第750話 14歳(夏)…花嫁衣装は夢ですか?
コルフィーはちゃんと仕事をしていた……。
魔獣に襲いかかってぶっ飛ばされているだけではなかったのです。
帰りたくなさそうなリクシー兄さんとユーニスをベルガミアへ送り出したあと、リビラとシャンセルは重い足取りでコルフィーの裁縫室へ向かい、どうして俺の上着の両袖がパージされてしまったのかを申し訳なさげに説明した。
「まったくもう、いったい何をやっているんですか」
「ごめんニャー」
「すまねえ……」
まったくまったく、とお冠のコルフィーに対し、リビラとシャンセルはしゅーんと項垂れて叱られるままだ。
社会的な立場で言えばコルフィーは一介の魔装職人。対してリビラは伯爵令嬢、シャンセルに至っては王女様である。そこには厳格な身分の差というものがあるのだが、この屋敷、そして今この時においてはそんなもの何の効力も持たなかった。
むしろ、今現在のコルフィーは二人よりもずっと上の地位にあるのかもしれない。
と言うのも、いずれ自分たちが着る花嫁衣装を仕立てるのが、他ならぬコルフィーだからである。
ここで下手に機嫌を損ねてしまい「衣装は作らない!」などと言いだされたら、もう二人は泣いてすがるしかなくなってしまう。
花嫁衣装自体は他で用意できるとしても、皆がコルフィーの仕立てた衣装を着られるのに自分たちだけ着られない、なんて仲間はずれは絶対に避けたいところだからだ。
こういった理由から、現在コルフィーは女帝と言っても過言ではない影響力を持ち、例えばシアに「ちょっとムシャクシャするからリマルキス張り飛ばしてきて!」と言えば、シアはその足でメルナルディアの王宮に殴り込みをかけ、問答無用でリマルキスを張り飛ばしてくるに違いないほどの強権を有しているのである。
しかしながら、基本は己が領土たる裁縫室――『コルフィーの砦』から出て来ず、作業の邪魔さえしなければ大人しいので特に問題は無いのだが……、リビラとシャンセルはやってしまったのだ。
「わ、悪気はなかったのニャー、つい力が入ってしまったのニャー」
「そうなんだよ、コルフィーの仕立てた服を引きちぎろうなんて気はさらさらなかったんだ。ホント、意地の張り合いでうっかりさ」
ごろにゃ~ん、くぅんくぅん、といった感じで二人はコルフィーのご機嫌を取る。
「これ、滋養強壮効果のある薬草ニャ。長時間の作業をするコルフィーにはぴったりニャ。ほんのり甘くて美味しいニャ。休憩のときに食べてほしいニャ」
さらにリビラはお土産として大量に渡された草をお裾分け。
こういった懸命な謝罪が功を奏し、ひとまずコルフィーの溜飲は下がる。
「もう、これからは気をつけてくださいね」
「肝に銘じるニャ」
「うん、気をつける……」
なんとか女帝の怒りを静めることに成功した二人は、そそくさと退出しようとする。
俺もそれに続こうと踵を返すが……、ガッ、と襟首を掴まれた。
「兄さんはもう少しいましょう」
「え」
何故に、と困惑しつつ『助けて』とリビラとシャンセルに目で訴えてみる。
「コルにゃんは篭もっての作業するからニャーさまと触れ合う機会が少ないニャ。たまにはゆっくり裁縫の未来について語り合うのもいいと思うニャ」
「ああ、そういう話となるとダンナしかいないしな。ってことで、お邪魔になるあたしらはさっさと消えるとするか」
「そだニャー」
そんなことを言って立ち去るケモ娘たち。
こういうところは仲良しか、仲良しなのか。
「むぅ、何ですか兄さん、私とはお話したくないんですか?」
「はっはっは、そんなわけないじゃないか」
「ですよね!」
にっこりとコルフィーは微笑む。
まあ話が通じる状態のコルフィーなら一緒にいてもなんら問題ではないのだ。変なスイッチが入って、俺をフットコントローラーべた踏みの電動ミシンみたく働かせようとするコルフィーは恐いが、普段は可愛い妹なのである。
△◆▽
このところ裁縫室に篭もってばかりだったコルフィーが何をしていたかと言うと、今年の秋ごろに結婚を予定しているミリー姉さんから花嫁衣装を依頼されたので、どのようなものにするか構想を練り続けていた。作業台には緻密なデザイン画が膨大にあり、それは正面からの全体像だけではなく、あらゆる方向から見た図、そして各部の細かなデザインに至るまでのもの。一枚描くのにもそれなりの時間を要するこの作業をコルフィーは黙々と続けていたのである。
