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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
11章 『想うはあなたひとり』編
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第704話 閑話…聖女と悪女(前編)

 イーラレスカの元に残ったアレサがふと思い出したのはルーの森での一幕だった。戦隊を率いルーの森を攻め、いよいよ再び相まみえた時、イーラレスカはひどく取り乱していたのだが……、この、三度まみえた今、彼女は不気味なほどに落ち着き払っている。


「さて、では戦うとしようか」

「この戦いに何の意味があるのです?」


 聖女とは善神を信奉する聖都により組織された暴力装置であり、好き好んで戦おうとする者はそう居ない。

 好戦的というわけではないアレサには、ここでイーラレスカと戦う意味を見つけられず、できれば戦いを避けたいと考えていた。

 上へ向かった彼に早く追いつくため、時間を無駄に取られるのを避けたかったというのもある。

 だが――


「意味だぁ? あるに決まってる。かつてルーの森で女王として君臨していた私を追い落としたのはお前らだ。そしてお前は容赦無く私をそのメイスでぶん殴りやがった。復讐だよ、復讐。果たしたところで現状なんざ変わりはしないが気は晴れる。私はそれで報われる」


 もはや偉ぶることはなく、イーラレスカはぞんざいな口ぶりでそう告げたのだが、これによりアレサは戸惑うことになった。


「貴方は……、聖女は嘘を見抜くと御存じではないのですか?」

「今は知ってるよ。だからどうした」

「ど、どうしたって……」


 違う、かつてのイーラレスカとは。

 イーラレスカは戦う理由を語ったが、それすべて嘘であり、しかし見抜かれたところで構いはしないというのである。

 復讐ではない。

 気が晴れることもない。

 まず意味があると思ってすらいない。

 それでも戦う。

 かつてのイーラレスカからは想像もつかない心境で、彼女は戦いに臨もうとしている。

 何故、どうして、とアレサの疑問は尽きないが、いつまでも戦う気にならないアレサにイーラレスカは痺れを切らしたか、ここで脅しをかけてくることになった。


「気が乗らなかろうが、戦ってもらうぞ。戦わないって言うなら、レイヴァースの奴を追っていって邪魔をするだけだ」

「――ッ! 貴方は……、また私に叩きのめされたら、それで満足なのですか?」

「ああ、満足だね」


 これは本心だ。

 まったく訳が分からない。


「ああそうだ、戦う前に、この広場に施された魔術について話しておこう」

「魔術……?」

「なに、お前ばかりが不利になるようなものじゃない。これは魔導学として体系化されるよりも以前の、本当に古い魔術だ。そしてこの効果は、この場で戦う者たちの外傷が共有されるというものだ」

「外傷……?」

「そう、お前が私を殴ればお前も同じだけ外傷を負い、私がお前を殴れば私も同じだけ外傷を負う。それだけの効果だよ」

「そ、そんなことにどんな意味があるのです!?」

「例えば、ここに集団で押しかけたとして、寄って集って私を始末していたら全員まとめて同じ傷を負い死ぬことになっていた」

「それは……!」


 アレサが唖然とすることになった理由は二つ。

 一つはその魔術がもたらしていたかもしれない惨状で、もう一つはイーラレスカが死をも厭わずここで足止めをしようとしていた事実にだった。


「ま、元々はお前と決着をつけるためのもので、何だかんだでその目的通りになった。お前は傷を負ってもすぐに治癒するし、攻撃した相手も同じように治癒させる。この戦いは……、要はお前との我慢比べになるわけだ」


