鳴る。
しかし、ティアウルであれば即座に逃げ出すヴィルジオの剣幕を前にしてもシオンは涼しい表情である。
歴戦ダークエルフの肝は太かった。
「じゃあどんくらいなんだ?」
「おぬしの半分くらいでしかないわ!」
半分……。
「違う! 半分もいっておらん!」
「何だよー、煮え切らねえ。いいじゃねえか、言っちまえよ、ズバっとさー。ご主人はそんな細かいこと気にしないって。ほら、シャーロットなんて四百歳くらいだろ?」
「おぬしちょっと黙れ!」
キッとシオンを睨みつけ、それからヴィルジオは俺を見る。
「なあ主殿、ちょっとその撮影機をこちらに――」
「撤収ッ!」
「あいあいさーッ!」
記録カートリッジを握り潰される予感がして、俺はすぐにその場からの離脱を決行した。
△◆▽
「ふう、ヤバかった……」
「これあれですね、うっかり撮ってはいけないものを撮ってしまって、命を狙われるやつですね」
「そこまでヤバくはねえだろ!?」
ヤバくない……、はずだ。
たぶんヤバくない。
大丈夫、大丈夫、と自分に言い聞かせていたところ――
「あ、猊下!」
ぱっと花が咲くようなアレサの声がして、次の瞬間にはジャキーンと鎖がつっぱる音がした。
「ぐぎゅー」
撮影機を向けると、そこには鎖に行動を阻まれてジタバタするアレサと、そろそろアレサの飼い主のように思えてきたシャフリーンがいた。
「アレサさん、御主人様を見つけたら、まずは近づいてよいか私に確認するはずだったでしょう? それすら頭から抜けてしまうようではまだまだ首輪をとるわけにはいきませんよ」
「すみません……」
アレサはしょんぼりして項垂れるが、ふと思い立ったように顔を上げる。
「シャフさん、こうして猊下から距離をとって訓練を続けるものの一向に改善は見られません。思うのですが、もしかするとこれは猊下に近付けないことがかえって悪影響を及ぼしているのではないでしょうか? ここらで一度、少し緩和してみてはどうでしょう?」
「なるほど、禁止されるからこそ余計に、ということですか」
「はい。一度、試してみるのもよいのではないかと」
「うーん……」
シャフリーンは判断に困ったように唸る。
「ご主人さまー、どーしますー?」
「俺としては試すのもいいと思う。アレサをこのままってわけにはいかないからな、早く解決するためにも試せることは試そう」
「御主人様がそう仰るのであれば、試すしかありませんね」
「はい! 猊下、ありがとうございます!」
ということで急遽実験を行うことになり、俺は被検体(?)となるため撮影機はシアに預けた。
実験はアレサが俺のすぐ側に立ち、しばらく抱きつこうとする衝動を我慢するというものである。
すでに鎖はぴんと張られているため、いざ抱きつこうとしても抱きつけないので生殺しな実験だ。
そして実験開始早々、アレサは苦しみだした。
「……ぐぐぐぅ、我慢、我慢です。これまでの努力、シャフさんの苦労を無駄にするわけにはいきません……!」
ここまで必死に我慢しなければならない時点でもうアウトなような気がするも、アレサは大真面目、必死に耐えているのだ、もう少し様子を見てあげるべきだろう。
「……頑張れ、頑張れ私! 猊下の期待を裏切るわけにはいかないのです……!」
もう辛抱できねえよ、とばかりにぶるぶる震えていたアレサだったが、聖女としての精神力は並大抵ではなく、やがて衝動を抑え込んで体の震えも徐々に収まっていった。
「……」
そしてアレサは瞑想でもしているように静かになる。
「これ成功か……?」
と、俺が呟いたとき、アレサは俯かせていた顔をゆっくりとあげた。
実に厳かな表情をしているアレサだったが――
「ああ、しかし……」
ん?
「乙女心はフェニックス……! 我ガ抱擁ハ無敵ナリ……!」
んん!?
「いけない、精神武装を始めました!」
「え、何それ!?」
「つまるところは自己正当化です!」
シャフリーンが慌てて鎖を引く。
それはアレサが静から動、まさに俺に抱きつこうとするその瞬間。
バキーンッと。
アレサとシャフリーン、両方からの強力な負荷により、鎖は甲高い音を立ててちぎれた。
アレサは解き放たれたのだ!
「ふわー! 猊下! ふわわー!」
アレサがすごく嬉しそうに俺に抱きついてきた。
これまでさんざん邪魔されてきたので、その喜びもひとしおだったのだろう、その喜びは俺にも共有される。
抱きつかれてすでに幸せな俺に、アレサの喜びがそのままガツンと上乗せされたのだ。
その幸福な気分――多幸感はもはや快楽と言っても過言では無く、それを言葉で表現するのは非常に難しい。
「はぁ~ん」
「ふわー! ふわー!」
それから、俺の記憶はちょっと飛ぶ。
気づくとジェミナがいて、俺とアレサを念力で引き剥がしたところだった。
他にも騒動を聞きつけたのか皆も集まっており、誰もが『あーあ』といった顔をしている。
「うぅ……、駄目でした……。やってしまいました……」
「そうそう上手くはいきませんね」
しょぼくれるアレサの首輪にシャフリーンは新しい鎖をとりつける。
そんな様子を眺めながら、俺はアレサと離れたことで生まれた深い喪失感に苦しんでいた。
それはとても幸せな夢を見ていたのに、目覚めてみるとそれがまったく思い出せず、温もりだけが心に残っている感じに似ていた。
もっと言えば、夢の中で出会った女の子と恋仲になって幸せな時間を過ごしていたのに目覚めてしまった感じだろうか。
寝直したところで、その女の子に会うことは難しい。
だが――。
アレサはそこにいる。
夢の続きがそこにある。
あの幸せがまた訪れるなら――。
「ニャーさま! ニャーさま! 気を確かに持つニャ! とりあえずコレでも抱きしめておくニャ!」
「おいぃ!?」
リビラに差しだされたのはシャンセルで、人恋しい気分の俺は素直にシャンセルに抱きついた。
むぎゅーっと。
「ダ、ダンナぁ!?」
シュバババとシャンセルの尻尾が振られているのを感じる。
これはこれで良い。
でもやっぱりアレサと違う……。
「う~ん……」
「ダ、ダンナ……、そんなガッカリしたように呻かれると、さすがのあたしも傷つくぜ……」
シャンセルの尻尾がしゅーん。
そこで俺は我に返り、慌ててシャンセルに謝った。
「あ、ごめんごめん! シャンセルだからダメとかそんなんじゃないんだよ!」
そう、おそらく誰であろうと。
アレサの共有によって発生する多幸感はそれほどに強力なのだ。
どーやったらアレサの共有は落ち着くのかなぁ……。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/07/16




