第714話 14歳(春)…奥の手
今回は2話同時更新、こちらは1/2です。
「やったか?」
「やったかしら?」
「やったのでしょうか……」
「やれたのかのう……」
「わふ?」
「いや皆さん、そんなフラグいりませんから! そこは『やったな!』とか言っておいてくださいよもう!」
悪神が消滅(?)したあと、俺たちは口々にその心境を呟いたのだが、どうもシアはそれが気にくわなかったようで宝石の中でジタバタしながらそう言ってきた。
まあともかく、今ならシアが閉じ込められている宝石を調べることができる。
俺たちは宝石の前に集まり、まずはぺたぺたと触れてみた。
感触は完全に石だったが、俺が手を置いた位置にシアが自分の手を重ねると、すぐに温もりを感じるほど宝石の『壁』は薄かった。
「すぐにでも壊せそうな気がするけど……、悪神とやりあってるときの余波ではびくともしなかったからな、へんてこなことになってる、ってわけか。シア、そっちから自力で出るってのは無理なんだよな?」
「無理ですねー」
「本気出しても?」
「本気だすと進行が早まるっぽいです。ほら、私の『世界を喰らうもの』が計画の要なわけですし」
「やっぱこっちから何とかしないといけないか。でも下手にぶっ壊そうとしておまえにまでダメージが行くとまずいし……」
「ねえねえ、シャロがえいってこっちに転移させたらいいんじゃない?」
「それでいけるかのう……。やるのはもちろん構わんのじゃが、少しくらい調べてみねば恐いな。どんなことになるかわからんからのう。まずは……、そうじゃな、こちらから何かそちら側へ転移させられるか試してみることにするかのう。たぶん無理じゃろうが」
「あ! じゃあ私! 私! シアの方へ行ってみたいわ!」
「お主、わしの話をちゃんと聞いておったか……?」
ひとまず、宝石の調査はチャレンジ精神旺盛なお嬢さんに戸惑うシャロに任せるとして、俺は宝石から手を離し……、って何でシアは不服そうなんだ。ともかく手を離し、足元にいるバスカーを撫でる。
「わん!」
「よしよし、よく頑張ったな。おまえは屋敷に戻すから、皆にもうすぐ終わるよって伝えて……、まあ頑張って伝えてくれ」
「わふ!」
バスカーを撫でくり回したあと、王都屋敷へ転送する。
そしてふと見れば、シアはちょっと不安そうな感じになっていた。
「大丈夫だよ。もしかしたら何とかなる方法と、絶対なんとかなる方法があるからな」
もしかしたら何とかなる方法は縫牙をプスッと差してみるというものだが、これで宝石が風船みたいにパーンッと爆ぜたりしたらシアがどっかにぶっ飛ばされるかもしれないので、やるにしてもシャロに確認をとってからにすべきだろう。
「ともかく、もうちょっと待て。いやまあ、そのうち俺はぶっ倒れるから、そんな悠長に待ってもいられないんだけど、そこまではかからないと思うから」
そう言ってみるものの、シアの気はまだ晴れないようである。
いや、ちょっと拗ねているのか?
もしかして宝石から手を離したのがそんなに残念だったのかと思ったが――
「ご主人さまは気にするなとか言うんでしょうが……、すみません、私のせいで立て続けに無理をさせてしまいました」
ああ、そうか、申し訳なく思っていたのか。
「そこは……、うーん、本当に気にすんなって話なんだがな」
シアがシアとして転生してきたのはアホ神の企みだろうし、いまさら元々のきっかけまで話を遡らせて文句を言うつもりも無い。
俺は微笑んでみるが……、あ、仮面かぶってるからわかんないね。
だが雰囲気は伝わったらしく、シアはちょっと笑顔になる。
が――
「ごしゅ――」
突然、シアが目を見開き叫ぼうとした。
そこで、ドッ――、と。
俺は体に衝撃を感じ、と同時に、これまで感じたことのない違和感を腹部に覚える。
ふと見やれば――、俺の腹からは血塗れの腕が突きだしていた。
そして、すぐ背後から聞こえる声。
「これは、いったいどういうことなのだろうな」
困惑混じりの、悪神の声だった。
すべては突然の出来事で、側にいたミーネ、アレサ、シャロも悪神に反応することができず、今になって反応を示す。
だが――
「下手なことはするな。今、この者の命は私の気分次第だ」
悪神の言葉により、動き出そうとした三人がビタッと固まる。
そんな中で――
「ご、ご主人さま! ご主人さま!」
シアだけが宝石の壁を叩きながら叫んでいる。
俺は何か言おうとして――
「ごふ……」
言葉の代わりに血を吐いた。
ここで仮面が顔から滑り落ち、コトンと音を立てて足元に転がる。
しかし、怪人の衣装が元に戻ることはなかった。
「ある意味、私は君に負けたのだろう。神々の力をもって私を討ち滅ぼす。なるほど、あれほどの一撃となれば、それが可能であると過信するのも無理はない。事実、私は危機感を覚え、背に腹はかえられず神域へ舞い戻ったのだから」
