第733話 14歳(春)…そしてグダグダへ…(2/5)
屋敷に戻った俺はまず部屋に篭もっちゃったヴィルジオに出てきてもらおうと説得を始めた。
しかし――
『ぬぉぉ……、妾はもう駄目だ、駄目なのだ……!』
「ダメじゃないよー、ヴィルジオー、大丈夫だよー」
説得はなかなか難航している。
でもだからってここでヴィルジオをのけ者にするわけにはいかないため、俺はめげずに説得を続けた。
「ひとまずね、これからどうするか話し合うから、なんとか頑張って出てきてくれないかなー」
『頑張りたい……! 妾は主殿たちからすればずっと年上だ、妾がこの体たらくでどうすると思う。思うのだが、気持ちが言うことを聞かない……! 妾はこんなにも情けなかったのか……!』
ヴィルジオの悲痛な叫びと共に、ギシギシと木が軋む音や、ぼふっぼふっとこもった音も聞こえてくる。
たぶんベッドでのたうち回っているのだろう。
確かにヴィルジオは年上である。シャロには劣るが、それでも二十歳くらいは上だろう。その俺の人生よりも長い年月で構築された自分が思う自分というキャラクター、それが今回のことで崩壊してしまったらしく、ヴィルジオは非常に戸惑っている。
しかしこれはなにもヴィルジオに限った話ではなく、俺を含め関係者の多くが程度の違いはあれ戸惑っているのだ。
こうであると思う自分と、変化した自分、この差違が大きい者ほど取り乱しているような気がする。
他の例をあげるとすればシア、アレサ、サリスだろうか。
まあシアはちょっと違うかもしれないが。
「ヴィルジオー、自分を責めるようなことは何も無いよー。俺も恋愛感情が戻ったことを隠してる時はずっと混乱していたからさー。ってか今もそうだよー。なんとか平静を保ってるけど、実際はめっちゃ気恥ずかしいよー。ヴィルジオだって堪えられるよー」
『む、無理だ……! こんなもの、どう堪えよと……! い、いや、頑張る、頑張るさ、だが今はそっとしておいて欲しい……! 今はとても人前に出られるような顔ではないのだ……! このような状態でいまさらだが、それでもこれ以上幻滅されたくはないのだ……!』
「幻滅なんてしないよー。ヴィルジオはどんな顔してたって素敵だよー」
『ひゃぁぁぁ!?』
ん?
『あ、主殿……! そ、そんな素敵とかないからな! 今の妾はそれは酷いものなのだ……!』
「そんなことないってー。じゃあさ、これからヴィルジオの素敵なところを挙げていって、それくらいじゃ幻滅しないって――」
『ま、待った……! 出る、出て行くからそれはやめてくれ……!』
「そ、そんな嫌そうに言わなくても……」
だがまあ出てきてくれるなら良しとしよう。
それから少し待つと、ゆっくりとドアが開きヴィルジオが出てきた。
頭からシーツ被って。
「え、えっと……」
一部の面々であれば大して気にならない行動も、ヴィルジオがやるとずいぶんと奇行に思えてしまうのは不思議なものだ。
「ヴィルジオ……?」
「こ、これで頼む……」
出来の悪いオバケ屋敷の脅かし役みたいなヴィルジオが、弱り切った声で言う。
「あ、あとだな……」
「うん?」
「そ、その……、落ち着いた頃に、な。妾の素敵なところとやらを聞かせてもらえたら……、嬉しい」
「あー、うん、早く落ち着くといいね」
「う、うむ……、うむ」
△◆▽
それから、しっかりシーツにくるまってしまっているせいで碌に前も見えないヴィルジオの手を引いて食堂へと向かうと、すでに会議参加者は揃っていた。
いつもなら沢山のお菓子が並ぶテーブルも、今回は真剣な話し合いということもあってお茶が用意されているだけである。
ぬいぐるみのウサ子と子ウサギのウサ美がじゃれ合っていたりするが、あれはサリスの精神安定に必要不可欠なので注意はしない。
『…………』
シーツお化けの登場に何とも言えない視線を向けるのはミーネ、シャロ、ジェミナ、ティアウル、リビラ、アエリス、シャフリーン、それから母さんとティアナ校長だ。
他は……、たぶん自分の方がいっぱいいっぱいでそれどころではないのだろう。
コルフィー、シャンセル、リオはそわそわしっぱなしであり、シアとサリスは口を固くすぼめてぷるぷるしている。アレサは手で顔を隠しているためそもそも何も見ていない。
どちらかと言えば俺もいっぱいいっぱいの側なのだが、今はやらなきゃならないことに意識が向いているためか、なんとか堪えることができている。
