第743話 14歳(夏)…愛猫家たち(3/6)
レスカのアリベルくん離れチャレンジ一日目。
アリベルは母さんとティアナ校長、それからシャフリーンの指導のもとみんなで代わる代わるお世話をしている。
当初はレスカから引き離されたことでアリベルがぐずることも心配されていたが、今のところ特に問題もなくきゃっきゃしており、むしろ世話をする皆の方が緊張しているようだった。
「慣れていないというのもあるのだろうが、いつかは自分が産んだ子をこうして世話するのだろうかと意識してしまうのだよ」
ヴィルジオがアリベルをあやしながら余裕の表情で言う。
これを聞いた皆は同意したり戸惑ったり照れたりと反応はそれぞれである。
すっかり落ち着いたヴィルジオ――かと思いきや、急にぷるぷるし始めてそっぽを向いた。
自分で言って照れちゃうのか。
まあそういうことが言えるくらいには落ち着いたのだと、ここは余計なことを言わずそっと見守ることにする。
さて、アリベルは皆に任せるとして、俺の方はレスカをどうにかしないといけない。
ルーの森へ帰郷させるとしても、レスカ一人を送り出して事がすんなり片付くとは思えない。
きっとおかしなことになる。
そんなわけで、一応だが俺の奴隷ということにもなっているし、ここは同行してやらないといけないのだ。
「リィさんも一緒に行きませんか?」
「やだ。面倒くさい」
せっかくだからリィも帰郷してみないかと誘ったが、面倒が起きたら押しつけられると悟られているためすげなく断られた。
切ない。
ならばと他に誰か一緒に来てくれないか声をかけてみる。
「はい!」
「はいはい」
ミーネは参加、と。
「あ、せっかくだからネビアも連れて行ってあげましょう! 生まれた森だし!」
「んー、そうだな。最近落ちこんでいるようだから、気分転換になるかもしれないな」
飼い主(?)の意向によりネビアが強制参加となる。
そのほか――
「わ、わたしも行きますよ、行っちゃうんですから!」
よくわからない反応を示しながらシアも参加。
さらに――
「猊下、わたくしも同行させていただきたいです!」
アレサも参加――となると、その首にはめられた首輪についた手綱を握るシャフリーンも自動的に参加となる。
アレサの中でどういった心境の変化があったのかはわからないが、ずっと照れ照れしていたのがあるときから変化を起こし、奉仕の心が暴走して俺に襲いかかるようになったので制止役としてシャフリーンがついている。
まあ襲われると言っても酷いことをされるわけではなく、ただ『おはよう』から『おやすみ』までずっとくっついて世話をしようとするだけである。
それだけならそこまで問題ではなかったが、アレサの『奉仕できる喜び』に由来する多幸感が俺に共有されてしまうのがまずかった。
すっかりハッピーになった俺はアレサの暴走を許容。
結果、俺とアレサはず~っとキャッキャウフフしていたようだ。
トリップした俺の記憶は曖昧だが、その日はなかなかの騒動となったらしい。
俺にくっついたアレサがなかなか剥がれず、みんなで協力して剥がしてもすぐまたくっつく。そもそもアレサは聖女。単独で敵陣を突っ切れるようなタフな人なので、こうと決めたらそれを止めることは難しいのである。
が、しかし、相手の動作の先読みをして動きを封じられるシャフリーンが相手となれば話は別。
以降、アレサの高ぶった奉仕の心が完全に落ち着いたと判断されるまでその首には首輪がつけられることになり、シャフリーンが手綱を握ることになった。
「かつて私は奉仕の心がいきすぎ、ちょっとアレなところがある恩人を、どこに出しても恥ずかしい人にしてしまったことがあります。あのような悲劇を繰り返さないためにも頑張ります」
そう言うシャフリーンの努力が実を結び、アレサも落ち着いてきてはいたが、まだ安心はできないため首輪はついている。
さて、これで同行者はシア、ミーネ、アレサ、シャフリーンの四名。
いつもなら「わしもー」とシャロが名乗りを上げるところであったが、今回は渋々見送りとなった。
「あれ、シャロさんは来ないんですか?」
「うーむ、行きたいのじゃがのう……」
シャロはお仕事があるので同行できないとのこと。
冒険者ギルドだけでなく、各方面から相談を持ちこまれてシャロは忙しい。
「今日明日で休校中の魔導学園をどうにかするか決めねばならんのでの。早いところ始業させないとヴュゼア殿も困るじゃろうし」
元の学園長が『世界の敵』になって今はうちで「ばぶばぶ」してるため、姉であるシャロはその尻ぬぐいとして学園長を引き受けることになった。
