第744話 14歳(夏)…愛猫家たち(4/6)
翌日、俺たちはルーの森へと訪れた。
以前は閉鎖的(主にレスカのせい)であったルーの森もエクステラ森林連邦に組み込まれてからは冒険者ギルドの支店も置かれるなど外部との交流も進んでいる。
とは言え、魔境のように魅力的な資源があるわけでもない森だ、こぞって人が集まるようなことは無く、訪れるのは里で作られる家具を買い求めに来る商人とその護衛くらいのもののようだ。
要は開放されたからとて、ルーの森はのどかな田舎というわけである。
現在、エルフたちは元々あった奥の里に移り、森の浅い位置にある新しい里は外部の者が留まるための宿場町となっている。
冒険者ギルドもそちらにあるのだが……、まあ別に顔を出す必要は無いか。
旧里と新里の中間あたりにある精霊門から出た後、門番をしている里の人たちに挨拶してから旧里へ向かう。
到着してみると、俺たちのことを覚えていて手を振るなど挨拶してくる人もいた。
あと、アレサを見てビクッとする人なども。
「じゃあ首長さんのところには俺とレスカで行くから、みんなはちょっと待っていてくれる?」
「あ、猊下、私もご一緒させてください」
「ではアレサさんと……、シャフリーンもお願い」
「はい、かしこまりました」
こうして首長さん宅を訪問するのは俺、レスカ、アレサ、シャフリーンの四名となり、それ以外の面々には適当に時間を潰してもらうことにした。
「ネビア、どう? あなたの故郷よ。懐かしかったりする?」
「みゃー」
よくわからないままミーネに抱えられ故郷に連れてこられたネビアはでろーんとしている。
それはうんざりしているのか、それともだいぶ温かい季節になったから固体から液体にトランスフォームし始めているだけなのか判断が難しい。
ひとまず皆と別れ、俺たち四人は首長さんのお宅――レスカの実家にお邪魔する。
「これはこれは。お久しぶりですね」
急な訪問だったが首長さんは丁寧に迎えてくれた。
「それで今日は……、ん?」
が、話している途中でレスカに気づく。
「イーラレスカか……?」
「た、ただいま……」
父と娘、久しぶりの対面。
すっかり若返っている娘に首長はきょとんとしていたが、やがてぷるぷる震え始め……、最後に怒鳴った。
「こんのバカ娘が! どの面さげて戻ってきおったか!」
「あう!」
まずは一喝。
娘が若返っていることなど知ったことかと、ものすごい勢いでがーっと説教が始まる。
果たして『バカ娘』という単語が何度登場しただろうか。
やがて首長さんが説教疲れから肩で息をするようになったところを見計らい、俺は現在のレスカの状況を説明した。
「そうですか……、そんなことになっていたのですか……」
「すみませんね、ほとぼりが冷めるまでは奴隷としてうちに置いておいた方がよいと思うので」
「いえいえ、こちらこそバカ娘を救って頂いたうえ、面倒まで見てもらうことになってしまい申し訳ない。そのまま百年、二百年はこき使って頂いて結構です」
いや俺そんな生きないし。
せいぜい十年くらいでいいだろう。
「まあ、あれだ。レイヴァース卿の元にいるなら儂も安心だ。本当はこの森に戻り、儂らと一緒に主様を崇めながら静かに暮らしてもらいたいところだが、まずはレイヴァース卿への恩返しが先だ。精進するのだぞ」
うむうむ、と頷きながら首長さんは言うが……。
なんだ、主様って。
ちょっと眉間にシワを寄せつつレスカを見てみるが、俺と大差ないようで困惑していた。
「あ、あの、その主様というのはなんでしょう?」
「んお? おお、これは失礼を。まだレイヴァース卿の元へは伝わっていませんでしたか。主様というのは、このルーの森に現れた、偉大な指導者のことなのですよ」
「……な、なるほど。そうでしたか」
あー、予感がする。
碌でもない事が起きている予感がする。
何としてもリィを同行させるべきだったと自分の迂闊さを呪うが、そんなこと知るわけもない首長さんは言う。
「あとで主様のお住まいへ伺うのですが……、どうです、良ければご一緒に」
正直、会いたくも無いが放置するわけにもいかない。
ちょっと会ってみるか……。
「そ、そうですね、せっかくこうして訪れたわけですし」
「おお、ではさっそく――」
「あ、すみません。一緒に来ている皆に主様に会いに行くことを伝えるので少し待ってもらえますか? 準備が整ったらまた来ますので」
「ああ、でしたら準備をしつつお待ちしております」
