第745話 14歳(夏)…愛猫家たち(5/6)
アグレッシブ遭難をしたシアは放置するしかない――。
そう判断して俺たちは先を急いだのだが、しばらくしたところで恨めしげなシアの声がどこからともなく聞こえてくるようになった。
「……どぉ~して追って来てくれないんですかぁ~……」
声は聞こえど姿は見えず。
ってか、話しかけてくるたびに聞こえてくる位置が変わる。
ちょっとしたホラーだ。
お前は森の妖怪か。
「……ちょっと~、無視するのやめてくださいよぉ~……」
俺たちは『なんかシアがふざけてるなー』くらいにしか思ってないが、首長さんたちはこの不気味な演出に結構ビビっているため、いいかげんやめさせようと俺は一策を講じることにした。
「よーしよしよし」
「ほえ?」
まずはミーネの頭を撫で撫で。
それからアレサを撫で、シャフリーンを撫でる。
すると――
「むぅ……」
ひょこっとシアが現れて俺に並んだ。
二、三巡するつもりだったが、一巡目ですんでくれたようだ。
「せめて俺が追える速度で逃げてくれないか」
「……善処します」
多めに撫でてやったことでようやくシアが落ち着く。
それからは特に何事もなく、俺たちはその主様とやらが住まう場所までやってきた。
「あら、素敵なところね」
鬱蒼とした森の奥、辿り着いたのはこぢんまりとした神社。
様式は違えど、鳥居のような俗界との境界となる門が連なる参道があり、その奥には拝殿とおぼしき建物がある。
さすがは木工を得意とする里、小振りながらも立派なものだ。
到着してすぐ、まずは首長さんたちが主様を迎える準備を始めた。
献上品――主に食べ物――を並べ、それから笛や太鼓で謎の音楽を奏で始める。
と、そこで拝殿の扉がバーンと突風によって勢いよく開かれ、その風が俺たちを煽った。
そして現れた主様は――
「……子猫?」
ちょっと想定していなかった生き物がしずしずと、やや偉そうな感じで現れたことに困惑する。
どこからどう見ても猫である。
子猫と言うにはずいぶんと大きいが、それでもあれは子猫。
ネビアそっくりの空猫だ。
「にゃお~ん!」
俺たちが唖然とするなか子猫は精一杯の大きな鳴き声を上げる。
すると何か……、上手く言い表せない不可解な波動のようなものが辺りを包みこむのを感じた。
「ああ、尊い、なんと尊いお姿か……!」
途端、演奏をしていた首長さんたちが悶えながらへなへなと子猫にひれ伏した。
まあ可愛いのは認めるが、それにしてもこれは大げさ過ぎる。
何かの冗談かとも思ったが、ひれ伏した連中は大真面目らしく涙をちょちょぎらせていた。
あの子猫、もしかして相手を魅了するような能力を持つ特殊個体なのではないだろうか。
俺には効果が無いようだが、皆はどうだろう?
「あたらしい猫ちゃん……!」
うん、セレスはもう奴を飼う気になってるな。
魅了はされてはいないと思う。
「むむっ、ミネヴィア、ミ、ミネヴ、ミネネ、ネヴィ、ヴィヴィ、ネヴ、ヴヴ……」
ミーネは自分の名前からあの子猫の名前を捻りだそうとするあまりバグり始めていたが魅了されているわけではない。
そんな一方で――
「ああ、なんて可愛らしいんだ……、これはベリアのお土産にしてやらないと……」
俺たちの中で唯一レスカは魅了されているような感じであったが、それでも持って帰っちゃう気になっていることからして完全に術中にはまっているわけではないようだ。
まあともかく、これで異変の原因は判明した。
うん、別に放って置いてもいいと思う。
だが――
「にゃごにゃごにゃん」
ミーネの腕から抜けだしたネビアが甲高い鳴き声で唸る。
すると応じるように主様もにゃごにゃごと唸り始めた。
あまり友好的な感じではないようだが……。
どうしたのかと思っていると――
「ヴィー……、ヴィーア!」
そこでミーネが主様の名前を決定した。
ネビア、ミア、そしてヴィーア。
これでまた猫が増えたらどうなるのか気になるところである。
諦めてもう『ミーネ』を譲るのだろうか?
まあそれはその時にわかること、今はネビアと主様――ヴィーアだ。
「なあクーエル、ちょっと他の精霊たちに協力してもらって、猫二匹が何を話しているかそれぞれ文字にしてくれないか?」
要は字幕を付けてくれないかという依頼である。
クマ兄貴はうんむと大仰に頷き、子猫たちに字幕をつけ始めた。
『――やはりそうか。ならば、まずはよくぞ生きていたと言うべきだろうな、兄弟』
まず字幕が出たのはヴィーアの方だ。
「は? 兄弟? ネビアの?」
「まだ生き残りがいたのね!」
以前、ルーの森の騒動に巻き込まれた際、俺たちはネビアの母と兄弟姉妹の死骸を発見することになった。ネビアは聖獣という特殊個体であったが故に一匹だけ生き残ったのかと思ったが、どうやら他にも生き残ったのが居たようだ。
しかしこの二匹、再会を喜び合っているわけではないようで、兄弟と呼びかけられたネビアは「シャー」と威嚇して牙を剥く。
『兄弟に牙を向けるのか』
『この森の人々を魅了したな? 何故だ』
『無論、効率よく支配するためだ』
えっと……、この子猫たち、本当にそんなこと言ってるのか?
