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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
1章 『また会う日を楽しみに』編
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第76話 閑話…大人たちの密談

 バートランとアルザバートによって子供たち二人が運ばれていったあと、ダリスは部屋に残ったエドベッカとマグリフにこの試遊会についての感想を尋ねた。

 しかし大の大人二人は分厚い原本を奪い合っており、それどころではなかった。


「マグリフ殿、私は明日さっそくギルド本部に出向いてこの冒険の書について報告をしなければならないのですよ。そのためにもなるべく内容を把握すべきなのです」

「そんなもん遊戯の神のお達しがあったと言えばどうとでもなるじゃろう。それでなくともレイヴァース家の名をだせば、どれだけ反対があろうとあの方が許可してすむ話じゃろうに」


 結局、このやりとりは戻ってきたバートランに原本をとりあげられるまで続いた。


「彼には昨日さんざん驚かされたが、今日はさらに驚かされたな。まさか神まであらわれる事態になるとは……。しかしこの冒険の書の有用性をおもえば、納得もできるか」


 とりあげた原本を流し読みしながらバートランは言う。


「そうじゃのう。この遊びで身につけられることは多い。まずは基本となる文字の読み書きから、必要となる計算、そして情報を集めることの重要性、依頼を引き受けたあとの準備、仲間と計画をたてるために話し合う必要性、仲間の能力の確認と自分の役割の把握、他にもどんな魔法があるか、魔技があるか、道具があり、そしてどんな魔物がどのような習性をもっているか。まあこれらは訓練校で教えることなんじゃが、問題はそれを生かすことが出来る者があまりに少ないということじゃな。覚えはしたが、身についておらんのじゃ」


 やがて訓練校を卒業し、冒険者として依頼を繰り返すなかでようやく教えられたことが定着していくことになる。

 しかし、冒険者の多くは漫然と依頼をこなすだけで、いよいよ退っ引きならない状況になってやっと理解する者ばかりだ。

 そして結局理解しないまま命を落とす者は少なくない。


「とにかく必要なことを叩きこむ。これが訓練校の教育の基本じゃ。限られた期間であることを考慮すれば有効なのは確かじゃよ? しかし生徒の中でそれらがばらばらに存在してしまうために、すぐにはひっぱりだせず、そして応用することが出来ないんじゃよ。実践のための遠征訓練もあるが季節に一度程度じゃし、それにしても生徒教員みんなでいくもんじゃから実際は訓練というより遊びにいくようなもんじゃった。そこで儂は現実に即した本格的な訓練をおこないたいと考えておったんじゃが……、なかなかいい案がうかばなんだ」


 悔しそうにマグリフは言う。


「しかしこの冒険の書をやってみて儂はわかった。儂は考えすぎておったんじゃ。わざわざ外につれまわしたりする必要なんぞなかった。どうして実践できないのか、それは思いつけないからじゃ。ならば思いつくような――発想することを学習させればよかったんじゃ。将来役に立つという漠然とした目標ではなく、今この遊びを楽しみたいという意思が学習するための意欲となり、それを生かした発想をすることをうながす。そう、これじゃ。これが必要じゃったんじゃ」


 そう言うと、マグリフは悼むように目をふせた。


「毎年必ず早死にする子供がでる。どうにかしたいと思っておった。じゃがどうすればいいのかこの老いぼれの頭では思いつかなんだ。しかしこの冒険の書ならばこの現状を打破することができるかもしれん。もちろん死亡する子供がいなくなるとまでは思っておらんが、それでも数を減らすことはできるはずじゃ。儂はそう確信しておる」


 そう語ったあと、マグリフは真面目な顔になってダリスを見た。


「というわけでダリス殿、今夜一晩それを貸してもらえんかの? よく読みこんで儂もあの子のように物語を作ってみようと思うんじゃよ。ゴブリン王の話のような大げさなものは無理じゃろうが儂がこなしてきた依頼を再現するくらいならできるじゃろう。実際にあった依頼の再現なんじゃから、これは立派な訓練になる。ぜひともやらねばならん。じゃからの?」

「マグリフ殿、だいなしです」


 額をおさえながらダリスが言う。

 もちろんマグリフが生徒を大切にしているのは重々承知なのだが、それでもやはりだいなしである。


「わかりました。それでは一晩預けましょう。ですがくれぐれも無くさないようお願いしますよ? 明朝、ご自宅へ引き取りにうかがいますので――」

「あ、いやいや。儂このままここで作業するつもりじゃから」

「え?」


 いきなり図々しいことを言われバートランがきょとんとする。


「ま、まあ、それでもかまわんが……」

「すまんの」

「それでは明日、私はもう一度こちらへうかがいますから、その時までということで。もう少しと駄々をこねても引き取っていきますからね。それとエドベッカ殿、だいたいでいいので今後の予定を教えてもらえますか?」

「そうだな。私はこのあとすぐに精霊門を使用してギルド本部へ向かう。そしてまずあの方に報告。翌朝には各国のギルド支店長が招集されて会議、数日中には実際冒険の書がどのようなものか見学するために君のところへお邪魔することになるだろう。――ああそうだ、これが商品になったときの金額がどれくらいになるか聞いておきたい。会議では予算についての話し合いが一番長くなるだろうからな」

