第725話 閑話…英雄の名
今回は2話同時更新、こちらは2/2です。
最も偉大な英雄の名を挙げよ――。
意地の悪い質問である。
何故ならその英雄の名は秘されており、これを知るためにはそれなりの努力をして適切な歴史書を探し出す必要があるからだ。
これを怠ると『レイヴァース卿』としか記されていない歴史書ばかりを読むことになり、時間を無駄に費やすだけに終わる。
彼の功績については事細かに、救世戦争以前から以後までしっかりと綴られているにもかかわらず、何故その名が記載された書物とそうでない書物があるのか?
この原因を知るためには、この彼が世界を救った後に執り行われた『世界救済式典』で起きた出来事について知らねばならない。
いよいよ式典の開催となったとき、その名を高らかに叫ぶ人々に向け、彼はこう叫び返したのだ。
おれの名を呼ぶな――、と。
これはいったいどういうことだろか?
このような戦勝を祝う式典において、最大の功労者を讃えるべくその名を叫ぶことはまっとうな行いである。
が、彼に限っては誤りであったのだ。
彼をよく知る者ならば、彼が己の名を好ましく思っていないにも関わらず、その名しか名乗れぬことを把握しており、それ故に導名を求めたのだとわかっていたのだが、残念なことに、この時、この場に集った者の大多数はそれについての知識が無かった。
そのため、何故、彼が自分の名を呼ぶなと叫んだのか理解できずただただ驚き口を閉ざすことになったのである。
その後、説明はあったものの、救世の英雄が『おれの名を呼ぶな』と叫んだ衝撃は非常に強く、実はもっと深い意味があるのではないかと深読みをする者が現れることになった。
そして様々な憶測、曲解を経ての後――
『古きものが滅んだ今、いつまでも俺に頼るのではなく、これからはお前たちこそがこの世界を築き上げていく新しきものとしてあるべきだ』
という斬新な解釈が生まれることになった。
彼はこの想い故に己の名を高らかに叫ぶ人々に怒ったのだ、とまことしやかに語られるようになり、それはいつしか真実として伝えられていくことになる。
結果、名を扱ってもかまわない――元の名前は除く――にもかかわらず、彼の名は伏せられ、秘され、みだりに口にしてはならないのだと人々に広く誤解されていった。
この誤解により、時代が進むに従って彼の名は伏せられるようになってしまったのである。
もし、本当に彼の名が知りたいのであれば、それこそ彼が生きていた時代の書物を探すことから始めるのが最適だろう。それ以外の書物となれば、概ね彼については『レイヴァース卿』か、あるいは『彼』としか記されていないことが多いからだ。
それは『導名となった名』をみだりに扱ってはならない――、そう戒められているが故に秘匿される状況そのものであったが、実はこれだけの功績にも関わらず彼は導名を得ていない。
この事実は多くの研究家を悩ませる謎となっているが、ともかく、彼の名は秘匿され、一般にはまったく馴染みの無いものになってしまっている。
これでは彼という英雄が忘れ去られてしまったかのようであるが、現実はそのような事態には至らず、おそらく、これからもそうなることは無いのだろう。
彼が一般にはどのように呼ばれているか、これについて語る必要は無いかもしれないが、その由来も交え最後に記すことにする。
彼の功績の一つである『冒険の書』。
その最初の一冊――『廃坑のゴブリン王』における、最終シナリオの題名、それが人々にとっての彼の名だ。
そう、導名なき覇者――、である。
これにて11章『想うはあなたひとり』は終了です。
次章――終章『英雄譚の後日談』は通常どおりの更新となります。
今回は登場人物に変化が無いため、おまけの人物紹介は割愛しました。
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/12/11




