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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
1章 『また会う日を楽しみに』編
73/820

第73話 9歳(春)…冒険の書『廃坑のゴブリン王』(中編)

『君たちの活動は町人の話題にあがるようになっていた。

 そんな君たちを頼るため、一人の男性が大慌てでやってきた。

「息子が見あたらない。今日は妻の誕生日で、息子はいつも妻の好きな花を贈るんだ。もしかしたら息子は町からでてその花を取りにいってしまったかもしれない。これからその花の場所へ向かうんだが、どうか同行してもらえないだろうか」

 男はそう君たちに頼みこんだ』


「これは緊急の依頼です。目的は子供の保――」

「うけるわ! すぐにいきましょう!」

「え、あ、はい。それではこの依頼を受けるということで」


『君たちは父親の先導により花のある場所に大急ぎで向かった。

 やがてもうすぐ到着というとき、子供の叫び声が辺りに響いた。

 声の方向へと急ぐと、一輪の花をにぎりしめた幼い少年が四匹のゴブリンに追われながらこちらへ必死に逃げてくる姿を発見した。

 ゴブリンたちは楽しげに、飛び跳ねるようにしながら、逃げる少年を追い立てている』


「ゴブリンにファイヤーアローぶつけることできる?」

「まだ距離があり、ゴブリンの前に少年がいるため狙い撃つのが難しい状況です。しかしこの状況を好転させる方法が――」

「ああ、ここであれというわけじゃな!」


 おれの言葉を遮り、マグリフが「閃いた!」とばかりに声をあげる。

 ……え?

 もしかして説明する前に気づいた?


