第729話 閑話…タヌキは荒野を目指したか
「――ってことがあったのよ。そのあと、私なんだか恥ずかしくなってきちゃったからすぐに戻ったの」
ミーネが語り終えたとき、会議に参加した面々は誰もが唖然として固まっていた。
「あれ、みんなどうしたの?」
変わらぬのは自分の告白状況を説明したミーネばかりである。
しかし――
「お、お、お……」
そこでシアが吃音を発し始めた。
「お、お――」
「お?」
と、ミーネが首を傾げた瞬間――
「おぉぉぅぉぉまぁぁぁえかぁぁぁぁ――――――――――ッ!!」
シアは叫んだ。
これほど声を上げたことは(以下略)。
ともかくそれはそれは凄い大声だったので、ミーネの告白に驚いて固まっていた皆もビクゥッと身を震わせて我に返った。
「ミーネさん! あなた何してくれてんですか! 今ご主人さまはとてつもなく貧弱になってるってのに、そんなことしたらオーバーキルどころの騒ぎじゃないですよ!?」
「そうなの?」
「そうなんですぅー! そうなんですぅー!」
「むー……、そんなこと言われても、仕方ないじゃない」
「しか――、いや仕方ないってあなた……」
「なによー、結婚してねって言って、ちゅってしただけでしょ?」
「その結婚を申し込むってのが大問題なんですよ今は! それにちゅってしただけって! だけって! なんですかそれは! わたしにとっての世紀の機会を木っ端微塵にしておいて、自分はちゅって! ほっぺとかならまだしも口にってどういうことです!? わたしもまだおでこにしかしたことないのに!」
「おでこにしたんだ」
「あ」
燃えあがっていたシアの――、たぶん嫉妬とかそういう感じの炎はここで瞬間的に鎮火。
そしてその代わりなのかなんなのか、シアの顔が誰の目にもわかるほど赤くなる。
そこにミーネの無慈悲な追撃が。
「いつしたの? どこで? シアの話も聞きたいわ」
「~ッ!」
シアはなんとかしてこの状況を脱しようと考えたのだろう。
しかし、言葉では無理だった。
なので――
「んにゃぁぁぁぁぁ――――ッ!!」
奇声を上げながらドガシャーンと窓をぶちやぶって逃げた。
ミーネ以外の者たちは「あー」と呻き、哀れなものを見るような目をぶち破られた窓に向けることになった。
激昂したシアの鮮やかな自爆。
進行役であったシアは逃亡してしまったが、それでも会議は続けなければならないため、ここでリィが代理となった。
いや、冷静に会議を進行させられるのは、今やこの場にはリィしか居ないと言っても過言ではない。
「えっとー、まあ、あれだな。ミーネには驚いたが、やることは同じだ。クジ引きってことでいいのか?」
「ねえねえ、なら出会った順に告白していけばいいんじゃない? ほら、私最初だったから。となると次はシアで、その次は誰かしら? ティアウル?」
「お、あたいか。なら次はサリスだな」
「え、わ、私ですか!?」
急に話を振られ、サリスが慌てる。
「それで次は……、誰かしら? あの子がメイド学校だったこの屋敷に来てからになるから……、みんなまとめて?」
「そこは当時の面々で決めたらいいニャ」
その『当時の面々』に含まれるリビラが言い、これを受けてリオが少し整理する。
「この屋敷に初めて訪れたご主人様が会ったのは、サリスさんとティアウルさんを除けば、リビラさん、ジェミナさん、それからヴィルジオさん、でもって私ですね。アーちゃんも居ましたけど、アーちゃんはご主人様とは友人の感覚みたいなのでこっちに参加はしないみたいです。ところで――、ヴィルジオさん」
「ん、な、なんだ?」
「ああいえ、今回、ちっとも喋らないのでどうしたのかなーと思いまして。この会議に参加しているってことは、少なからずご主人様を意識しているってことですよね?」
「む、そ、それは……、うむ、どうなんだろうな?」
「いやそれを私に聞かれましても……」
「うぅ……、正直、困っている。うちの者はしろしろとうるさいが、妾自身はどうなのか、自分でもよくわからん」
「ご主人様が嫌いってわけではないんですよね?」
