第735話 14歳(春)…そしてグダグダへ…(4/5)
母親の登場にヴィルジオは即座に姿をくらませたが、そういうことが出来ないサリスの方はびっくりして固まっていた。
自分の母親が陽気な様子で皇妃さまと一緒に現れたのだから、そりゃあ驚くというものである。
サリスほどではないにしろ、俺もこの登場には驚いた。
しかし、訪問者はこの三人ばかりではなく、驚いているうちに次々と精霊門からお客さんが現れた。
「おお、居た居た。おーい!」
そう言って手を挙げたのはヴィルジオの父である竜皇ドラスヴォート、その隣にはリオの父であるレグルス国王もいる。
これに愕然としたのはリオだ。
「あれ!? お父様!? これは困るぅ……!」
次にベルガミア国王――シャンセルの父であるウォーンズ国王がリビラの父であるアズアーフ伯爵を伴って現れた。
「親父!?」
「ととニャ!?」
父親の登場にシャンセルとリビラが声を上げる。
他にもベルガミア勢はリクシー王子とユーニス王子がいた。
「あ! 兄さまー! クロアー!」
「ユーニス!」
わーい、とクロアとユーニスが互いに駆けだし、抱きしめ合ってぴょんぴょん跳ねる。
そんな無邪気な弟たちに目を取られているうちに、シアの実弟であるリマルキス国王と、その従聖女であるレクテアお婆ちゃんもこちらに現れ、それに続きミーネの家族――バートランの爺さんと、父であるザストーラ伯爵が現れていた。
「あれ、お父さまも……、どうしたのかしら?」
ミーネは不思議そうだったが、俺はもう何となく状況を把握し始めていた。
これは……、あれだ、近くご挨拶に伺おうと思っていたのに、向こうが待ちきれず来ちゃったんだ。
普通は来ようと思ってもそう簡単には来られないが……、まあ便利な精霊門の予期せぬ弊害というところだろう。
そんなことを考えているうちにも、さらにお客さんは増える。
聖都のネペンテス大神官、それからアレサの先輩である聖女ティゼリアが現れ、そのあと、所在なさげでちょっとおっかなびっくりな様子の男性――サリスの父であるダリスと、困惑した表情のふさふさヒゲ親父――ティアウルの父であるクォルズが姿を現した。
「お父様まで――、いえ、お父様だけであればよかったのに……!」
「おー、とーちゃーん! とーちゃーん!」
大勢のお客さんが来たことで、場は色々な意味で騒がしくなる。
正直、このタイミングでの訪問には頭を抱えたくなるが、ともかくここは歓迎するところだ。
しかし立ち上がろうとしたところ、まだ父さんに喰らわされた技の余韻が残っていたため一人では立つこともままならなかった。
これはちょっと格好がつかない……。
どうしたものかと思っていると、母さんが手のひらを軽く動かして合図を送ってきた。おそらく『そのまま休んでいなさい』といった感じのことを伝えようとしたのだろう。
「まずは私たちでお出迎えするわよ。ほら、立って立って」
「あ、足が……!」
正座で説教くらっていた父さんは、俺以上に自分一人では立ち上がれない状態になっていた。
「ああもう、仕方ないわね。あ、ティアナさん、ちょっと手を貸してもらえる?」
「かしこまりました」
母さんとティアナ校長は父さんの腕を引っぱって強引に立たせ、左右からがっちり腕組みして支えながら強引に父さんを歩かせる。
父さんは「うひっ」とか「うほっ」とか奇声を上げつつ、お客さんたちの前へと連行されていった。
「ようこそいらっしゃいました。お出迎えもせず、申し訳ありません」
ひとまず母さんが挨拶を始め、父さんはその横でティアナ校長に支えられながら懸命に足の痺れと戦っている。
「いやいや、こちらこそ急な訪問で申し訳ない」
出迎えなかったのは問題だが、突然押しかけるのもまた問題、そこは相殺ということで穏やかに話は進む。
