第746話 14歳(夏)…愛猫家たち(6/6)
果たして空猫という魔獣が本当に世界の王となるべく存在するのかは謎だが、ともかくヴィーアはネビアと決着をつける気だ。
やる気満々でぴょーんと跳躍すると、風の魔術によってふわふわと空中浮遊したのち静かに地面へと着地、ネビアと対峙する。
『この森の土へと還るがいい。兄弟へのせめてもの気遣いだ』
『そういうわけにはいかないな』
威嚇し合う、たった二匹となった子猫たち(もしかしたら他にもいるかもしれない)。
「ああ、主様が荒ぶっておられる……!」
ヴィーアに魅了されている面々は相変わらずの平伏、ちょっかいを出すつもりはないようだ。
しかし――
「ケンカですか……?」
剣呑な様子の二匹を見てセレスが言う。
ここで「その通り」と答えようものなら、セレスはぷんすかして二匹の戦いを止めようとするだろう。
しかしここは戦いを回避させるのではなく、一度、お互い納得できる程度には戦わせた方がいいような気がする。
「セレス、ネビアたちは決着をつけないといけないんだ。だから邪魔をしてはいけないよ。見守るんだ」
「そう、これは己の意地をかけた勝負なのよ」
「しょうぶですか……」
「大丈夫ですよ、あんまり酷いことになりそうなら止めますから」
ちょっと納得がいかないようなセレスをシアが後ろから抱っこする。
やがて子猫たちはそろり、そろり、と互いに間合いを詰め始めた。
そしてもう目の前というところまで接近すると――
「うにゃにゃにゃにゃ!」
「にゃごにゃごにゃご!」
ばっと立ち上がり、猛烈な勢いで猫パンチを開始する。
その速さたるや残像が見えるほどであり、そして苛烈だ。
が、惜しむらくは――
「ご主人さまー、あの攻撃当たってませんよね……?」
そう、猫パンチは相手に届かず、二匹は猛烈な空振りを続けているのである。
「お互い、相手が飛び掛かってくるとふんであの攻撃を始めたのかもしれませんね。さすがに猫となると、私もそこまで先読みができるわけではないのですが、なんとなくそう感じます」
盛大な空振り合戦についてシャフリーンが冷静なコメントをする。
「兄さん、ネビアたち空振りしてるのがわからないのかな?」
「わかってないことは無いと思うが……」
まさか前足をバタバタさせるのに必死で気づいていないのだろうか?
するとそこでミーネが言う。
「違うわ。あれは膠着しているのよ」
「膠着……?」
「ほら、あの状態で先に攻撃をやめて前足を地面に付こうとすると、相手の攻撃を受けちゃうじゃない。あれはどちらが先に音を上げて相手の攻撃の餌食になるか、そういう戦いなの」
「それは……、すごくどうでもいいな」
むしろさっさと諦めた方が無駄に体力を使わなくてすむのではないかとさえ思えてしまう。
まあこんな持久戦でも当人(?)たちは必死――、それはわかる。
しかし俺にはでかい子猫二匹が向かい合って謎の儀式を行っているようにしか見えない。
『やるな兄弟!』
『うぉぉぉ!』
これが逞しい野郎二人の肉弾戦ならばさぞ死闘なのだろう。
しかし俺たちの前にいるのは、多少野性味があるもののまだあどけなさを残すでかい子猫二匹なのである。
いくら自分を誤魔化そうとしてもその様子は可愛らしいだけだ。
いったいどちらが先に攻撃の手を止めるのか――、俺たちがほのぼのしながら見守っていると、両者ほぼ同時にバタバタをやめて前足を地面に付ける。
まずは引き分けということか?