「あれじゃろ、フローズンアクシデント。アースクリエイトで追ってくるゴブリンを囲うように壁を作る、と。こういうことじゃろ?」


 正解です。まじかこの爺さん。


「そ、そういうことです。この依頼はフローズンアクシデントをどういう状況で使えばいいか説明するためにあるようなものでしたが、なんだかもう説明いりませんね」


『シャーリーは機転をきかせアースクリエイトを使った。

 少年を追うゴブリンたちを囲むように土の壁がせりあがる。

 ゴブリンたちは封じ込められ、その隙に君たちは少年を無事保護することができた』


「よし、では油をまく」とバートラン。

「わたしはファイヤーアローをうちこむわ」とミーネ。

「じゃあぼくは子供が怪我をしていないか確かめようかな」とアル兄。

「私は遠見の筒でほかに敵がいないか確認しよう」とエドベッカ。

「ふむ、私は暇になってしまうな」とダリス。


 え、なにその連携。


『……、えーと、バートは手早く壁の内側へ油をばらまき、すかさずミーネがファイヤーアローを撃ち込んだ。

 逃げ場のない壁の中でゴブリンたちはたちまち炎にまかれ、奇声をあげながらのたうち回る。

 もはやゴブリンたちに戦う力は残されておらず、そのまま君たちに退治されることとなった』


 想定していたのは魔法か遠距離武器でゴブたちを牽制して、その隙に子供を保護して戦闘開始、って感じだったんだが……、戦闘すら始められなかったよ。


『君たちはあざやかにゴブリンたちを葬り、その死骸から小さな魔石を入手した』


「お。よかったよかった。これで永光灯が使える」


 これにはエドベッカが喜んだ。


『ゴブリンは粗末な布を纏い、薪のような棍棒を持っていたが、これらは換金できるような代物ではないために捨て置くこととした。

 さらに他になにかありそうな気がするが……』


 普通のゴブは毛のないサルのようなものなので、かろうじて換金できるのは魔石くらいである。

 ランクが上のゴブならお手製の武器やら皮鎧を身につけていたりもするが、やはりゴミでしかない。

 ただゴブは光り物を集める習性をもっているので、まれに金属の鉱石や宝石の原石などを持っていることがあるそうだ。

 その習性に鑑み、このゲームではゴブリンをたおすと戦利品入手判定を行う。

 まあ今回はイベント戦なので、いいものが出ることは確定している。

 と言うわけでパーティは宝石の原石を戦利品として入手した。


「高く売れるのかしら!」


 ミーネはすごく喜んだ。


『無事に少年を保護することができた君たちはそのまま町まで送りとどけることにした。

 町の入り口には心配でいてもたってもいられなかった母親が待っており、少年は逃げているときも手放さなかった一輪の花をおずおずと母親にさしだした。

 母親は花を受けとるとすぐに息子を抱きしめる。

 そのあと君たちからなにがあったか説明をうけると、母親は少年をこっぴどく叱った。

「ありがとうございます。あなたたちは息子の命の恩人です」

 母親は君たちに深く感謝した』


「よかったわ。じゃあ、さっそく宝石の原石を売りにいきましょう!」


 手にいれた宝石の原石を売り、それなりに所持金が潤ってきた。

 まあそういう設計になってるんで当たり前といえば当たり前なんだけども。


「そろそろ必要な物を買いそろえられそうですね。ちょっと計算してみましょう」


 ダリスが計算を始める。

 本当はミーネにやってほしいんだが、まあ今日のところはね。


「ねえねえ」


 ちょっと手持ち無沙汰になったミーネが尋ねてくる。


「こうやって町のまわりでゴブリン退治してたら、そのうち冒険者の救援がきてくれてなんとかなるんじゃないの?」

「うーん、まあそう思うだろうけど、それはないんだ」

「ないの?」


 なんで、と首をかしげるミーネ。


「この遊びは想像次第で自由に行動できる。ただ現状を維持して冒険者ギルドからの救援を待つ、という選択肢だけはとれないんだ。なぜなら、救援はこないから」

「どうしてこないの?」

「ゴブリン王種が確認されたわけじゃないからギルドの行動が鈍いってのも設定としてあるんだけど、これはこの物語がこの物語であるためにはどうしても必要なことなんだ。救援はこない。そしてミーネたちがなにかしらの行動を起こさないとこの鉱山町はゴブリンによって滅ぼされてしまう運命になってる。なぜなら、この物語のもとになった鉱山町はゴブリンによって滅ぼされ、消え去ってしまったから」


 そう言うと、話を聞いていたバートランが「あ!」と声をあげた。


「ロルック鉱山町の惨劇か!」

「あれ、ご存じでした?」

「ああ、知っておる。どうもどこかで聞いたような、とひっかかっていたのだ。そうだ、ロルックだ」

「おじいさま、その町はゴブリンに滅ぼされてしまったの?」

「うむ。当時ゴブリン王種が確認されていないということもありギルドは本腰をいれて救援を送ることをしなかった。事態の判明は調査隊が出向き、町で唯一生き残った子供を保護してからだったな」

「確か二十……、いや、三十年ほど昔の話じゃったか? 儂やバートラン殿でなければ聞いたこともないような話じゃろう。そんなものをよく題材にできたのう」

「ああ、それは先ほどみなさんが保護した少年から話を聞いたからですよ」

『……?』


 おれの言ったことの意味がわからず、みながきょとんとする。

 というか完全に固まってしまった。

 ちょっと言い方がまずかったか。

 生き残った少年とおれの関係を知らないみんなからしたら「なに言ってんのこいつ?」状態だ。


「ロルックの生き残った少年が、さっきみなさんが助けた少年のもとになっているんです。少年の名前はローク。ぼくの父です」


 父さんがロルックの生き残りであることは、それまで母さんも知らなかった。故郷の滅亡は父さんにとって相当な傷で、それまで話すことも出来なかったようだ。

 しかし、母さんと結婚し、おれが、クロアが、そしてセレスが産まれ、かつては想像もすることができなかった家庭をきずけたことにより、ようやく過去を――すべての始まりであった故郷の滅亡を語ることができるようになった。


「滅びさった故郷での最後の幸せな記憶――それが冒険者を目指していた少年少女たちに助けられたという記憶です。そしてそれこそが悲惨な運命にありながら冒険者を目指し、冒険者を続けることができた支えだったと父は言っていました」

「こんな頃からそんな境遇だったわけか……」


 唖然とした表情でバートランがうめく。


「と言いますか、ここかららしいんですよ」

「ここから……? どういうことかね?」

「詳しくは後日、父から直接聞いたほうがいいと思います。ぼくもすべてを聞いたわけではないので。――あ、すいません、進行役なのに思いっきり進行を中断させてしまいました」

「あ、いいんだ。そうだな、詳しくは本人から……、ん? もしかしてそれを予想して姿をくらましているのか?」

「そ、それはなんとも……」


 うん、たぶんそうじゃないかなと思う。


「ねーねー」


 ちょいちょい、と服をひっぱられて見ると、ミーネはしょげたような表情をしていた。


「この町ってもうないの?」


 む……、今まさにプレイしている物語の舞台が実はもう滅ぼされているという事実はちょっときついものがあったか?

