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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
11章 『想うはあなたひとり』編
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第709話 閑話…姉弟喧嘩(前編)

 自分はこんなに強くなった――、と。

 この状況でぬけぬけと言ってきた弟に、いいかげん頭に来ていたシャロは我慢の限界を超えて盛大に怒鳴りつけることになったが、それでも、怒りにまかせて攻撃するのをなんとか堪えるだけの忍耐は残っていた。

 ひとまず彼を先に最上階へと向かわせることにしたが、しかし、血が上った頭ではどこか抜けてしまうもの。

 彼が広場を囲うようにある巨大な螺旋階段を上り始めたところで、どうしてメタマルを帰還させたのだろうと今更に考えた。


「(はて、こんな予定は無かったんじゃが……)」


 わざわざ指示してきたのだ、何かしらの意味はあるのだろう。

 今となっては聞きに行くわけにもいかず、これについては弟との決着を付けてから後を追い、合流してから尋ねることにしようと考えた。

 するとそこで――


「シャロ、今の内に少し落ち着け」


 手にした杖の杖頭から、ロシャがにょきっと頭を出して話しかけてきた。


「いいか、相手がアルフィーだからと、昔の感覚で相手をするのはまずい。今は弟ということは忘れて、これだけのことをしでかした脅威として冷静に対処するんだ」

「ふむ……」


 ロシャの言うことはもっともだ。

 しかしながら、良くも悪くも、肉親という概念は強い影響を持つため無感動であることは難しく、この辺のことは精霊であるロシャにはピンと来ないかもしれないと考える。


「(それでも、冷静にはなるべきじゃな)」


 ふと階段を上る彼を確認してみる。

 広場を駆け抜けたまではよかったが、階段を上り始めたところでずいぶんと速度が落ち、このぶんではもうしばし待機することになりそうだ。

 ここで下手に戦いをおっ始めて、巻き添えにしては目も当てられない事態になるため、ひとまず彼が最上階へと到達するまでシャロは少しばかり弟と話をすることにした。


「まったく、どうしてこうも歪んでしまったのかのう」


 昔の面影が無いと言うよりも、そもそも肉体を別人のものへと乗り換えた弟を眺めながら、シャロの脳裏に浮かぶのは、姉さんすごいすごい、と無邪気に言っていた幼い弟の姿だ。

 自分に憧れていたから追いつきたかった?

 そして追い越したかった?

 いや、それにしては歪みすぎている。

 憧れが逆転して、こんなことになってしまうほどの劣等感になってしまったのだろうか。

 一方、姉に失望の言葉をかけられた問題の弟はと言うと、シャロと、それから杖から生えたロシャを嬉しそうに眺めていた。


「いやー、懐かしいなぁ。幼い姿の姉さんがロシャと話している姿を見ると、本当に懐かしい気分になるよ。昔はそうやってよく方針を話し合っていたよね。あの頃は何を相談しているのか、私にはよくわからなかったんだけど」

「それは仕方なかろう。幼かったしの」


 とは言え、弟は賢く、才能を感じさせる少年だった。

 それでも、まさかここまでやれるほどとは、さすがに思いもしなかったが。

 魔導王を倒し、世界樹計画を乗っ取るなど、シャロ自身できるかどうかわからないこと、しかし弟はそれを成し遂げた。

 執念で不可能を可能に――。

 ある意味、それは奇跡のようなもので、そういうことをやってのける人物にシャロは救われることになった。

 もしかしたら、弟もそう成れたのかもしれないと思うと自然とため息がこぼれ、シャロは残念そうに言う。


「ここまでやれるなら、人々から称賛されるような立場にもなれたじゃろうに……」

「それについては仕方ないね」


 弟は困ったように微笑み、さらに言葉を続ける。


「どうも私は『人々』というものに対して冷淡なところがあるみたいなんだ。たぶん……、幼い頃、姉さんのことを認めない人があまりにも多かったことに起因するんだと思うよ。理解できないものを異端と断じ、排斥することで自身の安寧を得ようとする者たちの醜さは今もよく覚えている。そして、何もできない自身の無力さもね」

「……!?」


 弟の言葉に、シャロは驚くことになった。

 そんなことを考えていたとは、まったく知らなかったからだ。


「姉さんが思い描くもの、実現しようとしている世界、それはきっと素晴らしいものであったはずだ。それは今の世界を当時と比べてみればよくわかる。姉さんは正しかった。――でも、想像力のない大人たちによりよい世界を想像させる能力が不足していたんだろうね。要は馬鹿にでもわかるような説明がなかなかできなかったんだ。だから、姉さんは自分の話す事の意味を理解できる人たちに出会えるのを待つしかなかった」


 そう弟は端的にシャロの境遇を語るが、事実はもう少し複雑で、これまで存在しなかった代物、概念、そういったものはどう言葉を尽くしても正確には伝わらず、まして文明の程度が低い時代とあっては、理解できる者の方が希であるのは仕方のないことなのだ。

 このことをシャロはある程度受け入れることができた。

 だが、弟は?

 絶対にその方が良いはずなのに、それを選ばない、拒絶する、そういった人々をどう見ていたのか?

 そういう見方をしてしまう立場に導いてしまったのは――。


「私はね、姉さんの思い描くものを、自分がうまく伝えることができればとずっと思っていたんだ。そうすれば、姉さんを助けることができるし、駄目な連中も少しは動くだろうって」

「……」


 そんなことは知らない――、いや、知ろうとしなかったのか?

