第756話 14歳(夏)…古代都市の主(2/4)
簡単な挨拶のあと、パイシェが指揮を執り調査は開始された。
集められた筋肉たちはこれから九つのグループにわかれ、担当する廃墟の瓦礫をどかし、内部を丁寧に調べてガラクタを集め、本部に運んでくるという作業をすることになる。
本部には俺のほかうちの面々が待機。
このうち重要な役割を担うのがシャロとコルフィーで、運ばれてきたガラクタを鑑定し、本当にただのガラクタか、それとも役に立つガラクタなのかを選別することになっている。
ただ――
「兄さん! まだ調査は始まったばかりですし、私の仕事はないですよね! ちょっと個人的に調査しにいってもいいですよね!」
「あ、はい」
こんな所に留まっていられない、とコルフィーは意気揚々と飛びだして行く。
お目当ては廃墟に眠る服、あるいは生地だ。
魔導技術が発達していた時代なのだから、貴重な生地、あるいはその生地で仕立てられた服はきっと専用の魔道具で保管されていたに違いなく、であれば自分こそが見つけてやらねばならない――という謎の使命感がコルフィーを突き動かすのである。
要はいつものコルフィーということだ。
「それじゃあ私も行くわね!」
「兄さん兄さん、僕も行っていいよね!」
「セレスもいきます!」
コルフィーに続き、ミーネ、クロア、セレスも単独調査という名の宝探しに出発しようとする。
「ああ、調査の邪魔にならないようにな。メタマルはクロアのことを頼んだぞ。ピスカはまあいつも通りに。あとシア」
「頼まれるまでもありません、セレスちゃんはわたしが守ります」
「うん、じゃあそういうことで。変な物を見つけたら、いじったりせずこっちに持ってくるように」
「わかったわ!」
「うん、わかった!」
「わかりまちた!」
完全に宝探し気分になっている三名と保護者一名は和気藹々と出発。
それを見送ったあと、実は今回の調査で一番重要な役割を担うルフィアとデヴァスに仕事に取りかかるよう指示をする。
「はいはーい、まっかせて!」
「では行って参ります」
竜化したデヴァスはルフィアが乗り込んだ大きな籠を吊り下げるようにして空へと羽ばたき、おまけの子竜が「あぎゃあぎゃ」言いながらそれを追う。
ルフィアの仕事は航空撮影だ。
まずは高空から都市の全体像を撮影し、その後、低空で都市を切り取るように繰り返し撮影を行う。
この写真はあとで組み合わされ、ある程度詳細な都市の様子を確認するために使われる。これがあれば今回の調査が都市全体からすれば何割――、いや、何パーセントかわかるし、それがわかればこの規模の調査をあと何回繰り返せば都市の調査が完了するかという、おおよその日数計算ができる。
「さて、と……、ひとまず暇になったな」
「でしたら、今のうちにのんびりしておきましょう。きっとすぐに忙しくなると思いますから」
そう応えたのは本部でガラクタ整頓作業をする予定のサリスだ。
他にもリビラ、シャンセル、リオ、アエリス、ヴィルジオ、シオンが同じく整頓作業に従事することになる。
これ以外の面々――アレサ、シャフリーン、ジェミナ、ティアウル、リィは別の役割があるため、整頓作業は手が空いていたらということになっている。
アレサは不測の事態における治療要員。地面に打ち込まれた杭とそこから伸びる鎖によって行動を制限されている様子はなんだか犬を連想させてさすがに申し訳ない。問題が解決したらいっぱい甘やかしてあげたいと思うが……。
シャフリーンはそんなアレサの制止役兼面倒見役で、ジェミナは微精霊からの連絡を受ける係。これで何か起きた場合はすぐに知ることができる。
ティアウルはほぼ整頓要員だが、また別に危ない魔道具が見つかった際はすみやかに斧槍――ミーティアでもって金属部を破壊し、復元も不可能な状態にする役割を担っていた。
リィは世にだしても大丈夫と判断された魔道具の調査・保管係である。
△◆▽
作業開始から三時間ほどはのどかなものだった。
セレスはおとものシアと大冒険してきたらしく、ちょっと疲れた様子で戻って来ると、おやつを食べてひと休みしているうちにうとうと居眠りを始めていた。
一方、俺たちはリヤカーに山盛りで続々と運びこまれてきたガラクタの選別に大わらわになっている。
皆がガラクタを手に取りテーブルに置くと、そこにいるシャロが鑑定して一言告げる。主に『ゴミ』『使えるゴミ』『貴重品』『危険物』の四種類であり、皆はそれに従って分類わけされた場所にそのガラクタを置き、またリヤカーからガラクタを手に取ってシャロの前へ、という流れ作業を行っていた。