 しかし悼むならばなおのこと、この物語を大団円へと導いてもらわなければならない。


「うん、もうないんだ。……だからぼくは冒険の書の最初の物語にこの町を選んだ。父さんの要望もあったしね」

「物語ならめでたしめでたしにできるから?」

「それとは少し違うけど、まずはそうなるようにしてほしいかな。ミーネがこの物語を幸せな結末にしようとすることが、忘れ去られたロルックへの弔いにもなるから」


 この物語はロルックの惨劇を題材とした、未来の冒険者たちのための物語だ。この冒険の書を繰り返し遊ぶことは、いつか、どこかで、自分を助ける可能性になる。こうして、ただロルックに起きた惨劇を悼むのではなく未来の冒険者たちの糧とすること、それがおれと父さんが考えたロルックへの弔いだった。


「とむらい……。うん、わかったわ。がんばる」


 ミーネが気をとりなおし、ふんすーと鼻息を荒くするのを見ておれは話を再開させる。

 パーティは緊急イベント成功による経験値を取得してレベルアップ。

 新しい技能や既存の能力の強化を行い、それから明日以降の行動の打ち合わせにはいる。

 目指すのは鉱山から鉱石が運びこまれていた製錬所というエリア。

 この製錬所エリアまでは徒歩で半日ほどの距離があるため、周辺を調査するとなると最低でも一泊、必要ならば二泊は野宿しなければならなくなる。

 遠征計画は最終的に食料は四日分用意し、製錬所エリアに到達してから一日かけて調査、可能であればさらに一日かけて調査し、そして町へ帰還するというものになった。

 翌朝、一行は製錬所エリアへと町を出発。

 製錬所エリアに近づくにしたがって、ゴブリンとの遭遇戦が発生するようになる。

 とは言えその戦闘は危なげのない安定したものだ。

 戦い方は剣士バートと戦士ダリスが壁になりながらそれぞれ一体、もしくは二体のゴブリンを引きつけ、残ったゴブリンが一体であればミーネとエドとアルとシャーリーの四人で速攻。複数であればシャーリーが魔法を駆使して行動阻害し、残した一体をミーネとエドベッカ、アルで沈める。

 このパーティにおいて、おれの予想をこえて攻撃力の高いのがエドだった。使用しているのがそもそも強力な攻撃力を誇るボウガンだからということもあるが、そこはボルトの所持数と価格でバランスをとっていたのだ。

 が、ここで魔法少女の爺さんが大活躍。

 アースクリエイトで石製のボルトを作りだしてしまったのだ。

 おかげでエドベッカはボルトの残数を気にして攻撃をひかえる必要がない。そりゃあ強くて当然だ。

 ここは調整したほうがいいだろうか?

 だが爺さんはズルをしているわけではないのだ。

 派手な魔法を使うことが魔道士であると勘違いしがちだが、パーティに貢献することの重要性をよく理解しているのであればおのずと爺さんのような支援型の魔道士になる。

 シャーリーというキャラクターの年齢的にそこまで渋い行動ができるかどうかという問題もあるが、そこはシャロ様の魔道士指南書にしっかりと書かれていることなので、シャーロットに憧れている女の子という設定であればなんの問題もなくなってしまう。

 それにシャロ様は即席で剣だの槍だのを地面から金属を集めてほいほい作りだしていたという話だ。さすがにそれは認められないが、石のボルトくらいならば認めざるをえない。

 つかなんで一番の爺さんが一番TRPGへの適応力があるんだ?

 こんな事態予測できるか! 


