第740話 閑話…どら猫はたくらむ
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うにゃにゃにゃにゃ、と食堂で悶える少女が一人――。
ベルガミア王国の伯爵家ご令嬢、リビラ・レーデントである。
「やっちまったニャー、そうじゃねえニャー、これじゃ印象悪いニャー……」
つい先ほどの出来事に対する一人反省会。
発端となったのは、以前父親が訪れた際にお土産として持ってきた長細く青々とした草である。滋養強壮の効果があることに加え、シャキシャキとした歯ごたえと、ほんのり甘みのあるこの薬草はベルガミアではおやつとして親しまれていた。
昔はリビラもよく口にしていたため、若干の懐かしさを覚えながらもしゃもしゃと食べていたのだが……、そこをふと食堂に顔を出した彼に目撃されることになった。
「……? ……!」
彼はちょっと驚いたように戸惑うも、すぐに納得の表情になる。
その瞬間、リビラは彼の中でどのような自問自答があったのかを理解した。
「ニャーさま、ちょっと待つニャ。こっち来るニャ」
「え」
若干不機嫌な声で彼を呼ぶ。
そこで彼は気づいたのだろう、自分が思い違いをしており、それがリビラに悟られてしまったということを。
今から叱られるのがわかっている犬――のような感じで大人しく近寄ってきた彼にリビラはとくとくと説明をする。
これは薬草で、べつに毛玉を吐くために食べていた雑草ではないと。
そもそも獣人はぺろぺろ毛繕いなんてしないし、毛玉を吐くくらいなら普通に吐くと。
「ニャーさまは知恵が回るニャ。ただ、目の前で起きている事について、自分の中で説得力のある答えが出ると例え間違っていても納得してそのままにしているきらいがあるニャ」
「うん、ごめん……」
彼はすんなり間違いを認め、しょんぼりと謝った。
そして彼が立ち去ったあと、リビラはついムキになり、説教するような形になってしまったことを後悔し始めたのである。
指摘自体は必要なものだったと思う。
いつかその勘違いのせいで彼が恥を掻くことになるかもしれないのだから。
ただ、もう少しやんわりとした言い方があったのではないか……。
「んニャー、ニャーもそろそろ余裕が無くなってきてるみたいニャー……」
ここしばらく、リビラは冷静でいるよう努め、なるべく皆が暴走して彼に余計な負担がいかないよう気を配っていた。
本当はもっとゆっくりのんびり、さらに言えば、だらだらとしていたいのだが、普段しっかりしている者たちが揃いも揃ってポンコツ化している現状では、まだ冷静でいられる自分が代わりを務めないことにはどうにもならないという現実があった。
また別に、この状況はリビラにとっての好機でもあるため、単純な使命感だけではなく打算も含まれての頑張り――要は今の内に彼の評価を稼ごうとしているのだが……。
(楽じゃねえニャ……)
屋敷をまとめていたサリス、彼の補佐をしていたシア、全体を俯瞰していたヴィルジオ。
この三人が揃ってポンコツ化し、度肝を抜かれるくらいの役立たずとなっている現状で、三人がやっていたことをリビラ一人でこなすのはさすがに無理があった。
他に誰か一緒に頑張ってくれる者はいないのか?
落ち着いているのはシャロとシャフリーンだが、屋敷の――それも婚約者仲間の統括となると二人はあまり向かないのが痛い。
いや、シャロならばなんとかなるかもしれないが、現在シャロは冒険者ギルドでの話し合いの他、魔導学園の学園長に就任するための準備も進めているようで忙しくなっている。
(シャロにゃんが仕事を放り出せば、それはニャーさまに行ってしまうニャ。それは駄目だニャ)
面倒面倒と言いつつもシャロが真面目に仕事をこなしているのはこれが理由である。
そしてこのシャロが『仕事をしている』ことをきっかけとし、屋敷にさらなる混乱が訪れそうになったが、そこはリビラが全力で阻止した。
具体的な事を言うと、ふとミーネが抱いた疑問を誤魔化したというだけの話であったが、リビラはこれを称賛に値する仕事であったと自負している。
では、そのミーネの疑問とは何か。
「ねえねえ、お嫁さんの仕事って何かしら?」
そんなもの、子供を産むことに決まっている。
だが、これをミーネに悟らせてはいけないとリビラは必死になって誤魔化し、さらにミーネが自覚してしまう危険性を彼や幼い弟妹を除く全員に説明して回った。
何しろ、悟ったその日に突撃する可能性が高く、もしそうなってしまえば屋敷の状況はもはや混迷の極み、誰にも制御できるものではなくなっていたことだろう。
(まー、いつまでも誤魔化せるとは思えねーニャ。みんなが落ち着いたら慎重に教育していくしかねえニャー)
リビラとしては二年はもたせたいと考えている。
その頃にはおそらく結婚まで漕ぎ着けているはずだからだ。
