第71話 9歳(春)…キャラクター
さっと覆いをひっぺがすと現れたのは分厚い紙の束、地図、小さな木彫りの人形、絵の描かれたカードの束、そして六面体のダイスと筆記用具などだ。
「これはひとつの物語。とある辺境の小さな村にふりかかる災厄のお話です。これから皆様にはこの物語の登場人物となっていただき、語り手――魔導言語ではゲームマスター、略してGMというのですが、そのGMとなるぼくと対話しながら物語が大団円となるよう攻略していただきます。まずはこちら――」
とおれは履歴書っぽいレイアウトの紙を各人に配る。
「この用紙に皆様の分身となる登場人物を考えて記入していただきます。ただし、この登場人物は物語の人物であり、皆様そのものではありませんのでご了承ください。名前や性別、種族、容姿や年齢などはご自由に。職業や能力は用意したものから選んでいただき、その生い立ちに関しては舞台となる村で生まれ育った冒険者志望の若者とさせていだきます。高齢の人物をお望みの場合は、かつて冒険者になることを夢見ていた人物となります」
説明してみたが、さすがにこれだけですぐ分身となるキャラクターを作成し始められるわけがない。
プレイヤー側用の説明資料も用意してあるが、それを読みながらの作成はちょっと難易度が高い。
そこでおれはクェルアーク家の三人を、ダリスはエドベッカとマグリフのキャラ作成をサポートする。
まず最初に決める項目としては名前・性別・年齢・種族・職業である。
おまけとしてキャラクターの肖像欄もある。
「お話のなかの人を作ればいいの? 名前ってどんなのがいいの?」
「難しく考える必要はないよ。ミーネは――、名前はミーネで性別は女性、人族ってすればいいんじゃないかな。あ、年齢はちょっとあげようか。十二歳くらいで」
「ふむふむ。じゃあミーネ……っと」
「ふむ、では儂はバートとしておこうか。せっかくだから若くしよう。十五歳、と」
「じゃあ僕はアルに。年齢は十七歳のままでいいね。はは、祖父より年上になったよ」
ふんふんと話を聞いていたバートランとアル兄さんも続いて書きこんでいく。
「職業ってどんなのがあるの?」
「冒険者ギルドに登録されているものは一通りあるよ」
などとミーネに説明していると――
「ほう、ちゃんと魔道具使いがあるではないか」
「儂ぁシャーロットのようになりたかったんじゃ。だからぴちぴちの女の子の魔法使いになって名前はシャーロットにするんじゃ」
いい歳した大人たちもなんか盛りあがっていた。
あとジジイ、ぶっ殺すよ?
「エド、わかったから落ちつけ。一応言っておくが、魔道具を使うには魔石を確保する必要があるからな。あとマグリフ殿、それはいくらなんでも……、子供たちが心配でついていく祖父役ということでどうでしょうか」
「それはあんまりじゃ!」
このキャラクター作成、どうやらマグリフ爺さんのつついてはいけないものをつついてしまったらしく、ダリスが説得しようとしても爺さまは断固として女の子になることを望んだ。
まあいいんだけど。
いいんだけどさ!