まあ普通は王や当主がひょっこり訪問してくることは無いからな。
うちが関わる場所はどこも精霊でいっぱいなため、場合によっては世界で最も安全であるというのも、この訪問に踏み切れた要因なのだろう。
そしてこの集団での訪問だが、示し合わせたわけではなくそれぞれが王都屋敷に訪れたところ鉢合わせた結果らしい。
屋敷に誰も居ないので不思議に思っていたら、アズ父さんが精霊たちに俺たちが迷宮庭園へ向かったと教えてもらったようだ。
「実は記事を見て居ても立ってもいられなくなりましてな」
くっ、やっぱりルフィアの記事が発端か。
おのれ、今度捕まえたらそれ相応の刑に処さねば。
例えば首から下を地面に埋めてしまい、身動きがとれない状態にしておいて、珍獣たちに寄って集って顔をぺろぺろさせるとか、そういう刑だ。
これならヴュゼアも許可してくれることだろう。
「ところでリセリーさん、皆でこっちに集まって何をしていたの?」
そう尋ねたのはレウラーナ皇妃。
隠すことでもないため、母さんは挨拶へ伺う段取りを決めていたところ、話が逸れて父と息子の決闘に発展したことを説明する。それは父さんが張りきりすぎて物騒な技を使った結果、負けた俺はろくに立ち上がれなくなってしまったので休ませているという、皆さんが押しかけて来る直前までの話だった。
「はは、そうか、ローク殿は張りきりすぎてしまったか」
愉快そうに笑うのは竜皇ドラ父さん。
バートランの爺さんとか、レグルス国王も楽しげだ。
ひとまず母さんが状況を説明してくれたおかげで、俺が出迎えもせず、婚約者に囲まれてふんぞり返っているバカ婿にならずにすんだ。
それから訪問者たちは、地べたに座り込みっぱなしの俺の方へとやってくる。
そこで俺はシャフリーンに支えてもらい、何とか立ち上がった状態で向かえることにした。
「はっはっは、友よ、ちょっと災難だったな! いや、もう友ではなく息子と呼んでもよいかもしれんな!」
ドラ父さんは上機嫌だ。
これまで我が勇者とか我が神とか、ドラ父さんは俺を妙な呼び方で呼ぼうとしてきたが、これはお断りできない。
俺としてもそんな感じを目指しているのだから。
「ところで息子よ、娘の姿が見えんのだが……」
「あー、実はですね、最初にレウラーナ様が――」
「あらもう、そこはお母さんと呼んでくれないと!」
「え、えぇ……、で、ではレウラーナお母さまと……。それでお母さまが現れたところ、驚いてどこかへ行ってしまいまして……」
「お婿さんほったらかして逃げちゃうとか、どういうことなの」
「ほっほっほ、ヴィルジオ様のおてんばにも困ったものでございますな」
いやランダーヴさん、おてんばとはちょっと違うんだこれが。
それにヴィルジオの『びっくり』の半分くらいはたぶんあんたが原因だ。
「まったくあの子は……。ランダーヴ、連れてきてくれる?」
「かしこまりました。昔はよく王宮で隠れんぼをしたものですが、これだけ広いとなると少々骨かもしれませんな」
そう言い、ランダーヴはヴィルジオの捜索に出撃。
ほっほっほ、と笑いながらもの凄い勢いで走って行く。
俺は心の中でヴィルジオが無事に逃げ切れるよう祈った。
「うむ、まあ肝心の娘は行方知れずのようだが……、友よ、これからも娘をよろしく頼む」
そう言うドラ父さんは実に真摯な様子であり、それは娘の幸せを願う父としての姿であった。
「変に気取るようになっちゃった不器用な子だけど、よろしくね」
レウラーナ母さんは悪戯っぽく笑っているが、子を想う母であることは間違いないだろう。
自分から出向いて『娘さんをください』と言うタイミングを逃してしまった俺は精一杯言葉を返すのだが、当の娘さんではなく他の婚約者たちに囲まれ、支えられてやっと立っている俺にどれだけの説得力があるのか……!