「みんな早く落ち着いてほしいニャ……。でもその前にニャーはもう一頑張りしていいとこ見せたいニャ……。でもでも、せめて一人くらい相談できる相手が欲しいニャ……」
リビラは悩む。
婚約者仲間以外に目を向ければ、義母となるリセリー、ティアナ校長がいるのだが、現状に降参して二人に助けを求めるのはまだ少しだけ早い。
となると相談できそうなのはぎりぎりでアエリスということになるのだが、彼女は彼女で現在リオの相談相手となっているため負担を掛けるのは気がひけた。
なにしろリオが女王をやるか否かという、エルトリア王国の今後に関わる重要な内容なのだ。
女王を面倒がっていたリオだが、今は彼にその責務から逃れるために婚約者になったと思われているのが自分で納得できなくなっているようだ。
胸を張って妻となるには女王を引き受けなければならない。しかしまた一方で、そのために女王になってよいものかという、何とも面倒な葛藤に悩まされているらしい。
確かに、意地で女王になり、これで国が荒れては目も当てられない。
とは言え、アエリスとしてはリオが女王で問題無いと考えているようだ。
難しいことは配下が考えれば良く、極端な話、エルトリアの指導者に求められるのは求心力。下を頑張る気にさせる人徳が求められる資質であり、ぶっちゃけ何も出来なくとも構わないというのだから、それで成り立っているエルトリアは何気に凄いとリビラは思った。
「それに比べてうちの王女は……」
シャンセルは取り乱しこそはしていないが、まともかと言われるとそうでもない。
かつてのやんちゃぶりはどこへ行ってしまったのか、すっかりのぼせてしまっており、ふとした瞬間に意識が夢の国へ行ってしまう。
「……ダンナ……、ダンナか……、ダンナさま……、へへっ」
いったいどんな妄想をしているのか知らないが、その尻尾の激しい振りようからして幸せなものであることは間違いない。
王女ともなれば尻尾の動きは制御され、笑って見せるように振って見せるのも一つの技術なのだが、今のシャンセルは感情丸出し、もう無邪気の権化であるバスカーと大差なかった。
「せっかくベルガミア出身が二人いるのに、どうしてニャーは一人で頑張ってんだニャ……」
お前は乙女か、とシャンセルを怒鳴りたくなるが、実際乙女であるし、困ったことに本当に嬉しそうなのでリビラはそっとしておくことしかできなかった。
「まいったニャー……、メイド続行のパイシェに相談するわけにもいかないニャ。あっちはあっちで大変ニャ」
パイシェは名目上、メイドのなんたるかを学ぶためメルナルディア王国からレイヴァース家に派遣されてきている。
とは言え、メイドを辞めたとしても闘士長としての役割があるのでレイヴァース家に留まることは可能だ。
が、では代わりのメイドを派遣するとなると、これは相当もめることになるため、現状維持が最も無難ということに落ち着いた。
今のレイヴァース家に人を送り込むというのは、縁を結びたがる者が多すぎて困難なのだ。
結局メイドを続けることになったパイシェはしょんぼりである。
(残るは……、ニャー……、もう残ってないも同じだニャ……)
リビラが思い浮かべたのはアレサ、コルフィー、ティアウル、ジェミナの四名であったが、このうちティアウルとジェミナは相談しても意味がなさそうなので除外される。
いや、ジェミナはあれでなかなか悪巧みをしているようだが、単純な話、すんなり会話できないという問題がある。
コルフィーはシア、サリス、ヴィルジオという三大ポンコツに比べればだいぶマシなのだが、現在は皆の花嫁衣装をどんなものにするのかで頭がいっぱいになっていて別の意味で駄目になっていた。
いや、ここは平常運転と言うべきなのか?
ひとまず婚約者ばらばらの衣装か、揃えつつも個々に合わせてちょっとした工夫をするかで悩んでいたので、リビラは揃える方を支持しておいた。
そしてアレサは三大ポンコツと大差ない――、いや、ある意味でより面倒になっており、リビラが相談を受ける側になっていた。
奉仕の心が暴走しているようだが、ともかく聖女から痴女になりたくなかったら死ぬ気で衝動を抑え込めと言ってある。
(まったく、とんでもねえ聖女だニャ……)
結局、現状では一人で頑張るしかないとリビラは再認識する。
(今が好機、それは間違いないニャ、だから頑張るニャ。妖精鞄を持ち出した償いもあるし、とにかく頑張るしかないニャ)
ポンコツ化した婚約者仲間もいずれは落ち着く。
となれば、次に始まるのはより可愛がってもらうための熾烈な競争である。
(ニャーに可愛げが無いなんてことはわかってるニャ。だからここで頑張るしかないのニャ……!)
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/03/28
※さらに脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/04/29