これにより子供から大人まで、下手すると世界中から入学希望者が殺到するのではないかという懸念があり、どうするか決めるためにもさらに日数を必要とするようだ。
「意外と人が集まりませんね」
「仕方ないな。リビラの看病やアリベルの世話をすることも考えないといけないし。遊びに行くわけじゃないからさ」
「まあそうですね」
とシアと話していたのだが、遊びに行くつもりだったミーネがクロアとセレスを連れて来た。
「二人も行くって!」
「兄さん、僕も行くー!」
「セレスもいきます!」
クロアとセレスは目をきらきらさせて完全に同行する気になっている。
「ルーの森では色々あったけど、それでも行きたいの?」
「大変だったけど、それだけじゃないもん」
「セレスもいきたいです!」
遭難という大変な目には遭ったが、合流してからは村で遊んで暮らしたからな、楽しかったという印象が強いのか。
△◆▽
遊びに行くわけじゃなかったものの、クロアとセレスが付いてくるならちょっと遊んできてもいいような気がする。
とは言え、ルーの森はある意味で曰く付きの場所である。
もしもの事を考え、二人の準備は念入りにしなければならない。
まずはセレスの装備、欠かせないのは頭に乗せるヒヨコだ。
「いいか、セレスを頼むぞ!」
「ぴよ!」
よし、いい返事だ。
次なる装備は、もしはぐれてもセレスの状況がわかるようにと抱っこさせるプチクマ。
クマ兄貴は俺たちに同行させる。
「頼むぞお前たち!」
俺が言うと、任せとけ、とばかりにクマ兄弟が手を挙げる。
そして最後の装備はぬいぐるみリュックだ。
これは先日、セレス七歳の誕生日に俺とコルフィーとシャロが共同で製作したプレゼントで魔導袋になっている。
得体の知れぬとぼけた姿をした森の妖精トトミン。
妖精たちからは「これが妖精とはどういうことだ!」とクレームがついたがそんなことは知らん。
荷物はこのトトミンの口に手を突っ込んで出し入れをする。
「よし、セレスはこれでばっちりだな。では次にクロアの装備だ!」
クロアには尻尾ふりふりのバスカー、それから武器・防具に変形できるメタマルを付ける。
「いいか、クロアを頼むぞ!」
「わん!」
「おうヨ!」
うむ、いい返事だ。
物資については、以前贈った妖精鞄があるので問題無い。
「兄さん、僕はそこまでしなくてもいいよー」
「いいや、油断はいけない。前回はそれで大変なことになった」
「前より成長してるからもう大丈夫だもん」
「ほほう」
確かにクロアは成長している、それは認めなければならない。
だが成長しているという自負は油断にも繋がるものだ。
「ようし、では今ここでその成長を確かめてやろう!」
ばっと両腕を挙げて構える。
「ふははは、さあ来い! 抱きしめちゃうぞ!」
「てやー!」
最近よく一緒に遊んでいたこともあって、すぐにクロアも乗ってくる。
そして和気藹々とした取っ組み合い。
前までならちょっと危なかったかもしれない。
だが、なんか酷い思い(思い出したくない)を経て、俺の体捌きは格段に向上した。
今はクロアにもすんなり勝てるのだ。
「あ、兄さんちょっと待って!」
「勝負の世界に待ったは無いのだ!」
足を引っ掛け、ていっ、とクロアを転がしてやる。
「うあー」
「ふっふっふ、兄の強さがわかったか。ちゃんと言うことを聞くこと」
「もー」
不満そうな声を上げつつもちょっと楽しかったらしくクロアは笑顔。
「セレスもー!」
と、そこでセレスが向かってきた。
よいしょ、よいしょ、としがみついて押してくる様子は可愛いばかりだ。
優しくころんと転がしてやる。
「きゃ~」
楽しそうな悲鳴を上げながら転がるセレス。
頭に乗っかったピヨが微動だにせずそのままなのは、精霊だからとわかっていても絵図的に不思議なものだ。
「なら次は私よ!」
ほのぼのしていたら、なんかミーネが飛び入り参加してきた。
まあついでだ。
「はっ、来るがいい!」
「てやー!」
勝負となると地味に真面目なミーネ、戦闘力は俺よりも上。
しかし体捌きだけならば俺の方が上のはずだ。
がっちりと組み合い――
「……!?」
まずい!
お胸の感触が……!
「あ、ミーネさんや、ちょっと待ってほしいの!」
「待ったなしよ! でりゃー!」
「ぬあぁぁぁ!」
組み合った後の追加攻撃、それはあまりにも俺の精神を乱した。
結果、俺は為す術もなくミーネに転がされてしまう。
「勝ったわ!」
「ミーねえさま、つおい!」
セレスがミーネを讃える。
なんてこった、兄の威厳は木っ端微塵だ。
「くっ……、こんなの、俺が不利すぎる……!」
もう取っ組み合いでミーネに勝てる気がしないよ……。




