第719話 14歳(春)…とりあえず名無し
真っ白な空間に、浮かぶように存在する八畳間。
中央に丸いちゃぶ台があって、すみっこには古めかしい木枠のブラウン管テレビが鎮座していて……、あー、何だかんだでここに来るのは三度目なんだが、これって元々こうなのか、それとも俺を呼ぶからわざわざこの状態にしているのか、どうなんだろう?
ちゃぶ台の向こうには輝く粒子を纏うクソッタレが相変わらず胡散臭い笑顔を浮かべているので、この疑問をぶつけることは容易い。
だが真実であれ嘘であれ、まともな回答が期待できる相手ではないため尋ねる気は起きなかった。
現在、俺はやや青みがかった白色の、もやもやっとした球体になっている。前回は人の姿のまま呼ばれたが、今回は最初のときとほぼ同じ状態だ。
さて、いつまでもこいつと睨めっこ(顔なんてねえけど)していても不愉快なだけである。
ひとまず――
「こんのボケがぁ……! よくも適当なこと吹き込んで転生させやがったな!? 胡散くせー奴だとは思ってたが、まさか全部デタラメだとはさすがに予想できねえんだよコンチクショウ!」
文句。
ここは文句一択である。
言ってやる機会は訪れないと思っていただけにこれは僥倖。
俺はここぞとばかりに罵詈雑言を並べ立ててやるが――
「ははは、すみません」
暇神はどこ吹く風、いやむしろ楽しげであった。
俺が悪神をぶっ殺すための刺客として送り込まれたとすれば、暇神としては読み通り、してやったりなわけで、勝手に踊って苦労した俺の文句はむしろ心地よいのかもしれない。
ああクソッ、馬鹿らしい。
まだまだ言い足りなかったが、暇神を喜ばせるだけかもしれないとなれば文句を言う気も萎える。
「おや? もう満足されたのですか?」
「してねえよ! してねえけど――、んががが、ああちくちょう、雷撃でねえし!」
盾にするへっぽこ死神も居ない。
絶好のチャンスだが、今の俺には攻撃手段が無かった、無念。
「はあ……、で、俺は今どうなってるんだ?」
「そうですね……、わかりやすく言うなら、抜き出した精神がそこにまとまっている状態ですね」
「やったのはおまえだよな? 何でわざわざこんなことしたんだ? 俺の役割はこれで終わりだろ? 悪神はシアが倒したんだよな?」
「ええ、概ねあなたの目論見通りに片が付きました」
「そうか、ならいい」
しかし、こうなるとますます呼ばれた理由が思いつかなくなる。
いや、そうでもないか。
一つ、心当たりがある。
暇神としては『死神の鎌』を回収したいのだろう。もしかしたら本当なのはこれくらいかもしれない。だが俺はそれをイールに用意させた『次の俺』の魂の代わりにしようと目論んだ。もしかすると、これが問題で俺を呼んだのではないだろうか?
だとしたらようやく一矢報いたことになる、嬉しい。
ざまあ、と叫んでやりたいところであるが……、果たして。
「あなたを呼んだのは少し相談があるからです」
「相談?」
「はい」
頷き、暇神はもやもやした黒い塊を手元に出現させた。
それって……。
「これはかつてあなたが宿っていた死神の鎌です。あなたは少し前までの記憶を持つ新しい体にこれを埋め込むことで次の自分を用意しようとしたようですが……、いやいや、さすがに純粋な鎌を魂代わりにするのは無茶ですよ」
「そうか……」
ちょっと当てが外れたが、魂が無くてもレプリカは多少動く。
そこは『次の俺』が活動出来る時間内で何か思いついて実行するだろう。
アズ父さんみたいに精霊たちに補助してもらえたら、そこそこ活動できると思うんだが、どうだろうな。ダメだった場合は、そこまでの記憶を受け継いだ『次の次の俺』に頑張ってもらいたいところだ。
それでもダメなら……、まあ適当なところで皆からフェードアウトという方法をとることになるのだろう。
「それほど悲観していないのですね」
「まあ、覚悟してたからな」
「それでよいのですか?」
「んなこと言われても、どうにもならんだろ?」
「今、ここにいる自分がそのまま戻れたら、とは思いませんか?」
「……!?」
こいつ……、どういうつもりだ?
