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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
番外 『レイヴァース家の異聞抄』編
759/820

第747話 14歳(夏)…とっておきのパンケーキ

己の闇を受け入れたとき、主人公のお仕事は捗る。

たぶん。


 よく晴れた清々しい朝だった。

 こんな日はみんなを誘ってピクニックにでも出掛けたくなるところだが、今日こそはお仕事を再開せねばならないためぐっと気持ちを抑え込む。

 いくらなんでもサボりすぎた……。


「ではサリスくん、頑張るとしようか!」

「はい、頑張りましょう!」


 仕事部屋でサリスと二人、お仕事への決意を表明するように声をかけあう。

 今日のサリスは仕事に集中するため、なんとウサ子とウサ美を置いてきている。

 仕事への意気込みがうかがい知れるというものだ。


「思えばこの三ヶ月は何かと大変だった! 大陸規模のわちゃわちゃが終わったと思ったら、俺がわちゃわちゃしたり、皆がわちゃわちゃしたり、とても仕事ができる状況にはなかった!」

「はい、申し訳ございません!」

「ああいや、謝らなくてもいいんだ。すんだことをあれこれ言っても仕方ない。これから頑張っていこう!」

「はい! お役に立てるよう精一杯頑張ります!」


 うんうん、サリスもずいぶん落ち着いてくれた。

 ちょっと前までウサギを追いかけて穴に飛び込んだお嬢さんみたく、心が不思議の国に行っていたからな!

 落ち着いてくれて本当によかった。

 サリスがいないと仕事をするにしても効率が悪く、なら明日でもいいか、とサボってしまうのだ。


「よし、ではまず現状の把握から始めよう。実はサリスが調子を崩している間、何回かダリスさんの所に行って話をしたんだ。まあ大した話じゃない。今は仕事ができる状態に無いから、しばらくお休みさせてくださいって伝えたんだ」


 また別に、これは今の状況で俺が何か売りだすと意味不明に売れすぎるという問題も考慮した判断だった。

 ベルガミアでアレを販売したときのような騒動が大陸規模で起きる可能性は否定できず、あまりの激務にバタバタと過労死する者が現れてしまっても困るのである。


「あとこの間、俺に関係する新製品が発売されることは無いってことを広く告知してくれるようお願いした」

「ああ、御主人様の名を騙る詐欺を心配されたのですか。そうですね、いっそその方が良いでしょう。しかしそれで詐欺の横行を抑えられるものでしょうか?」

「うん、それが意外と落ち着いてるみたい。ダリスさんが言うには、バレたらただではすまないから危なくて手を出せないんだろうって」

「なるほど……。そうですね、下手をすると聖女が派遣されかねませんからね。割に合わないわけですか」

「それから勝手に変な商品を売り始めたら、認可待ちの商人たちが殴り込みをかけてすぐに潰されているみたい」

「それは……、そうなるでしょうね」

「そんなわけで、しばらくは自分で新商品を企画するのはやめて、持ちこまれる企画の選別に専念しようと思う。何しろ企画書が広間で山積みになってるからなぁ……」


 のんびりやっていたら処理速度が追いつかず広間が書類で埋まる――、なんて事態に陥るかもしれない。


「この選別って今は『許可しました』って書類だけだけど、後々出てくるであろう非認証品との区別のために紋章のような印を商品につけるようにしたらどうかなとか考えてるんだ」

「大陸中の商人がその印を求めることになりそうですね」

「うーん、やっぱりそうなるかな。でもそうしないと碌でもない商品を俺が認めた品だって言い張って売る奴とか出てくるからなぁ」


 俺の望みは妙な詐欺が横行しないようにしたい、これに尽きる。

 ぶっちゃけ、利益の何パーセントを俺によこすとか、そのあたりは無しにしてもいいくらいだ。


「つか販売を認めているだけで莫大な富になるのってどうなんだろう……」

「御主人様、駄目ですよ。いくら無欲でも、ちゃんと払うべきものは払わせるようにさせませんと。御主人様が無料で許可するとなったらそれが世間の『普通』になってしまいます」


 俺がそうだからと、世間でも『無料で認証するもの』なんて風潮になっては問題か。

 立場を笠に着て取りすぎる阿漕な事はいけないが、だからといって無償となるとそれはそれで後々悪影響を及ぼす。


「うーん、まあそうか。うん」


 となると、勝手に溜まるお金の使い道を考えるべきだろう。

 いずれノーベル賞みたいな感じで、大きな功績を残した人を表彰する財団でも作るか?

