第72話 9歳(春)…冒険の書『廃坑のゴブリン王』(前編)
『霊銀が採掘され、賑わい栄えた鉱山町があった。
かつては一万人もの人々が暮らしていた町であるが、鉱脈の枯渇にともない多くの者が去っていき、最盛期から十年ほどたった今では人口は千人ほどにまで減少していた。
残った人々のほとんどは、鉱脈が発見されるよりも前からこの山間の地に住んでいた者たちだ。人々は寂れたとはいえ故郷を捨てて新天地を目指すようなことはせず、昔のように土を耕しながら静かに暮らすことを選んだ。
しかしあるとき、大きな嵐のあと町の周辺地域を確認しにいった者たちから不穏な知らせがもたらされた。
これまで町の周辺でゴブリンがたびたび目撃されるようになっていたが、どうやらかなりの集団が鉱山に住み着いていたらしい。そしてその群れには統制がみられることから、ただの集団ではなく上位の個体によって支配された危険な群れであると推測された。
もしかしたら王種が現れたのではないか?
もしそうならば事態は深刻である。
まず町長は冒険者ギルドに救援を求めるため、ギルドの支店がある町へ――』
「ねえねえ、なんでそんな難しそうにしゃべるの?」
『――人をおくり……、って雰囲気だそうとしてるの! あともうちょっと我慢してくれませんかね! もうすぐ始まるから!』
ミーネが想定外の行動をしてくるとは予想していたが、まさか物語導入の語りをぶちこわしてくるとは思わなかった。
『おっほん。えーと。では続きをば――
その日、町長は住人を広場に集め、冒険者ギルドへ救援の要請をすべく人を送りだすこと、そして安全が保証されるまでなるべく町からはでないようにと注意をうながした。
ほかにも、もしものことを考え町の警備を強化すること、そして戦えるものは武器を用意して有事に備えておくようにと話は続く。
そんな広場にはミーネとアルの兄妹、その幼なじみのバートはいた……』
さて、ここから物語開始である。
「それではまずミーネとアルとバートの三人でこれからどうするか話し合って決めてください。ほかの三人はこのあと合流して行動をともにすることになります」
「どうするかって……、ゴブリンをたおしにいくんでしょ?」
ミーネがきょとんとして言う。
こいつの頭のなかには『わたし・たおす・ゴブリン』しかないらしい。
単純なゴブリン討伐とはべつのルートも用意してあるが、まあ今回は出番がなさそうだ。
もしこの時点でミーネがゴブリン討伐以外の選択肢をすぐに思いつくような柔軟さを持っていたとしたら、おれはそもそもTRPGを作成してなかっただろう。
アル兄とバートランはなにか考えていたようだが、どうやらミーネの判断を尊重するつもりらしく特に意見をだすことはなかった。
「じゃあさっそくいきましょう!」
ミーネさんや、張りきるのはいいんですが、あんた今なんの道具も持ってないよ?
