第755話 14歳(夏)…古代都市の主(1/4)
お仕事に取り組む主人公たちの様子などを……。
事の発端は六カ国会議から戻ったシャロの提案だった。
「のうのう婿どのー、皆にの、聞かれるんじゃよ。婿殿は古代都市をどうする予定なんじゃーとな。これまでは考え中ということで誤魔化しておったんじゃが、そろそろ方針くらいは報告しておいた方がよいのではないかと思うんじゃよ」
お仕事で出掛けることが多くなったシャロは、屋敷に居られる時に鬱憤(?)を晴らすよう甘えてくるようになった。
現在は俺の膝にちょこんと座り、『今日は学校でこんなことがあった!』とお喋りするように会議の内容を報告している。
「あそこかー……、何も考えてないんだよな」
古代都市ヨルド。
更地にするのか、歴史公園にするのか。
もしかしたらそのうち良い案が浮かぶかもしれない。
そう放置して早三ヶ月――、そんなものは影も形も無い。
「このまま放って置くってのはダメかな?」
「何か理由があって放置するのはかまわんが、面倒じゃからと放って置くのはまずいじゃろうなぁ……」
「だよねー」
「なんにしろ、まずは調査してみて――、じゃろうな。あそこは婿殿以外となると、どこが調査しようと角が立つ面倒な場所じゃからのう」
そう、べつに欲しくもない古代都市を引き受けることになった最たる理由はそこにある。
かつてあの場所には人の営みがあった。それが原始人のようなものであればどうでもよかったのだが、実際は今よりもずっと進んだ魔導技術によって栄えていたのだ。となると、都市のあちこちにその時代の利器が手つかずで転がっているということになる。
「行きすぎた時代の代物じゃからな、武器や兵器でなくとも、それこそ日常的に使っていた便利な道具でしかないものもすら誤った使い方をすれば容易く人を傷つける。おまけに何のためにこんなもの作ったんじゃと説教したくなるような妙なものも存在するからのう」
放置されて千年――、ほとんどは経年劣化して壊れていると思うが、その大昔の魔道具の中には現代でも機能しているものがあるだけに楽観視もできなかった。
そしてそんな都市の中央にあるバベルの塔、その外周居住区には『世界樹計画』に関係する資料なども残っているはずだ。
溜まりに溜まっていた澱を綺麗さっぱり片付けたにもかかわらず、未だ騒動の火種をこれでもかと残す古代都市は言うなれば『希望』を入れ忘れたパンドラの箱。どこかの国や組織が関わればいらぬ疑惑を生むし、かといって共同調査も諍いが起きそうで、こうなると俺が都市をまるごと引き受けるしかなかったのである。
「いつまでもシャロに誤魔化してもらうわけにはいかないし、近いうちに調査をしとこうか。まずは……、んー、三日くらい。本格的な調査計画を立てるための調査とか」
「うむ、ひとまずはそんなもんじゃな」
この調査結果を踏まえ、何カ年計画とかにすれば以降は『調査中です』で誤魔化せる。
ということで古代都市の調査をする気になってはみたが、何しろ規模が都市である、うちの面々を動員するくらいでは話にならない。
どうしようかと皆に相談したところ――
「では倶楽部から有志を募ってみてはどうでしょうか? 瓦礫と化した都市の調査、力自慢の闘士たちはうってつけだと思いますよ」
そう提案してきたのはパイシェだった。
なるほど、確かに。
闘士たちによる人海戦術は妙案である。
倶楽部ならばどこぞの国や組織から間諜が紛れ込む心配もない。
むしろ闘士の方が国や各組織を侵食しているのが現状なので申し訳なく思っているくらいだ。
「レイヴァース卿のためとあらば、無償であろうと誰もが喜んで参加することでしょう。ただ食事は用意していただきたいところです」
「いやいや、そういうやりがい詐欺はいけない」
もう闘神の祝福を失った『なんちゃって大闘士』な俺だが、未だ闘士たちの信望はどういうわけか厚い。前に神妙な顔でウキウキしながら引退を提案してみたら説教されたくらいだ。
例え闘神の祝福を失おうと――、いや、神々の祝福を失おうとも悪神を討とうとしたその気概こそ大闘士に相応しい、とかなんとか言われたが、絶対なんとなくの思いつきで言っているだけだと俺は思っている。
おまけに――
「あなたが始めたんだから、途中で放り出すなんてことしたら駄目じゃない」
闘神の加護持ちということでミーネにも駄目だしされる始末だ。
「ちくしょう、始めたんじゃねえ、気づいたら始まってたんだ! 手遅れだったんだ……!」
どんどんムキムキしていく野郎どもに囲まれ、この先どうしたらいいのかと猪の仮面かぶって途方に暮れていたあの頃の切なさときたら……。
ともかく、闘士たちを働かせるならちゃんと対価は払わねば。
「ですが、報酬を貰えるとなれば皆は『悪漢殺し』を期待するのではないでしょうか?」
「ええぇ……」
ビール賃金なの?
