第713話 14歳(春)…切り札
ああ、俺よ、昔の俺よ。
おまえは想像もしなかったな。
まさか思いつきで作った仮面かぶって世界を救うことになるなんて。
『(さて、ここからが正念場だ)』
あと、勝手に喋りだすとかもな!
「ふむ、君はその姿になることで、これまで幾つもの困難を乗り越えてきた。だが、果たして私に通じるかな?」
「もう通じるか通じねえかじゃねえんだよ。こうなったらもうなりふり構わずどうにかするだけなんだよ」
悪神はまだその力をほんのわずかにしか見せていない。
と言うか、たぶん神になる前に身につけた技で俺をあしらっているだけなのではないか。
実のところ、それは望ましい展開だったりする。
それに、悪神は俺がぶっ殺しに来ていることを知っているため、この程度の実力でも勝ち目のある手段を持っていると予想しているはずで、その警戒もまた望ましいのだが……、油断はできない。
相手は狡猾な悪神だ、ふとしたきっかけでこの状況に何か違和感を覚えてしまう可能性もある。
だから、俺は悪神を騙し続けなければならない。
そのためには、それっぽく健闘して見せる必要もある。
と言うわけで絶技を駆使して奮闘しようと思うのだが、絶技は割とまともなものから、正気では使えないものまで色々とある。
半熟魔王ガレデアの時は特に気にせず――、いや、俺の意志を無視して亡霊たちが次々に使いやがったが、今回はそういうわけにはいかない。
確実に悪神の見切り――『後出し寸勁』とでも言うような剣術に対抗できる技でなければならないし、それ以上に、相性の悪い技は絶対に使ってはならないのだ。
例を挙げるとすれば、ケツで剣を受け止めるなんて常軌を逸したあの技、あれは相性が最悪だ。
理由は単純、悪神の攻撃が二段階だからである。
要は悪神の剣をケツで受け止めたとしても、こちらが攻撃に転じる前に次の攻撃――寸勁が来るわけで……、結果、俺は筋骨隆々のお婆さんに拾われた大きな桃と同じ運命を辿ることになる。
大惨事だ。
俺ばかりか、ひいては世界にも大惨事が訪れることになる。
だから、まずは『これならば大丈夫』という絶技を選ばなければならないのだが……、よし、まずはこれだ。
「うおぉぉぉ……!」
覚悟を決め、俺は力を溜める。
「おぉぉ――、フォォォ――――ウ!」
唸り声が途中から奇声に変わってしまうが、もうこの際どうでもいい。
俺は全身を激しく微震動させ、この行動によって生まれた力を魔剣に送り込む。
するとどうだ――
「わわわんわわわわんわんわん……!」
魔剣まで激しく振動を始め、たまらずバスカーが震えた声を出し始める。
そして俺は困惑する悪神めがけ再度突撃。
「フォウフォ――――ウ!」
「むっ――」
悪神は俺が繰り出した攻撃を受け止めるが、超微震動を続ける剣に対してはカウンター――後出し寸勁を決められない。
振動剣。
寒いと震える、震えると温まる、きっとそれは振動が特別な力を生みだすのだと考え、真冬の雪山で素っ裸になって震えていたら完成したという、最初の着想以外はもうすべて間違っているのに世に魔素とか魔力があるせいで何故か完成してしまった絶技だ。
「くっ――」
予想した通り、振動剣は悪神にとってやりにくいらしく、続けて二撃、三撃と打ち込むも、受け止められはするが後出し寸勁を出されることはなかった。
『(奴は回避よりも受けることが反撃の主軸となっているようだ。攻められては面倒……、ここは押せ!)』
「(言われなくても……!)」
ささやかではあれどせっかくの優勢、ここは逃したくない。
だが悪神もやりにくい攻撃を受け続けるつもりは当然無く、一旦距離をとって仕切り直そうとする。
『逃すな!』
「おう!」
後ろへと跳んだ悪神を追うように、俺は突きを繰り出す。
もちろんただ踏み込んでの突きではない。
もう全身全霊、跳躍しての自分ごと。投げられた槍、放たれた矢のように剣の切っ先から足の先まで真っ直ぐ一直線になって飛んでいくという――、まあ、要は絶技で、一応、岩山を貫通する威力がある。
さらには振動剣も継続しているため、見た目は実にふざけたことになっているが、この突きの威力は相当なものになっているはずだ。
「なん――!?」
悪神が露わにした驚きは、この技の威力を感じ取ったからか、それとも俺の攻撃が奇抜だったからか。
だが、驚きつつも悪神は俺の突きを受け止め――
「――効かん!」
得意の後出し寸勁。
威力が乗った剣――ってか俺ごと弾き返した。
「ぐあ!」
反撃を受けるなんて考慮にない技だ、吹っ飛ばされた俺はろくに体勢を立て直せず、妙な格好で床に落下して二、三転がる。
「この私に何度も同じ技が通じるとは思わぬことだな」
追撃こそしてこなかったが、その悪神の言葉は俺に動揺を与えた。
野郎、あの数回で振動剣を見切りやがったのか。
となれば今の突きは悪神にとって、ただの奇抜な突きでしかなかったのだろう。
まいったね、絶技も効くのは二、三回かよ。
これ、どうしようもねえんじゃねえか?