『ゴブリンとの遭遇戦を繰り返しながらも、君たちは製錬所へと到着した。

 今は誰も近づくことのない製錬所はすっかりゴブリンに占拠されているようだった』


 おれはそそくさと製錬所エリアマップを用意。

 到達直後の段階ではどれくらいのゴブがひしめいているかはわからず、ここから慎重に偵察することでその状況が次第に判明するようになっている。ここは息をひそめながら、朽ちた建物の影などからそっと様子を探っていくようなデザインになっている。

 だというのに――


「製錬所ならば煙突があるね? というわけで日が沈んでから私がそこによじ登って朝を待ち、それから遠見の筒で周囲の状況を観察しよう。どうかな?」


 はい。いきなりエドベッカがぶち壊してきました。

 行動としては単純なものだが的確である。

 日中、六人でまとまってこそこそ動き回るよりはるかに見つかりにくく、かつ広範囲をいっきに把握できる。

 妨害しようにもゴブリンは夜行性ってわけじゃないし、エドには新しく取得した特殊技能の〈夜目〉があるので夜間行動も制限がない。

 これはその設定を通すしかない。おのれ。

 エドベッカの行動により、製錬所二日目にしてエリアがどのようにゴブリンに占拠されているか判明する。

 おれは製錬所エリアのマップに、せっせとゴブのシンボルを配置。


「さて、どうするかの」


 エドが帰還してから、どのように攻略するかとバートランは問う。


「ぜんぶたおすわ!」


 ミーネは張りきっていた。

 気合いがはいっているのはいいんですけど、作戦を考えましょうね。


「まあ待ちなさい。いっぺんに戦うのは厳しい。――とは言え、いちいち戦っていくのは面倒だ。製錬所にあるもの――施設や家屋などで利用できるものはあるかね?」

「閉鎖されてかなりの年月がたっているので、施設を利用することはできません。建物も木材の部分はほぼ腐り朽ちており、レンガを積んだ建物の外壁部や鉱滓を成形したカラミ石による石垣などが残るばかりです。そのため、たとえば火をつけて辺り一面火の海にかえ、一網打尽にするといった手段は実行できません」

「儂ならまるごと沼にして沈めてやるんじゃがな……」


 マグリフ爺さんがなんか恐いことを呟いている。


「どうせ廃墟だ。有利に戦えるよう作り替えてしまうのがいいだろう」


 バートランは製錬所エリアのマップを眺めながら計画を立てる。

 こちらから動いての各個撃破ではなく、有利な状況を作り、そこにおびき寄せて戦う。

 ようするに陣地を作ってしまうということ。

 後ろに抜かれないよう狭い場所を塞ぐようにバートとダリスを配置。

 その後ろに回復役のアル。

 高い位置に遠距離攻撃ができるエド。

 戦闘に参加させるゴブの数を調整することに専念するシャーリー。

 予想外のところから敵が来ることを想定して遊撃のミーネ。

 それを見て、製錬所のゴブたちじゃあこのパーティをここで全滅させるのは無理だとわかった。

 ここは何回かにわけて攻略する状況のはずなのに、なんかいきなり攻略されてしまいそうになってる。こんな状況を作られてしまってはもう全滅させられる気しかしない。

 完全に想定外だが、もうこうなったらやるしかない。

 まずはミーネが飛びだし、適当なゴブにファイヤーアローをぶちかまし、即座に皆のところへ戻っていく。

 それをゴブが追っていき、さらに周辺のゴブも集まってくる。

 が、ゴブリンがどれだけいようが、隘路で壁となっているバートとダリスへ攻撃をしかけられるのは先頭の三体ほど。

 そうこうしているうちに、シャーリーが隘路にすし詰め状態になっているゴブたちの最後尾に土壁を出現させて退路を断つ。

 そして次のターンでバートとダリスの前に土壁を作る。

 ゴブの集団は封じ込められた……、あー、ダメだこりゃ。

 あとはゴブゴブしているところに油がばらまかれ、そして火が放たれる。

 ミーネとエドとシャーリーが混乱中の無防備なゴブリンをこれでもかと狙撃。炎上の状態異常により無防備ということで、ダメージボーナスもくわわり、ゴブリン集団はパーティに大した損害を与えることもできずあっさりと殲滅された。

 想定ではじわじわと製錬所エリアを偵察しつつ、ゴブたちを削る。

 そして一定数ゴブを倒したところで中ボスが登場するというものだったが……、いきなり中ボス登場である。


『君たちは製錬所にいるゴブリンたちを殲滅した。

 しかしそこで、これまでとは様子の違うゴブリンが君たちの前に立ちはだかる。

 そのゴブリンは人とかわらないほどの背丈があり、しっかりとした鉄の鎧と兜、そして剣と盾を装備していた。

 どうやらここのゴブリンたちを率いていた上位個体のようだ』


 登場したのは亜種のゴブリンリーダーを強化した特殊個体だ。


『ゴブリンリーダー特殊個体は戦闘を終えたばかりのきみたちに襲いかかった!』


 ――が、普通に倒された。

 ものすごく普通に戦って倒された。

 中ボスの特殊技能として製錬所エリアのゴブリンを戦闘に参加させる――〈部下を呼び集める〉という能力があったが、もう殲滅されているので効果がない。次のターンに仲間が一体増えるという効果の〈仲間を呼ぶ〉の能力ももっていたが、今更一ターンつぶして瞬殺される仲間一体呼んでどうするのという話になる。