ここはちょっと父さんを恨んだ。
その後、ドラ父さんとレウラーナ母さんが作った流れに乗り、順に皆の親御さんと話していくことになる。
「粗野なところもある娘だが、幸せにしてやってほしい」
二番となったのはシャンセルのお父さん――ウォーンズ国王。
ここに義兄となるリクシー王子が続く。
「やっと貰ってくれる気になったか。これからは義兄弟だ。気軽に遊びに来てくれ。ぜひともな。用が無くともかまわないから。英雄殿が訪問したとなればその相手も重要な仕事、頼むから遊びに来てくれ」
なんか切実な様子で言われる。
王太子だから大変なのだろうか?
次にベルガミア勢ということで、アズ父さんの番となる。
「リビラよ、お前は世界の命運を賭けた舞台で戦った。もうスナークはいない。黒騎士を目指す必要も無いだろう。ここからは、お前は自分の幸せのために頑張るといい。シャリアもきっとそれを望むはずだ」
「ニャ……、ニャゥ……」
最初は立てた尻尾をぼわっを膨らませて警戒態勢だったリビラも、アズ父さんの言葉を聞いてしおしおと尻尾が垂れていく。
「ふっ、何というか、娘が家出したきりになってしまったような感じだな。とぼけているようで、内心あれこれ企んでいるような娘だが、素直になれないところが拗れてこうなってしまっただけなのだ。これでも根は素直で一途――」
「よ、余計なことは言わなくていいニャー!」
ていっ、ていっ、と張り手を喰らわし、リビラはアズ父さんを俺から遠ざけ始める。
「リ、リビラ、俺まだお父さんに何も言えてないんだけど! 娘さんを幸せにしますとかそういうの!」
「もう幸せだからいちいち言う必要ねえニャ!」
「そういうことじゃないと思うんだけど!」
ああ、アズ父さんが強制退場させられてしまった。
後でまた挨拶し直そう。
そして次はシアの実弟であるリマルキスが来る。
「うまくまとまったようで何よりです。これで貴方が義兄となるわけで、やはりこれからは兄上と呼ぶべきでしょうね」
「ふふ、猊下のような偉大な英雄が義兄となると、陛下は少し嬉しそうでしたよ」
「レクテア、余計なことは言わなくていいですから!」
「ふふふ……」
苦々しい顔をしてリマルキスは俺から離れる。
ってか、あいつ一直線にセレスに向かってんじゃねえか。
くそっ、今はちょっと止められない。
すぐにネペンテス大神官とティゼリアが話しかけてきたからだ。
「いやー、記事には驚いたわー」
「はは、そうですね。聖都は大騒動ですよ」
「す、すみません、何の相談も無く……」
「いやいや、そんなことはいいのです。実のところ、もしそうなれば良いと思いアレサを猊下の従聖女に任命したのですから」
「あれ!?」
「ええぇ!?」
大神官の暴露に、俺とアレサは一緒になって驚く。
「と言うことは、二人してまんまと思惑通りになってしまったわけですか。しかし……、だからと悪い気はしないのが困りものですね。むしろアレサを任命してくれて感謝しているくらいですから」
「げ、猊下、急にそんな……、ああ!」
「アレサ、これからは従聖女よりも、妻として猊下に尽くすのです」
「あ、そうなるともう貴方に偉そうな先輩面はできなくなってしまうわね。アレサ様って呼んだ方がいいかしら?」
「いえいえいえ、や、やめてください、そんな……、ああもう!」
照れまくるアレサを大神官は微笑ましく、ティゼリアはニヤニヤとして見守るのだが……、困ったな、俺ってもう善神の祝福が無くなってるから猊下でも何でもないんだよね。
正確には善神だけでなく、それ以外の神々の祝福、それから暇神に与えられた能力〈厳霊〉〈炯眼〉〈廻甦〉も無くなっている。そもそも死神の鎌――神力由来であったり、それありきで使えていた力なので残っていたとしても今はもう使えない。使えるのはこっちで〈厳霊〉から派生した能力と神罰ハリセンだけである。
正直に話すか、内緒にしておくか、これについてはまた後で考えることにして、次にリオの父であるレグルス国王と話す。
