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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
番外 『レイヴァース家の異聞抄』編
770/820

第758話 14歳(夏)…古代都市の主(4/4)

「大闘士殿、ここは我らにお任せを!」


 そう言ったのは上級闘士の誰か。


「行くぞ! 特訓の成果を見せるときだ!」

『おう!』


 掛け声に応じ、闘士たちが過密なまでに密集していく。

 そしてもりもりもりっと増殖するように膨れあがると、オモチャ会社発狂ものの四百五十九身合体を果たしてのけた。

 上級闘士をそれぞれの頭部に持つ九頭竜――マッスル・ヒュドラがここに誕生したのだ。


「ひぃ……、こ、こわいよぉ、誰かヘラクレスさん呼んできてよぉ」

「ご主人さまー、ヘラクレスさんもマッチョですよー?」

「そんなぁー……」


 夢も希望も無いシアの突っ込みに俺は絶望するしかなかった。

 そして――


『なんだそれ!? 少し目を離した隙に人類どうした!? とんでもない方向に進歩したか!』


 ヨルドもまたあまりの筋肉ぶりにおののいていた。

 気持ちはよくわかる。

 だがそいつらを人類のスタンダードであると認識するのはやめてもらいたい。


『うおぉぉぉ――――――ッ!』


 マッスル・ヒュドラを完成させた筋肉たちは、咆吼をあげながら瓦礫の巨人へと向かって行く。


『こわっ、こわっ!? 近寄るな気色悪い!』


 面倒な精霊王、しかしその感性は真っ当であったらしい。

 襲いかかる筋肉の怪獣に対し、咄嗟にヨルドが繰り出したのはヤクザキックであった。


『ぬあぁぁぁ――――――ッ!?』


 崩壊するマッスル・ヒュドラ。

 弱い。

 いやまあ筋肉怪獣同士の力比べならいざしらず、伝説の巨人に戦いを挑むのはさすがに無謀がすぎたようだ。

 結局、闘士たちの頑張りは俺の心にフレンドリーファイアをぶちかましただけに終わった。


「うん、これはあれね! 戦っていい敵ね! シオン、行くわよ!」

「おう! 生まれ変わったバハローグ最初の獲物だ!」


 闘士たちでは荷が重いと判断したミーネはシオンを誘って「うひょー!」と瓦礫の巨人へ突撃する。


「〝魔導剣〟!」

「魔王剣!」


 上空へと飛び上がったミーネは巨人の片腕を、地を駆けたシオンは片足をそれぞれに断った。

 だが、そもそも巨人はヨルドが瓦礫を集めて人の形になっているだけのもの、断ち斬ったところでダメージにはならない。


「あんまり効かないわね!」

「こういう場合は核だ核! 核を潰さねーと!」

「精霊ってどうやって倒すの!?」

「知らね! つかミーネずっと一緒に暮らしてんだから知らねーのかよ!」

「うちの子たちに試せるわけないでしょ!」


 うぉりゃー、と二人のバーサーカーは魔技や魔術でもって攻撃を続けるが、破壊した瓦礫もすぐに集まって巨人が修復されてしまうため徒労のようであった。


『この娘たちなんか強くない!? おかしくない!?』


 それでもヨルドが戸惑っているので、足止めにはなっているか。


「なあシャロ、精霊ってどうやって倒すか知ってる?」

「知らん……、と言うか、精霊は倒すようなものじゃないしの。消滅も力を失っていって――、という感じじゃし」

「じゃあ別の場所にぶっ飛ばすとかどうかな?」

「この地の精霊じゃから、それはやめた方がよいじゃろう」

「うーん……、ならどうしたもんか。単純に攻撃しても意味が無いみたいだし。ここは精霊には精霊ってことで、チビたちに大きくなってもらってぶつけるか?」


 チビたちのストレス解消にもなるし一石二鳥だ。

 もしかすると俺の雷撃も効果があるかもしれない。

 うちのチビたちにとってはマッサージのようなものだが、ヨルドに対しては普通に攻撃になるはずだ。

 しかしちょっと不安もある。

 まかり間違ってヨルドもうちの精霊たちみたいに懐いてしまったら鬱陶しい。

 まあうちの精霊は経歴が特殊なので、ヨルドはそんなことにはならないと思うのだが……、こういう変な状況においての俺の判断はいまいち信用できないと経験で学んだので心配なのだ。できれば雷撃は使いたくない。

