第702話 閑話…庭園での戦い(後編)
第一部隊が担当する一階にスナークが転移――。
ここでまず行われるのは、イールによる挨拶からの全体攻撃だ。
それほど強くないスナークはここでごっそりと間引かれ、その後に残る強個体との戦闘が開始される。
「第一部隊の戦闘が開始されましたね。主となっているのは、どうやら蛇型のバンダースナッチみたいですよ」
そうサリスに告げたのはイールの本体。
現在、サリスはイールとコルフィーを補佐として、『バベルの先っぽ』展望台の一角に設置された『地のバベル』専門の司令部で責任者を務めていた。
この司令部の役割は各部隊の情報を一度集中させ、その後に必要な情報を伝えるというものである。
情報の収集も、伝達も、結局はイール任せなのだが、では判断も――、となると少し心配になるため、一度、一般的な『人』の尺度で考えられるサリスを通すのだ。
他にも、なるべく戦力が均等となるよう人員を割り振られた各部隊であっても、実際に戦闘を行うとなればやはり『差』というものが現れてくるため、劣勢となった部隊へ、優勢に戦えている部隊からの人員を送る指示などもサリスに任されることになっている。
「一階が蛇ですか。ここはバートランさんなので間違いないと思いますが……」
「あ、二階にも来ましたよ。ではこちらも同じ手順で……、と。あー、こちらの主はずいぶん小さいですね。ウサギです」
「ウサギ!? ……あ、いえ、失礼しました。コルフィーさん」
「はーい、二階はウサギ、と。ここはサイ・オークさんが居るのできっと大丈夫でしょうね」
コルフィーは大きなボードに貼られている図――『地のバベル』を十七層ごとに区切って横に並べたもの――の二層に『ウサギ』と記す。
この記録は約五分ごとにウマ、ウシ、キツネ、イルカ(という名称の角を生やしたアザラシ)、クマ、ヒツジ――と徐々に増えていった。
「本当に色々いるんですね……、イールさん、現在戦闘に入っている皆さんの様子は変わりありませんか?」
「今のところ善戦していますね。私の世話になるような重傷者も出ていませんよ」
「そうですか」
この報告を聞き、サリスはひとまず安堵し、このまま順調に事が進んでくれることを祈った。
△◆▽
まったく、何という凶暴なウサギだろうか、とサイ・オークは内心つぶやく。
小さく、素早く、そして残忍だ。
元がそうであったのか、それともスナークと化したことでこうなったのか、ともかく『ウサギ』の突撃は斬撃を伴う。『首狩りウサギ』ならぬ『皆殺しウサギ』。その攻撃範囲に無防備に立てば、バラバラに切断されて息絶えることになる。果たしてイールはバラバラになった者も蘇生させられるのだろうか?
いち早くこのウサギの異様さに気づいたサイ・オークは速やかに相手を引き受け、そして戦い続けている。中央空間が広大なおかげで、皆はウサギの攻撃範囲外で他のスナークと戦うことができていた。時折、スナークがサイ・オークの方へと来ることもあったが、それはウサギの突撃の余波によって切り刻まれ、黒く染まった床の一部となっていた。
「さすがは元覇種――、だが、これでもずいぶんと弱くなっているのだな。イールに比べればこの程度。ただ、戦闘力が高いだけだ!」
目にも止まらぬ速さで床を、宙を、縦横無尽に駆け回り突撃してくるウサギを、サイ・オークは『災いを喰むもの』で迎え撃つ。
これで何度目か。
ウサギの纏う『刃』に威力を殺され、きっちり叩き込めていないのがもどかしい。
だが、それでもウサギは怯む。
ならば届いてはいるのだ。
「二十だろうが三十だろうがかまわん、貴様が満足するまで放ってやろう!」
△◆▽
各部隊で割合を多く占めるのが闘士たちである。
闘士たちはどれほど攻撃を受けようと怯むことなくスナークに立ち向かう。その戦いぶりは、もしかすると特別支給された『悪漢殺し』が飲みたくてしかたなく、敢えて負傷も厭わぬ戦い方をしているのではないかと邪推してしまうほどであった。
「リィ殿ぉ! 今です!」
「我らが押さえ込んでいるうちに!」
「この暴れウマを!」
「だぁぁから、邪魔だっつーんだよ! いいからどけ! 本当にお前らごと吹っ飛ばすぞ!」
とある階では邪険に扱われていたりもする闘士たちだが、他の階では概ね活躍している。
中でもヴィルジオが率いる第四部隊では、その独特の連帯意識による連携が部隊の善戦に大きく貢献していた。
「こんの可愛くないクマがぁぁ――ッ!」
「ウゴァァァ――――ッ!」
第四部隊の最高戦力であるヴィルジオが半竜化し、クマ型のバンダースナッチと肉弾戦を行う一方、その邪魔をさせてはなるものかと強個体を排除する部隊員の中でひときわ異彩を放っているのが、ヴァイス・オークとそのサポートをする十五名の闘士である。
「ヴァイス・オーク! 今だ! 飛べ!」
「うぉぉ――ッ!」
