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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
番外 『レイヴァース家の異聞抄』編
753/820

第741話 14歳(夏)…愛猫家たち(1/6)

最初は謎の三人称から始まります。


 それは――。

 耐えがたい空腹に苛まれながら枝の陰に身を潜めていた時のことだった。

 聞こえてきたのは足音。

 それから初めて耳にする弱々しい……、鳴き声?


『……うぅ、もう駄目。ちょっとでも何か食べないと』


 森の奥からよろよろと現れた大きな獣。

 警戒していると、その獣はこの木の根元でひと休みを始めた。

 警戒心などまるで感じられない弱った獣。

 これならば――例え自分よりずっと大きな体であったとしても――仕留めることができるのではないか?

 いや、ここでこの獣を仕留め喰らわねば、もうこのまま餓えて死を待つばかりである。

 ならばやるしかない。

 挑むしかない。

 例え返り討ちになろうとも、餓えて死ぬよりははるかにマシだ。

 そもそも警戒などしていない獣だが、それでも襲いかかるに絶好の機会を待つ。


『うー……』


 すると獣はうずくまり、ずっとその姿勢を維持し続けるようになった。

 さらけ出される無防備な首筋。

 ここだ――。

 油断する獣の首めがけ枝から落下。

 気流を操り、音もなく静かに、狙いを外さぬよう正確に。

 だが――


『……?』


 これはいったいどうしたことか。

 まったく警戒などしていなかった獣が、まるで襲われることがわかったように顔を向けてきたのだ。


『……猫?』


 奇襲は失敗。

 完全に気づかれてしまった。


『なにあれ可愛い。魔術を使ってるから……、魔獣なのね』


 いや、だとしても構わない。

 獣は大きい。

 一撃で仕留められるとまでは考えていなかった。

 ならばこのまま襲いかかり、戦いを挑むまでだ。

 しかし――


『ほいしょっと』


 何と言うことか。

 いよいよ襲いかかるその瞬間、獣に苦もなく捕らえられてしまったのだ。

 所詮は無謀な挑戦でしかなかったのか?

 いや――。

 いや、まだだ。

 まだ終わりではない。

 捕らえられたとて、ならば抜けだせば良いだけの話。

 まずはその無防備な手に牙を突き立てる……!


『……むぅ、ちょっと痛い……』




 ――――――――――――――――――――――――――――――――――




 リビラが倒れた。

 皆の調子が狂い、機能不全になった屋敷をどうにかしようと頑張った結果、しばらくの家出を経てみすぼらしくなって戻ってきた猫みたいになって倒れた。


「や、やれるニャ……、ニャーはまだやれるニャ……。どんと来いニャ……」

「もういい、もう休め……! 休め、リビラ……!」


 まだ自分は頑張れる――、そうベッドでうわごとを繰り返すリビラの手を取り俺は休めと訴える。

 屋敷のことはリビラが頑張ってくれているからいいか、なんて呑気なことを思っていてはいけなかった。

 この娘さん、普段はごろごろしているが、その実、使命感が強いと言うか、こうと決めたことに対しかなり無茶をする性格だったのだ。

 このリビラのダウンによって屋敷は結構な騒ぎになり、その結果として調子が狂っていた面々は正気に戻った。

 さすがに完全に元通りとはいかないものの、それでもこれまでの行いを恥じ、リビラに無理をさせたことを深く反省できる程度にまでは回復したのである。

 これは『災い転じて福となす』と言っていいのだろうか?


    △◆▽


 ひとまずリビラを休養させるなか、ようやく以前の調子に戻ってきた屋敷で俺はちょっと困っていた。

 約二ヶ月の長期休暇は、俺の中からすっかり労働意欲を奪い去っていたのである。


「ご主人さまー、なんかずっとため息ついてますけど、どーしたんですかー?」


 ひとまず仕事部屋に篭もってみたが、何も手につかず考え込んでいたところシアが尋ねてきた。

 これからのことを考えるからちょっと付き合って、と誘ったにもかかわらず黙り込んでいたらそりゃ困惑するわな。


「もしかしてご主人さまも調子が悪いんですか?」

「いや、そういうわけじゃないんだ。ただ、働きたくなくてな……」

「やっぱり調子が悪いんじゃないですか」

「いや、違うんだ。単にだらけたいだけなの。ほら、名前がどうにかなっただろ? 結局、俺が働いていたのってそこだからさ」

「あー、なるほど、そういうことですか。でもまあ、いいんじゃないですか? ほら、ご主人さまは大活躍しましたからね、それこそずっと遊んで暮らしていても文句なんてきませんよ」

