第730話 14歳(春)…英雄の好み
「困っています。助けてください。お願いします」
困り果ててもう夜も眠れなくなった俺は、誰かに相談しなければどうにもならないとウィストーク伯爵家のヴュゼアくんを頼った。
出し抜けに助けを求めた俺の様子にヴュゼアは深刻な表情で相談を聞いてくれる体勢になったが、それも俺が事情を説明するまでの話だった。
「なあ、本当にそれが相談なのか?」
説明している間、何度もヴュゼアはそう確認してきた。
「本当なんだよ! 悪ふざけとかじゃなくて本気で困ってるんだ!」
確認される度に俺はそう訴えたが、ヴュゼアはいまいち釈然しない様子だ。
「てっきり俺はお前が手に負えない問題に直面して頼ってきたのかと思ったんだが……」
「その通りだけど!?」
「ん? あ、あー……、ああ、うん、いや、しかしなぁ……」
急に面倒そうな顔をするようになったヴュゼアだったが、それでも俺は自分がどれくらい困っているかを懸命に語って聞かせた。
すると話を聞き終えたヴュゼアは、ここで改めて深刻そうな顔になって唸り始める。
「これは……、そうか、第三者からすれば馬鹿げた話でしかないものの、もし拗れた場合どうなるかを考えれば、実は相当やっかいな問題でもあるわけか」
「お、おぉ……! わかってくれたか!」
ヴュゼアの理解を得て心が少し軽くなる。
それから俺とヴュゼアは『ロマンティック・バイオレンス問題』についての話し合いを重ね、そのうち夜を迎え、そして朝を迎え、訪問二日目の昼過ぎになったところでヴュゼアがキレた。
「ああもう面倒くさい! お前全員と結婚しろ!」
「ちょっと!? いや待って、徹夜でお疲れだとは思うけど、問題を乱暴な結論に放り込んで終わりにしようとしないでくれ!」
「知るか! それが最善だ! ああじゃあこう聞こう、もし屋敷に居る者たちと結婚できるとしたらお前はしたいか?」
「え、えっと……、ヴュゼアくん、あのですね、俺としてはその結婚という段階以前のところで困り果てていて、そんな俺なのに結婚した方がいい奴がいたり、結婚を申し込んで来る奴がいて、もうどうしたらいいのかわからなくなって相談に来たんですよ。そんな俺にみんなと結婚したいかどうかなんて尋ねられても、どう答えたらいいかわからないわけです」
そう答えると、ヴュゼアは額を押さえ盛大にため息をつく。
もう昨日から数えて何度目だろうか。三桁はいってないと思うが。
「あー、そうか、聞き方が悪かったな。じゃあこう尋ねよう。お前は今のようにずっと皆と仲良く暮らしていきたいか?」
「そ、そりゃまあ……、そうなったらいいとは思うが……。でもそうはいかないだろ。メイドとして残ってくれる者もいるだろうけど、皆には皆の人生があるからな。俺が残ってくれって言えば……、ほら、俺ってあれだ、英雄だろ、一応。そんな俺が頼めば、そんなの命令みたいなもんなんだよ。だからさ、みんなと結婚したいなーとか間違っても言っちゃダメだと思うんだ」
それは俺の本心だったが……、何故かヴュゼアはしおしおと項垂れてしまった。
「……思考が絶妙に駄目な方向へずれているのはどうにかならんのか。くっ、皆の代弁をしても構わなければとっくの昔に話は終わっているというのに……!」
ヴュゼアは左右のこめかみを親指でぐりぐり刺激しながら唸っていたが、やがて気の毒なものを見るような目を俺に向けてきた。
「我らが英雄殿はこんなに馬鹿だったのか……」
「ヴュゼア、人には得手不得手ってのがある。気になる女の子とどうやったら仲良くなれるかという問題に比べたら、世界を救うこともそう難しい問題ではないんだ」
「そんなわけがあるか! あってたまるか!」
ヴュゼアは俺に叫び返し、それからまたため息。
憔悴しているからだろうが、なんだか昨日の今日でずいぶんとヴュゼアが老けたように見える。すまぬ。
「まずは……、そうか、お前がまともにものを考えられるようにならないといけないわけか。しかしシア姫とミネヴィアの事があって落ち着くこともままならなくなった、と」
「え、やっとわかったの……!?」
「お前もう帰るか?」
「すみません、生意気言いました。許してください。ここでヴュゼアくんに見限られたら、俺はどうなってしまうのか」
「どうにでもなるだろう、お前なら。だが……、面倒なことにここでお前が自分捜しの旅とか始めようものなら、後で俺がどんな仕打ちを受けるか想像もつかない。まして、それで競争相手が増えるなんてことになれば……、恐ろしい……」