 となるとやはり期待するのは精霊獣たちの頑張りか。

 しかし――


『ここは我に任せてもらおうか!』


 ここでクマ兄貴が精霊字幕で伝えてくる。

 正直まったく期待できないのだが、すごくやる気になっているようなので試しに任せてみることにした。


『ふっ、今こそ我が武を開放するとき! はあぁぁぁ――――ッ!』


 わざわざ掛け声まで字幕で表示しながらクマ兄貴は瓦礫の巨人へとぽてぽて駆けていく。


『我に力を! フォーメーション! マッスル・エレメンタル!』


 それは同朋への呼びかけであったのだろう、微精霊たちが小さな光となって姿を現し、クマ兄貴へと集束する。

 クマ兄貴の体がもこもこと蠢き――。

 カッ――、と。

 目映い閃光の後、そこに現れたのはクマ兄貴の頭部をもつ輝きのマッスル巨人であった。

 以前一度目撃したが、今回はそれよりもずっと大きく、瓦礫の巨人と同等の体格を誇っている。


『今度はなんだ!? なんだ貴様は!?』

『我はクーエル、精霊王を継ぐ者である!』

『何だとぉ!?』


 クマ兄貴がやる気になっていた理由がここで判明したが、まあどうでもいい話だった。

 向かってくる超クマ兄貴にヨルドは驚き、ミーネとシオンはすぐに状況を把握して離脱する。


「ああもうクーエルったら! やる気なのね、じゃあ任せるわ!」

「ホントわけのわかんねえぬいぐるみだな!」


 こうして廃墟となった古代都市を舞台とし、瓦礫の巨人と超クマ兄貴の戦いが始まった。


『世界はいったいどうなってしまったんだ!』


 やや悲壮な声を上げながら、瓦礫の巨人が拳を繰り出す。

 だがあまりに無警戒。

 超クマ兄貴は拳を躱しつつその腕を取り、巨人の懐へもぐり込む。

 瞬間、瓦礫の巨体が宙を舞った。

 それは見事な一本背負い。

 瓦礫の巨人は背中から地面に叩きつけられ、轟音が響き渡ると共に地響きも伝わってきた。


『なん――、なんだ!? なんだ今の!?』


 投げ飛ばしたことによるダメージは期待できなかったが、予想もしなかった反撃を受けヨルドは動揺する。

 対し、クマ兄貴は追撃することもなく、かかってこいとばかりに手のひらをくい、くい、と動かしてヨルドを挑発した。


『な――、舐めるな!』


 瓦礫の巨人が立ち上がり、今度はヤクザキックを繰り出した。

 謎の技で反撃を受けないようにとパンチを避けた結果なのだろう。

 柔道には蹴り技は無く、故にその選択は正解のように思われた。

 だが、クマ兄貴は蹴り出された巨人の足をとり、素早く軸足を払った。

 為す術も無く転倒する巨人。

 なんと、クマ兄貴はただ柔道技を繰り出すだけの見習いではなく、状況に応じて柔軟な対処ができるまでに成長していたのである。


「わたしが育てました。えっへん」

「育てちゃったか……」


 得意げなシアにちょっと言いたいこともあったが、こうして役立っているようなので撫で撫でしておく。


『怪しげな体技を……、我が封じられている間に、精霊も器用になったものだな!』


 こんなことできる精霊は世界でクマ兄貴一体きりだが、わざわざ誤解を解いてやることもない。

 拳もダメ、蹴りもダメとなったヨルドは、両腕を広げ超クマ兄貴に組み付こうとする。

 だがそれこそ悪手。

 柔道(?)をマスターしたクマ兄貴に組み付くのは自殺行為。

 きっと大外刈りかなんかで転ばされる、そう俺は思った。

 しかし、クマ兄貴が仕掛けた技はもっと大がかりで派手であった。

 組み付かれた瞬間、後ろに倒れ込むように身を退き、そこに瓦礫の巨人を巻き込む。

 巴投げ?

 いや、そのままごろんごろん車輪のように回って廃墟を縦横無尽に転がり始めた。

 あれは地獄車だ!


『なんぞこれぇぇぇ――――――ッ!?』


 しばし軽快なドライブを楽しませたあと、クマ兄貴は勢いを乗せて瓦礫の巨人を放り出す。

 ふわぁっと大質量が高々と宙を舞い、そしてズドーンッとこれまでで最大の轟音、そして地震になれていない国の野郎が「ママーッ!」と叫び出すであろう振動を発生させた。

 するとそのせいでお昼寝していたクロアとセレスが起きてしまう。


「ふえ……、なに……?」

「ゆれました……?」


 音だけでなく振動も防ぐ魔法をお願いしておけばよかったな?