 文明の進歩に関わることだから、悪神としての立場からしてもちょうどいいような気がする。


「んー、まあそんなわけで、これから取り組んでいく仕事は主に二つだ」

「二つですか」

「そう、たったの二つだけだ。まずは商品企画の選別」

「企画書類の山と戦うことになるわけですね?」

「ああ、頑張ろう。そしてもう一つは――」

「冒険の書ですか」

「うん、冒険の書なんだこれが」

「こちらは自分たちで資料の山を築き上げ、その後に戦うことになるわけですね……」

「うん、助けてください。お願いします」

「もちろんですよ。皆さんと一緒に頑張りましょう!」

「ああ、みんなと一緒に頑張ろう!」


    △◆▽


 こうして現状の把握、そして今後の方針を決定した俺とサリスはまず商品企画の書類を整理するところから始めることにした。

 俺が遊び呆けている間にも次々と持ちこまれた書類は広間のすみに山脈を築いていたため、それを専用の魔導袋を用意してひとまず全部放り込む。そして仕事部屋に引き返し、魔導袋から引っぱり出してはチェックしていくのだ。

 この途中、広間では丸めた布団相手に柔道の特訓をしているクマ兄貴を見つけて首を傾げることになったり、ミーネがルーの森から子猫を誘拐して来たまさにその現場に遭遇したので救出して返却に向かうなど、しょうもないイベントが起きてちょっと時間をとられたりした。

 その後、俺はサリスと仕事部屋で黙々と企画書の選別を行っていたのだが――


「そう言えば……」


 ふと、そのうちサリスに尋ねようと思っていたことがあったのを思い出す。


「どういたしましたか?」

「あ、いや、今となってはあんまり意味ないんだけど、領地屋敷の地下に香木があるんだ。そのまま寝かしておくのはもったいないし、その時は売ったらどうかなって思ったんだよ。そのうちサリスに相談しようかって思っていたんだけど……、販売はひとまずお休みしようって決めたからさ」


 一応、構想はあったのだ。

 私が採取しました、とコメントのついたゴリラの顔写真入りのチラシなんかを作り、買ってくれそうな富裕層に配ってみようとか。


「まあ大々的に販売するほど多くもないし、ただ何か活用できないかなって思っただけのことだから」

「お値段控え目でひとカケラずつ販売してもよいと思いますが……、ああ、そうなると加工も含め本格的になりすぎますね。しかしただ寝かせて置くのももったいないですし……」


 うーん、とサリスが考え込む。

 その顔をついつい見つめてしまうのは、真面目に考え込んでいるサリスはキリッとしていて可憐だからである。

 メイドとは素晴らしいもの。

 そこに何らかの属性が加わるとなお素晴らしい。

 であれば、サリスは何だろう?

 スタンダードな『できるメイド』であろうか?

 いや、屋敷の皆を取り纏めてくれるサリスだから、それはクラスの委員長みたいなものではないか。

 委員長……、そしてメイド……。

 ……。

 おっといかん、これ以上深く考えるのはいけない。

 新時代の幕が開ける。

 いけない。

 お仕事どころではなくなってしまう。


「あ、でしたらミリメリア様とアルザバート様の結婚式にお祝いの品として贈られてはどうでしょう? 宣伝にもなりますし、今後また――」


 と言いかけたところで、サリスは俺が見つめていたことに気づく。


「あ、あの、御主人様、そんなに見つめないでいただけると……、照れてしまいますので」

「ああすまない。真面目に考え込むサリスが可憐だったからついつい見つめてしまったのだ」

「んな……!? ご、御主人様……」


 サリスは少しあたふたしたが、何とか平静を取り戻すと、ちょっと恨めしげに睨んできた。


「むぅ……、ずるいですよ、私は必死に落ち着こうと頑張っているのに、どうして御主人様は平気なのですか。不公平です」

「いや、俺も内心はサリスと同じだよ。なんとか抑え込んでいる。もしこの気持ちを解放しようものなら、俺は知能すら下がるだろう。きっとだいぶ下がる。もう『わーい、お嫁さんだー!』って幼児退行して床をごろごろ転がって喜ぶくらいになる」

