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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
1章 『また会う日を楽しみに』編
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第75話 9歳(春)…遊戯の神

「ふふ、今日のことを話したらきっとミリーは悔しがるだろうなぁ」


 試遊が終わったとたん寝入ってしまったミーネを見てアル兄は楽しそうに言った。

 なんでフィアンセが悔しがる姿を思い浮かべてそんな嬉しそうに笑うのか。

 もしかしてアル兄はあれなのか、意外とSな人なのか。

 そんなにこやかな兄とは違い、祖父のほうは孫娘の有様に唖然としていたが、このまま転がしておくのはどうかと思ったのか抱きおこすために席を立とうとする。

 と、そのとき――


「あ、ちょっと待ってくれる?」


 ふいに子供の声がした。

 誰もがはっと声のしたほうを見ると、部屋の扉の前――いつのまに現れたのかひとりの少年がたたずんでいた。


「おっと、驚かせてごめんね。怪しいものじゃないから安心して」


 少年はにこにこと愛想のいい笑顔をふりまいていた。

 もし害意があればバートランやエドベッカ、マグリフがなにかしらのアクションを起こしているだろう。しかし三人はぽかんと口をあけて少年を見つめているだけだし、まあ安心……、出来ないな。

 こういう出現をする奴に服を二度もかっぱらわれている。


「どちらの神さまですかね」


 嫌そうにおれが言うと、少年を眺めていた皆が「はあ!?」と声をあげていっせいにおれを見た。

 見事なシンクロだった。


「ボクかい? ボクはハヴォック。遊戯の神だよ。あ、みんな楽にしててね。わざわざ跪いたりとかいらないからね。そのままでいいから、いやホントにホントに」


 遊戯の神――ハヴォックはあっけらかんとしたものだ。

 みなさんは「マジか!?」といった表情。

 たぶんそういう反応が普通なんだろう。

 おれはそのへんの感覚が産まれる前にすっかり摩耗しきっている。


「ふむ。ヴァンツの時みたいにいきなり雷撃を撃ってきたりはしないんだね。よかったよかった。実はボクも同じ目に遭うんじゃないかってドキドキしてたんだよ」


 そういうことは言わんでいい。

 みんなの視線が痛いだろうが。

 愕然としていた顔をさらに愕然とさせて「ちょっとおまえなにしてんの!?」って感じで見てきてるじゃないか。どうするのよこれ。

 おれが辟易していると、ハヴォックはにこにこしたまま扉からはなれ、転がっているミーネのところまでやってくる。


「よいしょっと」


 ハヴォックが寝ているミーネごと椅子をおこす。

 神におこしてもらうとかすげえなお嬢さま。

 そしてちっとも起きる気配ねえし。

 いやむしろ起きると面倒だから寝てていいのか?


「……ふぉおお……」


 一方、その祖父は青ざめた顔で口をわななかせていた。

 寿命がごりごり削れていっているかもしれん。

 アル兄も引きつった笑顔で固まってるな。

 しかしハヴォックはそんな二人のことはおかまいなしで、ミーネが眠りこける椅子の背もたれにキザっぽく肘をかけおれを見る。


「実はボク、君たちが遊んでいるのを眺めてたんだ。それで、前のショーギのときは見送ったけど、今回のこれは行かないわけにはいかないと思ってね、こうしてお邪魔したってわけ」

「……?」


 完成された将棋は見送って今回はやってきた――、その基準がよくわからず、おれは首をかしげる。


「おや、どうしてって顔だね。じゃあ聞こう。君はどうしてこの遊びをもたらしたんだい?」


 生みだした、ではなく、もたらした。

 別の世界の遊びを持ちこんだだけ、ということに鑑みての表現なのだろう。

 もたらすだけではダメということか?

 困惑しつつも、おれはこれを作ったきっかけについて説明する。


「この眠ってるお嬢さまが熊に突撃しようとしたからだな」


 採取のために二人で森へとでかけ、そこでゴブリンを追ってきた熊に遭遇した――という簡単な状況も話す。でないとミーネがいきなり熊に突撃していった頭のおかしい子になってしまう。

 それはちょっと不憫だ。


「それで――、逃げたら強くなれない、とか言いはるのを聞いたとき思ったんだ。このお嬢さまをこのまま冒険者にしたらまずいって」


 勇敢なのは認める。それがミーネの美徳であることも。

 けれど気持ちがはやりすぎ、その勇敢さには蛮勇が同居している。

 子供にありがちな漠然とした自信とは違い、ミーネには実力と才能もあることがよけいにやっかいだ。

 いけるところまでいけてしまう。

 挫折がそのまま死に繋がるところまで。


「叩きのめして思い知らせようにも叩きのめされるのはこっちだし。言って聞かせようとしても都合のいい解釈するだけだし。まあそんなこんなで考えた結果、遊びながら色々な状況を考えることができるようにってこの冒険の書を作った。きっかけはこんな感じだな」


