第77話 9歳(春)…ミーネへのお土産
目を覚ました瞬間、遅刻を確信したときのあのなんともいえない感覚があった。
一瞬どきっとしたが、おれはすぐに我にかえってむくっと体をおこした。
「……喉が、いだい……」
あー、と言うと、うがー、になる。
昨日の無理――喋り通したツケが喉にきていた。
寝過ぎてぼんやりした頭で時刻を確認すると、とっくに正午をすぎていた。十二時間以上は寝ていたことになる。どうやら昨日の試遊会はかなり体に負担をかけていたらしい。
おれがここまで寝まくれたのは、今日は好きなだけ休ませておこうというまわりの配慮からだろう。
ただ眠りすぎて逆にだるい。
あとお腹すいた。
おれがのっそり部屋を出ると、いつからいたのか外で待機していた使用人がすぐに食事の用意をしてくれた。
朝方、ダリスがやってきたそうだが、おれがダウンしているのを知り講習会は明日からということにしてくれたようだ。ダリスはゆっくり休んでほしいとおれへの伝言を残し、冒険の書の資料と居座っていたマグリフ爺さんを引き取っていったとのこと。
徹夜で冒険の書を読みこみ、自分のシナリオを作っていたらしい。
あの爺さんのTRPGに対するポテンシャルはいったいどうなってるんだろう。謎だ。
食事のあと風呂を勧められ、おれはのこのこと風呂へ向かう。
騒がしい奴がいないのでゆったりと湯につかることが出来た。
風呂場の湿気で多少喉の痛みがやわらいだものの、まだまだ痛い。
「あれ、お風呂にいたの?」
風呂からでたところでミーネと遭遇した。
「特訓して汗かいたから、わたしもこれからはいろうと思ってたところだったの。もうちょっと早くくればよかったわ」
「よぐねーよ」
「……!? 声、どうしたの?」
「昨日あんだげじゃべってれば、ごうなるわ」
「うわぁ……、ちょ、ちょっとここで待ってて!」
言うやいなや、ミーネはすごい勢いでどこかへすっ飛んでいった。
疑問を抱きながらも大人しく待っていると、ミーネは小瓶をにぎりしめて戻ってきた。
「これを飲むといいわ! 回復ポーション!」
「おお!?」
そうか、そういう便利なものがこの世界にはあったか。忘れてた。
「喉がいたんでるだけだから、きっとなおるわ!」
「だじがに」
よく気づいたな。これにはちょっと感心した。
安静にしていれば治る怪我は自然治癒に任せるのが我が家の方針である。母さんが回復魔法を使う程度としては、ナイフがケツに刺さるくらいの怪我をした場合だ。
おれの喉も時間がたてば治るものだが、ここで回復させておかないと明日からの仕事に支障をきたす。
ここはミーネの厚意をありがたく受けるべきだろう。
「ありがたぐ」
化粧瓶のような小瓶を受け取り、さっそく淡い緑色した液体を喉へ流しこむ。
味は――、まずくはない。
いや、わりといいのかもしれない。
まあ口に含んだ瞬間、不味すぎてスプラッシュしてしまうような代物では困るわけだし、味には気を使っているのかもしれない。
そして効果については劇的で、すぐに喉の痛みがなくなった。
「これすごいな。すぐに効いたし、味も悪くなかった」
「でしょ! これいざというときのために用意してあったすごいやつなの!」
「おいい!? 喉の痛みくらいで飲ませるものじゃなくね!?」
「ん? いいんじゃない? おじいさまもぜひとも飲んでもらいなさいって言ってたわ」
「な、ならいいんだが……」
はたして金額的にどれくらいのものだったのだろうか。
今のバートランならすごく高価なものでもほいほいよこしてきそうだから恐いんだが。
「それじゃあわたしお風呂にはいったあとあなたのところへいくから、どっかにいっちゃわないでね!」
そう言い残しミーネは風呂へ突撃していった。
おれはそのまま部屋に戻り、明日からのことを考える。
しばらくはGM役に掛かり切りになるだろう。
やがてGM役が育ってきたところで、今度は次の冒険の書を作るために冒険者ギルドへ行ってこれまでどんな依頼があったのか調べさせてもらわないといけない――、が、これは昨日言いそびれた。
次の舞台は王都、焦点をあてるのはそこで活動する冒険者。
たくさんのクエストを用意しようと考えているが、その参考のために依頼の記録を見せてもらう必要があるのだ。
たぶん許可はおりると思うのだが、もし駄目だった場合は必死になって考え出さないといけなくなる。
その場合、ただ単純な「あれ倒してこい」や「これ集めてこい」といった代わり映えのないお使いばかりになりかねない。
出来ればそれはそれは避けたい。
どうせならやりがいのあるクエストを用意したいのだ。
訓練校に冒険の書を寄贈する予定なので、それをだしにしてなんとかなんないかなー……。
「きたわよ」
しばらくすると、お風呂でよく温まったのかほこほこしたミーネが部屋にやってきた。
が、なんであろう。
ちょっと様子がおかしい。
なにやらもじもじしている。
ミーネがもじもじとか。
めずらしいものを見た。
ものすごく珍しいものを見た。
「え、えっとね」
やがてミーネは意を決したように話をきりだす。
「朝におじいさまにきいたの。あの冒険の書って、わたしのために作ってくれたものなんだって。それに遊戯の神まできて、わたしに加護をさずけてくれたって。それでわたし、一度ちゃんとお礼をいっておかないといけないと思って、えっと……、ああっ、なんかいざとなるとてれるわこれ!」
さよならもじもじ。
おかえりおてんば。
「ほら、そういえばこれまでにもいっぱいお世話になってるし、なんか光る針もらったし、服作ってもらうし、いっぱいお世話になってるのよ。だから――ありがと!」
大声で言ってミーネはにこっと笑う。
見惚れるような可愛らしい笑顔だ。
うん、ずっとそんな感じの笑顔でいれば男の子なんかいちころだろうに。武力でいちころじゃなくてさ。まったくもったいないお嬢さまだ。
しかしミーネはいったいどうしてしまったのだろうか。
こんなふうに感謝をのべてくるミーネなど、いったい誰が想像できたであろうか。
まさか冒険の書をクリアしたことで精神が成長したのか?