「娘はいずれ女王となる身、しかし、貴方の妻になるのであればそれはしばらく待つべきでしょうな。場合によっては女王は諦めてもらう必要もあるかもしれません。貴方の妻となるのであれば、国民もそれを喜ぶことですし。実際、大喜びした王都市民が王宮前に押し寄せて祝福の歌などを大合唱しているのですよ」
闘神を信奉するガチムチ王国、かつては闘神から祝福を授かったということで一目置かれていたが、世界を救ったとなった今、俺の扱いはどうなっているのやら。
まあともかく、女王の役を辞退できるならリオもほっとするだろう。
そう思いきや、リオはちょっと悩んでいる。
「うーん、それはそれでいいんですけどー、うーん、ちょっとアーちゃんと相談します」
いざ女王やらなくても大丈夫となったところで、本当にそれでいいのか心配になったらしい。
「まあリオが女王やるならさ、俺も出来るかぎり協力するから」
「わ! わ! もう、ご主人様ったら!」
嬉しそうにリオは言う。
リオが嬉しいなら俺も嬉しい。
それからバートランの爺さんとザス父さん。
「はっはー、ミーネを頼むぞ!」
わりとよく顔を合わせているバートランは多くは語らず、逆に、あまりにも多くを語ろうとしたザス父さんはミーネによって話を中断させられることになった。
「もうとっくに家族ぐるみの付き合いしてるんだからいいじゃない!」
「いやしかし……」
ザス父さんは語りたいようだ。
まあそこは後日、両家の者同士で集まる時にということで話は落ち着く。
こうしてお偉いさん方が終わったところで、今度はダリスとクォルズの番となった。
「娘を頼むよ。また後日、話をしよう。今日は……、まあ、あれだから」
「そうじゃな、とても落ち着けん。そのうちティアを連れてうちの奴に顔を見せに来てくれ」
さすがに王侯貴族ばかりの状況では肩身が狭いらしい。
これでひとまず終わりか、と思われたところ――
「御主人様、私の父も呼んでよろしいでしょうか?」
シャフリーンがそう言ってきた。
「あ、ベルラットさん?」
「はい。ちょうどここの上に居ますから、イールさんにお願いして連れてきてもらおうかと思いまして」
「それはいいけど……、この場に呼んでしまうと……」
ダリスやクォルズのように緊張を強いられるのではないだろうか?
「こちらの父ならば大丈夫でしょう。王都の父や母はさすがに酷なので……、そちらは後日ということでお願いします。一緒に妹や弟の紹介もできますので」
「わかった。じゃあそうしようか」
こうしてベルラットはイールによって確保され、地面からにょきっと生えてくることになった。
「何事だぁ!?」
それがベルラットの第一声であった。
そりゃ驚くわな。
「御父様」
「お、おお、シャフリーンか、どうしたってん――、ああ、そうか! 話は聞いたぜ! 相手があんたってんなら何の問題もねえ! シャフリーンを頼むぜ! へへっ、あんたには世話になってばっかだな!」
ベルラットはすぐに状況を察して祝福してくれた。
「それで……、この集まりはその集まりってわけか? ――ん? ってことは、ここに集まっているのは……」
「それはですね――」
と、シャフリーンはこれまでの経緯をベルラットに説明した。
「いや、あの、この面子の中に俺を呼ばれてもだな……」
さすがのベルラットも王侯貴族ばっかということで戸惑った。
「まあまあベルラットさん、しがない商人もおりますから」
「そうそう、こっちはしがない鍛冶屋じゃぞ」
仲間が出来て嬉しいのか、ダリスとクォルズが速やかにベルラットを庶民組に組み込んだ。
こうして一通りの挨拶は終わったが、これですんなり解散ということにはならなかった。
王侯貴族の皆さんは魔導袋に祝いの品の他、料理とか酒とかそれぞれに詰めこんで来ていたため、急遽宴会へと雪崩れ込むことになってしまったからである。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/01/18
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/04/06