ひとまず首長の家を後にし、少し離れた所でアレサに聞く。
「アレサさん、首長さんの言葉は本気でしたか?」
「はい。嘘偽りはありませんでした。本気でその主様を崇めているようです。まったく、猊下を前にしながら偉大な指導者とはいったいどういうことでしょうか。これは先輩方に手伝ってもらって再びこの地に祝福を――」
「いけない。それはいけない」
憤るアレサをなだめていると、そこで別行動をしていたシア、ミーネ、クロア、セレスが合流してきた。
「あれ、なんか困り顔ですね。何かありましたか?」
「何か……、うーん、何なんだろう? 俺もまださっぱり把握できていないんだが――」
と、俺は皆に『主様』のことを説明した。
「これは事件の予感がするわ!」
「ゆるーく洗脳されているような感じですね。恐怖政治の後は新興宗教ですか。この森のエルフさんたちは、なんか洗脳されやすかったりするんですかね?」
ちょっと目を離した隙にこれとか、どんだけ洗脳されやすいんだ。
「御主人様、ここは里に住む他の方たちにも話を聞いてみてはどうでしょう? その『主様』というのが、このエルフの里にどれくらいの影響を及ぼしているか把握しておいた方が良いと思います」
「そうだな、ちょっと主様について聞いてみるか」
シャフリーンの提案を採用し、俺たちは手分けして里の人たちに主様のことを尋ねてみることにした。
ここ旧里はレスカを連れた俺、クロアとセレスを連れたミーネ、アレサとシャフリーンで聞き込みを行い、新しい里の方はクマ兄貴を抱えたシアがひとっ走りして調査に向かった。
クマ兄貴を連れて行かせたのは、微精霊による字幕対話で自分も聞き込みをするとクマ兄貴が張りきっていたからであり、そしてシアがどれだけ乱暴に運んでも平気という理由からである。
この聞き込みの結果、エルフの皆さんはみんな主様を崇めており、新里に滞在している人々の中にも信奉者がけっこういるということが判明した。
「これ結構深刻なんじゃないか?」
「んー、ちょっと判断に困りますね。感じとしては、そこまで重度ではないんですよ。まあ聖都の皆さんや、闘士の皆さんがご主人さまに向ける熱意に慣れてしまっているからかもしれませんが」
「へー、シアはそう感じだんだ。私はね、えっと……、何だか自慢しているように思えたわ」
「ほえ? 自慢?」
「そう。例えばあなたがセレスを自慢したがっているみたいな」
なるほど、確かにミーネの言うように話を聞いた者たちは主様の素晴らしさを嬉しそうに語っていた。
ただ、表現が『偉大』とか『素晴らしい』とか『神々しい』とか漠然としたものばかりで、容姿など具体的な話は一切無い。
何という言うか、それは催眠術でもかけられ、そういう存在がいると信じ込まされているだけのようにも感じる。
「まあ放ってはおけないし、ひとまずその主様とやらに会わせてもらうことにするか」
が、その前にクロアとセレスをお家に帰らせねば……!
「えー! 僕まだ帰りたくないー!」
「セレスもかえりたくないです!」
ひしっと二人が左右からしがみついてくる。
可愛い。
だがここは心を鬼にせねばならないのだ。
「今この森はおかしな事になっている。以前の二の舞になったら困るだろう? ここは大人しく帰るんだ。危ないから」
「えー、危なくないよ。兄さんたちと一緒だから大丈夫だよ」
「クロア、兄さんたちと一緒だから余計に危ないんだ。ってか一緒にお出かけすると高確率でおかしな事件が起きてるだろ? ここでは遭難するし、港町では海賊でてくるし、メルナルディアでは大騒動だったし」
「それはそうだけど……」
「ううー」
クロアはちょっと納得したようだが、セレスはますますぎゅぎゅっとしがみついてくる。
「連れていってあげてもいいんじゃない? あんまり我慢させてるとそのうち勝手にどっか行っちゃうようになるわよ?」
見かねたミーネが言ってくる。
それはお前だけだと言いたいところだが、子供というものは得てしてそういうところがあるので否定もしきれない。
どうしたものかと考えているとシアが言う。
「いざとなったらわたしが二人を抱えて逃げますから。せっかく二人ともご主人さまとお出かけできるのを楽しみにしていたんです。ここで帰しちゃったら可哀想ですよ」
うんうんうん、とクロアとセレスが頷く。
さらにセレスの肩にしがみつくプチクマや、クロアにくっついているメタマル、クマ兄貴やバスカーも二人を同行させてあげようとする。
