第742話 14歳(夏)…愛猫家たち(2/6)
「レスカが騒いでるわね」
「そうですね、何かあったんでしょうか」
レスカの悲鳴が聞こえたあと、ミーネとシアがのほほんと言う。
心当たりとしては――
「んー、アリベルくんにベリアの意識が戻ったとか?」
「その場合は怒声ではないかのう」
「そっか、じゃあいよいよ謎だな……」
普通、お家で悲鳴が響き渡ろうものならそれは一大事なのだろう。
が、しかし。
当屋敷において悲鳴が聞こえるのはわりと日常的。そのため『あー、何かあったんだな』くらいの認識になる。
コルフィーとか屋敷をうろうろしている魔獣にちょっかい出してよくぶっ飛ばされたりしているからな。
ちょっと前にも綺麗な長い尾羽を持つ小鳥にぶっ飛ばされていた。
なんでもその尾羽が高級品であるとのこと。
その小鳥は目立つ尾羽で獲物を誘い、仕留めて喰らう猛禽である。
ぽげ~、となんとも気の抜ける鳴き声の小鳥だが猛禽である。
その後、コルフィーが「きゅ~」となったことにセレスが怒り、小鳥はお詫びにお尻をふりふりして尾羽を一本残して行った。
セレスは一声で一般家庭の年収相当を稼ぎ出したのである。
まあそれはそれとして、今はレスカだ。
どたばた、どたばた――、と、叫びながらレスカは屋敷を走り回り、やがて俺たちのいるこの部屋に現れた。
「ベ、ベリアが居ない! どこへ行ったか知らないか!」
ずいぶん慌てた様子で尋ねてくるレスカ。
せっかく名前を『アリベル』と決めたのに、焦って元のベリア呼びに戻ってしまっている。
アリベルという名前は『ベリア』が大罪人の名前になってしまったため、このままではまずかろうと新しくつけた名前だ。
特に捻りもなく、『ベリア』から『ベリ』を、『アルフレッド』から『アル』をとって混ぜただけである。
まあそのままくっつけたら『ベリアル』になって、これはちょっとまずいだろうと話し合うことになったのだが。
こっちの世界では関係無いが、元の世界では悪事を美徳と愛する悪魔の名前。一瞬とはいえ『世界の敵』をやっていた奴の名前にするのは相性が良すぎて躊躇われた。
と言うわけでアリベルくんなのである。
「ちょ、ちょっと居眠りをしてしまったんだ! 目が覚めてみたらベリアがいなかった! シオンが連れて行ったのかと思ったがシオンは知らないって言うし、他の奴に聞いても知らないって言うし!」
「レスカよ、まあ落ち着くのじゃ」
レスカは「あばばば」と大慌てだが、俺たちはそう取り乱すこともなく、まずはレスカを落ち着かせようとする。
俺たちは常に微精霊に見守られて生活をしているわけで、もし何かあったのなら精霊たちが伝えてくれる。何の連絡も無いということは特に問題が起きていないということなのだ。
しかし――
「落ち着いてる場合じゃない! 赤ん坊だぞ!」
レスカは一向に落ち着かない。
いや、確かにアリベルくんは赤ちゃんだ、いくら精霊たちが見守っているとは言え、のんびり静観するというのもおかしいか。
俺も赤ちゃんだった頃のクロアやセレスが行方不明になったら、少なくともこれくらいは取り乱していたことだろう。
そうだな、ここはレスカが正しい。
なんかアリベルくんて謎の無敵感があって何が起きても平気そうな気がしているが、それは俺が勝手にそう感じているだけ。今はただの赤ちゃんだ。すぐに捜し出すべきだろう。
「うん、そうだな。ちょっと手分けして捜そう」
アリベルのところに精霊獣を二体送り込み、一体は保護、もう一体はすぐに帰還させてどこにいるか聞けば話は早いが、残念ながらいま着ている産着がクロアとセレスのお古(電撃無効)か、コルフィーの作ったものかわからないためこの方法は使えない。
こうなると精霊たちにも協力してもらって地道に捜すしかない。
ひとまずこの屋敷、領地、庭園を捜そうと部屋を出たのだが――
「おーい。ちょっとー、こいつー」
と、そこで現れたのはピネを始めとする妖精たち。
そしてその妖精たちに空輸されてきたアリベルくん。
なんだかヘリ数機で吊られて運ばれてくるロボっぽい。
「ベリア!」
レスカはすぐに駆け寄り、妖精たちからアリベルを受け取る。