「それは無論。しかし嫌いでないから、というのもどうなのだ?」
「好きではないんですか?」
「好きと言うか……、尊敬してはいる。こんな凄い者はほかにおらんだろうと。これは好意ではあっても、皆とは違うだろう?」
「でも気になるからここに参加してるんですよね?」
「……」
そうリオに追求されたところでヴィルジオは黙り、しばし考えていたが……、唐突にシャッと素早く両手で顔を隠した。
照れているらしい。
「あ、私、今初めてヴィルジオさんを可愛いと思いました」
「あの、リオさん、追求はそれくらいにしてあげては……。ほら、まだ仮とはいえ順番が決まってない方もいますから」
そうサリスが言ったのは、このままでは第二の逃亡者を生みだしかねないと心配してのものだった。
「そうなると次はシャフリーンさんでしょうか?」
「順番としては私、シャンセルさん、アレサさん、コルフィーさんとなるのでしょう。しかしこう順番を決めて、それに従うというのはあまりよろしくないのではないかと思いますよ」
「んー、あたしもシャフリーンに賛成。いやほら、ミーネは自分の気持ちが固まってダンナに突撃したわけだろ? なのにこっちはクジ引きとか順番とか、そこを任せてたらミーネに負けてる」
「珍しくなかなかいいこと言うニャ。もうミーネが告白した今となっては、覚悟が決まり次第突撃すべきかもしれないニャ」
この意見に「なるほど」と納得する者がいる一方――
「あのー、私としては順番を決めてもらう方がいいんですよね」
そうおずおずと口を開いたのはコルフィーだ。
「ほら、もうここに集まってるわけですし、あとは覚悟を決めるきっかけじゃないですか? そういうのが必要な人もいると思うんです。まあ自分のことなんですけど」
というコルフィーの意見に賛同する者もまた存在する。
こうして会議は『各自特攻派』と『順番派』に別れての議論へと発展していきそうな兆しを見せた。
「こりゃシアも参加させないとまずいか。まったく、あいつどこに行ったんだ?」
「あ、シアな、妖精庫の奥で丸くなってるぞ」
そうリィに答えたのはその能力でシアを捕捉していたティアウルだ。
シアは調味料や謎の酒が貯蔵されている地下倉庫に隠れているらしい。
「あー、じゃあティアウル、連れてきてくれるか。また逃げそうなら、ここで参加しなかったらお前抜きで話を進めるって脅してやれ」
「わかったぞ。じゃあちょっと行ってくるな!」
こうしてティアウルは逃走したシアの捕縛に向かい、会議は二人が戻るまで小休憩となった。
△◆▽
「へぐぅ……、ふぐぅ……」
妙なうめき声を上げながら、シアが着ぐるみピエロにがっちり拘束されて戻って来た。
「連れてきたぞ!」
「ご苦労さん。んじゃま、会議を再開するとするか」
もう逃がさないようにと、シアはそのまま拘束状態で会議は再開される。
まずはシアが居ない間に提案された事について、説明ついでのおさらいがあった。
「え!? 出会った順番で!? それでまずわたしが今日突撃!? いやいやいやいや、ちょっと待ってくださいよ! 人には心の準備ってものが必要なものなんです!」
「待て待て、今日ってのは便宜的に言ってるだけだから。ほら、まずあいつ居ないだろ? 話は戻ってきてからってことだよ」
「そ、それでも! それでも……!」
ピエロの拘束から逃れようとシアはジタバタ。
「連れ戻さない方が良かったか……?」
そう言えばシアの提案は往生際の悪い『クジ引き』であった。
こうなると『各自特攻派』と『順番派』、そして『クジ引き派』という面倒な状況になる。
どうしたものかとリィは考え込むことになったが、ふとそこでシャロが口を開いた。
「のう、婿殿は本当にヴュゼアの所へ行ったのかのう」
「は? そりゃそうだろ。急にどうしたんだ?」
「いや、な。少し気になってのう……。ミーネよ、お主が告白したのはいつのことじゃ?」
「二日前だけど?」
それを聞き、シャロはいよいよ表情を険しくさせた。
「婿殿はヴュゼアのところにその相談に行ったのか……、いやそれならそれでよいのじゃが、まさか自分捜しの旅に出てしまった、なんてことはないじゃろうか?」