「ミーネや、まあ待ちなさい。鉱山にゴブリンが住み着いたことはわかったが、それ以外のことをまったく知らない状態で飛びだしていくのは危険だ。こういう場合はまずしっかりと情報を集める必要がある」
バートランがミーネをたしなめると、アル兄もそれに続く。
「武器や防具は持っているけど、遠征に必要な道具とかなにもないしね。これじゃあお腹がすいたらすぐ戻ってくることになるよ?」
現実的に考えて、日々町で暮らしているのに遠征のための道具を持ち歩いているというのはおかしな話――ということもあるが、ゲーム開始段階で道具類をいっさい所持していないのは遠征のための準備――、それが冒険者として絶対に必要で手を抜いてはいけない作業だから、というのが一番の理由だ。
ただの遊びであればいちいち道具を揃えていく手間をはぶいてもかまわない。
ある程度キャラクターが育った状態で開始させ、いきなりゴブリンに占拠された鉱山エリアにほうりこんでもかまわない。
しかしこれは遊びであってもお遊びではない。
あえて説明はしなかったが、これは冒険者を志す子供に、遊びながら自然に冒険者としてやっていくうえで必要となる知識や段取りを学ばせるための装置なのだ。
今この場にはミーネに冒険の助言や忠告ができる者がおり、物の売り買いに詳しい者がおり、魔法の使い手がいる。
そのときどきの状況に応じて見せる彼らの行動を観察するだけでも、ミーネのなかにはそれが手本として蓄積される――と思う。
「むぅー……」
出鼻をくじかれる感じにはなったが――、しかしそれももっともだと思ったのか、ミーネは文句を言うことはなかった。
口を尖らせてはいたが。
ひとまず目標はゴブリンの討伐と決まったようなので、おれは冒険者ギルド救援依頼ルートと鉱山町内政ルートを破棄。
物語をゴブリン王討伐ルートに設定してイベントを起こす。
『君たちが相談していると、話を終えた町長がやってきた。
町長は言う。
「ゴブリンを倒しに行く? 馬鹿なことを言っていないで大人しくしていなさい」
町長は君たちがゴブリン退治をすることに反対のようだ。
町長のお小言は続いていたが、そこに四人の男たちがやってきた。
男たちはかつて冒険者として活動していた者たちだ。
引退した現在は故郷であるこの町の警備に携わっている。
「おお、おまえたちか。呼んだのはほかでもない。この騒動のことだ。こう状況が漠然としたままでは不安ばかりが募ってしまう。ひとまず鉱山までいって、実際はどんな状況になっているか調べてくれないか? できればゴブリンの退治もしてもらいたいところなんだが……」
どうやら町長は男たちが元冒険者ということでゴブリンの調査を、そして討伐を依頼したいようだった。
男たちは言う。
「やってみよう。ただ色々と支援してもらわないと無理だ」
「道具や食料が必要だ。武器や防具も良い物を用意してもらいたい」
「危険な仕事になるわけだが……、報酬はどれくらいになる?」
「偵察の仕事の報酬と、ゴブリン退治の成功報酬とは別になるんだよな?」
男たちは町長に次々と注文をつけ始めた。
しかし今この町で頼りになるのは彼らしかいないため、町長はできるだけ男たちの注文にこたえることを――』
「そんなごちゃごちゃ言うならわたしがやるわよ!」
自分たちが蔑ろにされる展開にイラッとしてか、ミーネがおれの語りをぶったぎって叫んだ。
これは……、ふむ、困った。
もうちょっと待てやコラ、と言うのは簡単だが、今のセリフはキャラクターとしてのミーネがこの状況で叫ぶセリフとしてもぴったりだ。
正直、スルーするのがもったいない。
おれはミーネのセリフを流れにもりこむことにして、予定していた語りをカット。アドリブで次の展開に連結する。
『突然叫んだミーネに町長を始め元冒険者の男たちは唖然とした。
しかし男たちはすぐに笑いだし、町長はやれやれとため息をつきながら言う。
「まったく。意気込みはかうが、おまえたちでは無理だ。しかし、おまえたちは口で言ってもわからないだろう。では実際に彼らがどれくらい強いか確かめてみなさい」
町長の提案により、君たちは元冒険者たちと模擬戦をすることになった』