しかし、ひとまずヴィルジオを空いた席に座らせ、自分もテーブルについたところで……、ちょっと照れてきた。
だって婚約者勢揃いなのである。
割といつも通りでいる者も、動揺している者も、これまでのキャラ投げ打っちゃっている者も、みんな俺を意識しているのである。
そんなのこっちも意識するに決まっている。
思わず「やーん」と手で顔を隠したくなるのを堪えるが、表情が強張ってぷるぷるしてしまうのはどうにもならない。
嬉し恥ずかしとはこういうことか、こういうことなのか。
俺はなんとか気恥ずかしさを乗り越えようとしていたが、どうやら思いのほか時間をくっていたらしく母さんが口を開く。
「ほらほら、そろそろ話を始めないと。あなたが何か言わないことにはみんなの緊張もほぐれないわよ?」
にこにこしている母さんがそう促してくる。
確かにその通りかもしれない。話を進めるうちに落ち着き、調子を取り戻してくれる可能性はあるのだ。
ところで、母さんの隣にいる父さんは、悟りを開いたように厳かな顔をしているのだが……。
まあいい、とにかく話を始めよう。
「え、えっと……、もう少し落ち着いてから皆の親御さんに婚約を認めてもらうとお願いに行くつもりだったんだけど……、うん、今朝の記事で盛大にバラされちゃったからね、そうもいかなくなりました」
おまけに、近く転生者であることを説明しようとも思っていたのに今回のことで後回しである。
「それで……、ティアナ校長、僕としては婚約相手と二人で出掛けていき、まず許可をもらってから改めて正式にご挨拶をしようと思っているんですが、これで大丈夫でしょうか?」
確認してみると、ティアナ校長は少し困り顔で答える。
「旦那様、王族と貴族、そして一般の方をまとめてもらっては困ります。ですが……、旦那様はもはや爵位から逸脱した地位にありますので、ここは問題はないかと思われます。普通は王族・貴族となりますと、使者を介して話を進めていくものですが、相手方からすれば旦那様の訪問を喜びこそすれ、迷惑がるようなことはありませんし、良くも悪くも貴族らしくない旦那様ですから、お願いに伺うことは誠意を伝え、心証を良くするのではないかと。そもそも断られるようなことは絶対に無いのですが」
断られない?
本当にそうだろうか……?
もちろん断られて「はい、わかりました」と退くつもりは無いので何とか認めてもらうようお願いするしかない。
頑張らねば。
「ではお願いに行くとして……、それで、誰から行くとか、順番とかはどうしたらいいんでしょう? やはり身分の高い者、とか決まりはあるんでしょうか?」
「普通はこう一気に婚約者が増えるものではありませんから、形式など無いのですが……、そうですね、身分の高い方の親族から挨拶をするのが良いと思われます。ただその場合、伺った順番がそのまま当家においての夫人の格になりますので、よく考えた方が良いかもしれません」
「夫人の格……?」
「第一夫人、第二夫人、ということですよ」
「あー、そういう……」
そう納得していたところ――
「はい!」
シュバッとミーネが手を挙げる。
「元気があって大変よろしい。でもね、立候補するものじゃないからね?」
「駄目かしら?」
「ダメって言うか……、どうなんでしょう?」
「そこは旦那様次第ですよ。それにこの屋敷では身分の上下などあってないようなものですから、夫人の順位も対外的なものでしかありません。みなさん仲がよろしいですからね」
「ならミーネが第一夫人ってことでいいのか……?」
どうなんだろう。
くっ……、ダメだ、全然頭が働かない。
ミーネはにこにこしてるし、もうそれでいいような気がしてきた。
しかし――
「待つニャ待つニャ。ミーネが第一夫人になっても誰も文句を言うつもりはないと思うけどちょっと待つニャ」
そこで待ったをかけたのは、婚約者の中で冷静さを保っている数少ない者の一人であるリビラだった。
「順位なんてニャーもそう気にしなくていいと思うニャ。場合によっては皆を統括しているサリスが第一夫人でいいと思うくらいニャ」
「リ、リビラさん……!?」
急に自分の名前が出て、さらに第一夫人にどうかと言われたサリスが仰天したように声を上げる。