 いやまああるかわからないけど。


『ええい、やるではないか、やるではないかー!』


 盛大に投げ飛ばされたヨルドであるが、まだその闘志は潰えぬようですぐに立ち上がると超クマ兄貴に向かって行く。


「しぶといな。こうなったら……」


 ここはクマ兄貴に任せて先に帰ってしまおうか――、そんな誘惑が俺の中に生まれる。

 と――


「ねえねえ兄さん、これ何がおきてるの?」

「ん? ああ、実はな、ここに住んでいた精霊が喧嘩を売ってきたから、クーエルに相手をしてもらっているんだ」


 説明を端折ってはみたが、詳しく説明したところで要点は言った通りなので本当に無駄な時間を過ごしているのだなと悲しくなる。

 が、ここで事態は動いた。


「むぅ、けんかはいけません!」


 清き心をもつセレスが奮起。

 そして――


「どーん!」


 セレス必殺(?)の不思議な魔法が瓦礫の巨人に放たれた。

 ボッ――、と。

 巨人を形成していた瓦礫が一発で剥げ、覆い隠されていたヨルドが再び姿を現す。


『え……、ええッ!?』


 これにはヨルドもびっくりだ。


『な、何事……!? ええい、まだ我は負けておらん!』


 再び瓦礫が集まり、巨人となる。

 しかし――


「どーん!」


 速攻で剥げる。


『なんで!? こなくそ――』

「どーん!」

『ちょっ!? いや、まだ、まだだ!』

「どーん!」

『ちょっとぉぉぉ――――ッ!』


 しばらく意地になって巨人を復元していたヨルドだったが、戻した瞬間に剥がされる、その無意味さに心が折れたのだろう。


『我の負けだ……』


 とうとう負けを認めた。


『くっ、この地がこれほど荒廃していなければ……!』


 若干負け惜しみも言っていたが、ともかく決着である。


『娘よ、名を聞こう』

「セレスです! けんかはいけません!」

『う、うむ、我とて好きで戦いを挑んだわけではないのだが……、まあいい。ではセレスよ、よくぞ我が試練を乗り越えた。我はここに汝が精霊王であることを認めよう! これより精霊王セレスと名乗るが言い!』

「……ほえ?」


 あ、そうか、そういえばそんな話だった。

 セレスお昼寝してたから状況がわからずぽかんとしちゃってるが……、まあいいか。


『さあ讃えよ! 精霊王セレスを!』


 このヨルドの言葉に闘士たちがこぞって歓声を上げ、精霊獣たちも騒がしく鳴きながら喜んでぴょんぴょん跳ねた。

 一方、ほったらかしになったクマ兄貴は、集束していた微精霊たちがセレスを祝福しようと解散してしまったせいでひゅ~と落下して瓦礫に消えた。


    △◆▽


 想定外の事態になったため、初日の調査は早めにきりあげることにした。


「では、我々は明日の調査に備え、これからみっちり訓練を行い筋肉を仕上げておきます!」

「……?」


 庭園ですごすことになる闘士たちがよくわからないことを言ってさっそく筋トレを始めたが、こいつらの言動が意味不明なのは今に始まったことではないので深くは考えないことにした。

 屋敷に戻った俺は、まずジェミナに精霊エイリシェを呼んでもらい、精霊王ヨルドについて話を聞いた。


「うん? その地の精霊ってだけで、特別ってことはないよ? 私だってこの地においては精霊王と名乗れるしね」

「あー、なるほど。その領内における国王みたいなものなんですね」


 精霊王という称号には『すべての精霊の王』とか、そこまでの意味合いはなかったようだ。


「セレスが精霊王って認められちゃったんですけど、何か問題とかありますかね?」

「名誉称号だからね、それがあるから何か変わるというものではないよ。そもそもあの子、ずいぶんとここの精霊たちに好かれているからちょうどいい称号だったんじゃない?」

「そういうものですか……」

「そうそう、悪影響は無いから心配はしなくていいよ。で、そのヨルドについては……、まあ関わる必要がなければ放って置けばいいんじゃないかな? どうせその地から動けないんだし」

「残念ながら、そういうわけにもいかないんですよ。よくわからないまま調査の許可もされましたし……、なので明日も……」

「ははっ、ご愁傷さま。でも出会いこそ最悪だったとしても、誤解は解けたんだろ? それに君たちがあの地の復興に協力するんなら向こうだって無下にはしないさ」


 エイリシェはそう言って励ましてくれるが、俺としては追いだされていた方が何かと楽だったのでちょっと残念に思っている。


「さて、あとは……、クマか」


 瓦礫の中から回収したクマ兄貴は、セレスに『精霊王』の称号をかっ攫われたことでいじけていた。

 いつもは自業自得なところがあるクマ兄貴。しかし今回は真っ当に頑張った結果が報われなかったということもあり、やや不憫に思えたので俺は元気づけようとご褒美を用意することにした。

 俺のお手製、頭にちょこんと載せるぬいぐるみの宝冠だ。


「これからは……、えっと……、クマ大帝とか名乗ればいいんじゃないかな?」

『クマ大帝……!』


 驚く様子に合わせ精霊字幕が自然に現れる。

 変なところで本当に器用な奴だ。

 クマ兄貴は大喜びで、わざわざ他のぬいぐるみや微精霊、精霊獣を集めて宝冠を披露した。

 そして後日、精霊が宿り飛び回るようになった宝冠を追いかけ回すクマ兄貴の姿が目撃されるようになった。


※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2020/06/10

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/05/21


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― 新着の感想 ―
[良い点] クマ兄貴がかわいすぎる [一言] 後日談最高すぎです‼️ありがとうございます
[一言] 先日、最新話まで読ませていただきました。とても面白かったです!番外編も楽しみにしてます!
[一言] ヨルドさん…わかるよ…世界はどうなってしまったんだ…! あんたぁいいやつだなぁ
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