 ハヴォックはおれの話を聞くと満足げに微笑んだ。


「そう、そのきっかけが重要なんだ。この遊びは導く力を持っている。ショーギのように完成されたものをごろりと転がしておくのとはわけが違うんだ。これは君の純粋な善意によってもたらされた未来の冒険者たちのための遊びだ。だからボクは来た。遊戯の神として、ひとつの遊戯から始まる世界の変革――それを見届けるために」


 ハヴォックがそっと手をのばしておれの額にふれる。


「遊戯の神ハヴォックの名において認めよう。この遊戯と、それをもたらす君の功績を」


 みなが息をのむなか、おれの額にふれるハヴォックの手が静かに光り……、そして消える。


「ってわけで祝福あげたよ。これで祝福四つだね。すごいね。シャーロット以来だよこんな贅沢なのは」


 厳かな様子からうってかわって、ハヴォックは気軽に言う。


「ついでにこの子に加護をあげよう」


 ぽすぽすとミーネを叩くハヴォック。

 眠りこけるミーネの頭がほんわか光に包まれた。

 一般的な感覚では神から加護をもらうというのは相当なことだ。

 うちの両親ですら大騒ぎだった。

 それが唐突に孫娘に与えられて、横にいるバートランはもう天に召されそうな顔になっていた。

 大丈夫か……?


「……ハヴォック様、あ、ありがとうございます……」

「いやいや、そんなに恐縮しなくてもいいんだよ? この子は本当に楽しそうに遊んでいたからね、遊戯の神としてはちょっとひいきしてあげたくなったんだ。なんかボクの恩恵と相性良さそうだしね」


 確かに相性はよさそうだな。

 ミーネのやんちゃ具合がパワーアップしそうだ。

 …………。


「淑女の神とかっていないのかな? いたら紹介してほしいんだけど」

「いきなりなに……!? いないよそんな神……!」


 そうか、残念だ。


「なんでそんなことを聞くのかよくわからないけど……、まあいいや。とりあえずボクの神としての仕事はこれで終わりだね」


 おれの憂鬱そっちのけでハヴォックは遣り遂げたとばかりに満足げだ。

 いや突然やってきてひとり満足されても困るんだが。


「ちょっと話がおおげさになってしまったんだが……」

「大げさ? おいおい、大げさなことを企んだのは君だろう? ただこの遊びを広めたいだけなら商品にするだけでいい。なのにわざわざ冒険者ギルドの関係者を二人ここに呼んだのはどうしてだい?」

「それは――、これを訓練校で教材として使ってもらおうと考えたからだ。冒険者の経験がある者がGMをすることで、ただの遊びではなく訓練になりえる、そう思ったから」


 とはいえ理由はそれだけではない。

 この場で言えることではないが、名声値を一気に稼ぐための企みも含まれている。

 ダリスによって販売してもらうとしても、まずはこの国から徐々にという話になる。しかしギルドを引き込めば、各国にあるギルド支店、冒険者訓練校と、広範囲に宣伝を始めることができる。

 なにしろ邪神によって滅亡寸前までいったこの世界は、残された者たちが協力していく過程で言語が統一された。つまり冒険の書はその国の言語に翻訳するといった手間がない。広められる方法があれば、一気に広めてしまうことができるのだ。


「うんうん、ボクもそう思うよ。それで、どうかな、冒険者ギルドはこれを教材として採用してくれるかな?」


 にこにこしながらも「もちろん断ったりしないよね!」という威圧たっぷりでハヴォックは言った。協力的なのはありがたいんだが、ちょっと露骨すぎてエドベッカに申し訳なくなった。


「そう……ですね」


 と、エドベッカが慎重に言葉を選ぶように口を開く。


「本来であれば本部に報告したのち、しばらく検討をかさねるところですが……、ハヴォック様の後押しがあるとなれば話は別です。この提案は数日中に承認されるでしょう」

「そりゃあよかった」


 ハヴォックはその返事に満足そうだったが、一方おれは予想を上回りすぎて愕然とした。


「いやいやいや! いくらなんでもそれは早すぎでしょう! 確かにこれは教材として役に立つと思います。ですがどうしても避けられない悪影響もあるんです」

「ほう、それはどのような?」

「この遊びをうまくこなせるからと自分を過信する者がでてしまうことです。これは特に訓練校に通う少年少女――自分を特別と信じ込みやすい年代でとくに顕著にあらわれると思います。ですからそういった危険性についての――」

「いや、それは問題ない。ほとんどの冒険者はその過信した者以下だから大丈夫だ」

「それって大丈夫とは違いません!?」


 やばい。

 やばいのミーネだけじゃなくてみんなだった。

 冒険者やばい。

 あ、だからわざわざ神が降臨するような事態になっちまってるのか!?