「ねー、わたしの魔導剣士ないよ?」
「今まで前例がない職業はさすがにないな。剣と魔法が使える、ってふうにするしかない。ただその場合――」
キャラクターの基礎能力値は決まっており、そこに自由に割り振れる値を加算して最終的な能力値が決定する。
能力値は力強さ・器用さ・素早さ・精神力・知性だ。
剣士なら力強さが重要になり、魔道士なら知性が重要になる。
なので両方に数値を割り振ると、その段階ではどっちつかずなキャラクターということになってしまう。
「んむむむむー……」
そう説明したらミーネがめちゃくちゃ悩み始めた。
「いや、そんなに悩まなくても……」
「だって剣と魔法だとどっちも弱くなっちゃうんでしょ? ならどっちかにしたほうがいいじゃない。でもどっちにしたら……」
「あー、えっとな、最初に決めたままで最後までいくわけじゃないんだ。物語を進めていくなかで成長して強くなっていくから、そうなれば剣も魔法もそれなりに強くなる。もちろん剣だけを、魔法だけを成長させていくよりは弱いけど、両方使えるのはそれはそれで強みになるんだ。剣じゃ厳しい魔物には魔法を、魔法が効きにくい魔物には剣を、そうやって使い分けることができるからな。最初の弱いうちはみんなに頼ればいいんだよ」
「じゃあ剣と魔法でいくわ!」
ようやく納得してミーネは数値の割り振りにかかる。
人族は平均なので各能力が10となっている。
そこに自由に割り振れる数値を足していく。
ミーネは指を折々して足し算を始めた。
「儂は剣士だな」
「僕はなにか魔法を使える職業にしたいな。あ、治癒魔法の使い手があるね。これは貴重だ。僕はこれにして、みんなの怪我を治してあげようかな」
ふむ、クェルアーク家は攻撃一辺倒になるかと思ったが、意外とバランスのいい組み合わせになった。
「この生命抵抗値と星幽抵抗値ってなに?」
「生命抵抗値は毒とかに抵抗したり、アンデッドの影響をはねのけたりするための値だ」
「アンデッドの影響って?」
「……えー、どう説明したらいいかな。ミーネはアンデッド系の魔物はどういう存在なのかどこかで聞いたことある?」
「ふえ? 死んでるんでしょ?」
「そう、死んでるんだ」
おれは計算などのメモ用に用意しておいた紙を一枚取り『生命力』と書きこんでその下にざっと一本の横線を引く。
そして真ん中あたりに0と記入する。
「この0から右が生き物としよう。例えばおれの生命力は5とする。攻撃されてケガをすると、この数が減っていって、最後には0、なくなってしまう。こうなるとおれは死んでしまう。この例えはわかる?」
「なんとなく……」
「うん、なんとなくでいいよ。それで、この0より左側にあるのが死の向こう側にあるもの――アンデッドの領域だ。何らかの理由によって、0を飛びこえてしまった者たち。やはりこちらにも数があって、攻撃してその数を削って0にすることで消滅させることが出来る」
おれは左側にも同じように5と記入する。
「それで、この0の両方にある5は、生きている者の5と、死んでいる者の5、という力があってお互い引っぱりあってるんだ。今は同じ数字だから拮抗してるけど、もしこれが一方だけ極端に大きい数字になるとどうなると思う?」
「引っぱられちゃう?」
「そう。引っぱられる。とてつもない生命力にあふれた人は、低級のアンデッドをそのひっぱる力だけで消滅させることが出来る。逆に高位のアンデッドはただそこに現れるだけで人を殺せる。それどころか0を飛びこえさせて、下僕にしてしまうんだ」
「じゃあ生命抵抗値っていうのは、その引っぱる力に抵抗する力ってこと?」
「そう。まあ適当な説明だからそんな感じと思ってもらえれば――」
言いつつふと視線を手元の紙から戻すと、大人たちがぽかんとした顔でおれを見ていた。
「今の例えは、誰かに教わったものなのかね?」
エドベッカに尋ねられて、おれは引きつった表情で答える。
「あー、いえ、今のはなんとなく理解してもらうための思いつきですから、そんなに真面目にとりあう必要もない話です」
「いやいや、そんなことはないぞ。おもしろい発想じゃ。今度、授業ではそう説明しようかの」
長い髭をなでーなでーとしながらマグリフが言う。
「では星幽抵抗値というのはなんなのかね?」
「こちらは魔術や魔法への抵抗です。高いほど被害を軽減できる。魔導学的に言うなら破界の影響力というところですが、この遊びでは自身の抵抗力だけに焦点をおいています」
「破界ときたか。おまえさんその歳で詳しいのう」
「座学だけはみっちり受けましたので……」
そう言えば母さんのサンダーアローをぶん殴ってどうにかしていた父さんの星幽抵抗値ってどうなってんだろう。
「横に小さく書かれていますが、生命抵抗値は力強さの数値を2で割り、そこに精神力の値を合計したもの、星幽抵抗値は知性を2で割り、そこに精神力を合計したものになります」
「ということは精神力は重要じゃのう……」
ふむふむとうなづき、マグリフは数値の割り振り作業に戻る。
「ねえねえ、このあいてるところは?」
とミーネが聞いてきたのはキャラクターの肖像欄だ。
「自分が演じる登場人物の顔を描くところ。描いてもいいし、描かなくてもいいよ」
「描いて」
ずい、とキャラクターシートを押しつけられる。
「自分で描いたほうが愛着がわくと思うけど……」
「わたしだとうまく描けないもの。だから描いて」
「……あい」
ここで押し問答になっても時間が無駄になるだけだ。
仕方ないのでちょいちょいと簡単な似顔絵を描いてやる。
すると――
「儂もたのむ」
「僕もおねがい」
バートランとアル兄にも押しつけられた。
アル兄はまだいいとしても、爺さんはどうしたらいいんだこれ。
まずアル兄の似顔絵を描いて、それをもとに厳つい表情のアル兄を描いてこれをバートとした。
ほほっ、とバートランはちょっと嬉しそうに笑った。
さて、野郎どもはどうなったと目を向けると、マグリフは肖像欄にびっくりするくらい上手な少女の肖像を描いていた。
名前はシャーロットではなくシャーリーとなっている。
「導名の影響がのう……」
マグリフ爺さんは残念そうに言う。
よかった。
導名の影響力が仕事してシャロ様の名前は守られた。
マグリフは残念がりつつも、ついでとばかりにダリスやエドベッカの肖像もちょちょいと描きあげる。
「ほほっ、手慰みの趣味がこんなところで活用できるとはのう」
あんた本当にちゃんと仕事してる?