 だが言ってくれたら……、いや、言い出せなかったし、これについて相談する相手もいなかったのではないか。

 奇っ怪な言動で大人を困惑させる姉を助けたいなどと、幼子がいくら訴えたところで誰も耳を貸さないはずだ。


「でも、私は幼かった。それに、そこまで頭が良かったわけでもなくて、姉さんの思い描くものをちゃんと理解して、うまく説明することができなかった。私は悲しかった。どうして私は、こんなにも理解力がないのだろう。どうして私は、こんなにも惨めなのだろう」


 才能のある少年にとっても、規格外な姉の存在は眩しすぎた。

 追いつこうと努力しても、姉はさらに先を行く。

 そして、そんな姉が認められない世に対しての不信感。

 姉に認められたいという願い、そして、人の世が滅びても構わないという無頓着さ。

 一人の男が『世界の敵』になるきっかけは、この幼少期にあった。

 転生者である姉からもたらされた啓蒙が、賢いからこそ弟にとっては毒になってしまったのだ。


「(何もかもわしが悪かった、か……)」


 弟の話を聞いたシャロはすでに頭が冷え、心が怒りとはまた違った感情で乱されないようにと目を閉じゆっくりと深呼吸をする。

 当時の自分にはわからなかった。

 自分のことに一生懸命で、それを見守る弟が心を痛めていることに気づけなかった。

 あの時、大丈夫だと、お前が認めてくれているなら平気だと言ってやれていたなら、弟はその才に相応しい栄誉の中で生きられたのではないか、そう思えてしまう。

 どうして弟はこうなったのか。

 何か大きなきっかけがあった――、と思いたかった。

 でなくては、変わっていく弟に気づかなかっただけになる。

 そして、現実はそれが正解だった。

 同じ場所にいたのに、最初は繋いでいた手を離し、前だけ見て歩いているうちに、後をついてきていると思っていた弟はどこかへ行ってしまっていた、つまりは、致命的にそれだけのことなのだ。

 シャロは不意に泣きたい気分になるが、泣いたところで何も解決せず、そもそも、もう泣くには遅く、そして意味が無い。

 泣くことは認めたくない己の愚かさから意識を逸らすための逃げでしかなく、今目の前にいる弟にとっても何の救いにもならないからだ。


「(何より、怒ろうが泣こうが、これからやらなければならないことに変わりは無い)」


 シャロが閉じていた目を開く。


「いよいよ、だね」


 何かを感じ取った弟は、感慨に浸るような微笑みを浮かべながら亜空間から杖を取り出した。


「私も、ロシャみたいな精霊の相棒が欲しいと思っていたんだ。それも一つの夢だったんだけど、結局は叶えられなかったな。ロシャみたいな精霊はそうそういるものではないし、小さな精霊にしてもどうも私とは気が合わないみたいで懐かなかった。本当は姉さんのマグナ・カルタみたいに、精霊を宿らせた杖がよかったんだけどね」


 弟の杖は人の頭部を杖頭に埋め込んだ趣味の悪い代物だ。

 事態が発覚してからヴィルジオに改めて話を聞いたので、弟の杖は魔導王の頭部を用いていることが判明している。


「姉さんが全力で向かってくるとなれば、今まさにそうであるようにロシャを宿したその杖を使う。なら私も、それに相応しい杖を用意したかった。でも同じものは無理だったからね、こういうあまり人様の目に曝さない方がいい杖を拵えるのが精一杯だったよ」


 そう弟は言うが、調べたところ杖の性能は尋常ではない――シャロのマグナ・カルタと遜色のない代物である。

 ただ頭部を杖頭にしただけでああはならない。頭部を取り込んでいる杖が、頭部を触媒として機能する魔道具となっているのだ。

 覇種であった者の頭部を利用したあの杖は、魔素への干渉力が引きあげられる。それはつまりは世界への影響力が増すということであり、手にするだけで覇種の真似事――想うだけで望んだ結果を引き起こすこと――奇跡が可能となる。もちろん、使用者の魔術者としての力量が大きく影響してくるし、奇跡の程度も限界がある。

 それでも手にするだけでそれだけの効果を得られるのだ、とんでもない魔導杖であるが、一番のメリットは魔法や魔術を使用する際の補助としての機能である。

 精霊を介し世界への干渉力を高め、ひいては自身の魔導力を高めるのが魔導杖『マグナ・カルタ』であるが、弟の魔導杖『アーレゲント』は覇種の頭部を用いて同様の効果を実現した代物だった。


「その肉体と言い、死霊騎士と言い、お主は死者への冒涜が過ぎる」

「そうかな? 想いは遂げさせているわけだし、まんざら冒涜しているわけじゃないと思うよ? 関わった人が抱く想いは、なるべく尊重しているし、願い努力するならば、私は出来る限り手助けする性分なんだ。これはわりと年齢を経てからのこだわりだから、姉さんは知らないだろうね」

「そう言うわりには、想いのすべてが薙ぎ払われてしまうようなことを始めておるのはどういうことじゃ?」


 このシャロの指摘に、ベリアは肩をすくめて告げた。


「だから、なるべく、だよ。優先されるのは私自身の想いだ」


※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/11/13


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