さて、戦闘チュートリアルである。
「これからこの遊びにおける、敵との戦い方の練習を行います」
と、口調を切り替えておれはバトルフィールドマップを用意。
手早くミーネたち三人の駒と、元冒険者たち四人の駒を配置する。
「まず最初に敵味方あわせての行動する順番が決定されます。この順番は素早さの数値が高い順です。ただ自分の順番が来たら必ず行動しなければならないというわけではありません。今、ミーネのパーティではバートの素早さが一番高いわけですが、もしミーネの後に行動したい場合はそれまで待機することができます。つまり素早さが高く、行動順位の高い人は自分より下の順番に割りこむことができるわけです」
説明しながら、おれは各キャラクターの名前と体力・魔力が書きこまれたカードを素早さ順に並べる。
「このカードは見てすぐに順番や人物の状態がわかるようにするためのものです。行動が終了したらこうやって右にずらしていくわけです。割りこみを行うために待機している場合は左にずらしておきます。そしてすべての人物が行動を終えたところで、また最初の状態に戻って順番に行動を始めます。この一巡をターンと呼びます。一巡目が一ターン、二巡目が二ターンとなるわけです」
と、こんな調子でおれは皆に戦闘のやり方を説明していく。
あとは実際に戦ってもらいながら順に説明を行う。
敵と遭遇した場合、まず専用のバトルフィールドマップに味方と敵の駒が配置される。
それから行動順によって行動を開始。
武器によって敵に攻撃できる距離が異なり、剣の場合は敵に近づくために移動しなければならない、などと解説していく。ここで重要なのはなにも斬りつけるだけしか攻撃手段がないわけではないということ。思いつきで土をすくいあげて投げつけ、目つぶしするといった自由度があるということを理解してもらうことだ。
それからおれはひたすら戦闘システムの説明を続けた。敵対する駒の周囲一マスは占有エリアになっており、素通りできずダイスの判定がある。敵の前に密集すると後衛からのフレンドリーファイアが起こりやすくなるので位置も気にした方がいい。攻撃する方向によって補正がある。背後からの攻撃が最も当たりやすいうえ、ダメージもアップ……、と順番に説明していく。
もちろんこれを今すぐ覚えてもらおうとは思わない。
戦闘になったらその都度、おれが補佐しながら進めればいいのだ。
ミーネたちは戦闘システムにちょっと困惑しながらも元冒険者たちとの戦闘を始める。
が、さすがに元冒険者だけあってそれなりに強い。
当然ながら冒険者見習いのミーネたちでは敵わず、あっさりと敗北してしまう。
これはイベント戦だが、元冒険者たちは不死というわけではない。
単純に今のミーネたちでは太刀打ちできないレベルの敵、というだけだ。
『君たちは元冒険者に叩きのめされてしまった。
戦いを見守っていた町長は言う。
「これでわかっただろう。引退したとはいえ、彼らはおまえたちよりずっと強い。おまえたちは町で大人しくしているんだ。……いや、今は大変な時だからな、元気を持てあましているのなら、町をまわってなにか出来ることはないか聞いて回ったらどうだ。それも町を守るための立派な行動なんだぞ?」
そう言い残し、町長は元冒険者を連れて去っていった。
ミーネたちは広場をあとにすると他の三人――ダリス、エド、シャーリーと合流した』
「これより自由に行動できるようになります。町長の言葉にしたがうか、それとも無視して町を飛びだすか、それともそれ以外の行動をおこすか、相談して決めてください」
いよいよ本格的に物語の開始となり、大人たちは情報を整理する。
「最終的に王種の討伐、これを目標ということでよいかな?」
バートランがまずパーティの最終目標の確認をすると、皆はうなずいて肯定する。
ミーネにいたってはぶんぶんヘッドバンギング状態である。
「しかし現在我々はゴブリン王どころか、亜種にも苦戦するような状態だろう。鉱山までは徒歩となるだろうし、となれば持っていける荷物は抱えられるだけとなる。優先されるのは食料だ。水はマグリフ殿が――」