あの瞬間、悪神は消滅したのではなく、ただこの場から脱しただけにすぎなかった、ということか……。
「私はね、神域へ戻れば他の神々に拘束されると考えていた。不自由な思いをさせられ、計画も頓挫し、また長い年月を待たねばならないのだと。だが……、どういうことか。神々は私を拘束しようとはしなかった。静観――、静観だ。始めは、本当にどういうことかわからなかった。だがね、気づいたのだ。神々はここで下手に関わるのは得策ではないと考えていると。つまり、神々は君が私を倒すと信じていたのだ」
神々がねえ……。
ずいぶんと思い切った賭に出たもんだ。
「私は君にしてやられた。本来であれば君に敬意を表し計画を破棄するのが筋というものだろう。間違っても、ここでおめおめ姿を現すなどあってはならぬことだ。……だが、だがな、その神々の静観は、私の心をあまりにも逆撫でた!」
そう語ったあと、悪神は高らかに叫ぶ。
「神々よ! どうだ、これでもか! これでも彼が私に打ち勝てると思うのか! 今まさに死に瀕した彼が、まだ私を葬る牙を隠し持っているとでも言うのか!」
悪神は訴えかけるが、神々は黙し語らず。
「……ふっ、ふはは、まったく、我ながら無様なことになってしまったものだ! ああだがしかし、どうせこれで終いとなるならそれでも構わないのかもしれないな!」
悪神は空いている腕を回し、俺の喉元に手を添える。
「王女よ、よく見えるだろう? 私からは見えないのでね、よく見ておいてほしい。君を救おうとここまで来た者の末路、今まさに私によって殺されようとしている哀れな道化。どうだ王女よ、君はそれを許せるか? 許せないならば足掻いてみるといい。ああだが、君が力を使えば、それが世界樹計画の本格的な始まりとなるのだがね」
「――ッ!」
それを聞いたシアの形相は――、まあ俺からしても恐ろしいものであった。
クロアやセレスにはお見せできないな。
悪神が俺の挑戦を受けたのは、こうして俺をいたぶり、シアを焚きつけて一気に世界樹計画を進行させようという腹づもりだったようだ。
あー……、まいったね。
それは困る。
困るから……、なんとか喋らないと。
つかずっと喋ろうとしてるんだが、咳き込んで血を吐くばかりだ。
「おっと、君も何か話したいか。すまないな、気が回らなくて。ではほら、これでどうかね、少しは喋ることができるようになっただろう? 何か言い残すことはあるかな?」
余裕ぶった悪神が何かしたようで、わずかに楽になる。
それでも何とか喋ることが出来そうな程度。
長話は無理そうだ。
ならば……、ああ、そうだ。
「……コ、コボルト王が……、言った……」
「は?」
悪神が戸惑う。
いや、悪神だけでなく、飛び掛かるばかりとなっているミーネやアレサ、シャロ、さらにもう暴走を始めるんじゃないかと思われたシアですら、ここで、この状況で俺の口から出たのが『コボルト王』だったのが意外すぎて戸惑うことになった。
「コボルト王だと?」
「そ……、そう、コボルト王が、言った、んだよ……」
「それは君が討伐したコボルト王のことか?」
「あ、ああ……」
かつて俺がコボルト王を討伐したことは悪神も知っていたようだが、この状況で口を突いて出るような話題では無く、なおさら困惑することになったようだ。
「ふむ、意識が混濁しているのか……」
悪神はそう納得するが、そんなことはない。
体調は死にそうなほど絶不調だが、意識の方はこれまでに無いくらい冴えている。
「それで、コボルト王は何と言ったのかね?」
おかしくなったとは言え、自分に挑んだ者が語る最後の言葉だと思っているからか、悪神は聞いてやろうと促してきた。
「……よくも、やってくれたな、と」
「ああ、なるほど」
合点がいったのか、悪神は鼻で笑いながら言う。
だが――、まだだ、これで終わりではない。
「そして、よくぞやってくれた、と……」
「……?」
悪神が困惑する。
理解したと思ったところに、またしても不可解な言葉。
意味がわからず意識がそれる。
「――ッ」
ここだ。
この油断――、この一瞬が欲しかった。
触れられる距離での悪神の油断、これを実現させたかったのだ。
すでに瀕死の俺であったが――
「――ッ!」
ここで全身全霊、必死の思いで自分の腹から突きだしている悪神の右手に特殊な形状の短剣――縫牙を突き立てた。
「な――、なっ、な!?」
最初の驚きは俺の反撃にだろう、そして次の驚きは自分の体が動かなくなったためにだろう。
効いた。
やはり効いた。
わずかな時間であれば、神であろうと縫いとめられるのは武具の神で実証済みだ。
まったく、神々はいい仕事をしてくれたものだ。
悪神が大人しく諦めて神域に篭もっていたら、こうして縫いとめることはできなかったのだから。