本当にそれでいいならいいのだが……、いや、なんだか心配だ。
「じゃあ貨幣で支払って、そこに『悪漢殺し』をおまけにつけることにしよう」
「わかりました。ではどれくらいの数を集めましょうか?」
「どれくらいの数か……」
来られる奴は全員来い、とか言ったら大変なことになるに決まっているのでちゃんと人数は決めた方がいい。
「これは本格的な調査ではないから……、うーん、上級闘士一人につき、部下五十人って感じかな」
上級闘士は九人なので、動員される闘士は四百五十人。
これくらい居れば、それなりに調査もできるだろう。
「わかりました。ではそのように」
こうして大量の筋肉たちが集合することになり、ここから本格的な準備が始まる。調査のための調査とはいえ、それなりの段取りは決めておかねばならず、動員した筋肉たちがちゃんと活動できる準備も整えておかなければならない。
最たるものは食事で、これはあらかじめ作って魔導袋へ入れておくのがいいだろう。飯時になったら庭園に移動させ、イールに用意させる――と悪魔も囁いたが、もう緊急事態ではないのだ。ちゃんと作ったものを食べさせてやらないとさすがに良心が痛む。
まあ食事はさすがにあれだが、風呂や寝床はイールに用意してもらえばいいだろう。
ただトイレは庭園だけでなく古代都市の方にも必要だ。
庭園だけでは「あっ、あっ、もう間にあ、アァァァ――――ッ!?」という悲劇が起きる。
簡易トイレに変形できる分身を派遣してもらえるかどうか、イールにしっかりと確認しておかなければならない。
△◆▽
調査の準備は順調に進み、特に問題らしい問題も起きなかった。
ちょっとエドベッカが調査に参加したいと懇願してきたくらいだ。
ただの魔道具好きの一般市民として参加したいとエドベッカはキュルルンとした瞳で仲間になりたそうに見つめてきたが、俺は鋼の意志で『いいえ』を選んでお帰り願った。魔道具の専門家なので役に立つと必死に自分を売り込んできたが、こっちにはシャロとコルフィーが居るので必要ないとお帰り願った。最終的には回収した魔道具を後でこっそり見せてあげるから大人しく待ってろとお帰り願った。
やっと帰った。
まったく、いったいどこで聞きつけて来たのやら……。
そんなこんなで調査の当日。
作業を始めるにあたり、まずは精霊門で古代都市へ移動、バベルの塔前に集合する。
屋敷からは婚約者の皆さん十三名、それからアエリスにパイシェ、リィ、デヴァスとシオンが参加。
クロアとセレスは調査というより遊びに来ており、昨日は今日晴れるようにとシアに習いながらてるてる坊主を作って楽しみにしていた。
他にも遊ぶ気まんまんでバスカーなど元気な精霊獣が勝手にやってきてすでに走り回っている。微精霊たちが事故の警戒、ジェミナへの連絡など、お仕事をするというのに呑気なものだ。
ぬいぐるみ勢ではクマ兄貴だけが参加しているが……、何をしにきたのかはまったくの謎である。
うちで不参加なのは父さん母さん、ティアナ校長、アリベルくんとその面倒をみるレスカ、シャロの代わりにお仕事にいったロシャといったところだ。
「この調査は重要な仕事じゃからな! ワシは鑑定役として頑張らねばならん! というわけでロシャ、他のことは頼んだぞ!」
ぺかー、っと空に輝く太陽のような笑顔でシャロは仕事を押しつけていた。