「ねーねー、この技とか魔法ってどんなの選んだらいいの?」
困惑顔でマグリフ爺さんを眺めていたおれの服をミーネがちょいちょいとひっぱる。
ミーネは特殊技能の選択で再び悩んでいた。
このゲームはキャラクタークラスによって使える特殊技能が制限されているということはないので、本当に好きなように選んでいい。
ただ、それがそのキャラで有効活用できるかどうかはステータス次第である。
初期設定ではまず二つの特技を設定する。
「剣の技と魔法をひとつずつ選べばいいんじゃない?」
「うん、どれを選んだらいいの?」
そこは自分で決めたほうがいいと思うんですけどね。
「じゃあまずはパワースラッシュと……」
パワースラッシュは魔技の基本の基本。
魔技とは己の体によって魔術を行使し始め、変態的に強くなるための第一歩を踏み出した者たちが使えるようになる魔術の一種。
パワースラッシュは単純に魔力を込めた威力アップ技だが、より進化した変態となればさらに特別な魔技を使えるようになるらしい。
ちなみにおれは魔導素質が無だったので使えません!
「魔法は火の攻撃魔法のファイヤーアローでいいんじゃない?」
「じゃあそうするわ」
あっさりと納得してミーネは特技を書きこむ。
一方、ほかのメンバーは頭を突き合わせるようにして能力リストと睨めっこをしていた。
ゲームに必要な資料はおれがサポートするクェルアーク家用と、ダリスとエドベッカとマグリフの三人用ということで二部用意。
もちろんおれの手書きである。
おれ頑張った。
キャラクター作成作業は思ったより時間がかかり、昼食は作業しながら軽食をとることになった。
大の男が義務的にサンドイッチを口に押し込みながら、せっせとキャラクターを作成している様子を使用人たちはやや困惑気味に眺めていた。
「ふむ、ではこのフローズンアクシデントというのは実力的に可能であれば想像次第でどんな状況でも作り出せるということじゃな?」
キャラクターを作成し終えたマグリフは紙の束――ルールブックとして商品化する予定の原稿を読みつつ、おれに質問をする。
キャラクター作成が一番早かったのはすでにプレイしたことのあるダリスだったが、マグリフはそれに続いて二番目に早かった。
知識人だからなのか、それともTRPGに適性でもあったのか。
「そうです。使用できる回数はパーティで共有されて……、この試遊会では三回が上限となっています。この回数は全滅をした場合に少し前からやりなおせる回数でもあります。なので無闇に使うことはおすすめできませんね」
「ふむふむ、なるほどのう」
爺さまのTRPGへの適応力の高さにちょっとびびりながら、おれはバートランとアル兄さんのキャラクター作成を手伝う。
やがて昼食も終わり、使用人たちが退出したところでようやく六名のキャラクター作成が完了する。
まずはパーティリーダーとなるミーネのキャラクター。
名前はそのままミーネ。
舞台となる町で生まれ育った六人の幼なじみグループの妹。
好奇心旺盛でおてんば。
将来は冒険者になることを夢見る十二歳。
ミーネをそのまま落とし込んだようなキャラクターとなっている。
キャラクタークラスは魔法剣士。
特殊技能は剣技の〈パワースラッシュ〉と魔法の〈ファイヤーアロー〉だ。
次にアル兄さんのキャラクター。
名前はアル。そのまんまミーネの兄。
目を離すとなにかしでかし、いつも生傷のたえない妹を心配するあまり回復魔法を身につけてしまったお兄ちゃん。
冒険者となるべく妹が町を飛びだしていくならそれに同行しようと考えている過保護な十七歳。
キャラクタークラスは治癒魔道士。
特殊技能は治療魔法の〈ヒーリング〉と仲間の身体能力・生命抵抗値を向上させる〈ブレス〉。
