第734話 14歳(春)…そしてグダグダへ…(3/5)
「さあ来い息子よ! 娘たちをくださいと、この父に言ってみろ!」
「え、えぇ……」
父さんの意図がわからず、俺はただただ困惑する。
母さんも「この人いったいどうしちゃったのかしら?」って顔だ。
「そ、そりゃ確かに父さんは三人の父さんだけど――」
と、俺は言いかけたが、ふいの閃きで言葉を止めた。
いや、かろうじてそこで止めることが出来たといってもいい。
そうだ、シア、コルフィー、ジェミナにとって、何故、父さんが父さんなのか。
そんなの実の親がいないからだ。
つまりそれは、俺が挨拶しに行く相手がいないということである。
シアの場合はリマルキスという実弟がいる。でもそれだって、他の皆のように親に挨拶に行くのとはまた違うもの。だから父さんはそれを引き受けようとしているのではないか。
俺はそっとシア、コルフィー、ジェミナを見る。
なんだか……、三人はわくわくしているようだった。
コルフィーやジェミナばかりでなく、調子が狂いっぱなしのシアまでもが、俺が父さんに結婚の許可を願うことを期待している。
結婚のための通過儀礼とでも言うべきこの挨拶、父さんが言いださなければ三人は無いままに終わっていたことだろう。
もしかすると、それは三人の心に小さな痼りを作ることになっていたのではあるまいか。
それはほんの些細な痼りであったかもしれない。しかしそれだって取り除けるなら取り除いてやりたいと思う。
正直、皆の前でこの流れに乗るのは照れくさくて仕方ない。
だがここで拒否することはできない。
俺がバカらしいなんて拒否したら、三人はがっかりする。
以前の俺ならそれは可哀想か、だなんて考え、渋々ながらこれに乗ったことだろう。
けれど今は違う。
三人をがっかりさせたくはないのだ。
俺は立ち上がると、一つ深呼吸して父さんに言う。
「と――、お父さん! 娘さんたち――シアとコルフィーとジェミナを僕にください……!」
『……ッ!』
これを聞いてシアは「ひゃっ」と手で顔を隠し、コルフィーは「わ、わ」と挙動不審に、そしてジェミナはにっこりとした。
父さんはうんむと頷くと、キリッとした表情で告げる。
「断る!」
あれ、断られた……!?
俺が呆気にとられていたところ、父さんはやれやれと首を振った。
「父さんが父さんだからと、言えば許してもらえると思ったのだろう。駄目だな、その甘さは駄目だ。お前、他の子たちの親御さんにもそんな覚悟で許しをもらいに行くつもりだったのか?」
父さんに言われハッとする。
確かに舐めていた。言えばいいのだと思っていた。きっと許してもらえるという意識の甘さ、それが他の家に伺う時にも現れていた可能性は否定できない。俺なら許されるという高慢が。
「息子よ、お前ならどの家でも許してもらえると思う。むしろ喜んでな。それくらいお前が立派なのはわかってる。だが、なんとなく許してもらうのでは、父さんはいけないような気がする。なんせ数が多いから。お前がなんとなく許してもらおうなんて気でいったら、心のどこかでうちの子はついでか、なんて思われてしまうかもしれない。それは良くない。お前にもだ。ついでなんて子はいないんだろう?」
まいった、父さんの言うことに反論できない。
この父さんの話に皆はびっくり。
母さんも珍しく感心し、ティアナ校長は神妙な顔になっていた。
「つまりは……、あれだ、覚悟が足りない。必死さが足りない。今のお前にくらべたら、リマルキスくんの方が立派だったぞ?」
「くっ……」
ああ確かに、認めたくないが認めなくてはならない。
俺に張り飛ばされようが、やっと会えた実の姉に張り飛ばされようが、それでも堂々とセレスに求婚した度胸と覚悟は立派なものだ。
