第728話 14歳(春)…英雄の弱み
隠している、トキメキを。
懸命に隠し通している。
幸いなことに、まだ誰にもバレていない。
ああしかし、しかしだ、いったいいつまで隠し通せばいいのだろう。
ひたすら隠し、堪え続けていれば、このバイオレンスなロマンティックは収まってくれるだろうか? いずれ俺はこのロマンティックに慣れ、落ち着いて皆に自分がどうなってしまったかを話すことができるのだろうか?
できる……、気がしない。
とてもではないが、そんな未来は来ないような気がするのだ。
ではこのままの状態で説明する?
バカな、そんなもの、転生者であることを打ち明ける方が遙かに楽ではないか。
くっ……、いったいどうしたら……。
思い悩み、考えに考え、ふとこうしようと思い立っても、次の瞬間には否定的になってまた頭を抱えるという堂々巡り。苦悩しているうちに一日が終わり、問題はただ先延ばしにされる。
このところ、俺は迷宮庭園で一人考えることが多くなった。
珍獣たちが集まってきて揉みくちゃにされたり、練習試合でテンションが上がってしまったミーネとシオンによる環境破壊にちょっと巻き込まれたりもしているが。
今日もミーネとシオンは元気に戦っている。
できればシオンにはもうちょっと肌の露出が控え目な格好をして欲しいところ。屋敷に居るときは褐色エルフメイドさんなのだが、こうしてミーネの相手をする時は腹丸出しのタンクトップとショートパンツという実に開放的で扇情的な格好をするため、俺は目のやり場に困ってしまうのだ。
おまけにシオンは活発に動き回るものだから……、あー、うん、ミーネはいつも通り元気でよろしい!
そう言えばミーネの兄、アル兄さんはそう遠くないうちにミリー姉さんと結婚する。
本当はもう少し先の話だったらしいが……、まあ突きつめると俺のせいである。
世界が救われ、今が歴史の転換期であるという認識が広く共有されるようになった。
せっかくだから暦を変更しようとしているくらいである。
ちなみに変更予定の暦は『王暦』であり、この『王』とは俺。
精霊王、勇者王のほか、覇王とか樹雷王とか呼ばれ方が増えたようだが、この『王』が王暦の『王』らしい。
なんだかな……。
この『王暦』が採用されたら今年は王暦元年。
節目となる記念すべき年に結婚をするというのが、現在、大陸規模でのビックウェーブになっているらしく、ザナーサリー王家とクェルアーク伯爵家も『この波に乗るしかねえ!』と準備を急いでいるようだ。
めでたい年だからって今年結婚しても、それで結婚生活がうまく行くかどうかは怪しいところなのだが……、ともかく、流行りになっちゃってるものは仕方ない。
こうして家の都合で結婚を急ぐことになったアル兄さんとミリー姉さん。
戸惑っているのではないかと俺は微妙に責任を感じていたが、二人に会ってみた感じではそれほど迷惑に感じているようでもなかった。
まあアル兄さんは大らかなので上手く隠しているのかもしれないが。
ミリー姉さんの方はもじもじするばかりだったが、嫌がっているわけではないので準備が順調に進んでいけばそのまま結婚式を迎え、晴れて夫婦となるのだろう。
そしてその結婚式、ぜひとも参加してくれとクェルアーク家からお願いされていた。
もちろん承諾である。
何かと世話になっているし、それは別としても親しい人が結婚するんだからそりゃ参加して祝おうと思う。
しかしなぁ……、アル兄さんとミリー姉さんが結婚か。
婚約者なんだからそりゃ結婚するのも当然だが、頭でわかっていてもなかなか実感というものが湧かない。
「うーむ、結婚か……」
思わず呟きが漏れる。
これまで俺には必要ないと思っていたが……、どうなのか。
そもそも俺はこんな調子、とても結婚をイメージすることなどできない。
なんとか……、そう、十年くらいの内に落ち着けば、何とかできるのではないだろうか?