「ほほう、なかなか良いことを言うではないか」

「事実ですし。それに……、あれですよ、ご主人さまが暇してる方がわたしや皆さんも嬉しいかなーと思ったりするわけで……、えへへ」


 そんなことを言ってシアがちょっと照れる。

 そんなことを言われた俺もちょっと照れる。


「そ、そうだな。調子が狂ってる者とはろくに遊べなかったしな」

「ですよね!」


 などと、労働の放棄に向けて話は進んでいたのだが――


「でもでも、冒険の書は最後まで作ってほしいわ」


 何故かシアについてきたミーネが言う。


「冒険の書か……」

「冒険の書ですか……」


 ミーネの言葉に、俺とシアは暗澹たる気分になった。

 作るのすげえ大変なんだよなぁ……。


「まあでも確かに、冒険の書は完結させないとまずいですよね……」

「五部作だって宣言もしちゃってるからなぁ……。あと二作、たぶん五年くらいかかるんじゃねえかな?」


 そのころ俺は二十歳か。

 先は……、長い。


「婿殿ー、ちょっといいかのう」


 俺とシアが気分をしんなりさせていたところ、ドアがノックされ頭にロシャを乗っけたシャロが現れた。


「どうかした?」

「うむ、大したことではないのじゃが、冒険者ギルドでちょっと婿殿のランクをどうするかという話があっての。その報告じゃ」

「ランク……?」


 いまいちピンと来ない。

 すると今度はロシャが言う。


「ほら、世界を救った者がいつまでもランクSのままというのもおかしいだろう? そこで特別なランクを設けるべきではないかという話になったんだ」

「おやおや、それは凄いですね」

「ちなみにシア、お前やミーネ、アレサのランクも上がる。ついでにシャロもな。魔王を倒したシャロがランクSSだったから、さらにSを加えるというやっつけ仕事でランクSSSだ。みんなまとめてな」

「じゃあ俺はさらにSをもう一つ足すとか?」


 尋ねるとシャロがふふっと笑う。


「最初はそうじゃったな。じゃが、さすがにSを四つ並べるのは何だか馬鹿らしい気がしてのう。それにいまいち特別という気がせんので却下したんじゃ」

「うむ。で、話し合いの結果、君のランクを無くすことになった」

「は? ランクを無くす……?」

「冒険者として登録されたらランクは必ず付く。そこで逆にランクを無くすことにしたんだ」

「婿殿が唯一のランクを持たない冒険者ということじゃな。冒険者という存在を体現する存在としての冒険者、という意味を込めての」


 なんて大げさな。


「えぇ……、俺って冒険者の仕事なんてほとんどしてないんだけど……」

「まあギルドの事情じゃ。正当な評価ができんのでは、ギルドへの不信感にも繋がりかねんと気をつかっておるのじゃよ」

「いいのかなぁ……」

「なら冒険者のお仕事をしたらいいわ!」


 と、ここでミーネが口を挟んでくる。


「却下だ。そういうこっちゃないからな?」

「むう……」


 しかしミーネは不満らしく言い返してくる。


「婚約者の提案をそんな無下にするものではないわ。こういうのを積み重ねると……、あれよ、すれ違い? そんな感じになるのよ」

「すれ違いか……。要は婚約者のミーネさんは、ここらでなんかこう大冒険とかしたいなーって思ってるわけだろ?」

「その通りよ!」


 うん、今のところすれ違う心配はなさそうだ。


「でもってね、退治した魔物をギルドへ持っていって、おー、すごいー、とか騒がれるのよ」


 えっへん、と胸を張るミーネ。

 このお嬢さんは冒険の書のやり過ぎですね。


「ならさ、屋敷を我が物顔で歩き回ってる連中を適当に連れてギルドへ行ったらいいんじゃない? ほら、魔獣だし、強い魔物だろ?」

「そういうのじゃなくて!」


 素晴らしい案だと思ったが、ミーネは気に入らないようだ。


「いやいや婿殿、あんなの連れて行ったら騒がれるどころではなくなってしまうぞ」

「冗談にしても、そんなことしたらセレスちゃんが怒りますね」

「セレスが怒るか……、それはダメだな。うん、ダメだ」


 などと話していた――、その時だ。


「……ぬあぁぁぁ――――――……ッ!」


 屋敷のどこかで悲鳴が上がる。

 この声は……、レスカか。

 珍しいな。


※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/05/19


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