第703話 14歳(春)…立ちふさがらない者たち
バベルの塔を上へ上へと爆走するDルーラー改。
この塔を作った旧文明も、遠い未来でこんな代物が走り回るとは想像もしていなかったことだろう。
そして六十八階――シャロによる六十八回目のスナークぶっ飛ばしを経て、いよいよ精霊たちにもわからなかった六十九階を目指す。
ここまでかかった時間は五時間と二十分ちょい。
一階と比べるとずいぶん小さくなった中央空間を駆け抜け、Dルーラー改は螺旋階段を疾走する。
そして六十九階の中央空間へ飛び出したとき、別の世界へと飛び込んだような錯覚を覚えた。
まあ世界というのは大げさかもしれないが、ともかく『何か』が切り替わったようだ。例えるなら日陰から日向へと出たような感じだろうか? 五感に感じられる変化は無いが、確かにこれまでとは違う『場』に飛び込んだことが意識されたのだ。
こうして六十九階に到達したところで、Dルーラー改は一旦停止。
これまではシャロがスナークの群れをぶっ飛ばしてきたが――
「ここにはスナークはいないのね」
ミーネの言う通り、この中央空間にスナークは存在しなかった。
「ふぅ、やれやれ、さすがにきつかったわい。とは言え、ここから楽が出来るというわけではなさそうじゃの」
「あの方は……、ルーの森の……」
訳が分からないくらい広かった中央空間も、六十九階となると『物凄く広い』くらいの規模になっていたが、その広場の中央にただ一人佇み、こちらを見つめている侍女姿のエルフ少女がいる。
元ルーの森の自称女王イーラレスカだ。
果たして若返ったエルフの女性を『少女』と言っていいのかよくわからないが、見た目は少女なのでかまいはしないだろう。
「どうするんダ? ついでに撥ねてくカ?」
メタマルがナチュラルに物騒なことを尋ねてくる。
ルーの森で啀み合っていた当時なら「GO!」と叫んだかもしれないが、今はちょっとそんな気にはならない。
それはイーラレスカの姿が幼くなっているからとか、そういう話ではなく、こうしてただ一人で待ちかまえていたという状況を警戒してのものである。
なにしろ、これまで何も無く、ただ広いばかりだった中央空間の様子が違うのだ。広場の壁に沿って、明らかに後付で設置されたとおぼしき複雑な装飾の施された柱が一定の間隔で並べられており、仄かに光りを放っている。
すぐに連想したのは、ルーの森を封鎖していた魔導装置。
これ、もしかして入ったらなかなか出られないやつなんじゃないか?
「シャロ、ここに並んでる柱がどういう効果を及ぼしてるとかわかる?」
「近づいて詳しく調べたらわかるじゃろうが……」
この場に及ぼされているなんらかの効果を解除する余裕が与えられるかどうか、か。
さて、どうするか。
そう考えようとしたとき――
「何もしないからもうちょっとこっちに来い……! こんなに離れていたら話しづらいだろう……!」
イーラレスカが叫んできた。
「どうする?」
「言葉に嘘は無いようですが……」
「なら……、近づいてみるか。迷っている時間がもったいない」
アレサの言葉を信じ、メタマルに指示してDルーラー改をイーラレスカの前まで向かわせる。
こうして俺たちはイーラレスカを間近で確認することになったのだが……、ここで俺が感じたのは違和感だった。
この少女が若返ったイーラレスカとはわかってはいるものの、更年期障害をわずらっていたあの女王とは別人のように感じたのである。
この感覚――、ミーネとシャロにはわからなかったようだが、どうやらアレサは似たものを感じたらしく、不思議そうな顔をしていた。
と、そこで不機嫌そうな顔をしていたイーラレスカが、何とも言えない苦笑いを浮かべて言った。
「本当にここまで辿り着いたか。なるほどな、こんな連中に私が敵うわけもなかったか」
そうイーラレスカが言うのを聞いて、俺はより警戒を強めた。
自分がルーの森の女王だと悦に入っていたイーラレスカとは別人だ。若返るという願いが叶ってますます調子に乗っているようならそう脅威でもなかったのだろうが、これは違う。精神の有り様が当時とはまったく違っているのがなんとなくわかるのだ。
しかし、だからといって、ここでいつまでも留まっているわけにはいかない。
「上に向かいたい。通してもらえないか」
率直に要求を述べる。
もちろんすんなり認められるわけも――
「ああ、かまわないよ」
「……え?」
認められてしまった……。