『(諦めるな! 完全に見切ったわけではない。我の見立てでは、奴には0.1秒の隙がある……!)』
それで俺にどうしろって言うの!?
いくら意識が加速していても、反応が良くなっていても、さすがに0.1秒は無理だ。
せめて1秒にしてくんねえか。
つか1秒とかじゃなくもっとでかい隙が必要なのに。
さらに言えば、隙ってか悪神を何らかの方法で押さえ込んでおく必要がある。
そのためには……、うん、何も思いつかねえなこれ。
何とかしてシアを解放してから挑んだ方がよかったかな?
そんなことを考えたとき――
『横に跳べ!』
仮面が鋭く告げ、咄嗟に俺は跳ぶ。
と同時――
「〝空牙〟!」
風の斬撃が俺のいた場所を通過、そして悪神に迫る。
「ふん!」
悪神は剣の一振りでその斬撃を打ち破り、そして笑う。
「お仲間が間に合ったようだな」
仲間――。
下の階に残してきたミーネ、アレサ、シャロが追いついて来てくれたのだ。
でもミーネちょっと酷くない?
「なにもう戦ってるのよ!」
俺は文句を言おうとしたが、先にレディの仮面をつけたミーネに怒鳴られてしまった。
さらには――
「猊下、一人で挑むのは……」
「婿殿よ、それはちょっと無謀じゃろう」
アレサとシャロにもお小言をもらうことになった。
「まったくもう、ここは私たちが合流するまで、なんかお喋りでもして間を持たせるところでしょう!」
そうしたかったんだけどねぇ……!
「で、状況は!?」
「悪神がなんか計画を諦めて帰ろうとしたから、喧嘩売って引き留めて戦い始めたところ」
「どういうことじゃ!?」
「ともかく、あとは悪神を倒せば終わりってこと!」
「なるほど、それはわかりやすいわね!」
この説明でミーネはすんなり納得したが、アレサはそうもいかずちょっと困り顔である。
「猊下、倒すと言いましても……」
「アレサよ、倒せるような相手ではないことは婿殿もわかっておるよ。それでもなお倒すと言うのじゃ。結局、何をするかは教えてくれなんだが……、やれるんじゃろう?」
「やれる。ただ――、ね。ちょっと準備に手間取ってるところ」
「わしらはどうすればよい?」
「準備が整うまで時間を稼いで欲しい。あと……、シアが仲間はずれにされてると感じてふて腐れてるみたいだから、手でも振ってやってくれ」
「よしきた。少しばかり神々の力を無駄遣いしてしまったが、婿殿の準備が整うまでの時間くらいは稼げるじゃろう。では……、ミーネ、そしてアレサよ、途中、簡単にしか説明できなんだが――、やるぞ」
「いつでもいいわよ!」
「かしこまりました」
三人はシアに手を振ってやってから、臨戦態勢に移る。
そんな三人に、俺は現在わかっている悪神のやり口――後出し寸勁について簡単に説明した。
「うん、よくわからないけどわかったわ!」
おそらく接近戦に臨むであろうミーネだが、大丈夫だろうか。
「では……、行くぞ!」
シャロが告げ、悪神に向け杖を突き出す。
その瞬間、悪神は剣を正面にかざし防御の態勢に。
なんだ、と思った時、ドンッという重い音と衝撃が発生した。
シャロは俺に感知できない攻撃を放っていたようだ。
「ははっ、これは少しきついな!」
悪神は笑いつつ、そこから剣を振るう。
それに伴い、ゴッと何か力の奔流がこちらへと放たれるが――
「撃ち合いじゃ!」
そう来ると読んでいたシャロは同様の、しかし威力を上げた攻撃を放つ。
それは後出し寸勁――って言うか何でもカウンター――を貫き、そのまま悪神へと迫った。
さらに、悪神の背後には、今の今までここに居たミーネがいつの間にかシャロによって転移させられており、すでに剣を振りかぶっている。
「てりゃー!」
シャロとミーネの挟撃。
これなら悪神に手傷を負わせられるのでは、そう思ったが――
「まだまだ!」
悪神は左の拳でシャロの攻撃を粉砕し、右手の剣でもってミーネの攻撃を受け止めると、そこから後出し寸勁で弾き、ミーネの体勢を崩す。そして追撃。だが、そこでミーネはその場から消失する。
「むぅ、ちょっと斬られた!」
そのミーネの声はすぐ近くから。
あの瞬間にシャロがこちらへ転移させて戻したのだ。
「ミーネさん、傷は浅いですよ」
「傷はいいんだけど服が!」
アレサに治療を受けたミーネだが、服の二の腕あたりがスパッと切れてしまっている。
でもまあ、特殊な服だ、それくらいなら自然に復元されるだろう。
「シャロ、もう一回よ!」
「うむ!」
ミーネとシャロは再度悪神へ挑む。