 そう言いつつ、イーラレスカは魔導袋からメイスを取りだした。


「前はばかすか殴ってきやがったが、その痛みを自分も受けることになったとき、お前は同じように殴れるか?」

「出来ますが……。最後にもう一度尋ねます。本当に私と殴り合う――、意味の無い戦いをするつもりなのですか?」

「くどい!」


 鋭く告げ、イーラレスカは振りかぶったメイスをアレサめがけ叩きつけようとしてくる。

 我慢比べとイーラレスカは言ったが、だからと馬鹿正直に相手の攻撃を受ける必要も無く、アレサはこれを躱す。


「わかりました」


 イーラレスカの望みは不明瞭。

 このまま問答を続けても時間を浪費するばかりであるため、ここでアレサは精神の在り方を『聖女』のそれへと切り替える。

 罰しなければならない者を罰するため、相手が泣き喚き許しを請うても躊躇わずメイスを振るうには、それ相応の精神状態に自らを置かねばならない。


「では――、まいります!」


 かつては怒りを込めて振りおろしたメイスだが、今回は単純に立ちはだかるイーラレスカを退かせることが目的となる。

 渾身の一撃を放つ必要は無い。ただ的確に当てさえすればいい。

 こうして振るわれたアレサ愛用のメイス――マイトレーヤは、ゴッ、とイーラレスカの横顔を殴りつけることになった。


「がっ……!」


 一撃を受けたイーラレスカがよろめき、痛みに悶える。

 だが、それだけだ。

 かつてはただの一撃でけたたましい悲鳴を上げ、のたうち回っていたイーラレスカはこれを堪え、アレサを睨みつける。

 だが――


「な、なん……!?」


 ここでイーラレスカは愕然とする。

 アレサは特に苦しむ素振りも見せず、それまで通り穏やかな表情をしていたからだ。


「ど、どうして……!? 魔術の効果が無いのか!」

「いえ、痛みはありますよ。てっきり、()()()()()()()()があるのかと思いましたが……、普段通りですね」

「お前……、何を言って……?」


 言葉の意味がわからず困惑するイーラレスカ。

 不可解すぎて攻撃の手すらも止まる。

 その様子を見て、アレサはふと、レイヴァース家の誰にも告げたことのない秘密をイーラレスカに告げてみてはどうかと考えた。


「少し、お話しましょう」

「話……?」

「はい、貴方の疑問を解消するための、私についての話を」


 この話を聞き、望む戦いにはならないとイーラレスカが理解すればここで諦めてくれるかもしれない。

 そう考えてアレサは語り始める。


「昔、まだ三番目の魔王が誕生する少し前、一人の錬金術師がポーションを巡る騒動にひどく心を痛め、ポーションなど無くてもすむような世の中にならないものかと考えるようになりました。その錬金術士は、名をリッジレーといいました」


 一族の祖となった人物、シャロによる夢の世界でその当人に遭遇したときはアレサも驚いたが、幸い、皆は他の登場人物たちに意識を向けていたおかげで気づかれることはなかった。

 あの物語はまるでミーネのルーツのようであったが、実はそれだけではなく――。


「彼は人を癒し生命力も与える『聖者』の言い伝えに注目し、こういった人々が多く現れたなら、ポーションばかりが必要とされる世の中を変えることができるのではないかと考えました。そこで彼が向かったのは、メルナルディア王国の外れに隠れて暮らす一族、古き民――アーレグでした」

「アーレグだって……?」

「はい。彼はなんとかアーレグの里に辿り着き、自身の望みを訴えました。しかし、彼は思い違いをしていたのです。確かに『聖者』はアーレグでしたが、それはたまたまその特性を発露させただけにすぎませんでした。ときどきそういった者が生まれる、というだけであり、さらに言えば、アーレグが外に出るのは希な話、彼が望むような活動をするつもりはまったくなかったのです」

「それが……、何だって言うんだ?」

「そのリッジレーと、里から出たがっていたアーレグの女性が私の祖先となるのですよ」

「お前もアーレグなのか!?」

「アーレグと言うには血が薄すぎますね。たまたま私は先祖返りのように特殊な力を得ましたが、一族の多くは普通の人と変わりません。故に、一族は自らを『古き民に劣る種アーレグ・レッサー・ブリード』と戒めるように呼んでいます。そして、祖となったリッジレーの望みは一族の悲願にもなっていたため、歪ではありながらも近い能力を宿し生まれた私は、一族の名称をとり、アーレグ・レッサー――アレグレッサとなったのです」


 アレサの誕生を喜んだ一族の者は祝福としてその名を与えた。

 だが――。


「さて、私の能力についてですが、これは貴方が漠然と理解している通り、受けた外傷を瞬時に回復させる治癒能力の高さであり、それは私が攻撃を加えた相手にも影響を及ぼします。正確には、間接的にでも近い位置で相手と接触することによって、相手の状態に共鳴して癒すというものです。そしてこの共鳴なのですが……、同時に痛みも一緒に受け入れることになります」

「ま、待て、ちょっと待て! じゃあお前は、あれか、ルーの森で私を痛めつけていた時も、同じだけの痛みを感じていたのか!?」

「その通りです」

「何で聖女やってんだ、馬鹿だろお前!?」

「そうかもしれませんね」


 イーラレスカの罵倒に、アレサは少しおかしくなる。

 それはかつて、聖女を目指すとティゼリアに告げたとき、似た様に馬鹿よばわりされたからであった。

 歪な治癒能力を持つアレサだが、それでも初めて誕生した一つの『成果』であるため、一族の者たちはアレサに『聖者』としての役割を果たさせた。

 もちろんアレサは『痛み』に苦しむことになったが、生まれ育った環境がそれを強いるのでは抗いようもない。これが『正しいこと』なのだと信じる者たちは、誰もがアレサを褒め、讃え、そして喜んでくれるのだから、幼いアレサは『そういうもの』なのだと疑いもなく信じるしかなかった。

 自分が『痛み』に耐えさえすれば、一族も、治療を必要とする患者も、その家族も幸せになれるのだ。

 しかし、その『幸せな状態』は、留まっていた精霊門のある町を自由に散歩してみたいというアレサのささやかな願いにより破綻する。

 こっそりと屋敷と言う名の檻を抜けだしたアレサは、ろくに地理を把握していなかったためにすぐ迷子となった。

 身なりが良く、悪意にまったく無頓着であったアレサは、それこそ攫われてもおかしくない状態だったが、このアレサに出会ったのは善神に導かれた聖女ティゼリアであった。

 そして一騒動の後、アレサは聖都の保護下に置かれることになり、やがては聖女を志すことになる。

 何故、聖女に罰され、心を入れかえた灰者たちの中でも、アレサが担当した者は特に敬虔で善良な者に生まれ変わるのか。

 それは、後になってアレサが自分と同じ痛みを受けていたと知るからである。

 だからこそアレサに罰された者は深く敬服し、そして心酔する。

 煉獄のアレグレッサ。

 罪人と共に自らもその炎に焼かれるからこそ、聖都はアレサこそが真の聖女だと認めるのだ。


※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/11/03

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/11/04


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