「何の話だ?」
「お前のたちの悪さについての話だ!」
くわっと恐い顔してヴュゼアが怒鳴る。
疲れからだろう、ずいぶんと感情が不安定になっているようだ。
「おい英雄殿、先に言っておくが、間違っても少し冷静になるために一人でどこかへ行こうなんて思うなよ?」
「ダメか?」
「駄目だ。絶対に駄目だ。もしそんなことをしたら、俺は皆にお前がどんな相談をしに来たのかすべて話し、ついでに姉さんにも伝えて『救世王は恋にお悩み中』とか記事にしてもらって大陸中にばらまくからな」
「お、お、お前!?」
「逃げだしたらの話だ。逃げなければいい」
「そ、そりゃそうだけど……」
なんて奴だ、旧悪神なんかよりも遙かに恐ろしい。
「ともかく話を仕切り直すぞ。お前が困っているのは、屋敷の皆と仲良くしたいのに意識しすぎてしまってそれができないこと。そしてそんな状態のお前には、結婚した方がいいシア姫と、結婚を申し込んできたミネヴィアという二人がいるためにますます意識してしまい、混乱のあまり屋敷から逃げ出すことになった。そうだな?」
「は、はい……」
「ふむ、さっきはまとめて皆と結婚しろと言ったのがまずかったな。ではシア姫とミネヴィア、この二人と結婚――、ああいや、今のようにずっと一緒に過ごしていきたいと思うか?」
「え、えっと……」
「ここは正直に。国同士の話し合いじゃないが、ここは嘘をついてはいけないところだ。これはさすがにわかるな?」
「うぅ……、え、えっと、順番にいこう。まずはシアだが、お前も結婚した方がいいと思うか?」
「あのな、俺の意見は関係ないだろう?」
「そ、それでも聞かせてもらえたらなー、と……」
「まあ俺としても結婚した方がいいと思う。今回の顛末について、姉さんはお前の要望通りシア姫に批難の目が向かないよう物語的に仕上げた。民衆のほとんどは、お前という英雄が大陸中の王を率いシア姫を悪神の手から救い出すため戦ったということになっている。なのにここで結婚しないとなると……、おかしくなるのは分かるな? もちろん決めるのはお前とシア姫だからな、周りを気にして結婚する必要は無いのだろうが……、結婚したくないわけではないんだろう?」
「そ、そりゃまあ……、あいつが嫌がらなかったらだけどさ」
「前のお前だったら必ず幸せにするとかなんとか上手いこと言ってたらしこむくらいやれそうだが……、そこはお前が言った通り得手不得手ということか。……いや、むしろ下心皆無で今の状態というのがそら恐ろしい。ともかくシア姫と結婚するのはよし。では次にミネヴィアだな。まあ聞かなくてもわかるが、一緒に暮らしていくのに何の問題もないんだろ?」
「無い……、かな?」
「はいはい、無しだな。ならミネヴィアとの結婚もよし、と。これで二つ問題が片付いた」
「勝手に片付けないでくれる!?」
「うるさい! お前の調子に合わせていたら、あと何日徹夜することになるかわからないんだ!」
ヴュゼアは聞く耳持たない。
なんてこった、こんなことならちゃんと寝かせておくべきだったか。
「それでは次に――、アレグレッサについて考えてみようか」
「ちょちょ、待った待った! お前まさかこのまま順番にみんな確認していくつもりか!?」
「ちっ、気づいたか……」
「そりゃ気づくよ!?」
「だが確認されて困るわけでもないだろう? こうして相談に来ているわけなんだから。相談を受けている俺としては、お前が一人一人をどう思っているかを確認しておかないといけない。ああちなみに、相談相手を間違えたと思っているなら、このまま屋敷に戻ってもらってもけっこうだぞ」
やる気が無いなら帰れ、と言いだす口だけの奴とヴュゼアは違う。
こいつは俺がマジで帰ろうとしても、決して引き留めたりはしないだろう。
「で、アレグレッサのことをどう思っている?」
「綺麗なお姉さんは好きです。はい。でもあんまりにも俺を甘やかそうとしてくれるので照れます。ここはおまえもわかったりしない?」
「……わからんでもない」
「皆とはまた違って照れるのです。あんまり照れるもんで、毎朝の触診もやめさせてしまいました。本心としては……、幸せな気分になるので続けてもらいたかったところ……! でも! 最後にぎゅっと抱きつかれたとき胸が当たるのが……、それが……!」
「気になるのか」
「気になるのです……」
生理現象が別の生理現象にすり替わってしまうくらいにはな……!