シャロが攻撃を加えつつ、ミーネを自在に転移させ同時攻撃、あるいは追撃させるというやり方らしい。
アレサは俺の守り兼回復役というところか。
『ここは三人に任せるのだ。今の内に、急げ』
「ああ」
この状況ならば――、もう大丈夫だろう。
三人に悪神の相手を任せ、俺は意識を集中させる。
「さらば古きものよ」
簒奪のバックルを起動――。
ここまではこれまでと変わらない。
だが、今回はこれまで自身の保護――『守り』に回していた神々の力を攻撃用とする。
これまで一度もやらなかった――やれなかったことだ。
俺……、いや、俺と仮面は細心の注意を払い力を制御。
何しろ、しくじったら意味も無く自滅である。
ここまできて『うおぉぉ――ッ!』からの『チュドーン!』と自爆とか、意味不明すぎてたぶん悪神もびっくりだ。
それだけは避けなければならない。
そのため、これまでのように簒奪のバックルを使い、すぐに行動というわけにはいかず、どうしても動き出せるまでに時間がかかる。
ミーネとアレサとシャロが応援に来てくれてよかった。
たぶん、それぞれ決着を付けてきたのだと思う。
殴り合いか、言い争いか、どちらにしても勝ってきたのだろう。
その『勝ち』があるから、今のこの『時』がある。
俺は三人に感謝しつつ、扱える限界までの力を魔剣に集約させる。
すると、魔剣は次第に雷を纏い光りを宿し始め、やがてはヤバい感じに発光するようになってウォンウォンと怪しい音まで発し始めた。さらにはブルブルと震えるようになり、バスカーも苦しそうに唸り声を発している。
「ヴウウ……、グルルル――、ニャーン!」
ニャーン!?
バスカーはもう限界か!?
だが、もう少しだけ耐えてくれ!
「こいつを奴にぶつける! だからみんな――、頼む!」
バスカーだけでなく、俺も仮面も限界だ。
表面張力でぎりぎりコップから水が零れないでいるような状態にあるため、もうただ向かって行ってこいつを叩き込むくらいのことしか出来ない。
「任せよ!」
「まっかせて!」
「お任せください!」
シャロが攻撃を叩き込み、ミーネが斬りかかり、アレサは俺の盾となるべく前を走る。
「受けるかどうか迷うところだが、さすがにそれはやっかいだ!」
悪神は退こうとするが、ミーネとシャロがそれを許さない。
「逃がさないし!」
振りおろしたミーネの剣が悪神の剣に止められる。
それでは後出し寸勁の餌食――、かに思われた。
だが――
「〝魔導剣〟!」
「なっ――」
悪神がカウンターを行うタイミングに合わせ、剣をぶつけた状態からの魔技にて悪神の剣を押し込み、そして弾かれるように離脱。
体勢を崩された悪神。
すでに目前。
それまで余裕を保ち続けていた悪神の表情が変わる。
まるで『戯れはこれまで』というように。
だが――
「――ッ!?」
初めて悪神の表情に焦りが浮かんだ。
何が起きたのか――
「弟の真似じゃが効果はあったようじゃな!」
シャロが叫ぶ。
弟――ベリアの真似。
それはおそらく、ベリアがアーレゲントの力を一瞬だけ抑え込んだように、シャロは神々の力で悪神を押さえ込んだのだ。
と、ここでアレサが俺の正面から横に退きつつ、駄目押しとばかりに悪神めがけメイスをぶん投げる。
これは悪神のおでこに命中、その顔を跳ねあげさせた。
「ご主人さま! やっちゃってください!」
シアが叫んでくる。
もちろんやるとも。
まさかここまで理想的にお膳立てしてくれるとは思わなかった。
これなら俺の目論見は、おそらく――。
「さらば、邪智暴虐の古き王よ! 喰らいやがれ!」
駆けながら振りかぶった剣を悪神めがけ振りおろす。
俺の力が、八神の力が宿った剣を。
「〝八色雷公〟――神殺しッ!!」
「ぬうぅぅ――ッ!!」
力を抑え込まれながらも、悪神は剣をかざし俺の攻撃を受け止める。
受け止めた。
だが、それもわずかな時間だけであった。
かざされた剣は砕け、雷光を纏う刃は悪神の肩に、さらには胸の辺りにまで食い込む。
「く――」
それでも堪えようとする悪神の目は、今初めて俺が『敵』であることを認めたように鋭いものであった。
だが、遅い。
もう遅い。
次の瞬間、悪神は水滴が一瞬で蒸発するように消えた。
同時に、ここで魔剣が限界を迎える。
パーンと粉々、光りの粒子となって弾けてしまったが、次の瞬間には俺の足元に集まって子犬の姿になった。
そして――
「わん!」
やったよ、とでも言いたげ――、いや、たぶん本当にそう思っているのだろう、バスカーは軽快に一声吠えた。




