第715話 閑話…ディスカード
今回は2話同時更新、こちらは2/2です。
バベルの塔を囲み、防衛戦を継続する六門軍。
危うい場面もあったが、それでも戦線を崩壊させることなく押し寄せるスナークの群れと戦い続けていた。
これまでにいったいどれほどのスナークを葬り、地面を黒く染める染みへと変えてきただろうか。
数えることなど馬鹿らしくなるほどの数を倒してきたのは間違いないが、それでも押し寄せるスナークの勢いは留まるところを知らず、まるで無限に湧いているようにも思われた。
しかし、この状況は庭園の訓練で体験済み。
もし訓練無しであったなら、例え星芒六カ国の軍が果敢に立ち向かうとしても、付け焼き刃となる者たちの士気が下がり、臆病風に吹かれ始めていたかもしれない。
だが、今も戦う者たちの中に、諦めを感じ始めた者はいない。
それは庭園での実戦訓練を経験しているというのも大きいが、この三日、必死になって備えてきた仲間たちと共に戦っているという心強さ、例え致命的な外傷を負ったとしても庭園に戻されすぐに復帰できるようになるという安心感、そしてただ一人この塔へ辿り着こうとしたデヴァスの勇姿が脳裏に焼き付いているからであった。
そして、そのデヴァスは今も戦っている。
塔から離れた上空にて、暗黒竜に痛めつけられ続けているのは、偏に作戦成功のため、こちらに暗黒竜を近付けさせまいとしてだ。
このデヴァスの他にも、バンダースナッチを受け持ち戦い続けている者はいる。さすがに黒騎士アズアーフのように一人で一体を受け持つ者は居ないが、専門のチームが今も戦い続けている。
すべてはレイヴァース卿が約束した六時間を耐えきるため。
六時間、それは活動を停止したスナークが復活するまでのおおよその時間だが、レイヴァース卿はこの六時間で決着をつけると約束した。
そして――、もうすぐその六時間である。
この時間をすぎると、地面の染みとなっているスナークが復活し、戦況は混沌とすることだろう。
だが、そうなってしまったならば、そうとして受け入れるまでだ。
退いてどうなる。
自分たちには戦い続けるしか道は無く、そこから外れてしまえば己の魂を裏切ることになる。例え生き延び、その後にレイヴァース卿が決着を付けたとしても、残る人生はただ悔いるだけになるだろう。
それに、死んでも諦めなければ、あのデヴァスのようにまた戦えるようになるかもしれない。
できればそうあってもらいたい。
共に戦う戦友のために、レイヴァース卿との約束を果たすために。
死ぬことができぬものどもと、それに立ち向かう死すらも受け入れた者たち。
この戦いは――。
何の前触れも無く、唐突に終わることになった。
突然の落雷。
いや、そんな生やさしいものではない。
その衝撃で戦っていた者たちの多くが薙ぎ倒されるほどの衝撃を放つ轟音であった。
何が――、と突然のことに混乱する者たちは見る。
バベルの塔から天へと伸びる雷の柱――、いや、それは柱と言うよりも木の幹のようであった。これに既視感を覚えるのはかつてベルガミアのスナーク戦を戦った者たちである。
しかし、今回はその時の比ではない。
天を貫くような雷の大樹はどこまでも枝を伸ばし、古代都市を覆う瘴気を、スナークを、瞬く間に光へと転じさせ、その結果、空からは温かい日の光が降りそそぐようになった。
その光景はもはや奇跡としか表しようが無く、目の当たりにした者たちの誰もがそれまで戦っていたことも忘れ、茫然と魅せられるばかりになってしまった。
そして、この変化は瘴気領域だけに留まったものではない。
雷の大樹は天に枝を伸ばすと同時、バベルの塔を下へと貫き、地中へとその根を伸ばしていたのだ。
大樹の枝と根はどこまでも広がった。
古代都市ヨルドの変化にしばし遅れ、その影響は迷宮都市エミルスの地下、迷宮庭園にも及び、未だ転送されてきたスナークの群れと戦い続けていた黄門軍の各部隊も、スナークたちが精霊に転じる様子を見たことで決着がついたのだと悟る。
すべてを終わらせる――、と彼は言った。
なるほど、これがその『すべて』だったのか、と、この変化を目の当たりにした者たちの多くが漠然とながら認識する。
千年以上もの昔に端を発した、誰にもどうすることも出来なかった『歪み』を、彼は今日終わらせたのだ。
宣言通り、約束通り。
世界は浄化されたのだ。
「……友よ、やはり神殿くらいあって然るべきだろう、これは……」
庭園の展望台にて、クーエルの映像でヨルドの様子を確認した各国の王たちもまた茫然とするばかりだったが、その中で竜皇ドラスヴォートはそう呟くことになった。
神ではないとかもうそういう問題ではなく、ここまで世界に影響を与えたのならば、それくらいの扱いとなる方が自然ではあるまいか。
彼は導名を得ることを望んでいた。
これならば、その望みも叶うことだろう。
そうドラスヴォートが考えるのも当然だが、残念ながらそれは不可能な話であった。
導名を得るべき彼はもう居ないのである。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/04/27
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/03/09