「これだ、って候補が幾つかできたら兄さんにも見てもらいます。それからミリメリア様にも確認してもらって、最終的な形を作り上げようと思っています」
裁縫大好きなこの少女が、これからいったいどれだけのパターンの組み合わせを行うのかちょっと想像がつかない。
「いざ製作となったら兄さんも手伝ってくださいね!」
「そ、それはもちろん。ミリー姉さんにはお世話になっているからな。……なっているよな?」
「それを聞いたら台無しです」
ミリー姉さんとはここ二ヶ月ほど会っていないが、そろそろシャフリーン離れはできたのだろうか? 王宮にいるのか、それともクェルアーク家にいるのかまではわからないが、来ようと思えばこの屋敷にはすぐに来られる。そんなミリー姉さんが現れないのは……、ここにシャフリーンが居て、ついつい甘えたくなる誘惑に抗えないことをわかっているからではないか、などと詮無いことを考え、それからコルフィーに意識を戻す。
「かなり気合いを入れて取り組んでるみたいだな」
「もちろんです! お姫様が着る花嫁衣装ですよ! それをお願いされたんです! そんなの気合いが入るに決まってるじゃないですか!」
「お、おう」
仕立て屋はコルフィーにとって趣味と実益どころではなく、生き甲斐まで兼ね備えた魂の仕事だからな、今回のように意義のある仕事は大好物なのだろう。
「そ、それにです、ここで素敵な花嫁衣装を仕立てることができたら皆さんも安心するじゃないですか。このミリメリア様の依頼が無事にすんだら、そこからは本格的に自分たちのものをと思ってるんで……」
ちょっともじもじしながらコルフィーは言う。
花嫁衣装か……。
着る機会は結婚式くらいで、あとは仕舞われてしまう代物。しかしこれをその程度の物と考え、何かの拍子にぽろっと口を滑らせたりすると俺は皆から総攻撃を喰らって蒸発することになるだろう。
これまでも一目置かれていたコルフィーが、今では怒らせてはならぬ荒神みたいな扱いになっている。
つまりそれだけ皆は花嫁衣装に期待し、入れ込んでいるわけだ。
ならば……、俺は花嫁衣装が素晴らしいものになるよう精一杯の協力をせねばならないし、しておいた方がいい。
「なあコルフィー、みんなの花嫁衣装にはさ、せっかくだから養殖してもらってるヴィルクを使ったらどうかな?」
「むむっ! むぅ……、実はそれをお願いしようか悩んでいたんです。そりゃあ使いたいですけど、そう着る機会がないものに貴重なヴィルクを使ってよいものか……!」
おや、コルフィーにも『さすがにそれはもったいない』という葛藤があったのか。
だが『もったいない』からこそ特別であり、その特別でもって結婚式という晴れの舞台を盛り上げようとすることに皆だって悪い気はしないはずだ。
まあこれはあれだな、自分から熱湯風呂に飛び込むのはつまらないので背中を押して欲しいってやつだな。
「確かに周りに披露する機会は少ないだろうけど、俺の予想では衣装が仕上がったあたりから、屋敷では花嫁姿で徘徊するお嬢さんたちが目撃されるようになると思うぞ」
一度試着して、あとは結婚式当日のみ――、というのはちょっと考えられない。徘徊どころか、場合によっては庭園で駆け回っていても俺はまったく不思議に思わない。
華やかなことである。
「それにさ、なんだかんだでこの十三の花嫁衣装は歴史的な価値を持つようになっちゃうと思うんだよね。うちの家宝ってだけでなくてさ、この国、もしかすると大陸の宝、なんてことになる可能性もある」
俺、一応世界を救った英雄である。
その俺が婚約者の一人と一緒になって仕立てた十三の花嫁衣装。
これだけはっきりした謂われがあるのならば、後世においてはそれくらいの価値を持ってもおかしくはない。
「だからさ、むしろヴィルクくらい使っておくべきなんじゃないかと」
「くっ……、ということは、仕立てた花嫁衣装がレイヴァース家の家宝として受け継がれ、連なる子孫たちがそれを着ることを許される……、なんてことになるかもしれないわけですか。いいですね、素敵ですね、これならヴィルクを使ってしまってもいいような……!」