次の一手、すぐに相手に飛び掛かりたいところだろうが、百裂猫パンチをしたせいで疲弊している。
と、そこで両者は風の魔術を発動させた。
扇風機の『強』なんて目じゃない強風が吹き荒れ、ぶつかり合い、その余波は見守っている俺たちにも襲いかかった。
言うなればそれは森の香りを運んでくる初夏のそよ風。
俺たちはすこぶる爽やかな気分になった。
『なるほど、ただぬくぬくと過ごしていたわけではないようだな!』
強風をぶつけ合うなか、ヴィーアが次の行動に出た。
さらに風を操り宙へと浮き上がったのである。
すぐにネビアもそれを追い、結果として戦いは空中へと舞台を移した。
ここで戦闘機ばりにびゅんびゅん高速で機動しつつの戦いでも始まれば見応えもあったのだろうが、残念ながらやはり猫、激しいドッグファイトとはならず、空中で取っ組み合ってのキャットファイトが始まった。
前足でがっちり相手を固定し、後ろ足で相手のお腹を蹴る、蹴る、もうしっちゃかめっちゃかに蹴りまくる。
その激しい蹴りによって毛がごそっと毟られ、二匹の猫が生みだす風に乗って舞い、見ようによっては幻想的な光景となっていた。
「ああ、毛がいっぱい! おなかの毛がなくなっちゃいます!」
あまりにも毛が散るのでセレスが心配して声を上げた。
確かにこのまま続けたら子猫たちのお腹はつるつるになってしまうだろう。
だがこれでは埒が明かないと悟ったのだろうか、二匹の猫は弾かれるように離れると、にゃんぱらりっと身を捻って地面に着地。
そして――
『兄弟、これで決着だ!』
『それはこちらの台詞だ!』
再びぶつかり合う子猫たち。
こう、もふもふした生き物が、ぎゅっとくっついて、わちゃわちゃっとして、最終的にはネビアがヴィーアをひっくり返して首にガブッと噛みついた。
『ぬあ!?』
ヴィーアは目をまんまる、口をぽかんと開け、びっくり仰天した顔になってぴたっと動きを止める。
どうやら猫の間では、これで勝負ありということらしい。
するとここで、ネビアはそれ以上ヴィーアをいたぶろうとはせず解放した。
『貴様、情けをかけるか!』
ヴィーアが憤る。
だがネビアは落ち着いたものだ。
『ここでお前を仕留めたとして、それは何の自慢にもならない。それに俺では王者など務まるわけもない』
『何だと……?』
『確かに、お前に比べたら俺は恵まれた生活を送ってきた。だがそれはぬくぬくとしたものではなかった……。日々、強敵たちに挑み、そして負け続ける日々だった』
『にゃん……、だと……?』
自分を下した相手の『負け続けている』という告白に、ヴィーアは衝撃を受けたようだ。
『貴様のような強者でも敵わぬものたちが世界にはいるのか……』
『ああ、だが俺はまだ諦めたわけじゃない。いつか、あの強敵たちに打ち勝つ、それを目標に生きている。王者は……、兄弟、お前に任せるよ。俺には俺の戦いがあるんだ』
『……』
唖然とするヴィーアを残し、ネビアはすたすた俺の足元までやってくると、俺の足をてしてし叩く。
よくわからないが抱っこしてみたところ、ネビアはむふーっと満足げにくつろぎ始めた。
△◆▽
ミーネとセレスはヴィーアを拉致していく気だったが、首長さんたちがあまりに悲しそうな顔をするのでルーの森に残すよう一生懸命説得した。
社まで建てちゃうほどだからな。
「兄さん、今回はあんまり変なことにならなくてよかったね」
「そうだな、里の人たちが子猫に洗脳されていた、くらいですんでよかったよ。でもせっかく来たのに、遊ぶ時間が無くなっちゃったのは残念だったな」
「ううん、僕は楽しかったよ」
「そうか?」
「うん」
遊べはしなかったが、里の異変を究明するのが楽しかったようでクロアは満足したようだった。
結局、ルーの森の異変は里の人々が重度の愛猫家になっていたというだけの話だったので俺たちは大人しく屋敷へと帰還する。
食堂で留守番していた皆への土産話をするなか、ネビアはテーブルの上で尻尾をぴーんと立てて誇らしげにしていた。
「と言うわけでリィさん、里の皆さんを正気に戻すなら手伝うので言ってください」
「……」
