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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
11章 『想うはあなたひとり』編
736/820

第724話 14歳(春)…おれの名を呼ぶな!

今回は2話同時更新、こちらは1/2です。

 のんびりと過ごす日々。

 最初のうちは退屈で困っていたが、それも次第に慣れてきた。

 こんなにのんびりしていられるのは何時ぶりだろう?

 領地の屋敷で暮らしていた頃――、いや、あの頃はあれで何かと忙しない日々だった。

 とすれば、これが人生で初となるのんびりなのか?

 そんなことを考えながら俺は『のんびり』を満喫していたが、一方で皆は各国の王侯貴族から俺宛にやたらと届くお手紙の処理にてんてこ舞いだったりする。

 特に誰の誘いも受けるつもりはない、という俺の方針のもと、サリスが陣頭指揮を執ってお断りの手紙を用意し続けているのだ。

 失礼が無いよう、しかしきっぱりとお断りする内容を相手ごとにしたためるという作業は過酷な頭脳労働であり、作業場はうんうんと悩む唸り声と、ペンを走らせる音ばかりが響き、実に重苦しい雰囲気を漂わせている。


「ああ面倒くせえ! もう届かなかったことにして全部燃やそうぜ!」


 ベルガミア王国、及びその影響下にある国々の担当を任されたシャンセルが髪をわしゃわしゃかき回しながら叫ぶ。


「気持ちはわかるけどそういうわけにはいかねえニャー」

「そうですよ。シャンセルさん、気持ちはわかりますがぐっと堪えて頑張りましょう」

「うぅ……」


 正直、修羅場で頑張る皆を後目に俺だけのんびりしているのは気がひけてしまうのだが、何しろお返事なんて書けない俺だ、居ても大して役には立たない。それに手紙ではなく使者を突撃させてくる相手も居るため、とっととお引き取り願うべく『主は大切な用件があって不在』と言うためにも、俺は庭園に居た方が余計な面倒を減らせて良いのである。

 ちなみに『大切な用件』とは、こうしてのんびりすることだったりする。

 今の俺にとっては、ゆっくり体を休めるというのは何より大切な事だから、というのがサリスの弁だ。

 庭園で一人のんびりしていると、のこのこ集まってくるのが放し飼いにしている珍獣たちである。

 これまでの例に漏れず、珍獣たちはこちらに友好的であり、セレスは一日一体のペースで親睦を深めようとしているが、すべて制覇するにはまだ日数がかかると思われる。ハスターの奴が魔境から連れてくる『お友だち』が何食わぬ顔でここに混じり、セレスはそっちまで仲良くしようとするのでなおさらだ。


「行くわよシオン!」

「おーおー、今日も負かしてやるよ!」


 適当に珍獣と戯れていたところ、ちょっと遠くでミーネとシオンが練習試合を始めた。

 現在、シオンの立場は犯罪奴隷、うち預かりとなっている。

 理由はどうあれ世界の敵をやっていたわけだから、こうでもしておかないとそれこそ処刑ということになってしまうのだ。

 シオンはそれも覚悟していたようだが。


「うにゃぁー!」


 と、物思いにふけっていたところで聞こえてきた、ミーネの奇声。


「おいおい、あの時の強さはどこいったよ!」


 からかうようなシオンの言葉。

 普通に戦うとシオンの方が強いらしく、ミーネはすっかり負けが込んでいるようだが、それでも懲りずに戦いを挑んでいる。

 バベルの塔での戦いでは、どうもミーネとしてはズルをして勝ったという認識のようで、ちゃんと自分が納得できるように勝利できるまで練習試合は続くのだろう。

 そう考えるとシオンは大変そうだが、当人はわりと楽しんでいるようなので、そう気にする必要は無いのかもしれない。

 そんなシオンの他、うちで引き取ることになったのがもう二人。

 赤ちゃんベリアと、レスカことイーラレスカである。

 大問題を引き起こしたベリアだが、父さんを助けてくれたし、魔導王を葬ってくれたし、俺の中では功罪が拮抗気味だったりする。

 そんなベリアが若返った赤ちゃんベリアに戸惑ったのは父さんだ。

 実の弟だからな。

 おまけに赤ちゃんで、あぶあぶしてるからな。

 弟として扱うのはおかしいので、建前は息子ということになる。

 すると今度はクロアが戸惑った。


「細かいことは気にせず、弟ができたと思えばいいさ」

「僕の弟……!」


 妹ばかりが増えていたが、ここで弟が増えた。

 クロアはまんざらでもない様子で、進んでお世話したりもする。


「クロアは赤ちゃんをあやすのがうまいな」

「私たちがセレスちゃんをあやす様子を見ていたからでしょうかね。それともご主人さまがしてくれたことをどこかで覚えているのかも」


 例えば「叱ってみて」と子供に言うと、自分が叱られた体験を再現する。

 なのであの様子はかつての俺とクロアなんじゃないか、とシアは言いたいらしい。

 うちで面倒をみている赤ちゃんベリアだが、実際に一番世話をしているのはシオンと同じく犯罪奴隷であり、メイド見習いをやっているレスカだ。


「普通の生活をさせてもらってることには本当に感謝している。だからこいつの世話は私に任せてくれ。皆の手を煩わせるわけにはいかないからな」


 などと、やや殊勝なことを言うレスカだが、本心はどうなのだろう?