あ、そう言えばシアとは世間体の問題で結婚した方がいいってことになっているようだけど、シアは何て言うだろうか。
相談……、できねえなこれ。
今は無理だ、とてもではないが相談なんてできない。
なんてこった、リマルキスに指摘されたとき、面倒がって先送りにせず聞いておいてもらえばよかった。
あー、どうなんだろ、どうなんだろ。
あいつの思考はなんとなく予測できるとしても、こればっかりは俺の思考回路がポンコツすぎてまったく予測ができない。
なんだかんだの腐れ縁だとしても、結婚ともなれば話は別ってのは当然だろうし、うーむ……、あれでも女の子だからなぁ……。
ってか今更それを認識するようになるとは……。
もし「お断りですコンコンチキー!」とか言われたらしょんぼりと諦めるしかないのだが、助けられた恩があるからと渋々承諾されてもそれはそれで悲しい。お互いにも良くない。あいつもそろそろ前世だとか恩とか義理とか義務とかから解放されて、自分の好きなようにしたらいいと思う。そうなると余計に『結婚した方がいいらしい』なんて動機で話を持っていくのは酷というもの。
あんなあれだが、幸せになればいいとは思うのだ。
なんてことを草原に座り込んでぼんやり考えていたら、いつの間にか近づいてきていたミーネが俺の横にちょこんと座り込んだ。
「調子が出ないわ」
「お、おう」
俺がちょっとびっくりしているうちに、ミーネが出し抜けに言う。
ちらちらと横顔を盗み見るように窺ってみたところ、なんだか納得いかないような表情でむすっとしている。
シオンに負けっぱなしなのが堪えているのだろうか。
「だからちょっと休憩」
ふうー、と大きなため息をつき、ミーネは言った。
「シオンは屋敷に戻って何か食べさせてもらうって。しばらく戻らないみたいだから、ちょっとお喋りにつきあってね」
「お、おう。おう?」
目を向けると、シオンはくたびれた様子で怠そうに肩を落としつつ、てくてくと精霊門に向かっていた。
わざわざ屋敷に戻らなくても、ミーネに食べ物をわけてもらえばいいと思うが……、ああ、二人で一緒になってもりもり食べていたからな、ストックが無くなっちゃったとか、そういう話か。
しかし――、困った。
ちょっと落ち込み気味っぽいミーネと何を話したらいいのやら。
シオンもこっちで休憩してくれたら……、いや、あの露出多めのお姉さんは居ない方がいい。
オラーッ、こっち見て話を聞けやーッ、とミーネに目つぶしを喰らう可能性が高いような気がするからな。
ひとまずミーネの調子が出ない理由について話し合っていけばいいのだろうかと思い立ったものの、俺が何か言うより先にミーネが喋り始めた。
「そのうち上の兄様とミリー姉様が結婚するじゃない?」
「お、おう」
「それがね、気になるって言うか、たぶん調子が出ないのはこれを教えられたのがきっかけなのよ」
ふむ、そうか。
ミーネからすれば実の兄、それから凄く親しくしていたお姉ちゃんの結婚だからな。自分と親しい二人が、今までとは違う段階に進むのを見守るのは、もちろん祝福するが、置いていかれるような寂しさも感じるのではないだろうか。
「あとは……、色々あってやっと落ち着いたから、ちょっと気が抜けちゃったってのもあるのかしら。こう、なんて言うの? 倒すべきすっごい相手ってのがもう居ないじゃない?」
「お、おう」
魔王も邪神も悪神も、今回できれいに片付いた。
まあ悪神はここに居るんだけども、それはまた別の話。
ミーネとしては目標を喪失したような感じなのかな?
「それによ。あなたって世界最強になってたじゃない? 騒動が終わったら戦ってみたいなって思ってたのに……、何よあのハリセンは。あんなのがあるんじゃ、勝負にならないじゃない」
神罰ハリセンか。
じゃあハリセンは無しで――、ってのはミーネは求めていないのだろう。そういった手段も込みで、ちゃんと戦ってみたいらしい。
「あーあ、なんだか出会った頃にもどっちゃった感じね。私、せっかく強くなったのに、もう、ずるいわ」
ミーネはむっとして「えいっえいっ」と肩をぐいぐい寄せてくる。
やめて、それ今の俺に凄く効くから。
ちょっと前までは「うぜぇ」と思っていたであろう戯れでも、ついついトキメキが暴走しちゃうから。
あーもー、可愛いことをただ知っていた以前と違って、実感している今は何していても可愛いとか、こんなのどうすりゃいいんだ。
「あれから色んなことがあったのに、結局は元通りだなんて。でもあの頃と違うことも……」
と、言いかけ、ミーネは考え込む。
「……んー、改めて考えてみると、別に変わっていないのかもしれないわね。ただよくわかっていなかっただけかしら」
何のこと、と俺は尋ねようとミーネに顔を向ける。
するとそこでミーネも俺を見た。
「私ね、ずっとあなたのことが好きだったみたいなの」
「……?」
ん?
今、なんて?
ちょっとよくわからない。
戸惑うことすら置き去りにして惚ける俺に、ミーネは構わず話を続ける。
「上の兄様とミリー姉様が結婚するって話を知らされたとき、一緒に私とあなたを許嫁にしようって話があったことを聞いたの。でもそんな話、されなかったじゃない? なんか、私とあなたが仲良くしてるから余計なことはせずそのまま見守ることにしたんだって」
え? 許嫁?
許嫁ってなんだっけ……。
確か大宇宙を構成する力の一つだったような……。
「うちのみんなはね、私があなたと結婚するのを期待してるみたい。だからね、私考えてみたの。でも結婚とか言われてもよくわからなかったのよね。一緒に暮らすって言っても、もうとっくに一緒に暮らしているし。それでね、ちょっとあなたじゃない別の人と結婚した場合を想像してみたのよ。あ、違うわね、想像しようとしてみたの」
と、ミーネはそこでおかしそうに微笑む。
「そしたら、想像なんてできなかったのよ。私は、あなたとなら結婚してもいいんじゃなくて、あなたとしか結婚するつもりが無かったの。ううん、きっと結婚したかったのね。ほかの誰でもない、あなたと。だから――」
と、ミーネは微笑みつつもちょっとはにかみ、惚けるばかりの俺にちゅっと唇を重ねた。
「お嫁さんにしてね」