「じゃあいっそ揉ませてくださいとかお願いしてみてはどうだ?」
「そんなこと言える度胸があったらこんな相談してねえよ! ってか気になる要素増やすなよ! お前、ルフィアにそんなこと言えるか!?」
すると、ヴュゼアの表情が曇った。
「姉さんの場合はむしろ向こうから言ってくるのでな……」
「……」
「……」
「な、なんかすまん……」
「いや、いいんだ」
何やら空気が重くなってしまったが、それからもヴュゼアは屋敷の皆それぞれに対し、俺がどう思っているかを確認していった。
「やはり皆と結婚するしかないのではないか?」
「お前そんなに俺を皆と――」
「いや、待て、聞け。いいか、そもそも意識してしまっているということが、お前が好意を持っていることの証明だろう? 反応が芳しくなかったアエリスやパイシェとの違いはそこだ。相手が受けるかどうかは別としても、まずお前がそこをちゃんと意識した方がいい」
「で、でもあれだぞ、みんな一緒とか節操なさすぎだろ?」
「世界を救った英雄殿だったら、百人くらいと結婚しても納得されると思うが? むしろそれくらいの数になったら、色々としがらみがあったのだろうと気の毒に思われるくらいだ。――ああ、そうか、お前の気持ちが迷走していたのはそのあたりの問題か」
「そ、そのあたり?」
「みんな一緒に妻に迎えるとか言って引かれないか、嫌われないか、そういうことだろう?」
「そ、そんなことは……、ないのよ?」
「俺はお前の正面に居るだろう。そんな窓の向こうなんかには居ないぞ。こっちを向け」
「うぅ……」
「まあ世界を救った英雄だとしても、大して好きでもない相手がそんなこと言いだしたら一発で嫌われるだろうが、お前に関しては大丈夫だよ。そこは保証する。お前にとって皆との暮らしが好ましいように、その皆も好ましいと思っているはずだ。その延長として結婚という節目を迎えることになるなら、それも納得して受け入れるだろう。と言うか、皆はそれを望んでいると俺は思うがな」
「え、ほ、本当に?」
「そこは追々、時間をかけて自分で確かめていけ。俺がそうだと言ったところで、信じ切れる話ではないだろ? で、最後に確認するが、お前は皆と結婚したいと思うか?」
「……」
俺はしばし悩むことになったが、これだけヴュゼアに付き合ってもらって考え続けたのだ、以前よりはまともな回答ができるようになっていた。
「今みたいに幸せに暮らしていけるなら……、そうだな、みんなと結婚できたらなって思う」
それを聞き、ヴュゼアは「やっとかよ」と言いたげな、これまでで最大の長い長いため息をついた。
「やれやれ、これでとっかかりと言うか、お前が落ち着く――」
とヴュゼアは言いかけ、ふと言葉を止める。
何やらきょとんとして、何かを見つめているのだ。
「?」
何だろうと、俺もそっちに視線を向けてみる。
するとそこには、先ほどまで居なかったバスカー、そしてその背に跨るプチクマの姿があった。
「わん!」
景気よく吠え尻尾をぺるぺるさせるバスカーと、おいっす、と片手を挙げるプチクマ。
「……?」
俺は、すぐには状況を理解できなかった。
が、その直後、バスカーとプチクマが居るあたりの空間がパーンと爆ぜ、即席精霊門が出現する。
「あ」
そこで俺は理解した。
すべてを理解して――
「フオォォォ――――――――ッ!!」
精霊門から次々とお嬢さん方が飛び出して来るなか、俺は部屋の窓をぶち破って外へと飛び出した。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/12/23