「いやいや、名前はシャーリーで頼みますぞ」
「え……?」
マグリフに訂正されバートランは素で驚いた顔になった。
正気かこのジジイめ、とか言いたげではあったが、ひとつ咳払いして話を再開する。
「あ、えー、シャ、シャーリーの魔法があるので、必ずしも必要ではないが、それでもある程度は持っていかなければならない」
魔法使いが火種を作ったり、水を出したりとちょっとした魔法を使う場合、魔力をそのまま消費するのではなく、魔力1ポイントを10ポイントに換算した生活魔法用のパラメーターがある。
「さらに野宿に必要な道具などだが……、この選びだしはダリスにまかせたい。儂の感覚では野宿ではなく野営になってしまうのでな」
「うけたまわりました。そうですね、訓練校の遠征訓練で使用されるような、最低限必要とされる道具ですと――」
ダリスは白紙の紙に必要な道具――火口道具、背嚢、水筒、毛布、食器、調理具などをリストアップしていく。
本来この作業はろくに遠征をしたことのない子供たちであれこれ話し合いながら決めていくところなのだが、今回はまあ仕方ない。
ほらほらミーネさん、今は大事なところですよ、ダイスをころころして遊んでる場合じゃないですよ。
まあ集まってる人物が人物なだけに、冒険を始めるための相談というより作戦会議のようになっていて参加しづらいのはわかるけども。
完成した道具リストをエドベッカが覗きこんでうなずく。
「まあ長くて数日の遠征、これで充分だろう。問題は現在我々はこの道具を買いそろえるための資金がないということか……」
「そうじゃのう。儂のシャーリーみたいにできる仕事をみつけて稼ぐしかないかのう」
「となると、町長の言ったことに従うということになりますね。じゃあこの場合、これからどうしたらいいのかな?」
アル兄に尋ねられ、おれは用意しておいた町人からの依頼リスト第一段階をだす。
今のところ想定どおり。
道具と所持金を持たせなかったのは遠征に必要な道具について話し合わせるためだが、強引にこの町人からのクエストへと誘導するためでもある。
そのほか、すぐに合流できる三人とわざわざわけて戦闘チュートリアルさせたのは手早く終わらせるという理由もあるが、一番の理由は家でテストプレイしていたとき、両親が魔法と道具を駆使して元冒険者たちをぶっ殺してシナリオブレイクを引きおこしたからである。
別世界の記憶を持っていたとしても、しょせんはおれは冒険者としての経験のないただのガキだ。実際の冒険者の発想や行動には太刀打ちできないことを思い知らされた。
まあ両親の大人げのなさは置いておくとして、町人からの依頼のリストを見せる。
〈町人からの依頼〉
◇鍛冶屋の依頼。
◇占いババさまの依頼。
まずはこれからちょくちょくお世話になるノンプレイヤーキャラクター――NPCからの依頼である。この二つの依頼を達成することでさらにクエストは解放――第二段階となる。
町を自由にうろうろしてクエスト発生という形式も考えたが、おそらく自由に行動していいと言われてもなにをしたらいいかわからず困惑するだけだろうと考え、一本道RPGのようにわかりやすく段階形式にした。
『君たちはまず鍛冶屋へと向かった。
鍛冶屋のオヤジは言う。
「お前ら町長に釘を刺されたらしいな! ま、町長も問題児のお前らがじっとなんてしてられないことがわかってるから、こうして仕事させようとしてるわけだ。そうだな、今、仕舞いこんでいた武器の研ぎの依頼が殺到しててな、ちょっと砥石が足りなくなるかもしんねえんだ。ってわけで砥石とってきてくれよ。場所は川をのぼっていくと盛りあがった地面が削れて岩が飛びだしているところがある。そこで適当にそれっぽいものを集めてこい。もちろんただの石ころなんぞ持ってきてもいらんからな。あとこれを持っていけ」
鍛冶屋のオヤジは君たちに採取用のハンマーと大きなバックパックを渡した』
「ねーねー、砥石ってどうやって確かめるの?」
普通のTRPGであればキャラクターがその知識を持つかどうかの判定をダイスで行うのだろうが、それでは冒険の書の意味がなくなる。
