第720話 14歳(春)…お仕置き
デデーンッ、と。
俺は自身の心情をそのまま表現したような荒々しい雷を纏い、けたたましい轟音を響かせて地上へ――、シア、ミーネ、アレサ、シャロ、それからおまけのイールが居るその場へと舞い戻った。
『――――ッ!?』
突然の轟音に四名は身をすくめ、それから俺の姿に気づくと、今度はそのまま固まってしまう。
イールについてはよくわからん。
俺はにっこりと微笑み、それから胸一杯に大きく息を吸い込むと――
「ぜぇぇぇんいん、アァァァウトォォォォ――――――ッ!!」
あらん限りの声でそう叫んだ。
これに四人はまたビクッと身をすくめる。
本来であれば、ここは再会を喜び合うシーンであったことだろう。
しかし、現実は非情、とてもではないがそんな雰囲気ではない。
何故なら、俺がオコだから。
そして四人はと言うと、どうして俺がオコなのか、だいたい想像がついているのだろう、気まずそうな表情を浮かべて戸惑っている。
だが――
「ご、ご主人さま!」
シアだけは俺に駆け寄ってきた。
そんなシアを――
「おるぁ――ッ!」
「うきゃぁぁ――ッ!?」
俺はハリセンで迎撃する。
この無駄に装飾が施されていたり、雷を纏っていたりするやたら神々しいハリセン、これは暇神に貰った特別な力であり、いつでもどこでも呼び出せるという便利なハリセンだ。
俺はこのハリセンでもって、シアの頭をベチコーンッと引っ叩いてやったのである。
「まずは説明してやろう」
ふっとハリセンを消失させ、頭からぷすぷす煙を立ち上らせているシア、そしてシアが引っ叩かれる様子を目撃することになった三名とおまけの一匹に向け俺は言う。
「本来なら、肉体ごとこの意識もきれいさっぱり消え失せていたはずだったんだが、大神の奴がちょっかいをかけてきてな、俺は俺のままこうして戻って来ることになった。大神とはちょっと話をしたが、まあこの際そんなことはどうでもいい。問題は、だ。俺は自分がくたばってから、こっちで何が起こったかある程度確認する機会があったということだ。要はイールが次の俺の体を用意したあと、何が起きていたかを見ていたというわけだな」
『……ッ!?』
お嬢さん方に動揺が走る。
その中ですでに引っ叩かれたシアがおずおずと言う。
「ご、ご主人さま、違うんです。わたしは――」
「止める側だったことはわかっている。だからおまえはこれで許す」
「許された……!」
嬉しそうな顔をするシア。
本来ならもっとマシな再会だったのだろうが……、まあそれは俺がイールに『模造体には服を着せるように』と言っておかなかったせいというのもある。
悪神を葬るにはあれしか手段が無かったとは言え、びっくりさせたり、泣かせてしまったりした。
その詫びを込めて、俺はシアの頭を撫でた。
いつもより多めに撫で撫で。
「……ちゃんと戻ったぞ。まあ別の面倒を引き受けることにもなったが……」
「……え、今度はいったい何を……?」
「……それについては後だ。それよりも今は――……」
最後にシアの頭をぽすぽすと叩き、俺は気まずそうにこちらを窺っているお嬢さん方に目を向ける。
「ミーネ、ちょっとこっちに来なさい」
「う、うぅ……」
ミーネは足取り重く、渋々といった様子で俺の前までやってくる。
「ち、違うの。悪戯してやろうとか考えたわけじゃないの。ただどうしてもこしょこしょしてみたくなって、こんな機会もう無いんじゃないかって思って、ならここはこしょこしょすべきなんじゃ――」
「はい、そこまで。反省の色無し。お仕置きです」
俺の右手の中で雷が弾け、再び神々しいハリセンが出現する。
「ちょ――、ね、ねえ! それって何なの!?」
「これはなんだかんだで習得した新しい力です。悪い子にお仕置きするための力と考えてもらって間違いではありません」
「ううぅ……」
ミーネは嫌そうな顔をしつつも大人しい。
雷撃は着ている服の効果で無効化されるため、せいぜい頭を叩かれて『痛い』程度のものとミーネは考えているのだろう。
だが、それは大きな間違いである。
「ちなみに、この力はちょっと特殊です」
「特殊……?」
「雷撃とか神撃の無効を貫通します」
「!??!!?」
神撃の一段階上、神通力由来のハリセンなので、同じ神通力か、さらに上の神力でないと防げない。
つまり、ミーネにはこの神罰を防ぐことなどできないのである。
「なので――」
と言いかけたとき、ミーネの姿が反転していた。
「?」
一瞬、どういうことか分からずに戸惑った。
なんと、ミーネは神罰ハリセンについて聞いた瞬間、逃走のために瞬き一つでその身を翻していたのである。