「お前があれくらいの必死さで許しをもらおうとしたら、きっと親御さんたちは心から祝福して娘を送り出すことができるんじゃないかなって父さんは思う。お前はそうは思わないか?」
そう尋ね、しかし父さんは俺の言葉を待たず、少し苦笑気味の表情になって言う。
「まあ、これは父さんが親という立場になったから気づけたことだ。あ、それとあれだな、父さんと母さんの時は二人して必死だったから、なんか違うなと感じたんだろう。なんせ父さんたちは殺す勢いで襲ってきた爺さま相手に一緒になるって宣言したからなぁ……」
しみじみとする父さん。
と――
「恐いお爺さんもいたものね」
「そうじゃのう」
ミーネが呟き、それにシャロが同意する。
うん、そのお爺さんってミーネの爺さまなんだがな。
でもってそれを指示したのはシャロの使い魔であるロシャだ。
まあそれについてはいい。
教えたらバートランの爺さんはミーネに、ロシャはシャロにめっちゃ怒られるだろうからむしろ黙っとく。
それより今は――
「じゃあ……、どうしたら認めてもらえる?」
ここで退くわけにはいかない。
その程度の覚悟であってはならない。
俺が尋ねると、父さんは再び表情を引き締めて告げた。
「では覚悟を見せてもらおう」
「覚悟?」
「そうだ。本当に三人を妻に迎えたいと思うなら、この父に挑んでくるがいい!」
△◆▽
うん、なんか違うような気がするものの、父さんに挑むことで覚悟を認めてもらえるなら、これはもう挑むだけである。
会議は一時中断となり、急遽みんなで迷宮庭園へ移動となった。
俺と父さんは戦うため、皆はそれを見学するためである。
これには外れてもらっていたクロアとセレス、リィ、パイシェ、デヴァス、それからアリベルくんを抱っこしたレスカ、そしてシオンも一緒に見学することになり、他にも「祭りだ祭りだ」と何か勘違いしている妖精たち、遊んで遊んでと寄ってきた珍獣たちも勝手に加わった。
「いったい何が始まるんです?」
「決闘よ!」
何事かと現れたイールにミーネが答える。
実にミーネらしい簡潔な答えであったが、簡潔すぎたためイールは他の者に事情を聞き、納得したところで観覧席を用意した。
皆が見守るなか、俺は父さんと向かい合っていたが、何だろう、これから戦いだというのにちょっと懐かしい気分になっていた。
領地で暮らしている頃は訓練として父さんと戦い、それはもうころころと地面に転がされていた。しかし冒険者訓練校に入学するために王都へ向かい、紆余曲折の末、こうして一緒に暮らすようになった今は昔のように父さんと訓練にはげむことは無くなっている。
「こうしてお前と戦うのは久しぶりだな」
「そうだね」
どうやら父さんも俺と同じ心境であったらしい。
「ちょうどいい。お前がどれだけ強くなったのか身をもって確かめられる」
「強くなったと言っていいのかなぁ……」
単純な強さであれば、強くなったと言えるだろう。
しかしそれは積み重ねた努力とはまた違う努力の末、何だかんだで身についた能力である。
しかし、それもまた俺の力であるなら、ここは出し惜しみ無しでやるべきだろう。
変に手を抜いてはシア、コルフィー、ジェミナにも失礼だ。
ということで俺は神罰ハリセンを召喚した。
しかし――
「そういう特別な力を使うのは父さんどうかと思う!」
「ん……?」
父さんから待ったがかかった。
そうか、神罰ハリセンはダメか。
まあ誰にも防ぐことのできない雷撃とかさすがに反則――
「さあ来い、息子よ! 特別な能力なんて使わず己の身一つでかかってこい!」
「んん……!?」
おいおい、能力全部無しとか、そうなると俺けっこう弱くなるぞ?