というわけで用意した資料をめくってミーネに見せる。
まず砥石候補になるのは白っぽい風化した石――水に濡らすと薄い青色になる石だ。
候補を見つけたら、次に実際に刃物を研いでみる。もし刃物を研いだとき、砥石から溶かした泥のようなものがでれば砥石として使える可能性がある。品質は置いといて。
「ふむふむ……」
ミーネ、知識を得てひとつおりこうさんになる。
いつか実際に冒険にでたとき、もしかしたら、どこかで、役に立つかもしれない知識だ。
『鍛冶屋をあとにした君たちは、次に占いババさまのところへ向かった。
ババさまは占い師にして魔道士、そして回復ポーションを作りだす錬金術師だ。
ミーネとアル、そしてシャーリーの魔法の師匠でもある。
「おや、みんなそろってどうしたんだい? ほうほう、なにかできることね。そうだねぇ、この騒動のせいでポーションの注文が増えて薬草がたりなくなりそうだ。取ってきてくれたらおこづかいをあげようかね。川の近くによく生えているからね」
ババさまは君たちに必要な薬草の見本を見せた』
と状況を説明しながら、おれは資料の植物画をミーネに見せる。
「あなたってほんとに絵が上手よね」
おれのスケッチを見ながら、ミーネはちょっとあきれたように言う。
そりゃ頑張ったもの。
ここでヘタなイラストを記憶させたら大問題だもの。
「川ということは鍛冶屋の依頼とまとめて出来るわけだな」
地域マップを確認しながらエドベッカは言う。
マップはグリッド線が引かれ、そのマスひとつ移動するのに時間が十分かかる。
そして一時間の時間経過毎におれが敵と遭遇するかどうかをダイスころころして決める。
まあこの鉱山町エリアは安全な地域ということで、ダイスの6がでたら遭遇というだけ、確率は六分の一という低いものだ。
さらに魔道具使いのエドの持つ遠見の筒は敵との遭遇率および強襲率を低減するものである。
ダイスを振るのは一時間に一回ではなく二時間に一回となり、さらに遭遇率は低下。
たぶんこれ敵に遭遇せずに終わるわ。
「今から出発すれば日没までには充分戻ってこられそうだな」
バートランはマップを眺めながら、時間計算をする。
当たり前だが、怠ったらまずいことになるとっても大事なことをやっているので、あれですよミーネさん、ちゃんと注目しとかないと、他の薬草とかはそのときに見ればいいから!
植物画を眺めることに熱中し始めていたので、おれは資料をミーネから回収。
「飲み水はマグ――シャーリーの魔法があるので持っていく必要は必ずしもない。そもそも水筒がないしな。ただ食料は少し持っていったほうがいいだろう。川で魚を捕まえてという方法もあるがそこで時間をとられては意味がない。パンと干し肉くらい買えるといいが……」
日帰りの遠征で必要になる物を相談し合う大人たち。
ミーネは蚊帳の外であったが、ぽつりと聞いてくる。
「食べ物とか家からもってこられないの? ついでに道具とかも」
あ、とミーネ以外が声をあげる。
熟練の冒険者だからこそその発想はでてこなかったのか、完全に盲点だったようだ。
「できるよ。ちなみに、道具屋にしのびこんで盗んでくることも可能だ。おすすめしないけど」
「そういうのはいけないわ」
ミーネの思いつきは採用され、一度解散してそれぞれ家で使えそうな道具をあさる。
ここでどれくらい道具が入手できるかはダイスで判定。
ダイスの目の数だけ道具を入手することができる。
ただし1が出たらついでにお説教ももらうことになる。
『ミーネは母親に見つかりお説教をくらった。
「まったく。あなたはいつまでそんなおてんばでいるつもりなの!」
ミーネの魔力は1削られた』
ブフォッ、とバートランとアル兄が吹きだし、ミーネが憤慨してすぐ隣のバートランをぽこぽこ叩く。
「もう! もう!」
「すまんすまん」
言いながらも、バートランはまだ顔がにやついていた。
『家から食料と道具をもちより、君たちは町を出発した』
判定の結果、敵との遭遇はなし。
まずはすんなりと薬草の採取をする場所まで到着する。
採取は一時間に一回ダイスをふってその採取量を判定する。
まずは一時間、各自で薬草を探したということでそれぞれダイスをふる。