「ごろごろですか……」

「ああ、ごろごろだ」


 さすがにそれはどん引きされてしまうことだろう。

 が――


「それは可愛らしいですね!」

「え?」

「ぜひやりましょう!」

「え?」

「御主人様、何も恥ずかしがることはありません! 私はすべて受け入れますので! さあ!」

「ちょっとサリスさん待って! どうしちゃったの!?」


 どうしたサリス、本当にどうした。

 何故、そんな目をきらきらさせて期待しているんだ。

 もしかして子供っぽいのが好みなのか?

 いやもう子供っぽいと言うより赤ちゃんプレイに近いものがあるぞ。


「御主人様、私はどうもしていません。それより御主人様です。何かと大変ですから、たまには童心に返るのも良いと思います。さあ、私に『お姉ちゃん』と言ってみてください。子供っぽく! こんな事もあろうかと、用意してあったとっておきのパンケーキを食べさせてあげますから!」

「こんな事もあろうかと……?」


 いったいサリスは何を言っているんだ?

 女の子は秘密がいっぱい――、それはわかるが、どうやら俺はサリスのONにしてはいけないスイッチに触れてしまったらしい。

 人は無垢で生まれ、環境が人格・主義・趣味・嗜好を形成させる。

 サリスがこうなってしまったのにも何らかのきっかけがあったはずだが……、まったく『何』が、あるいは『誰』がサリスをこうしてしまったのか。


「あ、あの、サリスさん、さすがにですね、それは恥ずかしいわけでして、やろうと思ってもなかなかできないわけですよ」

「そうですか……」


 よし、まだ話は通じるようだ。

 これで諦めて――


「でしたら、私が素直になれるよう催眠術をかけてさしあげますね!」

「え!?」


 あれ、もっとおかしな事を言い始めた!


「催眠術って……、サリスそんなの使えるの?」

「はい、実は二年ほど前から密かに練習をしていました!」


 二年前サリスに何があったんだよ!

 どんだけ秘密いっぱいなんだよ!


「サ、サリスさん、そこまでして俺を童心に返らせたいんですか? きっと気色悪いだけですよ?」

「それはやってみなければわかりません!」


 何故だ、どうしてサリスはこんなに押しが強くなってるんだ。

 そんなにお子さんプレイがしたいのか。

 ホントに誰だよ、サリスに変な倒錯を芽生えさせたのは!


「くっ……」


 サリスは本気だ、マジだ、興奮して瞳孔が開くレベルだ。

 これは少しでも望み通りにしてやらないと収まりがつかない。

 でも俺って一応は神だ、催眠術なんて効くだろうか?

 あ、でもアレサに同調して若干正気を失ったりもしたし、気を許している相手ならけっこうウェルカムなのかもしれない。

 まあ効くなら効くでいいのだ。

 効かない場合は効いたふりをして幼児の演技をしなければならなくなる。それはつらい。恥の多い人生を送ってきた俺でもさすがにつらいものがある。だからむしろ効いてくれた方がいい。


「わ、わかった。ちょっとだけだぞ? でもあんまり無茶なことはさせないようにな?」

「はい! それはもちろんです!」


 サリスは満面の笑みだ。

 魅力的な笑顔なんだがなぁ……!


「では失礼しまして」


 本当にやるんだな、と困惑する俺。

 そしてサリスは踊るようにゆっくりと体を動かし始めた。

 舞踊――、あるいはヨガ?