 赤ちゃんベリアのほっぺを指でぷにぷに突きながら「こいつめ、こいつめ」といたぶっている姿を見る。

 かなりの頻度で見る。

 さらに言えば、これにセレスとシャロが加わって、ベリアはよってたかってほっぺをぷにぷにされていることが多い。

 元の意識があれば、今の自分をどう思っただろうか?

 そして――、そんな甲斐甲斐しくベリアの面倒を見ているレスカを目の当たりにしたリィは、あまりの変わりように恐れおののきガクブルしている。

 まあそのうち慣れるだろう。

 人が増えたり、珍獣が増えたり、精霊が多すぎて把握不可能になったりと色々あるが、きっとそれも慣れていくはず。

 すんなり退屈にも慣れて楽しめるようになった、今の俺のように。


    △◆▽


 のんびりな日々を過ごし、やがて世界救済式典なる怪しい名称の催しが開かれる日となった。

 精霊門で向かったのは古代都市ヨルドを背にして作られた砦だ。

 この砦が式典の舞台であり、俺や王様たち、個別表彰や代表で表彰されることになる者の待機所にもなっている。

 俺は先に来ていた者たちに挨拶して周り、それから式典進行の舞台となる屋上へ向かって外の景色を眺めてみた。


「えぇ……」


 思わずうめく。

 屋上からの景色は、視界が埋まるほどにどこまでも人、人、人……。

 砦の正面は戦いに参加した人々が占め、そこからは各国の貴族など、そしてそれ以外が一般の人々のエリアとなっている。

 一般の人々の参加は、この歴史的な催しをより多くの人々に見てもらおうと、式典の前後数日だけ精霊門を無料で解放することに決めた王様たちの心意気によって実現した。

 ただ……、ここまで集まっちゃうと予想していたのだろうか?

 遠くの方とか、クマ兄弟によって上空に投影される映像ですらちっこくて見えにくいくらいじゃないか?


「よくもまあ、こんなに集まったもんだな……」


 あまりの多さにちょっと呆れていると、今日は綺麗なドレス(コルフィー作)で着飾っているシアが言う。


「なんでも、この式典に参加するために精霊門のある場所まで旅をした人がかなりいるようですよ」

「なんて物好きな……」


 ますます呆れたところ、これにサリスが反応する。


「世間的にはそれくらいしてでも参加したい重要な催しなのですよ」


 そう言うサリスは今日はメイド服ではなく、前に俺が贈った服を身につけていた。

 これはサリスばかりではなく、俺のサポートにと一緒に来たみんなも同様である。

 いつもと同じなのは法衣のアレサ、それからミーネくらいか。

 それからしばらく待機していると、進行係から準備が整ったので式典開催の挨拶をお願いしますと促された。

 この式典、まずは主役となる俺がそれっぽい話をして、それから開催宣言という流れになっている。

 ただ、人々の前に立つのは俺だけでなくシアも一緒だ。

 これは話の中で世界樹計画についても少し触れ、もうシアを危険視する必要は無いと理解してもらうための……、何だ? 演出? まあそんなもんである。


「……」

「どうかしましたか?」

「いや、何でもない」


 いざ前へ、となったとき、ふとどうでもいいことを考えていたらシアに不思議がられてしまった。

 二人して着飾って出て行くのって、なんか披露宴みたいだとか、本当にどうでもいいことを考えただけだ。

 今日のシアが、無駄に綺麗に着飾ってるからだろうな。


「さて、じゃあ行くか」

「はいな」


 シアと共に屋上の縁まで進み、そこに用意された舞台へ上がる。

 これで俺たちの姿は人々にも目視できるようになり、さらにはクマ兄弟によって上空にでかでかと映し出された。

 そして――大歓声。

 集まった人々が一斉に叫ぶものだから、こう来るとはわかっていてもその迫力に気押されそうになる。


「……?」


 と、そこで俺は気づく。

 歓声に紛れ、何か聞こえたのだ。

 だが俺はそれを何かの聞き間違えだろうと無視しようとした。

 だが――


『――セークロッス……! セークロッス……!』


 うん、なんか聞こえるね。


『セークロッス!』『セークロッス!』『セークロッス!』


 増えた!?

 いや、増えたと言うより、増え続けていると言うべきか。

 大興奮な人々の雄叫びが、みるみる間にセクロスコールへと塗り替えられていく。

 酷い、これは酷い、あまりにも……。

 やがて歓声のすべてがセクロスに汚染され、この歴史的舞台はあまりにもあんまりな状態へと変貌する。

 かつて暇神のところで見せられた『もしもの未来』でも同じようなことになっていたが、こっちの方が圧倒的に人が多く大迫力だ。

 と、そこでシアが俺の左手をガッと力強く掴んだ。


「なんだ?」

「いえ、ついカッとなってヒモも付けないままここからダイブしちゃうんじゃないかと思いまして」

「んなことしねえよ!」


 まあこの名前に対しての嫌悪感が薄れたからというのもあるのだろうが、さすがにヒモ無しバンジーを決めたりはしない。

 しないのだが、やはりこの名前は――、名前は!

 俺はそこにあった拡声用の魔道具を引っ掴み、大きく息を吸い込んだ。

 そして――


「おおぉぉぉれぇの名をぉぉぉ――――――」


※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/12/11

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2020/04/16


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― 新着の感想 ―
[気になる点] そういえば、もう一人の方(シャロさん)の呼ばれたくない元の名前、て何なのでしょうね? きっと、 セクロスやシリアーナより酷いとは思いますが(笑)
[一言] 結局最終話まで認知はセクロスのままな辺り流石ウォシュレット卿ですね。ベルガミア民からはこっちのコールもあったのかな?
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