少なくとも父さんを倒すのは無理だろう。
成仏できず世にこびり付いていた変人たちを自分に取り憑かせた結果、妙に体の動かし方は上手くなったが、それだって〈魔女の滅多打ち〉を使わないことには活かすことができないし、〈針仕事の向こう側〉も併用しないとそれだけの戦いに意識がついていけない。
だがこの戦い、ルールを決めるのは父さんだ。
父さんがダメと言うなら、俺はそれに従い、許される範囲内で尽力するしかない。
いや、まずそもそも、父さんは自分を倒せとは言っていない。
挑み、覚悟を見せろと言ったのだ。
ならば、どのような条件であろうと、俺は挑むことを諦めず覚悟を示し続けるだけである。
「わかった。じゃあ……、行くよ、父さん!」
「うむ! 来い! 息子よ!」
俺の言葉に父さんが応える。
これが戦いの合図となった。
体捌きは能力使用時の三割といった程度だが、それでも最後に父さんと戦った頃からすれば別人のような動きである。
まずは滑るように駆け、父さんに肉薄。牽制と様子見のため、速度だけを意識して拳を放つ。が、父さんは体を捻り躱す。そして躱されたとなったら――、来る、反撃が即座に。
「ぬわ!?」
頭を下げた次の瞬間、父さんの回し蹴りが俺の頭があった場所を刈り取るように通過。さんざんやられた経験則と、動きが良くなったことで回避することができた。
「お、避けたな! ずいぶん気の抜けた攻撃をしたと思ったが、反撃を躱す自信があったわけか! 成長したな息子よ!」
俺が反撃を躱したことに気をよくした父さんは追撃をしてこない。
ならこっちが攻める。
「息子息子って、もう名前呼んでいいんだけどなぁ!」
「そう言えばそうだったな! いつも忘れる! ではヴィロックという名に込められた父の想いを今、実現してみせるがいい!」
「さすがにそれは無理!」
攻撃をするが、父さんには当たらない。
逆に父さんの攻撃は俺によく当たる。
「ふはははは! 特別な力を使わないならまだ父さんが上だ! さあ、この父の愛を存分に喰らえ!」
「そういうのは小さい頃の英才教育でもう充分だから!」
おのれ、元冒険者め、一線を退いてまだこれだけ動けるのか。
ってか、俺って今の状態でも一般的な尺度からすればけっこう凄いはずである。
なのに敵わないとか。
いや、だがそれでも、かつてほど遠くはない!
せめて一発、できれば二発、さらに望むなら顎とかに拳がいい感じに当たって昏倒とかしてくれたら申し分ない!
頑張れ俺、奮い立て!
ついでにこれまでの鬱憤とかもここで燃やして力に変えろ!
「うおぉぉ! 事前に用意しておいた名前を使わず、思いつきの名前つけやがってぇ!」
「そ、それについてはまったく申し訳ないと思ってる!」
父さんが戸惑い、動きが若干鈍った。
そうだ、攻撃は当たらないが言葉は届く。
腕力で敵わないなら、もうその他、プラスαでなんとかするしかない。
「でも結果的には可愛い子たちが一緒になってくれるんだからいいだろう!?」
「それとこれとは話が別! ってか、父さんは自分を超えろって言うけど、俺ってもうけっこう超えちゃってない!?」
「いやいや、まだだな。だが夫となり、いつか父親となったならもう父さんは勝てるところ無しだ! 単純な話、父さんは母さん一人だがお前は十三倍だからな!」
「なに、羨ましいって!?」
「それはまあ――、いや、いやや、そんなことはないぞ! 決してないぞ!」
父さんが超動揺して動きが止まる。
さすがにそこまで動揺するとは思っておらず、放っていた拳がちょうど父さんの顔面を捉えた。
「へぶし!」
「あれ当たった!?」
完全に偶然である。
言葉で動揺を誘おうと思った矢先であったため、俺まで動揺してしまった。
「な、殴ったな!? 父さんを殴ったな!? 父さんも父さんの父さんを殴ったことなんてないのに!」
「そりゃ殴るよ!? 戦ってるんだもの! ってか地味に切なくなる話はやめてほしいんだけど!」
「うむ、父さんも言っておいてちょっと切なくなった! だがまあそれも悪くない! こうして家族に囲まれた今はな!」
「だからこっちが切なくなるっていうの!」
なんか戦いの雰囲気が開始時とずいぶんと変わってしまったが、父さんが動揺している今は絶好の機会である。
俺はここで畳み掛けようとさらに父さんに迫る。
が――
「ともかく父さんに一発入れたのは見事! ご褒美に父さんのとっておきを見せてやる!」
「なん――!?」
急にやる気になった父さんがうずくまる。
いや、うずくまってはいないか。
身をかがめ――、何だろう、こちらに背が向くほど上半身を捻っている。
初めて見る体勢なので経験則なんて働かない。
しかしそれでもわかった。
これはたぶんマズい。
咄嗟に逃げようと急停止。
が、次の瞬間、父さんが静から動へ。
爆ぜるような勢いで動き、俺の目の前に迫った。
と思ったら遠ざかった?
