第737話 14歳(春)…巫女の役得
何気ない日常のひとこまを1話だけ……!
予定していた親御さんたちへの挨拶回りは唐突に始まり、そして勝手に終わった。
暗黒記者ルフィアの策謀に端を発するこの出来事は混沌とした屋敷をさらに混沌とさせることになったものの、数日を経て徐々に落ち着きを見せ始め、現在、皆の様子は四つに分類できるようになっている。
まず『特に調子が狂っている者』が四名。
これはシア、アレサ、サリス、ヴィルジオである。
次に『やや調子が狂っている者』が三名。
ここにはコルフィー、シャンセル、リオが分類される。
そして『これまでとそう変わらない者』が三名。
こちらはシャロ、リビラ、シャフリーンだ。
最後に『無敵』が三名。
残るミーネ、ティアウル、ジェミナである。
それぞれ四、三、三、三と、割とバランス良く分かれているのがなかなか面白い……、って、面白がってはいけないな。
△◆▽
調子を崩す者が多いなか、その日、俺は無敵三人衆の内の一人であるジェミナに迷宮庭園へと誘われた。
「主、実験実験、きてきて」
「実験?」
「うん、実験」
俺の手を引き連れて行こうとするジェミナ。
珍しく積極的だな、と思いつつ大人しく引っぱられて庭園に到着すると、遠くからルフィアの悲鳴が聞こえてきた。
「……にゅわー! にゅわわー……! だーれかー、助けてー……!」
ぬけぬけと顔を出したので、とっ捕まえてのお仕置き中である。
まだ悲鳴を上げられるくらい元気なので、もうしばらく珍獣――もとい精霊獣たちに顔をぺろぺろされていてもらおうか。
などと考えていたところ、不意にジェミナが大声を上げた。
「バスカー! バスカー!」
「……わん、わんわん……!」
呼び声に応え、遠くからバスカーが駆けてくる。
ついでに呼んでないチビたち――オオカミ、キツネ、トラ、ライオンなどもやってきた。
ルフィアの味に飽きたのか、それともバスカーにつられて来たのか。
「よしよしよし、あいあい、よしよし、おまえもか、よしよし」
じゃれついてくるチビたち。
適当に撫でてやると、それだけで嬉しそうに転げ回る。
うん、やはり哺乳類はわかりやすいな。
これが爬虫類とか昆虫となると、果たして喜んでいるのかどうか、それこそ〈モノノケの電話相談室〉を使わないとわからないのだ。
「主、主」
「うん。うん?」
俺がチビたちをわしゃわしゃしていたところ、ジェミナはバスカーを被るように頭に乗っけていた。
そして――
「やー!」
「わおーん!」
叫ぶジェミナ、応えるバスカー。
するとバスカーがぺカーッと光って消失。
残ったのは万歳するように両手を挙げたジェミナだけだ。
「できた!」
「ん……? あれ、もしかしてデヴァスみたいに合体した!?」
「した!」
ジェミナが謎の特技を体得した……!
あ、いや、そもそもジェミナは精霊の巫女、王都の精霊エイリシェや、森林連邦の精霊エクステラにも体を貸していたわけで、言ってみればジェミナこそが本家、デヴァスの方が特殊となるか。
「実験ってのはこれか」
「ん。あと、時間。どれくらい平気か。――あ! あとあと、こんなの」
と、ジェミナはどこからともなく、その手に旧悪神との戦いの際に粉々になった魔剣バスカヴィルを出現させた。
「出せる、これも」
「え、何気に凄くない……?」
ちょっとびっくりして言うと、ジェミナは「むふー」と得意げな顔になった。
「でもしまう。危ない。この実験はまた」
どこかのご令嬢ならさっそくバカスカぶっ放し始めるところだが、ジェミナは大人しく魔剣を消失させる。
お利口さんだ。
「じゃあ今日はどれくらいその状態を維持できるか確かめるのか」
「ん。見ててほしい。どうなるか」
精霊でもって何かするとなると、可能なのは俺とジェミナだけだからな、もっともなお願いである。
幸いなことに仕事が手に付かない状態が継続しているため、ジェミナの実験に付き合うのはなんら問題無い。
「あと、バスカーにお礼。お手伝いのお返し。ジェミ、しばらくバスカーになる」
「うん? ああ、バスカーに体を貸すみたいな話か」
「ん。エイリシェとは違う。どうなるか」
それもまた実験、ということなのだろう。
「わかった。その間は面倒を見ないといけないな」
「お願い。じゃあ」
と、ジェミナは体の主導権をバスカーに譲ったのだが――
「あーるじー!」
ちょっと眠たげにも見えるジェミナの表情がぱぁーっと晴れ渡るやいなや、俺にひしっと抱きついて来た。
ぐりぐり顔を押しつけ、そしてふがふが。
「ジェ、ジェミ――でなくバスカーか」
「そうだよ! ぼくだよ! 撫でて撫でて!」
「はいはい、撫で撫でな」
「もっともっと、わしゃわしゃーって!」
「え、いいの?」
「ジェミナはいいって! だからわしゃわしゃーって!」
「いいならいいんだが……、じゃあほれ」
要求された通り、俺はジェミナの頭をわしゃわしゃーっとやや乱暴に撫で回す。
「えへへー、もっとして! いつもみたいにお腹とか背中もわしゃわしゃーって!」
「それはちょっと事案になっちゃうから……」
「ええー! してしてー! ぼくいっぱい頑張ったよ!」
「む……、確かにそうだが……」
「でしょ!」
悪神戦では無理をさせたからな、と思っていると、バスカーはもう待ちきれないとばかりにころんと地面に転がった。
これが子犬の姿であれば何の問題も無いが、今はジェミナの体を借りてである。あまりに無造作に転がったため、思いっきりスカートがめくれあがっておパンツ様がお目見えになった。
「こらこらこら! ジェミナが許可していてもちょっとは遠慮する!」