クマ兄貴の意訳が過ぎているだけでなくて?
実際は「おまえ誰だにゃん。ここはみゃーの縄張りにゃん。とっとと出ていくにゃん」くらいのものだったりしない?
子猫と字幕のギャップに俺は戸惑うが、そんなことお構いなしに子猫たちの会話は進む。
『実際この者たちはよく働いてくれている。貴様にとってその者たちがそうであるようにな』
え……、俺たちってネビアのために働いているか?
まあ餌を用意したり、オヤツあげたり、せっせと撫でたりブラッシングしたり、トイレの掃除したり、玩具を作ったり、落ちこんでるのを励ましたり……。
けっこう働いてるな!
『なんだと? いったい何の話だ?』
が、しかし、ネビアに俺たちを働かせているという意識はないようで怪訝そうに尋ねた。
解せぬ。
『俺たちの生き様についての話だよ』
『なに?』
『俺たちは生まれながらに人を強力に惹きつける愛らしさを備えている。それは何故か』
『何故、だと……?』
『わからないか? 飼い慣らすためだよ、人を。俺たちは生まれながらに王者であるという宿命を背負う。人が俺たちを飼うのではない。俺たちが人を飼い慣らす。これが世界の真実だ』
恐るべき真実が明かされた。
何が恐ろしいって、世の猫たちがマジでそう考えており、それが明らかになったとしても猫好きは構わず猫のお世話するのである。
なんてことだ……。
あっちの世界にもNNN――ネコネコネットワークなる秘密組織が存在していたが、飽くまで猫の素晴らしさを啓蒙する組織、ヴィーアの語るそれとはまったく違うもの。
ヴィーアのそれは組織ですらない。
人を飼い慣らすことで世界を支配するという統括システムだ。
名付けるとすれば――、そう、『愛猫家たち』か。
『王者としての矜持を忘れた貴様では理解できないか。情けない、愛玩動物に成り果てた貴様を母や兄弟たちが見たなら何と言うか』
ふん、とヴィーアが鼻を鳴らす。
急にむずむずしてクシャミをしたわけではないと思う。
『母は死に、親離れできぬ兄弟達は自ら運命を閉ざした。この俺が、俺だけが生き延びた。それは俺こそが選ばれし王者である証。だが、それもまだ生き延びた兄弟が居たとなれば話は別。こうして相見えたとなれば、俺か、お前か、この森を制し、ゆくゆくは世界を支配する王者はどちらなのか、ここで決着を付けねばなるまい』
『決着だと? なぜそんなことをする必要がある?』
『わからないか。わかるまいな。人のもとでぬくぬくと育った貴様では!』
『俺がぬくぬくと育っただと?』
『そうだ! 俺が餓えに苦しんでいるとき、貴様はごろごろと喉を鳴らし優雅に過ごしていたのだろう!』
『そんなことはない!』
いやそんなことはあると思う。
『貴様にわかるか! 生まれ落ちて間も無く頼るべき母を亡くし、そのまま生きるために戦い続けなければならなかった俺の苦しみが! 生きることもできなかった兄弟の無念が! 弱者は死に、強者が生きる。この摂理は絶対だ。故に、こうして人を総べるもの――王者の宿命を定められた兄弟が再会したとなれば、もう後は殺し合うより他は無い!』
殺し合う……?
このにゃんこ二匹が……?
ああ、無理だ、可愛いことになる予感しかしない。
『この世に王者は二体もいらぬ! 世を総べるはただ一体! その摂理の証明こそが我らを産み落とした母の、そして世界支配を夢見つつ志半ばで死んでいった兄弟たちの手向けとなるのだ!』
『俺は……、そんな戦いは望まない!』
『はっ、嘘をつけ。ではなぜ貴様はここにいる? 人を引き連れ、なぜこの森にのこのこと舞い戻った?』
『……』
ネビアは答えない。
ってかこの状況で『来るつもりはなかったけど抱えて連れて来られた』とは言えないわな。
ごめんなネビア、気晴らしになるかと思ったんだよ……。
『答えられないか? ならば俺が代わりに言ってやろう。闘争を求めているのだよ貴様は』
『何を――』
『違うとでも言うのか! 俺の姿を見たときの貴様、実に戦いに餓えた顔をしていたぞ!』
『……』
ネビアは黙るが、ヴィーアの言っていることはあながち間違いではないのでは……。
何気にこの子猫、全方位に喧嘩売るヤンチャぶりだからな。
『俺たちは愛くるしい姿で人を総べる。では鋭き牙は? 研ぎ澄まされた爪は? 高い身体能力は? 空を操る力は? この戦闘能力が何のためにあるか貴様にはわかるか? それは真の王者を決めるために他ならず、つまり、今から始まる戦いのため。俺たちはそう宿命づけられて生まれてきたのだ』
シャーッとヴィーアが牙を剥き、尻尾をぼわっと膨らませて臨戦態勢に入った。
可愛い。
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/03/30