「あ、それについては心配ありません」

「心配ないとはどういうことだ?」

「えっとですね、実はこれ三種類用意する予定なんです。まずは通常版。この原本をもとにした一般的な書籍に、今ここにあるような遊ぶために便利な地図などの小道具がついているもの。次に特装版という豪華な装丁のほどこされたもの。これは販売はおこなわず、献上品として各国の王族へ贈る予定のものです。そして最後に粗雑な紙を使用した廉価版です。これはこの書籍のみの販売で遊ぶための小道具などは説明を読みながら自作する必要がありますが非常に安価です。そして彼は冒険の書の販売によってえられる報酬を辞退するかわりに、この廉価版を訓練校に必要数寄付するつもりなのです」


 ダリスの話したことに、エドベッカは目をまるくする。


「それはありがたいことだが……」

「また無欲なことじゃな。聖都で神官がつとまるぞ」

「無欲というわけではありませんよ? いやむしろ強欲なのかもしれません。なにしろ彼の目指すところはシャーロット。つまり導名をえることなのですから」


 マグリフは一瞬ぽかんとしたが、すぐに楽しげに笑った。


「なるほどの。そりゃあ強欲なことじゃ。その計画性は実にたいしたものじゃが……、戦う力のほうはどうなんじゃ? なんだかんだ言っても冒険者は戦い抜く力が必要じゃからな。これが低いのであれば、冒険者なんぞあきらめて作家か商人か……、あ、そういえばあの子は貴族じゃったな。ならば領地開発をしていたほうがよいじゃろう」


 マグリフに尋ねられ、バートランは逡巡したのち表情をあらためて答える。


「いずれ広まる話だから言っておこう。戦闘能力についてはよく訓練しているというくらいで特別ではない。戦いの才能も際立ったものはない。しかし、彼は雷の魔術を使う。そしてその雷はすでに神撃の域にある。いや、そもそも神撃が宿っており、それが雷撃として発現しているような感じだったか」

「ほ……、それはまた……、無茶苦茶な話じゃな……」


 神撃を使う者は確かに今ここにいて話しているわけだが、では他に誰がとなると確認されている者を数えれば片手でたりる。天賦の才をもった者が修練の果てにたどり着く境地に最初からいるなど、まったくめちゃくちゃな話だった。


「冒険者のランクでいえばあの子はどれくらいの強さなんじゃ?」

「条件付きのランクBといったところだな」


 冒険者にしろ魔物にしろ、格付けのCとBの間には壁が存在した。

 それはつまり頭数を集めたらどうにかなる相手か、数を集めても死体が増えるだけなのかという判断による。


「ランクC程度の冒険者をかき集めようと、雷撃で麻痺させられてお終いだ。条件つきというのはあの子自身宿した神撃を持てあましているからだ。強すぎてわずかにしか使えないという話だった。それは神からの祝福を授かることによって徐々に改善しているという話だったから現在どうなっているのかは不明だな。まさに今日ここで授かっていたし。これで四つとかとんでもないことを言われていたが」

「本当にとんでもない話じゃな。能力的にはもうランクBの冒険者でもおかしくないのう」


 あきれたようにマグリフが言うと、それをエドベッカが補足する。


「いや、それどころではないな。この冒険の書の功績を忘れている。これはランクAのための条件である社会貢献を充分に満たすだろう。つまりもう彼は依頼をこなしていくだけでランクAまでいけてしまうわけだ」

「……。これ、あれじゃろ、訓練校とか時間の無駄じゃろ。もう特例処置で今すぐにでも冒険者認定してもいいじゃろこれ」

「い、いや、それはやめてもらいたい……!」

「ほ?」


 マグリフが言いだしたことを聞いたバートランは慌てて言う。


「実はミーネが彼と訓練校に通うことをとても楽しみにしている。もしいきなり冒険者認定されるようなことになると……」

「それはまたまたずいぶん勝手な話じゃな……」

「勝手な言い分なのは確かだ。しかし訓練校に通わないとなったときミーネの憤りをぶつけられるのは彼なわけだし、事前に騒動になる面倒をはぶいたということでどうだろうか?」

「いや儂に言われてもの。破邪の剣といえども孫娘には弱いか」

「バートラン殿の話は別としても、彼には訓練校に通ってもらったほうがいいですよ?」


 ちょっと情けないことになってきたバートランを援護するようにダリスが言う。


「彼にしても一年ほど王都で生活する予定をたてています。次の冒険の書の舞台が王都なんですよ。ほら、物語の最後に王都の訓練校の紹介状がでてきたでしょう? 話の展開としては鉱山町を救った少年少女たちは王都の訓練校に入学し、そして冒険者として成長していくという話になると聞いています」

「なるほど。ではぜひとも訓練校へ通ってもらわねばならんのう」


 マグリフがそう言うのを聞いて、バートランはそっと安堵して息をついた。


※誤字の修正をしました。

 2017年1月26日

※脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/03

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/16

※さらにさらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/23

※さらにさらにさらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/04/11


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