いや、遠ざかっているのは俺だ。
父さんが手の平で俺を突き飛ばしたのである。
相当の威力があったのか、俺は跳ね飛ばされるように吹っ飛び、おまけに強風を受けた風車のように大回転。
何だコレ!?
びっくりしているうちにも、俺はぐるんぐるん回転しながら飛び、やがて勢いを失って地面に激突する。
「ぐえ!」
一声うめき、意識が遠ざかるのを自覚する。
挑戦は失敗か。
だが勝負はこれきりというわけではない。
不思議と俺に悔しさは無く、胸にあるのは久しぶりに父さんとたくさん遊んだ気がしたという妙な満足感であった。
△◆▽
気絶していたのはわずかな時間だったが、意識が回復してからも目眩を起こしたようにくらくらしていたため、すぐに再戦というわけにはいかなかった。
いや、目眩を別としても再戦は不可能か。
何しろ母さんが父さんに説教しているからな……。
「あなたが勝ってどうするの! まったく、久しぶりにあの子と遊べたからって自分で始めた役を放棄してどうするのよ!」
母さんはかなりお怒りであり、父さんはしょぼくれて正座している。
「す、すみません……。戦っているうちに、強くなったぁって感慨深くなっちゃって……、ここは負けられないなと……」
「負けないのはいいとしても、結婚を許さないままになっちゃったじゃないの! 三人ともぷくーって膨れちゃってるわよ!」
「はい、あとで謝ります……」
俺を心配して皆はこちらに集まっており、その中で件の三名――シア、コルフィー、ジェミナは母さんの言う通り膨れて父さんを恨めしそうに見ている。
セレスまで一緒になって膨れている。
うちの姉妹は仲良しだ。
まあそれはそれとして、三人のために始めたことなのに、謝ることになってしまった父さんはちょっと気の毒である。
俺は母さんをなだめようかと思った。
が――
「それにあの技、あれってあの時のオーガに使ったって技なんじゃない!? 息子に使うとか何を考えているの!」
「あ、あれは軽い相手だとくるくる吹っ飛ぶだけだから……」
オーガ……?
それって父さん母さんの馴れ初め話に出てくるオーガ王種か!?
とんでもねえ技を使われたとわかり、俺はもうしばらく父さんには怒られておいてもらうことにした。
再戦はその後でもいいだろう。
場合によっては、父さんが意気消沈してしまって後日となる可能性もあるのだが。
と、そんなことを思っていた、その時――
「あ、皆さんはこちらで集まっていますよ」
「アズアーフ殿の言う通りね。来てくれて助かったわー」
「ほっほっほ」
楽しげな声が聞こえ、見れば精霊門から出てきたばかりの女性が二人、そして老人が一人。
「お母さま!?」
まず声を上げたのはサリス。
現れた二人の女性のうち、一人はサリスの母であるレフラだった。
そしてもう一人の女性と老人はヴィルジオの母であるレウラーナ皇妃、そして爺やである宮宰のランダーヴだ。
これはヴィルジオがさらに取り乱してしまうのではないか。
そう心配した俺が目撃したもの――
「……!?」
それは中身がどっかに行ってしまい、頼りなく地面に落ちているシーツであった。
ヴィルジオ、いつの間に逃げたんだ……。