「6がでたわ!」
ミーネが元気よく言う。
さっき1だしたのに……、ピーキーな奴だなおい。
ミーネたちは一時間で合計二十六束の薬草を採取するという結果になった。
「もっと集めたほうがいいかしら?」
「まずはこれくらいでいいのではないか? 次の砥石がさっぱり集まらなかった場合はそちらをさらに採取する必要もでるだろう。時間的に採取はあと二回しかできないようだ」
「そうですね、合計で六個しか取れなかったという可能性もありえるわけですから。逆にそっちが予想以上にとれたら、帰りにまたここで採取することもできますし」
そのバートランとダリスの意見に、ふむふむ、とメンバーは納得する。
「じゃあ次にいきましょう!」
パーティは次の砥石の採取場へと移動し、薬草と同じようにダイスで採取量の判定をおこなう。
こちらは合計で十四個とやや微妙な数になった。
「まだ集めたほうがいいかしら?」
「いや、これくらい取れればよいだろう。砥石は即消費されてしまうようなものではないからな。帰りにまた薬草を集めよう」
バートランが現実に即したことを言う。
このゲームでは需要と供給のバランスまでは考慮されてないからあんまり意味がないが、こうした判断をすぐにできることは冒険者にとって重要だろう。
なるほどなるほど、とミーネはうなずく。
こうして一行は帰りがけにさらに薬草を採取し、十九束を入手する。
これにより薬草は合計で四十五束となった。
町へ戻るまでに戦闘も発生せず、実に平和なクエストとなった。
『君たちは町へ戻るとさっそく鍛冶屋へ砥石を、ババさまには薬草を持っていった。
これにより君たちはわずかながらも報酬を受けとった。
時刻はそろそろ夕暮れ。
君たちはそれぞれの家へと帰ることにした』
「初の依頼達成おめでとうございます。この経験によりあなたたちは成長し、各能力が上昇し、新たな特殊技能の習得、もしくはすでに覚えている特殊技能の強化を行うことができます」
とまあ初のレベルアップ作業が始まるわけだが、このレベルアップという考え方はわりとあっさり受けいれられた。
と言うのも、シャロ様が冒険者ギルドのシステムにこの考え方を導入しているからである。
冒険者となった者はまずレベル1であり、ランクはFとなる。
依頼に経験値が設定されており、達成することで獲得、そして規定値をみたしたところでレベルアップ、冒険者レベル2となる。
レベルが10に到達するとランクアップ試験があり、これをクリアするとランクはFからEへとあがる、という次第だ。
このシステムにすっかり馴染んでいたため、あとはどうして能力やら特殊技能を覚えるのかという話になるわけだが、これはこういう遊びということで納得してもらう。
さすがに戦闘中に技を閃いたり、冒険を中断して修練にはげむ、といったことまでこのゲームに盛りこめる才能はおれにはなかった。
皆はそれぞれ思い思いに能力値ポイントを割り振り、新しい能力を得るか、それとも既存の能力を強化するか決めていく。
ミーネは新しく風の魔法〈ワールウィンド〉を習得した。
おそらくキャラクターを自分の状態に近づける方向で成長させるつもりなのだろう。
バートランは〈スラッシュ〉を強化させて〈スラッシュ+1〉に。
アル兄は〈ブレス〉を強化して〈ブレス+1〉に。
ダリスは〈不屈〉を強化して〈不屈+1〉に。
エドベッカは新しい魔道具の〈永光灯〉を取得。
マグリフは〈魔法制御〉を強化して〈魔法制御+1〉に。
ミーネ以外は自分のキャラの強みを強化したことになる。
普通なら使ってみたい新しい能力に飛びつくところだろうに。さすがに渋い選択をしてくる。
『一晩ぐっすり休んだ君たちは体調は万全だ。
鍛冶屋のオヤジは酒場で、ババさまは井戸端で、君たちが仕事を引き受けてくれた話をしたことにより町人からの依頼が増えた』
という感じで受注できるクエスト増加――第二段階である。
「これってぜんぶやったほうがいいの?」
「やってもいいし、やらなくてもいいよ」
「うーん……、やっぱりやったほうがいいわよね」