 そんなこんなで、今までより強めの敵、という印象だけを残して中ボスのゴブリン亜種は普通に倒されるという結果になった。

 なんだかちょっと切なくなってきた。


『製錬所を占拠していたゴブリンとその指揮官をたおした結果、製錬所はきみたちの拠点として利用できるようになった。

 きみたちは製錬所を制圧した証拠として、ゴブリンリーダーの首を持って帰ることにした』


 結局、ミーネたちは到着早々に製錬所エリアを開放してのけた。

 実に想定外な事態ではあったが、まあいい、鉱山エリアからが本番なのだ。

 言わばここまでがこのゲームの遊び方を理解するためのチュートリアルのようなもの。

 今は勝利の余韻に浸っているがいい!

 などと、おれが密かに思うなかミーネが率先して戦利品の回収にはいる。

 倒したゴブリンからの魔石、そして一体につき一回のダイスロールでレアドロップの判定がある。

 ダイスロールをまかされたミーネは見ていて心配になるくらいはしゃぎ、嬉々としてサイコロを転がすとその出目に一喜一憂していた。

 うむ、この娘さんは射幸心を煽るものに耐性が低いようだ。

 ちょっと将来が心配である。

 製錬所エリアにいるゴブたちは普通の敵なのでレアのドロップ率は低くなっていたが、それでも宝石の原石を六個獲得することができ、ミーネはご満悦だ。

 そして亜種からは装備していた鎧と兜、剣と盾を回収する。

 剣はバートが、盾と兜と鎧はダリスが使用することになる。

 確定の宝石ドロップ、その個数を決めるダイスロールで四個の宝石を獲得し、ミーネはたいへん喜んだ。

 一行は今日はこのまま製錬所で一泊することになり、そのままレベルアップ作業にはいる。

 現実ではそろそろ夕食の時間となっていたが、みんなレベルアップしたキャラクターの構成に夢中になっていてそれどころではない。なので昼と同じようにサンドイッチなどの軽食をここに運ばせて食べながらの作業となった。

 レベルアップ作業と夕食をすませてから、一行はこれからどうするかの相談を始める。

 道具類は少なくなったが、拠点を得たことで体力や魔力は万全の状態だ。


「当初の予定は製錬所エリアを偵察して町へ帰還するという計画だったが、食料もまだあることだし、亜種があれならこのまま鉱山を偵察していってもいいのではないか?」


 バートランの提案にエドベッカがうなずく。


「そうですね。このまま町に帰還するのはもったいない。ようやく亜種が一体でてきたということからして、この群れはまだそれほど育っていないということでしょうし」


 えー……、なんか当たり前のように群れの状態を見破ってきた。

 このゲームがなるべく現実に近くなるよう設計されているため、現実の知識と経験から提示していない事実まで推測されるという状況をうんでしまう。

 まあプレイしているメンバーがこのメンバーだから、というのが原因だから仕方ないのだが。


「ねえおじいさま、どういうこと?」


 ひとり話が理解できず置いてきぼりのミーネが、祖父の袖をちょいちょいひっぱって尋ねる。


「ん? ああ、そうか。つまりだな……」


 バートランは顎髭をなでながらどう説明したものかと考え始め……、ふとおれを見る。


「……」


 そのままじっと、無言の圧力をかけてくる。

 ミーネは祖父の顔をみあげていたが、その視線の先をおっておれを見た。


「「……」」


 無言の圧力が増加した。

 わかったよもう!