「ほ、本当に通っていいの?」
「だからいいって。ただ、そこの聖女はここに残せ」
「アレサを……? どういうつもりだ」
「大したことじゃない。何だろうな、心に引っかかっていることを解決したいってだけなのか。まあとにかく、聖女を残すなら私は残りの連中には何もしない。そのまま上へ行けばいい」
ちょっと訳が分からずアレサを見やるも、どうやらイーラレスカは本心からそう言っているらしくアレサも困惑していた。
とは言え、だ。
「危険があるなら、アレサを残すわけにはいかないが?」
「殺しても死なないような奴に危険も何も無いだろう。そもそも殺すつもりなんてないしな」
「私は……、猊下のお側を離れるわけにはまいりません」
「心配するな。そいつにちょっかいを掛けようって奴は居ないよ。上にはもうベリアとシオンしか居ないし、二人はそいつに興味無いからな」
どういうこっちゃ……。
やはりこれも嘘は無いらしく、アレサはしばし難しそうな顔をして悩んでいたが――
「猊下、私はここに残ろうと思います」
「大丈夫か?」
「それは私が猊下にお尋ねしたいことなのですが……、そこはシャロ様とミーネさんにお願いしようと思います」
イーラレスカの言葉に嘘は無く、アレサは残ると言う。
これならすんなり進めるのだが……。
「猊下、時間が惜しいはずです」
アレサの言う通り時間が惜しい。
希望としては、あと三十分ほどですべて片付けてしまいたいところだからだ。
「……わかった」
「はい、それでは」
残ることを認めると、アレサは静かにうなずき、すぐにDルーラー改を下りた。
「これでよろしいですか?」
「ああ、これでいい。さ、残りはさっさと上へ向かえよ」
イーラレスカは素っ気なくいい、俺たちにどこか行けと言うように手をひらひらさせる。
もちろん、言われなくてもさっさと進むが、ちょっと得体が知れなくなっているイーラレスカの元にアレサだけ残して行くのはやはり心配である。
それでも、今できることは言葉をかけるくらいだ。
「アレサ、気をつけて」
「はい。では猊下、また後で」
アレサと言葉を交わし、Dルーラー改を進ませるよう俺はメタマルに指示をする。
再び発進するDルーラー改。
一応、警戒はしていたが、イーラレスカはもう俺たちのことを見ようともしなかった。
こうして六十九階にアレサを残し、俺とミーネとシャロは七十階へと進んだ。
△◆▽
到達した七十階の中央空間には、イーラレスカと同じように今度はシオンが待ちかまえていた。
違いとしては、こちらには特殊な装置などが見当たらないことだろうか。
「シオン、あなた何やってるのよ」
剣呑な感じでミーネが言うと、シオンは笑った。
「はは、そう怒るなよ。ミーネだって、そこの坊ちゃんが世界征服をするとか言いだしたら、なんだかんだで手伝うだろ?」
「それは……、どうかしら?」
悩むのか。
つか世界征服とかそんな面倒なこと俺はしないし。
「ま、いいさ。急いでるんだから、坊ちゃんと嬢ちゃんは上に進めばいいよ。ミーネは残れな」
「えぇー……」
「そんな嫌そうにすんなよ。大丈夫だって。上はもうベリアだけで、用があるのはそっちは嬢ちゃんだけだし」
シオンもイーラレスカと同じような事を言う。
ここに来てこうものけ者にされると、都合は良くても困惑する。
「じゃあ、あぶれた俺はどうすればいいんだ?」
「ん? 最上階に行ってシアを助けたらいいんじゃね?」
ちょ、なんだそれ……。
「ま、待った待った。え、どういうこと? あんたらって世界樹計画を再開したいんじゃないの?」
「アタシがそんなこと望むわけねえだろ。単純にベリアに恩があったから協力してるだけだ。こうしてここで待機して、余計な連中が大挙して押し寄せたら通せんぼするってだけの役割だよ。計画うんぬんについては、上にいるベリアに聞いてくれよな。アタシがやることはここでミーネを引き留めることだ」
「私、残るとは言ってないけど?」
「残るだろ?」
とん、とシオンは腰に差した剣の柄頭に手を置く。
断るなら実力行使、というわけか。
従うのが得策、最短となるのだが……。
「ミーネ、頼めるか?」
「むー、仕方ないわね」
不平を口にしつつも、ミーネは割とすんなりDルーラー改を下りた。
「まあ、私もシオンに用があるって言えばあるし、ちょうどいいわ。その用を済ませたらすぐに追うわね」
「はっ、言うじゃねえか」
ここでシオンが楽しそうに笑う。