あまりの鮮やかさ、俺が戸惑っている隙にミーネはダッシュ、そして床に空いた大穴へとダイブした。
「とう!」
「あっ、てめっ、てめぇ! 待てやコラ!」
すぐに追いかけたいところだったが、強引にだが空も飛べるミーネと違って俺はダイブすると普通に死ねる。
「シャロ! 下まで送ってくれ!」
そうシャロに頼んだところ――
「お、送ったらちょっと罪が軽くなったりせんかの? できればまずは弁解を聞いて欲しいところなんじゃが……」
この状況で司法取引を持ちかけてきた。
シャロもけっこうアレな感じだったが……、まあいきなり素っ裸の俺が出てきて取り乱していたというのは情状酌量の余地がある。
するとそこでアレサが割って入った。
「あ、あの! 猊下! この際、ミーネさんは後回しということにして、まずは私にお仕置きしてはどうでしょうか!」
「なんでそんな生き生きと……」
アレサは「ご褒美ちょうだい!」くらいの勢いで折檻を求めてきたが、アレサに関してはそう腹を立てているわけでもなく、それこそシアと同程度である。
スパーンと頭を叩いてしまえばひとまず終わりで、確かに先に片付けてしまえば手っ取り早くはあるが……、ダメなのだ、今の俺の気分はまずタマこしょ犯――ミーネの頭を思いっきりハリセンで引っ叩いてやるという気分なのである。
なので――
「アレサは後! シャロに関してはひとまず話を聞いてからということで! とにかく今はミーネだ! 変に時間を置かれて、この気持ちが冷めてしまったら台無しだ! 熱々のうちに届けてやらないといけないからな!」
「う、うむ、ではひとまずミーネじゃな」
シャロは自分を含めこの場にいる者たちをふわっと宙に浮かせ、その状態で大穴からの降下を開始する。
何十秒か遅れてのダイブとなったため、ミーネはもう一階まで到達してさらに移動を開始しているかもしれない。
そう俺は予想していたが、塔の出入り口まで向かったところ、そこで立ち止まっているミーネの姿を発見した。
理由はわからないが、とにかくチャンスだ。
「よぉーし、観念したか! いい心がけだ!」
そう叫んだところ、ミーネはビクッとしてふり返り、それからあたふた身振り手振りし始めた。
「あ、ちょっ、待って待って! 待ってってぇぇ――――ッ!」
「どぅぇ――――い!」
喰らえ、と俺は神罰ハリセンでミーネの頭を引っ叩く。
「うにゃぁぁぁ――――――ッ!!」
今回は多めに雷撃を込めたこともあり、ミーネは盛大に感電して「あばばば!」と声を上げ、そしてへにょっと地面に倒れることになった。
久しぶりの雷撃はさぞ格別であったことだろう。
「成敗!」
ひとまず良し。
あとはお説教であるが、これはみんなまとめてやるので、次にお仕置きするのは――
「……?」
と、そこで俺は気づいた。
外からこの塔の入口へと続く階段の下に皆が集まっていたのだ。
いや、皆と言うか……、この作戦に参加した人々が揃って集合しているらしく、見渡す限り人、人、人という状況になっていたのである。
俺はきょとんとすることになったが、一方の皆はぽかーんとしてしまっている。
「うぅ……、待ってって言ったのに……」
足元ではミーネがぐったりして呻いている。
一緒にいるシア、アレサ、シャロ、そしてイールも、どういう状況かわからず、きょとんとして動きを止めていた。
『…………』
誰も口を開かない。
しばし沈黙が続くことになったが、やがてシアがこそっと囁く。
「……ここ、ご主人さまの発言待ちでなのでは……?」
「……え!?」
発言待ちって……、どうすんだこの空気。
完全な登場失敗じゃねえか。
この状況で何を言えってんだよ。
「あ……、あー……」
とりあえず神罰ハリセンをしまい、何か言わねばと思いつつ視線を彷徨わせる。
いつもなら適当になんかそれっぽいことを言えるのだが、今回ばかりは『絶対ミーネをハリセンで引っ叩くマン』と化していたこともあり、この急展開に頭が全然働いてくれなかった。
でも何か言わねば――。
そう焦ったのもまずかったのだろう。
「え、えっと……、あ、あれだ、もう大丈夫! 邪神とか悪神とか全部片付いたから! だ、だから、えっと……、解散で!」
自分でもびっくりするくらい適当な発言が口を突いて出た。
これで「やったー!」と人々が喜び、解散してくれたらまだ救いはあったのだが……、大いなる沈黙は続く。
これはあれかな?
ふざけてんのか、って大顰蹙くらうやつかな?
そんな気まずい空気のなか――
「これはひどい……」
最前列に居たルフィアがそう呟き、俺たちの写真を撮った。