「まああれじゃ、極端な話、冒険者なんぞろくでなしの集まりじゃからのう。訓練校とて体裁はととのえてはおるが、かつてのろくでなしが未来のろくでなしを育てているようなもんじゃ。儂としてはもう明日からでもこの冒険の書を導入したいくらいじゃよ。のうダリス殿、これはいったいいつごろ完成するんじゃ?」

「夏には商品として売りだす予定になっています」

「意外とかかるのう」

「実演する担当の育成をする必要がありますからね。まず明日から日中は彼にGM役の指導をしてもらい、夜の間に原稿そのままの写本を製作します。GM用の写本を二十部ほど用意できたところで、本格的に書籍にするための校正作業にはいります」

「のう、その写本、一部まわしてもらえんか? 教員たちになれさせておきたいんじゃが」


 はたして本当にそう考えているのか、それとも実は自分が欲しいだけなのか、なかなかあやしいところだが、さっそく導入しようとしてくれるのはありがたい話だ。そして冒険者の多くが本当にそんなにやばいのなら、冒険の書が広まるのは早ければ早いほどいい。

 おれはマグリフの要望に応えることにする。


「では写本が用意できたら一部を訓練校用とします。それとしばらくはぼくがかよってGM役をしましょう。実際に生徒を指導する教員の意見も聞きたいですし」

「おお、それはいいのう。ぜひお願いしたい」


 うんうんとマグリフは満足そうにうなずく。

 そんなやりとりを眺めていたハヴォックは顎に手をやって言う。


「んー……、となると原本をもらっていくには夏まで待たないといけないかー」

「え? あげないよ?」

「ちょちょ、そんなこと言わないでよ、ボクと君の仲じゃないか」

「さっきお会いしたばかりですけど……?」

「祝福をあたえた神とあたえられた人って仲があるじゃない」

「いやべつに祝福とかいらなかったんで……」

「君ってほんとヴァンツの言ってたとおり辛辣だね!」


 ハヴォックが愕然とした顔になり、まわりの大人たちは唖然とした顔でおれを見た。


「え、えっとだね、原本はぜひとも献上するべきだと私は思うのだが……」


 ダリスはおののきながら言う。

 みんなもそろってうんうん肯定する。


「写本や商品じゃダメなのか? 商品なら王族用の特装版ってのもあるんだが」

「いやー、ボクが欲しいのは制作者である君がその手で書きあげた原本なんだな!」


 ……ああ、マニアですか。


「まあ、押しかけとはいえ後ろ盾になってもらったし……。商品として生産できる段階になったら……」

「おっ、約束だよ! ほかの神がきてもあげる約束なんてしちゃ駄目だからね!」


 ハヴォックはすごく嬉しそうだ。

 トレーディングカードとか作ったらすさまじく食いつきそうだな。


「よし、これで個人的な用件もすませたことだし、お邪魔になるからボクはそろそろおいとまするよ。――じゃあね!」


 しゅたっ、と手をあげ、ハヴォックは登場したときと同じように唐突に消えうせた。

 遊戯の神としてTRPGを認めるのと、個人的に原本をもらう約束をするの、いったいどちらにウェイトをおいてやってきたんだろうな、あの神は。

 そんなハヴォックが帰ったあと、おれはあらためて要望を説明しようとした。

 ――が、立ちあがろうとしても、膝が抜けてすとんと座りなおしてしまうくらい疲労していることが判明し、バートランにお姫さま抱っこされて強制的に部屋を連れだされた。

 この冒険の書がおれの導名への第一歩ということもあり、意識が過度に覚醒状態にあったせいで疲労を感じなくなっていたようだ。

 九歳の子供が十二時間耐久朗読なんてやったら力尽きるのは当然である。

 そう認識した瞬間、揺り戻しがきたように強烈な眠気がやってきて、おれは部屋にたどりつく前に眠りに落ちた。


※脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/02/01

※さらに脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/04/11


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