おそらくミーネの『用』とはいつかのリベンジなのだろう。そしてすぐに追うということは、自分が勝つ、ということか。
こうしてアレサに続きミーネを残し、俺とシャロは七十一階へと向かった。
△◆▽
そして――、七十一階。
螺旋階段を上り、中央空間に出たところで、まずは歓迎の声があった。
「よーこそー! いやいや、本当によーこそー!」
広場全体に響くような大声を出しているのはベリア。
肉声では有り得ないのできっと魔法でどうにかしているのだろう。
「ようこそではないわ、あの馬鹿め……!」
シャロの機嫌が急激に悪くなる。無理もない。
ひとまずメタマルにベリアの前までDルーラー改を進ませ、到着したところで俺とシャロは降りた。
するとDルーラー改をまじまじと見つめていたベリアが言う。
「これは……、あれだね姉さん、自動車ってやつだ!」
「んなわけあるか!」
「全然違うわ!」
思わずシャロと二人して突っ込む。
これにベリアはちょっと驚いたような顔をしたが、すぐに懐かしむような笑みを浮かべて言った。
「ああ、やっぱりそうか。そうでなければ、姉さんと同じものを見るのは難しいのか。よかったね、姉さん。レイヴァース卿と会えて」
「それについては本当に良かったが、今はそんな話をする状況ではない。何がどうして世界樹計画なんぞ始めようとしたかはわからんが、直ちに中止せよ。嫌と言うなら無理矢理じゃ」
「ああ、うん、計画ね。悪いんだけど、止め方がわからなかったりするんだよ、実は」
「はあ!? どういうことじゃ!」
「上の最上階にはね、前の世界樹計画の産物、凄く大きい魔晶石があるんだけど、シアさんはそこに入れちゃってるんだ。たぶん、前に核となった人と同じ特性を持っているから入れたんだね。これでひとまず計画は実行したわけなんだけど、中断してシアさんを魔晶石から解放する方法ってのはわからないんだ」
そう無責任なことを言い、ベリアは俺を見る。
「まあ君は上へ向かって確かめてみたらいいよ。私と姉さんはここで再会を懐かしんでいるからさ」
「俺では計画を阻止できないと思ってるのか?」
「え? あ、いやいや、そういうことではないよ。計画を阻止できるならしてしまえばいいんじゃない? 計画を実行するのは魔導王との約束だったけど、それが成功するかどうかは私にとってどうでもいいことなんだ」
「何を言っているんだおまえは……。計画の成就が目的だったんじゃないのか?」
「はは、シアさんにも聞かれたね。私は計画の成就が目的なのではなくて、この計画の実行者という立場が欲しかっただけなんだ」
「それに何の意味がある……!?」
「それは――、姉さんが本気で私を倒そうとしてくれる。何が何でも滅ぼさなければならない敵として、全力で私の相手をしてくれる」
『…………』
ベリアの返答に俺もシャロも言葉を失った。
「ああ、やっと言える。やっとだ。ずっとこれを言いたかった」
唖然とするシャロに、ベリアは本当に嬉しそうな歪んだ微笑みを向け、感極まったように告げる。
「姉さん、僕はこんなに強くなりました」
こいつは……、これを言うために、全力のシャロと戦うためだけにこれだけのことをしでかしたのか?
ここまで来ると、もう怒りよりも呆れの方が先に来た。
だが――
「こんんんの馬鹿者がぁぁ――――――ッ!!」
その身内であるシャロはブチキレた。
しかしこれはベリアの思う壺。こういう場合は望みを叶えないことが仕返しになるのだが……、無理だろうな。
「婿殿! 先に行け! こいつの目的はわしじゃ! わしはこやつを懲らしめてから追う!」
「え、えっと……、わかった」
ベリアとは戦うことになると思っていたのに……、調子が狂うな。
もちろん都合はいいんだけど……。
「あー、じゃあシャロ、あと俺、走るから、メタマルを庭園に戻したい」
「うむ」
うなずき、シャロは杖で空間をぶん殴って即席精霊門を作り出した。
「メタマル、あとは庭園に戻って待機だ」
「おうヨ! きーつけてナ!」
こうして俺はメタマルごとDルーラー改を帰還させ、怒り心頭のシャロと嬉しそうなベリアを残し、最上階となる七十二階へと走った。
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/11/01
※誤字脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/08/04