「まあ使うのは全然かまわないから、踏ん切りがついたら言ってくれ。向こうに連絡するから」
「私が使うことは決まってるんですか?」
「使うだろ?」
「使いますね」
正直でよろしい。
みんながより喜んでくれるなら、やった方がいいのだ。
……あ。
「どうかしましたか?」
「あー……、うん、えっと、そう言えば花嫁衣装よりも先にどうにかしないといけないことがあったのを思い出した……」
「なんですそれ?」
「実はさ、みんなに婚約指輪かなんかと贈ろうかと……」
「婚約指輪! いいですね! 貴族様って感じです!」
そう、婚約指輪は一般にはそれほど普及していない。
価値のある品を贈るということは行われているが、宝飾品を贈るのは貴族や裕福な者たちくらいのものである。
「それが何かいけないんですか?」
「いや、そういうことじゃないんだ。用意するだけなら簡単だし。ほら、こんな感じって絵を描いてメタマルに見せて、材料を渡せばすぐに作ってくれるだろうから。でもそれでいいのかって思ってさ。とりあえず用意した、みたいな感じがして心がこもってないような……」
「では兄さんが作ります?」
「今から彫金を始めるのはさすがに時間がかかりすぎる。納得のものができるまでどれくらいかかるかわからないよ。中途半端な代物を用意して、いくら心を込めて作りました、って言ってもさ、やっぱり出来映えって重要だろ? 喜んではくれるだろうけど、それは婚約を記念した指輪でやるべきじゃないなーと」
「そうなると、やはり熟練の職人に依頼するしかないのでは?」
「まあそうなるよな、それが普通だよな……」
「ありきたりが嫌なら、その指輪に神鉄の針を埋め込んでみてはどうですか? 特別になりますよ?」
「さすがに十三本用意するのはちょっと……」
「一本でいいんですよ。それを十三分割して、十三個の指輪に埋め込むんです」
「なるほど……、それなら現実的か」
その発想は無かった。
針一本なら、せっせと花嫁衣装を仕立てている間に光るようになるだろう。
「花嫁衣装を仕立てるなかで神鉄と化した針を十三に分け、十三の婚約指輪に埋め込む。素敵だと思いますよ? ――あ、も、もし結婚指輪まで考えてもらえるなら、もう一本必要ですね。こっちは十四に分けて……」
「うん、そうだな、そうだそうだ」
いるよな、そりゃ結婚指輪もいるよな。
こっちでは一般的でないにしても、そういう風習が当たり前な世界を知っているシアとシャロがいるからな、二人が皆に布教したらそりゃもう用意してなかったらヤバいレベルになるわけですよ。
「ひ、ひとまず婚約指輪はそんな感じでいいか、みんなにも話をしてみよう。納得してくれるといいな」
「もちろん納得してもらえますよ」
コルフィーがそう言ってくれると気が楽になる。
さらに、これで婚約者に贈り物の一つも用意してなかったのが誤魔化せることを思うと、大いなる安堵が俺を包みこんだ。
そしてその安らぎのなか俺はふと考える。
「どうせならミリー姉さんの花嫁衣装にもヴィルクを使うか」
「兄さんが許可するなら異存はありませんね。実を言うと、どれくらいの物に仕上がるか見てみたいというのもありますし」
「そうかそうか」
実験台――、と言ってはいけない。
そう、これは栄えあるプロトタイプと考えよう。
「ならばここはさらに――」
「あ、聖別は駄目ですよ」
言いきる前に先読みされて却下された。
せっかく潤沢な木材のストックがあるのに……。
「ダメなの?」
「駄目です。花嫁衣装がうっかり凄すぎる代物になって、ヴァンツ様に没収されたらどうするんですか。せっかくの花嫁衣装なんです。一番良いものは没収されて、これは許可されたそこそこのもの、なんてケチはつかない方がいいです」
「むぅ……。でもさ、とっておきを贈りたい気持ちはコルフィーにもわかるだろ?」
「それはわかりますけど……」
「せっかくの花嫁衣装だ、聖別できないのはあまりに惜しい。これはミリー姉さんのものだけじゃなく、皆の花嫁衣装にも言えることだ」
考えてみれば俺の中から『死神の鎌』はもう失われている。なら聖別してもこれまでのように危険な領域に突入してしまった代物にはならないのではないだろうか?