睨んで(目なんてねえけど)やるも、暇神の表情からは何かを読み取ることができない。
「そりゃ戻れるなら戻りたいと思うけどな」
「そうですか」
暇神はうなずき、そこで話を変えた。
「では相談に戻るのですが、実はあなたに一つ頼みたいことがあるのです。もしそれを引き受けてもらえるなら、そのお礼にあなたを元の生活が送れるようにしてさしあげますよ」
「はあ……!?」
その申し出にはさすがに驚いた。
さらに暇神は続ける。
「ただ、鎌は回収させてもらうので、もう鎌由来の無尽蔵な力を使うことはできません。ですが、あなたが身につけた能力に関してはそのまま残しますので、そこは安心してください。どうです、悪い話ではないでしょう?」
「……」
確かに悪い話ではない。
むしろ好条件すぎて、嫌な予感しかしない。
「戻すつっても……、あっちはどうなってんだ? あんまり時間が経過してるところに、ひょっこり戻ってもまずいだろ」
もう俺2号が活動を始めていたらわけがわからなくなる。
「ああ、まだ時間はそう経過していませんよ。では……、確認をしてみましょうか。少しばかり前の様子です」
と、暇神が視線を向けるとテレビにあっちの様子が映し出された。
黒い塊を前に皆がしょぼぼーんとしており、シアに至ってはめそめそ泣いている。
さすがに申し訳ない気分になったが、そこでミーネが想定外にぶっ飛んだことを言い始めてくれたおかげで、シャロが事前に渡しておいた手紙のことを思い出してくれた。
そしてイールが呼ばれ……、素っ裸の俺を出した。
「あいつぅぅ!?」
そうか、あいつはそうだった。
いやでもさすがにそこまで気が回らないって。
場が一気に騒がしくなるなか、そのどさくさにミーネが俺のタマタマをこしょこしょし始めた。
「あぁんのバカ娘ぇぇ――――ッ!」
あいつちょっとぶっ飛びすぎじゃね!?
何でこの状況でタマタマこしょこしょしちゃうの!?
「おい! ちょっと俺を戻せ! 一分でいいから戻せ! あのアホの頭ひっぱたいてまた戻って来るから戻せ!」
「いやそういうわけには……」
無理を承知で暇神に頼んでいたところ、今度はミーネが棒を引っぱり始めた。
「わかった! 頼み事ってやつを言ってみろ!」
まずは聞いてみる。
多少はやっかいでも、この激情をあのバカ娘にぶつけてやるためには引き受けるのもやぶさかではない。
すると暇神はにっこりと、わかりやすく嬉しそうな微笑みを浮かべて言った。
「今回のあなたの活躍で、あの世界にとって重要な神の座が一つ空きました」
「……」
そうか、そういうことか……。
悪神を討たせる、確かに、確かにそれは目的だった。
だが厳密には過程で、真の目的はその先だったというわけか。
「悪神とは言っても、悪さをしろという話ではありません。そこのところはもうわかってもらえていると思います。あなたはあなたのしたいようにすればいいのです。すでにあなたは世界をかき回すという、悪神に相応しい行いをしていますからね。つまり悪神候補者――半神として復活し、死後、悪神として過ごしてもらうことがあなたを向こうに戻す条件なのです」
「……」
少し考える。
テレビに目を向ける(目なんてねえけども)と、あっちでは死神の鎌ごと俺の肉体が消失したせいでシアが焦っていた。
まあ、戻れるならそれもありだろうか。
「はあ……、わかった。引き受けよう」
「ありがとうございます。それでは悪神としての名を……、そうですね、とある魔王にあやかってベルフェーなんてどうでしょう?」
「ベルフェー……? ちょっと待った。それってもしかして、便器に座った姿で描かれる魔王からきてるんじゃね?」
「その通りです」
「なんでそいつにあやかっちゃうの!?」
「あなたが世に広めたものに関連するからですが……、気に入りませんか?」
「アレよりマシだがそれでもちょっと由来が嫌だ! 名前はあとで決めるとかじゃダメなの!?」
「それでも構いませんよ」
「なら戻ってから考える……!」
早く戻らねばと焦った状態で名前を決めて、後々ずっと後悔するようなことにはなりたくない。
「それでは――、あ、そうそう、戻るにあたり、あなたは二つの制限から解放されます」
「……は? 制限?」
「はい。一つは名前に関わるものです。これからはお好きな名前を名乗っても大丈夫ですよ」
「お、お、俺の苦労!? 俺の苦労ぅぅ!?」
なんだよそれは、チクショウめ!
「そしてもう一つは恋愛感情の解放です」
「ん? そんなの制限されていたのか?」
「はい。こう言ってはなんですが、あなたは色々と面倒くさいので恋愛感情があるとあの世界は終わってしまう可能性があったのですよ。そこで制限させてもらいました。ほら、名前がそんな感じだったでしょう?」
「もしかしてそれであの名前だったの……?」
げんなりである。
もう食って掛かる気力も湧かない。
「それではさっそく戻りますか? 確認したいことがあるなら遠慮せずにどうぞ。すんなり引き受けてくれましたし、少しくらいなら融通を利かせることもできますよ?」
暇神は機嫌がいいようだ。
まあここまで思い通りに事が運んだとなれば嬉しくもなるのだろうな。
一方の俺は完全にしてやられて意気消沈、変な清々しさまで感じる始末だ。
しがない小悪党が悪神ね。
まったく、大した出世である。
「んー、じゃあ……、そうだな。せっかくだから――」
と、俺は暇神にささやかな要望を伝えた。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/12/01
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/12/03