「そうじゃのう。シャーロットも冒険者とは自分の力を人のために役立てられて一人前だと言っておったそうじゃしのう」
ミーネとマグリフがやる気になっているため、パーティの方針はクエストをかたっぱしから片付けていくことに決定する。
こうしてパーティは本格的に活動を開始する。
町の中での仕事、そして郊外へ出ての仕事などをこなしていく。
ときには野営する必要もあった。
エドベッカの取得した〈永光灯〉は範囲内を明るく照らす、及び敵の襲撃確率の低下、という効果をもっていたが、使用するのに必要な魔石が不足していたために単純に焚き火をおこしての野営となった。
そして、ここにきてやっと判定による敵の襲撃を起こせた。
起こせたのだが――
『狼たちの襲撃!』
「狼に油をかける」
「じゃあ僕は焚き火から燃えた薪をとって狼にぶつける」
見張りをしていたバートランとアル兄がごくあたりまえのことのようにえげつない行動宣言をする。
火をつけられても襲いかかってくる狼などいない。
炎上の状態異常により狼たちはあっというまに戦闘継続不能におちいり、そしてそのままとどめをさされる。
実際に冒険者をやっていた者たちが恐いのはこのあたりの判断力だ。
ゲームだからこうするもの――という先入観がないので、自分が本当にその場で行う行動を宣言してくる。
ただまあこれは想定内だ。
両親にさんざんやられたからな!
だがこのままでは癪なので、油ありきの戦闘スタイルを制限するためにも、その戦い方のデメリットをちゃんと提示する。
『君たちは狼を撃退した。
しかし燃やしたためにその毛皮の価値がなくなってしまった』
あ、とバートランが声をあげる。
このゲームは現実的に得られる物をきっちり戦利品として入手できる。しかし戦い方によっては損傷し、使い物にならなくなる場合もある。資金を蓄えるために狼の皮がほしいなら、なるべく毛皮に傷をつけない戦い方にしなければならない。
これは新米冒険者が非常に気を使うところである。
「そうか、そうだな、それはそうだ。しまったことをした」
「お肉とかは売れないの?」
ミーネが尋ねると、これにダリスが答える。
「狼の肉は独特の強い臭みがあって食用にはむかないんだ。手間暇をかけた料理を食べたことがあるが……あれは好みがわかれるというか、まあ、うん、あれだ、私は残した」
「これが魔狼であれば魔石が得られて、牙で多少の金になるが、ただの狼ではのう」
魔狼であればその牙に魔力が宿っており、そこに紋章を刻むなどしてお守りを作ることができるため売り物になるが、今回はただの狼である。つまりばらまいた油ぶんの損をしたという結果になるわけだ。
それからもときどき戦闘をしながら、ミーネ一行はクエストをクリアしていく。
わずかな金銭的な報酬のほか、遠征に役立つ道具や保存食を贈られたりする。
少しずつ増えていく所持金やリストに並ぶ道具を眺め、ミーネはにやにや。
さて、このままクエストだけ繰り返して満足されても困るので、クエスト数が十に到達したところで後押しのための緊急クエストを発生させることにする。
※誤字の修正をしました。
2017年1月26日
※さらに修正。
ありがとうございます。
2018/12/09
※さらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/19
※さらにさらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/03/14
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/12/20
※さらにさらにさらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/07/09
※さらに脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/04/11
※さらにさらにさらにさらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2022/02/23