魔導技術が発達していた時代の都市ということもあり、一軒の廃墟から見つかる魔道具の数は予想よりもずいぶんと多かった。元の世界からすれば家電製品のようなものだから多いのは当然なのか。
「ふう、ひとまず落ち着いたようじゃな……」
鑑定結果をひたすら叫び続けたシャロはくたびれたように言う。
一連の作業をぐるぐる行っていた皆も少しお疲れだ。
「みんなお疲れ。次が来るまでゆっくり休んで」
それぞれ一軒目の調査を終えた筋肉部隊にも休憩をいれてくれと言ってあるので、またしばらくは暇になるだろう。
「予想よりガラクタが多いせいでけっこう時間がとられるな……。今日中に調査できるのはそれぞれあと二軒くらいじゃないか?」
一日あたり九つの部隊がそれぞれ三軒、合計で二十七軒。
都市全体となれば……。
うーん、これ物凄く時間のかかるやつだ。
「調査も大変だけど、集まった本当のガラクタをどうするかもちょっと問題だな……」
九軒の調査ですでに山積みとなったガラクタ。
古の魔道具ではあるものの、現代にも存在するわりと一般的で価値のない代物である。それはただの照明とか、湯沸かし器とか、この都市のどのご家庭にもあった魔道具だ。当然ながらひどく破損しており、残骸としか言えないような状態。復元する価値もない、本当にどうしようもないゴミである。さすがの魔道具ギルドもこれを欲しがりはしないだろう。要るとしてもそれなりに形を保った状態のものを幾つか、といったところだ。
「これはやっぱ塔の大穴に……」
「ですからそれはやめましょうって。空に穴があいて、最初に捨てたゴミとか降ってきたら恐いじゃないですか」
「お前そのネタ押すなぁ……」
俺が塔に開けちゃった大穴にゴミを捨てることにシアは反対だ。
この都市を活用するとなれば、あの大穴は埋め立てるなりしなければならないと俺は考えている。だがこれ、反対意見が多く、皆としては塔とあの大穴はセットで後世に残すべきと考えているようだ。
こうして皆としばしの休息をとっていたのだが――
「みんなー、見つけたわー! まだ動く魔道具よ!」
宝探しをしていたミーネが大声を上げながら戻ってきた。
掲げた手にはその動く魔道具とやらが握られていたのだが――
「――ッ!?」
それは棍棒と言うにはあまりにも貧相すぎた。
短く、細く、軽そうな棒で、そしてブルブルブル~と振動していた。
それはまさに大人のオモチャだった。
「本当だニャ、動いてるニャ! すげえニャ!」
「やったなミーネ、ちゃんと動く魔道具とか見つかったの初めてだろ!」
とんでもないものを掲げて帰還したミーネを、リビラとシャンセルが歓声でもって迎える。
「おー、ちょっと貸してほしいな!」
「ジェミも、ジェミも」
「ではここは順番にということでどうでしょう!、はい! 私が一番でお願いします!」
さらにティアウル、ジェミナ、リオが持ってみたいとか言いだした。
待て、あれは『危険物』だ――、そう言えたらどれほど楽なことだろう。
しかし言えない。
説明したくない。
初めて完全に原形を留め、そして稼働する魔道具の登場に誰もが興味深そうにするなか、俺はどうしたものかと頭を抱える。
救いはシアとシャロが神妙な顔をしていることだろうか。
きっとどうすればこの騒ぎを無難に収められるか思案してくれているのだろう。
「ところでこれって何なのかしら? なんだかすごく立派で頑丈な箱にね、大事そうに仕舞われていたんだけど……」
当然の疑問をミーネは無邪気に口にする。
ここで真実を告げれば、この和気藹々とした空気が一変して微妙なものになってしまうのは疑いなく……。
そこで俺は閃いた。
「肩に押し当てて振動でコリをほぐす道具だろう」
強引に誤魔化すことにしたのである。
すると――
「コリをほぐす道具でしょうね」
シアもこれに追従した。
「コリをほぐす道具じゃろうな」
シャロも俺の案を受け入れた。
皆が「へ~」と納得するなか、アレサだけが「あれ?」という顔をしていたので『どうか黙っていてくれ』という思いを込めて目配せをしておく。
「これで肩こりを……。ねえ、これ貰っていい? お爺様とお婆さまに贈ろうと思うの」
「それはどうだろう」
「それはどうでしょう」
「それはどうじゃろう」
それを祖父母に贈るなんてとんでもない……!