「こいつ、セレブにしがみついて庭園に来ていたんだよ。でもって漏らしたらしく泣いてたから連れてきた」
「あー、そうか。うん、ご苦労さん。ご褒美にお菓子をあげよう」
「やったぜ!」
珍しく人のためになることをしたピネたちにお菓子を配り、やれやれと人騒がせなアリベルを見る。
もう泣きはしていないが、濡れたおしめが不快なのか巌のような凛々しい表情をしていた。
「まったく、びっくりさせて……。よし、すぐにおしめを替えてやるからな」
先ほどまでの焦りようから打って変わって、ベリアに微笑みかけながら優しい言葉をかけるレスカ。
そんなレスカを見ながら、俺はちょっとこのままではまずいのではないかと考えた。
△◆▽
リビラが頑張りすぎてダウンしたことで、俺は皆が働きすぎないよう気を配らなければならないと思うようになった。
その観点からレスカについて考え、いくら本人が望んでいるからとアリベルの面倒をずっと見させるのはよくないと結論する。
本当に昼も夜も付きっきりでアリベルの面倒を見ているからな。
つい居眠りしてしまったのも、その疲れからなのだろう。
それとはまた別に、レスカがアリベルを溺愛しすぎているのも問題に思われた。
すべてがアリベル中心で、要は世界が閉じてしまっているのである。
なにも屋敷の外に出て活動しろとまでは言わない。
立場的にも難しい。
でも屋敷で一緒に暮らしている皆と、もうちょっとコミュニケーションをとってもいいんじゃないかと思う。
そこで俺はレスカとちょっとお話をすることにした。
これに同席するのはシア、リィ、アリベルを抱っこしたシオンだ。
「まあそういうわけで、ちょっとアリベルから離れてみてはどうかなって思うんだよ」
「……」
考えを説明してみたがレスカはむすーっとするばかり。
俺の提案が気に入らないのか、それともシオンがアリベルをあやしているのが気に入らないのか。
そんなふて腐れるレスカに、リィがため息まじりに言う。
「こいつは何も意地悪しようって言ってるわけじゃないんだからそんな拗ねるなよ。子供か。せっかく有り得ないくらいの好条件で保護されてるんだから、もうちょっと外に目を向けろよ」
うむ、その通りである。
俺と違ってリィは幼なじみだからはっきり言ってくれる。
すごく面倒そうな顔をされたが誘ってよかった。
「だが、アリベルはこんなに幼いんだ。ちゃんと私が面倒をみてやらないとまずいだろう?」
「いやお前な、そもそも子育てなんてしたことないだろ……。ここには三人の子供を産んで育てたリセリーがいるんだから、本当ならそっちに任せた方がいいんだよ」
「そうだろうか……」
「いやそうだろ」
「だってリセリー殿が育てたら、アリベルも御主人みたいなことになってしまうんだろう?」
ん……?
あれ?
俺もしかして喧嘩売られてる……?
「ちょっとレスカさん、それは失礼ですよ。クロアちゃんとセレスちゃんを見ていればわかるじゃないですか。ご主人さまは勝手にこう育ったんです」
そうそう――、ん?
あれ?
俺もしかしてシアにも喧嘩売られてる……?
「まあこいつがどうしてこうなったかは置いておくとして、アリベルだってもっと皆に構ってもらった方がいいんだよ」
「そうそう、せっかく姉ちゃんたちがいっぱいいるんだ。ベリア――でなくて、アリベルもみんなと遊んでもらった方がいいよな。な?」
「ばぶ!」
シオンに尋ねられアリベルが答えた。
意味がわかって答えたかどうかは謎である。
「ともかく、お前はしばらくアリベルから離れろ」
「し、しばらく……?」
「なんでそんな泣きそうな顔になるんだよ! ああ、じゃあまず三日くらいは離れろ。そこから慣らしていくから……」
レスカの悲嘆ぶりにリィが即座に折れた。
うーむ、これも依存と言うのだろうか?
レスカのアリベル離れはなかなか難航しそうである。
「それで、アリベルから離れるとお前することないだろ? ならここらでルーの森に行ってこい」
「ええー……」
「ええー、じゃない。お前まだ色々やらかしたことを謝りにもいってないじゃないか。まあお前がここにいるって話だけは伝えたが、だいぶ落ち着いたんだ、いい機会だから行って来い」
このリィの提案により、レスカはちょっと里帰りすることになった。