「クロアはこれでけっこうやるんだゼ、そう心配すんなヨ!」
「わん!」
まあ単純な力比べなら負けはしないか……。
邪神教の教主が仕掛けてきたレベルの騒動になっても、今なら精霊獣を大量投入してのごり押しができるからな。
「うーん……、わかった。ちゃんと言うこと聞くんだぞ?」
「うん!」
「はーい!」
にこにこして、やっとクロアとセレスが離れる。
ではさっそく首長さんのお宅へ――、となったのだが、ここでレスカが申し訳なさそうに言う。
「なあ、私は役に立ちそうもないし……、帰ってもいいだろうか?」
「帰んなよ! 故郷だろ!? もうちょっと心配しろ!」
「いや、心配はしている。しているんだが、それ以上に残してきたアリベルがどうなっているか不安だから……」
こいつはこいつでアリベルくんに洗脳されてるな。
重度の依存症だ。
ベリアの意識が戻ったら「記憶を失えーッ!」とぶん殴ったりしないか心配になるくらいである
△◆▽
首長さんに話をしてさっそく主様とご対面――、そう俺は思っていたのだが、事はそうすんなり運ばなかった。
どうやら主様はさらに森の奥で暮らしているらしく、そこまでえんやこらと向かわなければならなかったからだ。
結果、俺たちは首長さん、それから主様への献上品を抱えた里の人たちと共に森歩きをすることになった。
主様の所へは結構な頻度で人が通っているらしく、すっかり踏み固められた道が出来上がっている。
とは言えここはやはり森。
うっかりすると木の根に足を取られたりする。
「ぬあー!」
そう、セレスと手を繋いでピクニック気分でいたシアのように。
それは見事な転びっぷりであった。
お前って運動神経よかったんじゃないのか、と言いたくなったが、どうも周りに気を使って巻き込まないようにした結果転ぶしかなかったようである。
事実、セレスと繋いでいた手は体勢を崩した瞬間すぐに離していた。
「シアねーさま、だいじょうぶですか?」
「……」
セレスが尋ねるもシアはうつ伏せのまま起きあがろうとしない。
足を捻りでもしたのだろうか、と少し心配になる。
だが――
「……可愛い婚約者さんが転んじゃいましたよ……?」
シアが小さな声で言う。
なるほど、転んでもただでは起きないというのはこういうことか。
前までなら踏んづけて進んでいたのだろうが……。
俺は苦笑しつつ〈針仕事の向こう側〉と〈魔女の滅多打ち〉を使って素早くシアを起こし、そのままお姫さま抱っこしてやる。
「なっ……、ななっ!? ど、どういう……!? ぺいっとするのでは……!?」
「最近ちょっと考えてな、こういうことをする照れはあるが、それで可愛い婚約者さんが喜んでくれるならやるべきかなーと」
「んな……!?」
シアは目を白黒、あちこち視線を彷徨わせながら身じろぎする。
「も、もしかして! 愛されていますか!?」
「愛されていますね」
「ラヴですか!?」
「ラヴですね」
「ひゃぁぁぁ――――――ッ!」
弾かれるようにシアが腕から脱出。
さらに跳躍して高く飛び上がると、木々の幹をカッカッカッと蹴りつけ、悲鳴をこだまさせながら森の奥に消えた。
「シアねーさまどこかいっちゃいました……」
これには姉さま大好きのセレスですら唖然とした。
もしかしてこのまま遭難するんじゃないかと思ったが、魔導袋を持っているし、そもそもあいつは霞を食って生きられる。
まあ二、三日戻らなかったら精霊捜索隊を派遣することにしよう。
そう考え、ひとまずシアは放置して進もうとする。
しかしだ。
「でやー!」
ミーネが抱えていたネビアを放り出して謎のスライディングを決める。
するとそれを皮切りに、アレサが抱えていたクマ兄貴を下ろして地面に寝転がり、続いてシャフリーンも寝転がり、みんなして何かを期待した熱い視線を俺に送ってきた。
「あ!」
さらにセレスが何かに気づいたように声を上げてころんと地面に寝転がると、バスカーはクロアの腕から飛び出して尻尾をふりふりしながら仰向けになった。
「な、なるほど……」
そっかー。
変にサービスをするとこういう弊害もあるわけかー。
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/03/29
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/01/29