ちくしょう、なんでまだ動くんだよあれ。
どんだけ大切に保管されてたんだよ。
「ミーネ、ここで見つかる魔道具はちゃんと調べておかないといけないんだ。頼む、どうかここは聞きわけて欲しい」
「むぅ……、せっかく見つけたのに……」
名残惜しそうであったが、俺が真摯にお願いしたのがよかったのかミーネは駄々をこねることなく大人しく諦めてくれた。
と、そこで仕事ほったらかしにして古の服を探しに行っていたコルフィーが戻る。
「すみません! つい熱中してしまって! あ、ミーネさん何を持って――、ってなに握りしめてんですか!?」
「ほえ?」
いかん、鑑定してしまったか……!
「コルフィー、あれは肩のコリをほぐす魔道具なんだ」
「え」
「肩のコリをほぐす魔道具なんですよー」
「え」
「肩のコリをほぐす魔道具なんじゃよ」
「……、ですね!」
よし、コルフィーも納得した。
「さあミーネ、それはリィさんに預けておこうか」
「仕方ないわね……。はい」
「……」
ミーネからブルブルブル~と震え続ける『危険物』を渡されたリィは「これ絶対ろくなものじゃないだろ」と言いたげな表情をしている。
これ、後で聞かれるんだろうなぁ……。
説明は……、うん、シャロさんにお願いすることにしよう。
△◆▽
千年の時を超えた『危険物』が純真な俺を居たたまれない気持ちにさせたりもしたが、調査自体は順調に進み、昼食休憩を挟んで午後の作業となる。
午前中にいっぱい遊び、お腹が膨れておねむになったクロアとセレスはすぴすぴと安らかにお昼寝。
ルフィアはそんな二人を仕事よりも張りきって撮影し、リィは作業の騒音で目が覚めてしまわないよう、気を利かせて防音の魔法を施したりしていた。
「えー、では午後の調査も安全第一でお願いします」
調査再開。
この調子なら問題も無く終わるだろう。
そう思った時だった。
『うごごごごご……』
どこからともなく謎の声が辺りに響き始め、一体何事かと皆は警戒を始める。
「えぇ……、何だよ、何か起きるのかよ。もう今回は筋肉が一杯で暑苦しいからそれでいいじゃないか。何でだよ……」
泣きたい気分でぼやきながら、いったいどこから声がするのかと探っていたところ、俺たちの頭上に大きな光の玉がふっと出現した。
「……あん? 精霊?」
それは精霊獣の元の姿である光の玉そのものであったが、大きさはこちらの方がずっと大きかった。
どうやら声の主らしいのだが……。
『許さん……、許さんぞ人間どもめ……!』
姿を現した謎の精霊はなんか知らんが怒っていた。
『よくも謀ってくれたな……!』
そう言われても、俺には何のことかさっぱりわからない。
つか、この精霊が怒っている相手って、千年前にここに住んでいた連中なんじゃないの?
「あ、あのー、僕たちはあなたに何もしていませんよ?」
『しらばっくれるか! ――いや、忘れたのだな! 貴様らはいつもそうだ、少し時間がたつとすぐに忘れる!』
いやそんな三歩あるいたら忘れる鳥みたいに……。
「そうは言いますけど、僕らは本当に何も知らないんですよ。まずあなたのことも知りませんし……」
『なにぃ!? 我を知らぬだと!? 貴様、そんなことも知らずにこの地に足を踏み入れたのか!』
謎の精霊がビカビカーッと威嚇(?)してくる。
正直に話したのはマズかったか?
でも誤魔化して話を進めるのも難しいからな……。
ひとまず謎の精霊が攻撃してきそうなら、精霊たちに足止めしてもらって、そのうちに精霊門で撤退しようと考える。
と――
『まあ知らぬなら教えてやらねばなるまい。でなければ自分がどれほど罰当たりであるかも理解できぬだろうからな!』
「……」
正直なところ知りたくもなかったが、ただでさえ怒ってる奴にそんなことを言えば火に油、仕方なく拝聴することにした。
『聞け! 我こそはこの地の大精霊! 精霊王ヨルドである!』
精霊王?
あー、そうか、そういう手合いか……。
じゃあ……、んー、あれだな。
帰ろう!
※シオンがレスカになっていたところと、文章を一部修正しました。
2020/06/08