もし変なものができても、デヴァスに海か火口に捨ててきてもらえばいいし、俺が古代都市ヨルドにあけちゃった大穴に捨ててもいい。
「それにさ、何も一発勝負する必要は無いんだよ。花嫁衣装に使う生地でいきなり聖別を行って仕立ててみる必要は無いんだ。何度か挑戦してみて、やり過ぎにならない程度の日数を割り出すんだよ。アレな代物ができてしまうなら、祈る日数を減らしていく、とかさ」
「なるほど……、それは名案ですね!」
この提案にはコルフィーも賛同してくれた。
が――
「待てぇぇ――――い!」
来たよ、邪魔なのが。
「どうしてだ! どうして貴様はそうなのだ! 懲りんのだ!」
突如出現したパンツ神はさっそくぷりぷりしている。
俺は黙って神罰ハリセンをスタンバイ。
「おいこら貴様、その地味に物騒なものをしまえ」
「に、兄さん、あの、それはしまいましょう?」
コルフィーは力尽くはお好みではないようだ。
仕方ない、ここはコルフィーをたてて穏便に話し合いで解決するか。
「やれやれ、お前はいつも怒っているな」
「貴様のせいなんだが!? その呆れたようなツラがすっごく釈然としないんだが!?」
「奇遇だな、俺もお前に怒鳴られることが釈然としない」
「この状況でぬけぬけと……、とても正気とは思えん」
「失敬な、俺はいつだって正気だ。なあコルフィー?」
「え!? あ……、はい!」
何故かコルフィーが同意するのに戸惑ったが、まあいい。今はこのお邪魔虫をどうにかするのが先決だ。
「なあ、まつろわぬ神よ。お前は何が気に入らないのだ。俺の中から面倒なものが失われた今、聖別をおこなったとしても危険な代物になる心配も無くなっただろ? きっと『何だか変な物』くらいにおさまるはずなんだ。なら、この可能性には懸ける価値があるとは思わないか? それが歩み続ける人というものの在り方だは思わないか?」
「なにいいこと言ってるふうに誤魔化そうとしてやがる。そんな可能性に懸けるな。いいこと無しだ」
「いや、そんなことはない。上手くいけばお前の利にもなる」
「利だと?」
「こうやって生地を聖別する手法が確立されたら服飾文化が――」
「滅ぶわ! 人が服を身につけることを諦めてしまうわ!」
「おいおい、そんな事態になる――」
「可能性はあるんだよ! 貴様に限っては! 貴様はこれまで思いつきで始めたことが想定通りに収まったことはあったか!?」
「はっ、何を言うかと思えば。もちろん……、あるさ」
あるような気がする。
でも記憶を辿って探すのにはちょっと時間がかかりそうだ。
「はん、自分でもわかっているのだろう? 何か始めるとだいたいおかしなことになってしまうと。いいか、世界をかき回したいのでなければ、貴様は変に発展を望むな。望まなくとも貴様が何かすれば勝手に発展するから余計なことはするな」
「くっ……」
こいつ、進歩・発展を司る悪神に対してなんて言いぐさだ。
「まあ俺もそろそろ貴様に言って聞かせるのは無理なのだと諦めてきている。そこで――」
と、パンツ神は俺たちを見守っていたコルフィーに顔を向ける。
「敬虔なる信徒コルフィーよ、取引をしよう。君がそこのかろうじて言葉が通じるだけの馬鹿を何とか説得してくれたら、君が夢であった工房を開いたとき、私が認めた職人であると広く告知すること、そして私の紋章を使うことを許可しよう」
「ええっ!?」
「お前!? そんな嫌がらせをしてコルフィーを脅すつもりか!」
「貴様本当に言葉が通じるだけか!? それともまさか俺が何の神か忘れているのか!?」
「パン……、ツ?」
「もっと範囲が広いわ馬鹿め! と言うか戸惑いがちに言うな! 本気で心配になるわ!」
「兄さん……?」
いやコルフィーさん、そんな不安そうな目を向けないでくれないか。
大丈夫、本当はちゃんと覚えてるから。
「あーっと、コルフィーさんや、こいつはこんなこと言ってるけど、これってコルフィーにとってわりと良いことだったりする?」
「それはもちろんですよ! すごいことです!」
おっと、コルフィーの目の色が変わっている。
お墨付きみたいなもの――、いや、神が保証するなら折り紙付きと言ったところか?