「あー、じゃあ簡単に説明するよ」

「うんうん」

「えっとな、魔物の王種ってのはその種族によって特性を持っているんだ。例えばそれは、単純にその種のものすごく強い個体というものだったり、そんなに強くはないけど出現することによってその群れ全体を強化するものだったり――、ゴブリン王種はこの群れの強化の特性だ。最初は亜種がちらほら出現するくらいなんだけど、最後には王よりもはるかに強い個体がぽこぽこ生まれだして、それにあわせて配下の数もとんでもないことになる。ここまでいってしまうと、もう国や冒険者ギルドが本気で討伐隊を編成しておくりださないといけなくなる。でもこのお話のなかでは、本拠地にしている鉱山のすぐ近くにある製錬所でやっと一体だけ亜種がでてきた。ということは?」

「まだそんなに群れが強くない?」

「そう。そういうこと」


 冒険者見習いの子供たちが、戦いの果てに討伐できるぎりぎりの段階というわけだ。

 まあ両親が言うには、もしゴブリン王とタイマンできるならうちで魔術を習得したときのミーネでも倒せるだろうとのこと。

 ゴブリン王自体はそんなに強くないのである。

 いや、これはミーネが強いのか?


「とは言っても、町に住んでいる普通の人からしたら充分すぎる脅威なんだ。ゴブリンの強さってのは群れだからね。正面からだけじゃない、横からも後ろからもいっせいに襲いかかってくる。さっきミーネたちはたくさんのゴブリンと戦って勝ったけど、もしこれが広々とした場所でなんの作戦もなかったらかなり危なかったよ?」

「そうなの?」


 きょとんとするミーネに、バートランがうなずいて見せる。

 このパーティはまだ苦戦すらしたことがないが、それは地力が高いというわけではなく、有利に戦う状況を作りだすのがうまいためだ。

 攻撃される前に殺す。

 攻撃されにくい状況にして殺す。

 ミーネはわかってないがこのパーティは「こんにちは! 死ね!」的な超攻撃型パーティなのである。


『話し合いの結果、君たちは明日ゴブリンが占拠している鉱山を調査することにした。

 そして翌日、一晩ゆっくりと休息をとったために体調は万全だ。

 出発した君たちが鉱山の入り口へとたどり着いたのは昼を少しすぎたあたりだった』


 おれは鉱山の入り口だけが書かれたまっさらな方眼用紙を用意。


「ここからは進んだ道を記入しながらの進行となります。坑道内は狭い場所もあり、場所によっては二人並ぶのが精一杯のような通路も存在します。侵入前にまずはパーティ内の陣形を決めてください」


 そして決定された並び順はエドとダリスが先頭、アルとシャーリーが続き、最後尾をミーネとバートというものだった。

 ふむ、斥候役が先頭になるってのはやっぱり常識なのかな。


『きみたちは鉱山の入り口の様子をうかがった。

 見張りなどはいないようだ。

 貨車を走らせるためにしかれたレールは完全にさびて朽ちはて、その痕跡が君達を鉱山内部の暗闇へといざなうように続いている。

 坑道内は非常に暗く、奥をうかがい知ることはできない。

 ただの廃坑のようではあったが、歩きやすくするためか、まだ朽ちきってはいない木の板が通路に並べられている。

 このことから、奥になにかが潜んでいることが推測できた』


「ふむふむ。永光灯の出番だな。魔石もたっぷりある」


 魔道具が活躍するのが嬉しいエドベッカはちょっと声がはずんでいた。

 そして一行はいよいよ鉱山内部へと侵入する。

 が――


『きみたちはそっと坑道内に侵入してゆく。

 しかしそのとき、重みによって木の板がへし折れた。

 落とし穴の罠だ。

 木の板は罠を隠すためのものだったのだ』


「ええ!?」


 なにそれ、とミーネが声をあげる。

 まったく予想もしていなかったようだ。

 驚いていただけたようでなによりです。はい。

 まあファンタジー系のTRPGをやったことがある人なら「木の板が通路に? あーこれ絶対落とし穴だわ。調べる調べる」で予定調和のように突破される程度のものだが、ミーネたちには効果があった。

 これまでが楽勝だったから油断していたのもあるかな?