そしてクェルアーク家三人目、バートランのキャラクター。
名前はバート。ミーネとアルの家のご近所さん。
剣士として名をはせることを夢見ているが、冒険者になることを親に反対され町にとどまっている。
ミーネが飛びだしていくときこっそりついて行こうと考えている十五歳。
キャラクタークラスは剣士。
特殊技能は剣技の〈スラッシュ〉と常時回避能力が向上した状態になる〈体捌き〉。
四人目はTRPG経験者のダリスのキャラクター。
名前はそのままダリス。詳しい設定はとくにない十五歳。
エドベッカやマグリフのサポートをしていて決める余裕がなかったというのが実情だ。
キャラクタークラスは戦士。
特殊技能は常時防御力が向上した状態になる〈不屈〉と仲間が敵からの攻撃を受けるとき身代わりになることができる〈かばう〉。
レイヴァース家で試遊したときは探索者をやっていたが、今回はこのゲームを円滑に進めるため盾役をやってくれるらしい。
五人目は魔道具大好きエドベッカのキャラクター。
名前はエド。かつて冒険者であった祖父からもらった魔道具をきっかけに魔道具の魅力にとりつかれ、将来は冒険者となってありとあらゆる魔道具を手にいれることを夢見るようになった十三歳。
キャラクタークラスは魔道具使い。
魔道具の効果を向上させることができるクラスである。
このクラスを選んだ場合、特殊技能のかわりに魔道具を入手することもできる。
最初に入手できる魔道具は攻撃用、防御用、補助用といくつか用意されているが、エドベッカは〈遠見の筒〉という補助用――端的にいうと望遠鏡のようなもの――を選択した。
そして特殊能力――常時誤射の確率をへらす〈射撃の才能〉をとり、武器にボウガンを選んだ。
そして最後にマグリフのキャラクター。
名前はシャーリー。
シャーロットのお話を聞かされるうちにすっかりシャーロットのようになることを夢見るようになり、魔法の才能があることが判明してさらに拍車がかかった少女。
聖都から配布されるシャーロット魔法指南書を暗記するまで読みこみ、王都の魔導学院に入学できるよう、来る日も来る日も魔法の修練に明け暮れる努力家の十二歳。
魔法をいかして農地の開墾などを手伝い、そこで得た報酬を貯めてシャーロットの本を購入してさらに知識を深める。
魔法は特に土の魔法に適性があり、いずれ一流の土魔法使いとして名をとどろかすつもりでいる。
キャラクタークラスは当然ながら魔道士。
特殊技能は土を思い描いたように成形できる〈アースクリエイト〉と魔法の威力や効果を常時向上させる〈魔法制御〉を習得。
なんか爺さんのキャラだけ濃いな!
爺さん、もしかして毎晩目を瞑って眠るまでのあいだ、少女になって空想の冒険にでも旅立ってたんじゃなかろうか。
それくらいでないとこの適応力の高さが説明できない。
まったく恐ろしい爺さんだ。
まあとにかくキャラクターは完成した。
いよいよ開始だ。
ちまちまと、作るのに三年もかけてしまったTRPG。
導名を得るための第一歩。
おれは最後に集まったみなを見回し、ひとつ深呼吸する。
「それではこれより開始します」
願わくば……
なんか鼻息の荒くなっているご令嬢に、多少なりとも良い影響がありますように。
「冒険の書――廃坑のゴブリン王」
※誤字の修正をしました。
2017年1月26日
2017年4月28日
※さらに修正しました。
2018/12/19
※さらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/03/14
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/05/15