この他、うちの関係者枠としてルフィアがいる。
今回はどこからともなく湧いてきたのではなく、ちゃんとお仕事を依頼しての参加だ。
そして、そんな俺たちの正面にはガチムチが整列していた。
総勢四百五十九人。
厳粛な抽選で弾き出されたのか、先日、キラめく粒子となって消滅した変態の姿は無い。
それは素晴らしいことであったが、奴のせいで筋肉恐怖症がぶり返した俺にとってこの暑苦しい光景はつらいものがあった。
「き、筋肉がいっぱいだ……」
目眩がして、ふらりとよろめく。
「猊下!」
瞬間、アレサが声を上げ、駆け寄って俺を支えようとする。
が――。
ジャキーン、と音を立てた鎖がそれを妨害。
アレサの首輪に繋がる鎖の先には不動のシャフリーンがいる。
「うぅ~、猊下ぁ~」
伸ばした手をばたばたするアレサは、こう言っては失礼だがちょっと間抜けである。
ところが――
「猊下ぁ~」
「くっ、今日は……、すごい力です……!」
アレサを引きとどめるシャフリーンがじりじり引っぱられ始めた。
それはちっちゃい子が大型犬を散歩させようとするも、そのまま引きずられて散歩させられているような感じであった。
「み、皆さん、手を貸していただけませんか!」
もう目眩は治まっていたが、そんなことお構いなしとアレサが俺に迫るのをやめようとしないため、危険を察知したシャフリーンは皆に助けを求めた。
「アレサよ、落ち着くのだ」
ヴィルジオがじりじり進むアレサを押し留めようとする。
が、しかし、ヴィルジオは弾かれるようにアレサから離れると、今度は俺に抱きついてきた。
いや、抱き竦め、頭にすりすり頬ずりすらしている。
「ち、違う! これは妾が望んでやっているのではない!」
慌てて弁解するヴィルジオ。
傍から見ればその言動は不可解なものだろう。
これはアレサに接触したことで意志が共有されてしまい、つい俺に抱きついてしまったのである。
「あ、でも別に嫌とかそいうわけではないのでな! そこは勘違いしてもらいたくはない! むしろ役得であると言うべきかも――」
「ヴィルにゃん、混乱してるのはわかるけどそれくらいで黙っておいた方がいいニャ。また引き籠もられると面倒ニャ。あとニャーさまから離れるニャ」
「む……、うむ。いやだがな、それがなかなか……。寒い朝は温かい布団から出るのに難儀するようなものでな」
「そんな例えは求めてねーニャ。つか皇女のくせに例えが純朴すぎてびっくりニャ」
リビラに嫌味を言われようと、何だかんだでヴィルジオは離れようとしなかった。
するとそこでミーネ、ティアウル、ジェミナが動いた。
ててっ、と三人まとまってアレサに突撃していき、跳ね返されるようにして「わーい」と俺にしがみつく。
結果、俺は正面にヴィルジオ、背後にミーネ、左右はティアウルとジェミナにしがみつかれ、四方を完全に抑えられることになった。
「くっ、包囲されてしまったか……! これは……、んー、もう無理だな!」
べつに故郷の歌とかは聞こえてこなかったが、俺はすみやかに自分の敗北を受け入れた。
この、覇者たる男の敗北は、時代にどのような変革をもたらすのであろうか……。
と――
「「それはちょっとずるくないですか!?」」
幸せな気分にひたっていたら、アレサとシャフリーンからクレームがついた。