『先頭を歩いていたエドとダリスが落下する。

 穴の底には槍のように尖らせた木が待ち構えていた』


 おれはダイスをころころ。

 二人に与えるダメージを判定する。

 これは単純な罠だが、現実ならば即死もありえる凶悪な罠だ。

 なのでダイス二つが両方6なら運悪く喉を貫かれたとして即死。

 しかしおれのダイス運は悪く、大ダメージながらもエドとダリスは生き残る。


『さらに穴には侵入者を知らせる鳴子がしかけてあった。

 坑道内にカラカラと音が鳴り響き、奥からゴブリンの集団が押し寄せてくる』


 というわけで強制戦闘開始である。


「エドとダリスは尖った木が体に突き刺さった状態になっているため戦闘に参加できません。二人を救出するためにはまず押し寄せたゴブリンたちを殲滅する必要があります」


 落とし穴を挟んで隘路での戦闘だ。


「うむむ、そうじゃのう。ひとまず落とし穴の向こうにアースクリエイトで壁を作るか」


 シャーリーが坑道内に壁を作りだし、ゴブリンたちを押しとどめようとする。

 狭い坑道内だ。実に効果的である。

 だが、さすがにそれくらいならおれも想定できること。

 なので対策もちゃんとしてある。


『ゴブリンメイジが土の魔術によりシャーリーの作りだした土の壁の破壊を試みる。

 土属性の障壁であるストーンウォールとは違い、その壁はアースクリエイトによって成形されたただの土であるためゴブリンメイジによって破壊されてしまった』


「おお!? うむむ……」


 おぉ……、初めてマグリフが渋い顔になった。


「ねえねえ、あれは使えないの? あの、なんだっけ? あれ!」

「あれって……フローズンアクシデント?」

「そう!」

「使えるけど、この状況をどうにかするための案が浮かばないことには意味がないよ?」


 フローズンアクシデントはいつでもどんな状況でも使用できる。

 ただし、その状況をイメージして宣言できれば、だ。


「儂ならともかくシャーリーではさすがにみんな埋まりかねん……」


 マグリフも状況を打破するイメージが浮かばないようだ。

 たぶん落盤させてどうにかしようと思ったのだろうが、坑道の天井を一部崩落させてそれからどうなるかは完全に運まかせ。下手すれば大崩落。みんな埋まる。なのでその行動に対してのフローズンアクシデントは認められない。

 まだ無事なバート、ミーネ、アル、シャーリーの四人で応戦するものの、やはりこれまで戦闘を有利に進めるための要であったシャーリーのアースクリエイトが封じられているのは致命的となった。

 結局、ミーネたちはここで初めての全滅を体験することなる。


「むぅー、なんでよー……」


 ミーネはすごく不満そうだ。


「ゴブリンとはいえ、王種までいる群れはこれくらいの備えはしてくるんだよ。本拠地なのに見張りがいないとか、わざわざ板が敷いてあるとか、そのあたりをあやしまないと」

「本当だったならこんなのひっかからないわ」

「そう考えるのは危ないな。想像できないということは、意識のなかにその状況を思い描けないということ。つまりそれは実際にその場にいても、その違和感に気づくことができないということなんだ。頭のなかに、罠はあるもの、としっかり刻み込まれていないとけっこうあっさりひっかかってしまうものなんだよ――、って父さん言ってた」


 まあこれだけ盛大に全滅する羽目になったのだ、ミーネの意識のどこかに罠という存在の危険性がひっそりと刻まれはしただろう。


「さて、それじゃあミーネ、ちょっとおでこだして」

「んー? こう?」


 ミーネが前髪をかきあげて見せたおでこに、おれは渾身のデコピンをお見舞いする。


「あたっ! なにするのよ!」

「全滅してしまった罰です」

「なんでわたしだけなの!」

「パーティのリーダーはパーティの責任をおうものだからです」

「むぅ……」


 ちょっと赤くなったおでこをさすりながら、ミーネは不満そうではあったが、それ以上文句を言ってくることはなかった。


「さて、全滅してしまったわけですが、フローズンアクシデントの回数を消費して拠点をでる直前まで時間をさかのぼることができます。というわけで、場所は鉱山内から解放して拠点となった製錬所からです。どう行動しますか?」

「ふむ、そうだな。入り口付近の状態はわかったわけだし、さらに奥を調べるため留まるには食料が足りん。一度町に戻るとしようか」


 バートランの提案に反対はなく、一行は町へと帰還する。

 しかし、帰還してひと休みというわけにはいかない。

 製錬所エリアを攻略してから町に戻ると開始されるイベントがあるのだ。


※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/17

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/05/06

※さらにさらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2020/05/22

※さらにさらにさらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2020/05/30

※さらにさらにさらにさらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/04/11

※さらにさらにさらにさらにさらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2022/07/02


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