『……ッ!?』
そんな馬鹿な話は――、と、否定できる者は居なかった。
今の彼はそれくらいにナイーブなのだ。
「ねえねえ、どういうこと?」
「ご主人さまはあなたの告白にびっくりして、落ち着けるまで一人になろうって旅に出ちゃったかもしれないってことです!」
「えー、なにそれー、もしかして勘がはずれちゃったかしら?」
「勘?」
「うん、あの子、私のこと好きだと思ってたの。ならほら、両思いってことで万事解決じゃない? でもそうじゃなかったの?」
「その勘があながち間違ってなかったからこの問題なんですよ! ってか何なんですか、あなたの自信は無限大なんですか!? いやまあ好きか嫌いかで言えば好きなんでしょうけども、今のご主人さまはそこが崩れてしまって軽く混乱してるんです! 弱ってるんです!」
「なら余計に今の方が良かったじゃない。弱ってるなら攻めないと」
「恋愛に関してまでアタッカーでなくていいんですよぉ!」
ともすればミーネに飛び掛かりそうなシア。
ティアウルがシアをピエロに拘束させたのは名采配であった。
そんな、戻って来てさっそく大騒ぎのシアに呆れながら、リィは進行役としての役目を果たす。
「まあまあ、落ち着けシア。それよりも、今はルフィアの旦那の所へ行ったのか、それとも旅にでちまったのか、それを確認しよう」
彼が居ないのでは、この会議であれこれ決めようと何の意味もないため、これには誰もが納得した。
「ただ本当に旅に出ていた場合はまずいぞ。あいつのことだ、余計な騒動に首を突っ込んで、何だかんだで解決して、うっかり関わった女をその気にさせちまう可能性がある」
『……ッ!?』
確かに――、と、場には激震が走った。
もはや一刻の猶予も無い。
しかし、これがわからない者もいる。
「ねえねえ、それが何か駄目なの?」
「ミーネさん、ご主人さまが突然知らない女の子つれてきて、これからこの娘も一緒に暮らすから、とか、結婚するから、とか言いだしたらどう思います?」
「それは……、なんか嫌ね。でもこんなに居るのにまだ増やそうとするかしら?」
「増えちゃうんですよ、ご主人さまをほっとくと! そうなるとどんなことになると思います!?」
「ど、どうなるの……?」
「そうですね……、例えば今日をミーネさんがご主人さまと二人で遊びに行ける日だったとしましょう」
「ふむふむ」
「ミーネさんが二人で遊びに行けるなら、他の人もご主人さまと二人で遊びにいける日があってもいいと思いますね?」
「そうね」
「では次のミーネさんの番はいつになると思います? 一週間後くらい? 二週間後? いえいえ、ご主人さまはお仕事とかありますから連日遊びっぱなしってのは無理です。となると、それこそ一ヶ月後か、二ヶ月後なんてことになるわけです」
「な、なんてこと……!」
「で、話は戻りますよ。ご主人さまがどんどん女の子連れてきちゃったら、その日はどんどん遠のきます。もう二人きりで遊びに行ける日なんて年に一度とかになっちゃうかもしれません!」
「こ、こそっと一緒に遊びにいっちゃうとか……」
「ミーネさん、誰かがそれをやったら、あなたはどうします?」
「……駄目ね。私って心が狭かったみたい」
「いやそういうこっちゃないと思うんですが……、まあ望ましい事態ではないとわかってもらえたようなのでよしとしましょう」
こうしてミーネが納得したことにより、彼が行方不明(?)という緊急事態は皆の意識に共有されることになった。
「では婿殿をどうやって見つけだすかじゃな。手分けして捜すなんてまどろっこしいことはやっておれん。まずこの都市に居るかどうかは……、ジェミナ、ちょっとエイリシェに確認してもらえるか?」
「わかた。じゃあ、ジェミ――」
と、ジェミナが精霊エイリシェに連絡をとろうとしたところ――
「ごしゅぢんさま、いました!」
と、嬉しそうなセレスが会議の場に飛び込んで来た。
さらにそれに遅れ、とぼけた顔の大きなクマのぬいぐるみ――クーエルが子熊のエルアを連れてのこのこ姿を現した。