「は、はは――、かはっ……!」
笑ってやろうとしたが、残念、満足に笑う前に血を吐いた。
すると――
『やれやれ、満足に笑うこともできぬか』
ここで、地面で黙りを決め込んでいた仮面が喋り始める。
『せっかく我が気を利かせ名演技をしてみせたというのに、これでは台無しではないか。よし、では我が代わりに笑うとしよう』
俺の顔から仮面が落下したのは、やられた、もうダメだ、という悪神の油断を誘うための演技でしかなかったのだ。
『ふはははははははははッ!』
ここぞとばかりに仮面は笑い、そして告げる。
『どうだ、動けまい、逃げられまい! 残念だったな、悪神よ! 貴様の命運は挑戦を受け入れた時点で決まっていたのだ! 汝を葬ることができたと、我らが油断していると思ったか? 否、それこそが罠、それこそが妙、貴様を確実に葬るための仕掛けはこれからだ!』
「そ、そんなものが――」
『ある! あったのだよ! ずっとずっと、この地に下り立つ以前からずっと我らは持っていた! あまりに危ういと、神々が寄って集って蓋をしたほどの力をな!』
神々の恩恵は俺を強くするために与えられたものではない。
俺が『力』を暴走させないようにと、リミッターとしての役割を期待されて与えられたものだ。
これまで使って来た『力』は、そのごく一部だけでしかなかった。
すべて使えば身が持たないから。
だが今は、リミッターとなる恩恵が『攻撃』――つまりは放出に設定された今ならば、俺は『力』をすべて使うことができるのだ。
俺はもう死ぬ。
だからこそ、俺は生まれて初めて全力で力を振るうことができる。
『悪神よ、貴様は耐えられるか? 大神すらも受けることを嫌がった雷に!』
「なん――!?」
暇神にとってシャロが霊廟の底から放った攻撃は脇を突っつかれる程度のものでしかなかったが、俺が怒りにまかせてぶっ放した雷撃はきっちり元々のシア――死神を盾にして防いでいた。
つまり、俺の全力は大神にも通用するのだ。
「――ご、ご主人さま、待って! ちょっと待って!」
シアが必死になって宝石の壁を叩きながらやめろと言ってくる。
「ちょっと! こんなの聞いてないんだけど!」
あー、ミーネは怒ってるな。
「ああもう、馬鹿なんだから! と、ともかく……、ア、アレサ! まずは傷をどうにか――」
「猊下が自分で悪神の腕を縫いとめてしまっているんです!」
それでは治療のしようが無い――、アレサが怒鳴るように言い返す。
「婿殿、待て! 他にやりようがあるはず! じゃから、じゃから――、ああ! こんなことをずっと考えておったのか!」
皆は必死に止めようとしてくる。
でも、そうはいかない。
ここは――、あれだ、どうしてもやらなきゃいけないところだから。
大切なものは多い、だから、ここで手放さないといけない。
これでさよなら。
あとはまあ……、きっとうまくいく。
そこに俺が居ないのは少し寂しいところではあるが、これについては諦めるしかない。
もうろくに首も動かせない俺は、最後にシアへ微笑みかける。
取り乱すシアに何か言ってやりたいところだが、また満足に喋れなくなってしまったので別れの言葉を告げることもできない。
いや、必要ないか。
ならば――
「(悪いが付き合ってもらうぞ)」
『(かまわんさ。汝の望みは我の望みでもあるが故に)』
そうか――、そうか。
では、そろそろ縫牙も限界だ、始めるとしよう。
いよいよとなると、シアも感じ取ったのかますます声を上げる。
「やめて! それはやめて! やめてって言ってるのに、何で!」
悪いな、それは聞けん。
「や、やめろ! 仲間も道連れにするつもりか!」
はは、バカめ。
ここに居るお嬢さん方に、生身の俺が放つ雷撃なんぞ効かんわ。
まあ教えてやる義理はないな。
では――、最後に。
俺はかつての強敵――コボルト王ゼクスに心の中で告げる。
今こそおまえの濁点をもらう、と。
「……さ、さあ咲き、誇れ……、そして、散れ……!」
「やめ――――ッ!」
宿した力、〈厳霊〉の全解放。
それ即ち――
「〝雷我〟」
※誤字脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/11/23
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/11/24
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/03/09
※さらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/05/16
※さらにさらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/08/12