手強い強個体の手前で、十五名の闘士は瞬間的に五段の人間ピラミッドを完成させ、ヴァイス・オークはそこを駆け上がって飛ぶ。
「フェニックス・ダイブ!」
大きく腕を広げ、魔導文字のY字のようになったヴァイス・オークは光りを放った。それはかつて戦ったエドベッカが放った『フェニックス・アタック』のようであったが、そちらが非殺傷な人道的奥義であるのに対し、ヴァイス・オークの『フェニックス・ダイブ』は滅ぼすべきものを滅ぼすだけの攻撃力を宿している。
「グラビティィ・インパァァ――クトッ!」
上空からの体当たり。
所詮はその者の重量に比例した衝撃を与える程度のものである。
しかしヴァイス・オークの『フェニックス・ダイブ――グラビティ・インパクト』はそこにどこから生えてきたのかわからない謎の重力が加わり、対象をぺしゃんこにするだけの威力を秘めているのだ。
「圧殺――、完了!」
狙われたスナークは、果たして潰されて床の染みの一部になったのか、倒されてから染みになったのか、それは誰にもわからない。
「よし、では次だ! 行くぞ!」
『おう!』
こうしてまた一体のスナークを葬ったヴァイス・オークと十五人の闘士たちは次なる獲物を目指した。
このように、闘士の多くは決定的な戦闘力を持たないため、敵を引き付けたり、隙を作り出したりする役割を担うことが多かった。
しかし、これが第七部隊となると様子が違った。
もはや人とは思えぬ身体能力で、闘士たちが強個体を討ち滅ぼして行くのである。
いったい何が起きたのか?
「メ、メメ、メディカルの神秘! 凄い、す、凄い! うひょー!」
そう叫んでいるのはメディカル・オーク。
彼の特技――自らが服用した薬物の効果を広い範囲の人々に共有させるという『メディカル・ブレス』によって闘士たちは強化されているのだ。
今回、メディカル・オークが服用したのは未完成の勇者薬である。
イールによって『使用すると著しく知能が低下する』というデメリットを抑制した真・勇者薬もあったが、これは同時に身体強化の度合いも控え目に抑えられているため、今回は使用を見送りになったのだ。
しかし、だからと言って、錬金術ギルドの現ギルド長に『怪力のアホを量産する薬』と言わしめた扱いの難しい薬をこの重要な局面で使用するのは無謀な試みである。
にもかかわらず、旧・勇者薬を使用した理由。
それは単純なものだった。
「い、い、今の一撃! 見た!? 凄い、広背筋が喜んだ!」
「見た! 見た見た! 筋肉が輝いた!」
「お、おれの大腿筋も、見て! びくびくするよ!」
なんと、闘士たちは知能が低下しても普段とそう変わりなかったのである。
この勇者薬を使用した『メディカル・ブレス』は確かに闘士たちの殲滅力を増大させることになったが、その一方、アホ軍団に加わりたくない部隊員たちはメディカル・オークを中心とした荒ぶる筋肉集団から距離を取らねばならなかった。
「おいリビラ! やべえ、アホ軍団がこっちくる! 逃げるぞ!」
「あぁぁ! やりにくいったらねえニャ! ニャーたちは別の部隊に回して欲しいニャ!」
シャンセルは『王女令』による攻撃で、リビラは魔導袋から巨大な手裏剣を出してぶん投げるという戦い方で奮闘していたが、筋肉集団の接近に慌てて戦闘を中断して離れることになった。
△◆▽
各部隊、異彩を放つ者が目覚ましい活躍をする。
それは手刀により斬撃を飛ばすメイド、変幻自在の斧槍に振り回されながらも敵を撃破するメイド、自身の周囲に浮遊させる様々な武器で戦うメイド、果敢に格闘で挑む可憐なメイドであり、他にも七元徳に準えられた神柱棍を振り回す聖女たち、妙な特技を持つ仮面の怪人たち、そして愛くるしい姿ながらも絶大な戦闘力を持つ犬やヒヨコ、ネズミだった。
これに比べると、認定勇者や冒険者の面々は地味である。
しかし、その順当な戦いぶりが戦況を支えていることは間違いなく、彼・彼女らが有るからこそ、飛び抜けた活躍をすることが出来る者が存分に力を振るえるのだ。
「――なので、私たちは私たちの力量に合った戦いをすることが部隊に最も貢献できるのです。間違っても、変に張りきって無理をするのは良くないのです。分かりましたか、我が女王」
「はい! ごめんなさい!」
メイド服を着た少女たちが尋常でないことは『地のバベル』における模擬戦の中で各部隊に知られることになったが、中には割と普通な者もおり、危ないところを仲間に助けられたりもしていた。
※誤字脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/10/30
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2022/09/27
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2023/05/29