「わた、わた、わたたしとか、駄目ですよ!? そんな無茶苦茶はさすがにおかしいですから! 特に優れた能力があるわけでもない私なんかは末席でもありがたい話で、想い叶って御主人様と結婚できるだけで充分なんです! もちろん御主人様が望まれるなら、全力で頑張るつもりですがやはり――」
「ま、待つニャ。例えニャ。きっとみんなもそれくらい身分の差なんて気にしないって言いたかっただけニャ」
「あ、そ、そうでしたか……」
サリスはほっとしたように胸をなでおろし、そして俺と目が合う。
「……ッ!」
俺がサリスの発言にちょっと照れていたのがまずかったのだろうか、サリスはテーブルに突っ伏して「ふんむぉ……!」と唸り始め、ウサ子とウサ美はそんなサリスの頭を撫でたりすり寄ったりして励まし始めた。
「言い方が悪くていらぬ被害をだしてしまったニャ……。と、ともかくニャーが言いたかったのは、ニャーたちは夫人の順位を気にしないものの、だからってなんとなくで決めたらまずいってことニャ。特に第一夫人は騒動の鎮静化、落としどころとするためにも、ここはシアにやってもらった方がニャーはいいと思うニャ」
と、リビラが提案した次の瞬間――
「ちょぉぉぉ――――――ッ!?」
シアが大声を上げる。
「わ、た、た、た!? そ、わ!」
取り乱したのはサリスと一緒だが、シアの方がより重傷らしくろくに言葉を喋れていない。
するとここで様子を見守っていたシャフリーンが口を開く。
「末席に入れて頂く私が口を出すのもなんですが、ここはリビラさんの言う通りシアさんが第一夫人になるのがよろしいと思います。この度の騒動はシアさんを巡るものであり、御主人様はシアさんを救い出すべく悪神に挑んだ、という物語になっています。であれば、やはり第一夫人となるのはシアさんでなければ」
「はぅわ!? で、でで、でも――」
「シアさんは御主人様がお嫌いですか?」
「好きですよ!?」
「なら頑張りませんと」
「そ、そりゃあご主人さまのためなら頑張りますけども、でも、あぁぁっ! ご、ご主人さま、わたしが第一夫人とかいいんですか!?」
と、若干いつもの調子を取り戻したシアが俺を見たのだが……、申し訳ないことに俺は超照れていた。
だってシアが初めてはっきり「好き」って言ったんだもの。
「……?」
シアは照れまくる俺を怪訝な表情で見つめるが、そこで自分の発言に気づいたのだろう。
「~ッ!」
すでに若干赤かった顔がさらに赤くなる。
これは窓ぶち破り――、かに思われた。
しかしだ。
「お母さん、シアちゃんがこの子のことを好きになってくれて嬉しいわ」
絶妙なタイミングで母さんがそう言ったことで、シアの混乱が逸らされる。
結果、シアは「あう」と小さく唸って縮こまり、てれてれして髪をいじり始めた。
「母上はさすがじゃな……」
感心してシャロが言う。
俺もまったく同意見である。
「確かにリビラやシャフリーンの言う通りじゃの。第一夫人はシアにやってもらった方が収まりは良い。どうじゃミーネよ、第二夫人ではいかんか?」
「いいわよ。なれるならなっておこうと思っただけだもの。でもそういう事情が関係してくるなら、私って第二夫人でいいの? シャロとかの方がいいんじゃない?」
「わしか……。うーむ、まあ立場はそれなりじゃからな。いや、それでもミーネの方がよいと思うが……」
そう言ってシャロは少し考え、ティアナ校長を見る。
「ティアナ殿、なにも今回の挨拶で順位を決めずとも、正式な挨拶の時に決めるとしてもよいのではないかの。外部に向けての順位を決めるとなると、少し時間をかけて考えた方がよかろう」
「そうですね……、では今回の挨拶は、お相手の準備が整った順ということで誤魔化すことにいたしましょう」
なるほど、誤魔化すのか。
でもその方がいいのかもしれない。
シーツ被ってるヴィルジオとか地位からすれば早く順番が回ってくるが、当人はとても出掛けられる状態に無いからだ。
「じゃあまずは誰から向かえばいいかな」
そう俺が呟いたとき――
「息子よ」
ずっと厳かな顔で静観していた父さんがすっと立ち上がった。
「え、な、なに?」
「まずは、となればそんなものは決まっている。シアちゃん、コルフィーちゃん、ジェミナちゃんは俺の娘。であれば、まず結婚の許しを得るべき相手はこの父だ!」
「なん――!?」
どうした父さん、突然に。
実は混乱していたのか?