故郷の状況を聞いたリィは頭を抱えて黙り込んでしまったため、どうするかは後日改めて確認することになりそうだ。
△◆▽
その後、俺はお見舞いにリビラの部屋を訪れた。
ここしばらくゆっくり休養を取らせたので調子は良くなっているようだが、まだ万全とはいかずリビラはベッドで安静にしている。
「――というわけでさ、お土産とか見つけてくる余裕はなかったんだよ」
「ニャーさま、ニャーにそんな気を使わなくてもいいニャー……」
リビラの口調は以前のようにのんびりしたものに戻ったが、どこか落ちこんでいるように感じられる。
何故だろうとあれこれと考えてみるも納得のいく答えは出ない。
いや、前に自分の出した答えを盲信するのはよくないとリビラに窘められていた。
それにリビラは大切な事は握りしめて隠し通す性格だ。
ここは素直に尋ねた方がいいのだろう。
「なあ、リビラって何か悩んでる?」
「んニャ? そんなことねーニャ。ニャーは元気いっぱいニャ」
あからさまに誤魔化してくる。
以前ならここで引き下がっていたかもしれないが、俺はさらに話を続けることにした。
「リビラが悩んでるとしたら……、倒れて心配をかけたことか、屋敷の仕事をうまくやり通せなかったことか……、あー、いや、うん、こんなんじゃないよな。となると……、これは……、外れてほしいなっていう予想なんだけど――」
「ニャーさま、待つニャ」
もしかして婚約者になったことを後悔しているんじゃないか――と言おうとしたところでリビラに止められる。
それどころかなんか睨まれる。
「その予想はニャーとしても不愉快だから言って欲しくないニャ」
「え、えっと……」
「……」
「ご、ごめんなさい……」
眼力に負けて謝る。
するとリビラはふっと睨むのをやめ、今度は何故かばつの悪そうな顔になった。
「はあ……、謝るのは不安にさせたニャーのほうニャ。ここまで来たら正直に言うニャ……」
渋々と――、本当に渋々といった感じでリビラは何を考えていたのかを白状するように告白してきた。
要は俺にいいところを見せようと頑張った結果、無理がたたって倒れてしまった自分に失望しているという話だ。
「ニャーに魅力がないのはよくわかってるニャ。みんなが落ち着いたらニャーに勝ち目は無いニャ。今の内に評価を稼ぎたかったニャ……」
しょんぼりとするリビラ。
恥を忍んで正直に話してくれるとか相当である。
ってか、つまりそれは『婚約者になったことを後悔している』と俺に疑われたくないから本音を語ったわけで……。
いかん、ここで喜んでいたら怒られる。
それにリビラの勘違いを早く正した方がいい。
「リビラに魅力が無いなんてことはないよ?」
「情けは無用ニャ……」
「いやね、少なくとも俺にとっては魅力的なんだ。わかった。リビラが正直に言ったんだ、俺も正直に言おう」
「ニャ?」
「リビラは可愛い」
「ニャニャ!」
「あと獣人の女の子ってことでなおさら可愛い」
「ニャニャン!?」
「そこにメイド姿が加わって最強に見える」
「ニャンですと!?」
俺の話を聞いてリビラはびっくり顔で固まったが、やがておろおろし始めて掛け布団を被ってしまった。
「あれ……、あの、リビラさん……?」
「こ、このことはニャーの胸に秘めておくニャ……」
と、しばしもそもそうにゃうにゃしていたリビラだが、やがて顔を半分だけ覗かせて尋ねてくる。
「……ところで、それってシャンには言ったのかニャ?」
「シャンセルに? いや、言ってないけど……」
「じゃあ言わない方がいいニャ。ってか言ったら駄目ニャ」
「え、ダメなの?」
「シャンに隠し通せるとは思えねえニャ。浮かれてどっかでぽろっと喋っちまうのが落ちニャ。そうなれば屋敷がエセ獣人であふれかえるニャ。それはさすがにうんざりニャ」
「そ、そっか……。じゃあ黙っておいた方がいいのかな?」
判断しかねて尋ねると、リビラはくすっと笑って言う。
「それが正解ニャ」
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/01/29