 緩やかに舞うメイドさんは俺としてはご褒美なんだが、ところで催眠術はどこいった?

 あ、もしかしてこのゆったりした動きで催眠をかけようってのか。

 なるほど、小さな火をゆらゆらさせたり、ヒモをつけた五円玉をぶらぶらさせるんだとばかり思っていたが、こういうことか。

 俺はひとまず納得しかけたが――


「コォォォォ……!」


 サリスが構え、なんか内なるパワーを高め始めた!

 予想していた催眠術と違う!

 だいぶ違う!

 どうして催眠術なのにそんな一撃必殺的な構えする必要があるの!?

 わからない。

 もうサリスがわからないよ。

 加速する困惑。

 これはもう誰か呼んできた方がいいだろうかと考え始めた、その時だ。


「幻兎魔導拳ッ!」


 サリスの。

 こぶし、から。

 ひ、かる。

 ウサ――


    △◆▽


「お姉ちゃんのパンケーキおいしいね!」

「ふふ、ありがとうございます。特訓しましたから、パンケーキ作りなら誰にも負けません。さ、どんどん食べてくださいね。はい、あーん」

「あーん」


    △◆▽


 よく晴れた清々しい朝だった。

 こんな日はみんなを誘ってピクニックにでも出掛けたくなるところだが、今日こそはお仕事を再開せねばならないためぐっと気持ちを抑え込む。

 いくらなんでもサボりすぎた……。


「ではサリスくん、頑張るとしようか!」

「はい、頑張りましょう!」


 仕事部屋でサリスと二人、お仕事への決意を表明するように声をかけあう。

 今日のサリスは仕事に集中するため、なんとウサ子とウサ美を置いてきている。

 ……。

 ウサ……?


「うっ……、頭が……」

「御主人様!? どういたしました!?」


 額を押さえふらつく俺を心配そうなサリスが支えてくれる。


「なんだろう、わからない……。何か……、何かを思い出しそうになったような感じがして、そしたら……」


 頭痛、目眩、あと動悸がすごい。

 おそらく『それ』は俺にとって『思い出してはならない恐るべき何か』であったのだ。

 うまく言い表すことはできないが、例えるならうっかり深淵を覗きこもうとしたところ、すでにその正体を知っていたために精神が恐慌をきたしたような感じだった。


「御主人様、今日のところは大事をとって仕事はせず、安静にした方がよろしいかと」

「だけど……」

「いえ、無理をすればリビラさんのように倒れてしまうかもしれません」

「そうか……、そうだな。サリスの言うことはもっともだ。せめて今日くらいは大人しく休んでいた方がいいかもしれないな」

「ええ、この三ヶ月ほど、御主人様は何かと大変でしたから。状況が落ち着き始めた今、ほっとした拍子に溜まっていた疲れが一気に現れてしまったのかもしれません」


 うーん?

 疲れでは無いような気がするんだけど……。


「どうか安静にしてください。私も精一杯お世話させていただきますから。あ、私を姉と思って思いっきり甘えてくださってもけっこうですよ? たまには童心に返ることも必要です」

「姉って……」

「はい。どうぞ私のことはお姉ちゃんと!」

「お姉ちゃん!? いや、それはちょっと恥ずかしいって言うか……」


 正直、惹かれるものはあるのは認めるが、さすがに恥ずかしいのでそんなことはできない。

 うっかり童心に返りすぎ、調子に乗ってサリスに赤ちゃんプレイを強要しようものなら婚約解消の危機だ。

 しかし、乗り気でない俺にサリスはにこやかな表情で言う。


「でしたら――」


※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2020/04/08

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/01/29


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― 新着の感想 ―
[良い点] 何故、サリスの拳が無敵なのか? それは、ラオウ様も相討ちを覚悟した元斗皇拳に流れを汲むw幻兎(ゲント)魔道拳だからであ~る!
[一言] 無限ループってこわくね? 幼児化していた時の記憶を見たら鼻血を出すか。 それとも今のままでいいと言うか。 淑女か淑女(笑)か、その試金石になるのですね。
[一言] 無限ループって怖いね
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