んなバカな。
まあ、バートランにめっちゃ言い含められたのだろう。
借りが増えすぎて顔が青くなってたからな。
「あ、そうだ」
そこでふと、ミーネにやろうと持ってきたお土産のことを思いだした。ただくれてやるのは癪だったので、冒険の書をクリアできたら渡そうと思っていたものだ。
おれは荷物から布にくるまれた棒状の物体をとりだして渡す。
「初めての冒険の書、その物語の攻略成功の記念品だ」
きょとんとしたミーネが布をひっぺがすと、現れたのはおれお手製の特殊な木剣。ミーネが魔術を習得するきっかけになった木製ガンブレード、その二号だ。
「うわ! わ! ありがとう! ありがとう!」
喜んだミーネがぴょんぴょん跳ねてからおれに抱きつき、そのままおれごとぴょんぴょん跳ね始めた。
「落ちつけ。そしておれを揺するな。食べたものが飛びだすだろうが」
「あはっ、ごめん! あははっ!」
ミーネはおれから離れても笑いながらぴょんぴょんしている。
喜びすぎてテンションがおかしなことになっていた。
ひとしきり喜んだあと、ミーネはさっそく二号をいじろうとする。
だが――
「あれ? これ、まえのとだいぶちがう? 真ん中のまわるところがなくなってるのね。んー?」
実は一号とはモデルにした機構がまったく別物になっている。
一号のモデルはリボルバーだった。しかしそれを見た母さんが銃の着想を得かけたのでお蔵入りになり、最後はミーネに燃やされた。
そこで二号は銃に結びつきにくい機構を採用することにした。
レバーアクション型のリロード機構だ。
これの提案者はシアである。ぱっと見では何をやっているのかわからないし、複雑なので再現しにくく、出来ても壊れやすい、つまり実用には向かないと判断される、と想定しての提案だった。
レバーアクションといったら、おれのイメージはとある映画のワンシーンに集約される。そこで使用されるウィンチェスター社製のショットガン、M1887を使ったスピンコックというリロードアクション。銃をくるりと回す独特のリロードが格好良くて印象に残っている。
スピンコックリロードするガンブレード……。
いいかもしれない。
おれはシアの案を採用して二号を製作した。
構造はシアが知っていたのでわりと楽に作ることができた。もし元の世界の者が見たら、ショットガンの銃身に刃くっつけただけじゃねえかと突っ込みがはいるような代物だが……、まあ、ミーネなら気に入ってくれるだろう。
「これはこうやるんだ」
おれは困惑しているミーネから二号を受けとると、トリガーガードにくっついている楕円の大きい輪に指をひっかけ、剣をくるんと一回転させてリロードの様子を見せる。
「…………ッ!?」
ミーネは眉間に皺をよせまくってますます困惑した。
おれはさらに実演を続ける。
トリガーを引いてコーンと音を鳴らし、スピンコックでリロード、トリガーを引いて――と繰り返し、内蔵していた薬莢もどきをすべて排莢する。
「とまあ、こんな感じだな。あと、前のはちまちま属性を切り替えていたが、こいつはなんと、口で言うだけで切り替わる――という設定だ。うん、その仕掛けはつけらんなかった」
レバーアクション構造に属性を切り替える機構なんて取りつける能力はおれにはなかったので、そこは設定で補うことにした。
「か、かして! かしてかして!」
ミーネは我に返ったようにはっとすると、おれから引ったくるように二号を取りあげた。そして二号をぐるんぐるん回し始める。
こいつギミックとか好きなんだよなー。
「これおもしろい!」
ミーネは二号を気に入ってくれたようだ。
それからおれは二号の扱い方をミーネに教えた。
「今度はうっかり燃やさないように」
「ええ、気をつけるわ!」
「あと、あんまり広めたくないから言いふらしたりしないようにな」
「わかったわ! あ、ちょっとお兄さまに見せびらかしてくるわね!」
「ちょ!?」
おれが止めるまもなく、ミーネは部屋から飛びだしていった。
なにもわかってねえじゃねえか。
「ここまでくるとすげえとしか言いようがねえなおい……」
まあ家族にはそのうち見つかるだろうからいいんだが、それにしてもな。
やれやれと嘆息しながら、おれはベッドに転がる。
ごろごろしながらさらに明日のことを考えていたが、まだ起きてそれほどたってないのにちょっと眠くなってきた。
どうも昨日の試遊会の疲れはかなりのものだったらしい。
明日からは大忙しだろうし、今日のところはこうだらだらして……。
と、うとうとし始めたところ――
「おにぃさまにどられだぁ――――ッ!」
ミーネが半泣きでわめきながら戻ってきた。
おれはびっくりして痙攣しながら飛びおき、そのあと逃げまわるアル兄をミーネと一緒になって追いまわすハメになった。
いやホントなにやってるんですかアル兄さん。
あんたマジでSなんですか?
※誤字の修正をしました。
2017年1月26日