「ええー!」
「じゃあ抱っこ、抱っこするから!」
「うん!」
とは言ったものの、今のバスカーは子犬ではなくジェミナであったため、俺は地面に座り、自分を背もたれにさせるような感じでバスカーを座らせて後ろから抱き竦める形におさまった。
「えへへー」
それでもバスカーは満足なようなので、ひとまず安堵する。
ただ見守っていればいいと思っていたが、これけっこう大変かもしれない。
「主、もっとぎゅってして、ぎゅって。これはジェミナが――、じゃなくて、ジェミナもいいって言ってるよ」
「はいはい、ぎゅーっとな」
「えへへへー」
バスカーが嬉しそうに笑う。
実に無邪気である。
「そういやバスカー、おまえ武器の神様んところ行ってる?」
「あ! あんまり行ってない……」
「そうか。たまには行ってやってくれ。下手すると、怒鳴り込んでくるかもしれないから」
「じゃあこのあと行くね!」
「うんうん」
よしよしと頭を撫でる。
チビたちがこっちもこっちもとアピールしてくるので、そっちも撫でていたところ――
「なんじゃ!? 今日は婿殿が甘えさせてくれる日なのか!?」
オコジョ的なロシャを頭に乗せたシャロが庭園に現れた。
だいぶ誤解……、いやまあこの様子を見れば誤解されても仕方ないため、実験中であると簡単に説明をする。
「なるほど! よしロシャ! 合体じゃ!」
「できるのか……? まあやれそうな気もするが、その場合、私はそのままギルド本部へ向かうだけだぞ?」
「くっ、何という罠じゃ!」
どうやらシャロはこれから冒険者ギルド本部へとお出かけしなければならないらしい。
これまではロシャが頑張っていたが、そろそろ創始者であるシャロも加わってほしいとかなんとか。
ご苦労様である。
「ロシャよ、駄目かのう、明日では駄目かのう……」
「駄目。これまで気を利かせて好きにさせていたんだ。そろそろちゃんと参加してくれ。嫌ならもうあと全部そっちに放り投げるぞ」
「うぅ……、仕方ないのう。じゃが、ほれ、ちょっとだけならよいじゃろう?」
「少しだけならな」
「うむ。ではバスカーよ、ちょっとだけわしと交代してくれんか」
「いいよー」
バスカーが退き、今度はシャロがすっぽりとおさまる。
「めんどいのう、めんどいのう、学園の方もわしが責任をとらねばならんし、めんどいのう」
「よしよし、よしよし」
ぐでぐでーっとしたシャロに少しでもやる気を出してもらうべく、俺はせっせと撫で撫でを続ける。
これはロシャが痺れを切らすまで続き、渋々ながらシャロは出掛けて行くことになった。
「じゃあまたぼくー」
「はいはい」
再びバスカーがすっぽりおさまり、構ってくれとおねだりをしてきたので俺はこれでもかと甘やかした。
△◆▽
ジェミナの実験はその気になればまる一日くらい平気で精霊合体していられるということで終わりを迎えたが、この実験に影響を受けた一人のお嬢さんが奇行に走り始めた。
ミーネである。
子猫のミアを頭上に掲げ、ミーネは朝っぱらから庭園で叫び続けていた。
「てやー!」
「みゃーん」
「とりゃー!」
「みゃみゃーん」
ミーネが叫べばミアが応える。
一見ほのぼのしているが……、どうなのか。
子猫を掲げて叫び続けるとか、傍から見ると狂人のそれである。
そして肝心の精霊合体だが、今のところその兆しはまったく無い。
ミアはミネヴィアという名から『ミ』と『ア』をとってのミア。
一応、それなりの繋がりはあるものの、さすがに精霊合体を果たすほどではないのだろう。
まあそのうち諦めるか、飽きるか。
そう思って放置したのだが……、それがまずかった。
「でりゃー!」
「みゃうー!」
「ぷぎゅ!」
「わおーん!」
「がうー!」
「うきー!」
「しゃー!」
「こーん!」
「たぬたぬー!」
「ひひーん!」
そろそろ昼食ですよ、とミーネを呼びに行ったとき、そこに居たのは子馬に跨りつつ、精霊獣を肩に乗せたり脇に抱えたり、さらには自分の体にしがみつかせて雄叫びを上げるモケモケ姫であった。
「ちょっと目を離した隙にどんだけ迷走しちまったんだよぉ!」
あまりの有様に大声を上げる。
すると――
「ぶるる……、ひひーん!」
「あ」
モケモケ姫を乗せる子馬が俺をロックオン。
かまってかまってー、と俺めがけて駆けだした。
「ちょっ、恐っ、恐いって!」
ブレーメンの音楽隊なんて目じゃないくらい無駄に迫力のある物体が迫ってくる。
俺はダッシュで逃げた。
すると子馬は駆けっこかと勘違いしてさらに追ってくる。
さらにはそこいらでミーネの奇行を見守っていたチビたちも、遊んでくれるのかと一斉に俺を追いかけ始めた。
「お、お、おぉぉい! と、止まれって、とま――、あぁぁぁぁ――――ッ!?」
もふもふとした誘導弾が次々と俺に着弾。
大爆発こそしなかったが、もんの凄くもふもふした。
「あ、もしかしてお昼?」
「お昼だよ!」
とりあえずミーネには精霊合体禁止令を出しておいた。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/02/08
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/08/06
※さらに脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/09/19
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2022/09/27