「コルフィーは取引に応じたい?」
「そ、それはもちろんですけど、でも……」
「ああいや、俺に気を使わなくていい」
「うぅ……、でもでも、この取引で認めてもらうのは、何だか職人として間違っているような……」
「コルフィーよ、それは違う。いくらそこの馬鹿を説得できたとしても、認めるに値しない者を認めるようなことを私はしない」
コルフィーには才能があり、努力もしている。さらに神の加護を与えられ、別の世界のデザインも吸収しているのだ。ぶっちゃけ、女性用の下着製作だけでも天下を取ってしまう可能性すらある。コルフィーが服飾文化を発展させていくことに間違いはなく、パンツ神もそれを見込んでいるのだ。
つまり、奴はべつに与えても構わないものをちらつかせて俺を遣り込めようとしているのである。
何て邪悪な奴だ。
だが――
「わかった。コルフィーのためになるなら、俺は挑戦は諦めよう」
「お、おお、そ、そうか。あ、諦めるならそれでいい」
俺がすんなり折れたことにパンツ神は驚くどころかおののいてすらいるようだったが、すぐに表情を改めるとコルフィーに言う。
「では、コルフィーよ、その時になったらまた訪れる。それまで努力を怠らないようにな」
「はい! ありがとうございます!」
「うむ、ではさらばだ」
こうしてこれまで通り、唐突に現れたパンツ神はぱっと消え失せた。
俺に目もくれやがらずに。
「ったく、騒ぐだけ騒いで消えやがる……。だがまあ、コルフィー、認められてよかったな。可愛いサソリさん印のお店を持つことが夢だったんだろ?」
「はえ!? あ、それ、覚えててくれたんですか……?」
「なんとなく覚えてた」
まだコルフィーが実母と暮らしていた頃の夢の話は、皆の下着作りという苦行の記憶と共に俺の胸に刻まれている。
もう今となってはとてもではないができない仕事だ。
「今のコルフィーなら自分の店を持つこともそう難しくないな」
例え俺が出資しなくとも資金はすぐに集まるだろう。コルフィーの仕立てた服にお世話になっているうちのお姫さまやご令嬢が実家に働きかけたら集まりすぎなくらいに。
「夢に手が届くな」
「そうですね……、でも、まだちょっと実感がないです。今はそれとは別の夢が始められそうなところにあるので、そっちに意識が向いてしまっているってのもあるかもしれません」
「別の夢?」
尋ねてみると、コルフィーはすぐには答えずもじもじ。
やがて顔を伏せたままで、もじょもじょと言う。
「こ、こうやって一緒に仕事できる人と一緒になって、自分の花嫁衣装を仕立てることが……」
「おおう」
なるほど、もう始まっている夢か。
そりゃこっちに気が向くわな。
「もしできるなら、昔の自分に伝えてあげたいです。あなたの夢は叶うよって。スカートを強奪していった子犬の主人が運命の人だって」
「うっ、そ、その節は大変申し訳なく……」
「こちらこそ、八つ当たりしちゃってごめんなさい」
そう言って、コルフィーは顔を上げる。
もう今は穏やかな笑顔だ。
「たまには今日みたいに構ってくださいね。あと一緒に針仕事をしましょう」
「ああ、そうしよう」
難しいかもしれないが、せめて実現するよう努力はせねば。
なんせ俺は一人だからな……。
などと思っていたのが伝わってしまったのかは謎だが――
「ふふ、でも兄さんに構ってもらいたい人は多いですからね。皆さんだけでなく、精霊のみんなも。いいえ、この屋敷だけじゃなくて、他にもいっぱいです。あーあ、兄さんがたくさんいたらいいのに」
「ちょ!?」
いけない!
コルフィー、その発想はいけない!
未曾有の大混乱の引き金だ!
ヴァンツが青ざめて戻って来ちゃうぞ!
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/05/03
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/05/04
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/05/05




