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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
11章 『想うはあなたひとり』編
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第697話 閑話…戦う理由(前編)

 高く高く、空へ。

 まずは竜皇国から派遣された竜騎士の一人であるレムニヴがデヴァス、そして同じく竜騎士のフィンバーを背に乗せて飛ぶ。

 二人は先のメルナルディアで起きた騒動の際、飛行能力に優れているという理由で推薦された竜騎士であり、今回もまた同じ理由からの作戦参加となった。

 作戦内容が伝えられたとき、二人はこの任務がそう難しいものではないと高を括っていた。

 確かに内容は『空の高い位置を飛び続けて瘴気領域の中心部へ向かう』というだけのもの。

 単純な作戦だ。

 本当に重要で困難なのはそこから、つまりデヴァスばかりが過酷な飛行を行うことになると考えたのである。

 が、しかし、レイヴァース卿の指示により高々度の飛行訓練を行ったことで、この任務がそんな容易いものではないことをようやく理解することになった。

 これは二人ばかりでなく、デヴァスにしても同じである。

 訓練により判明したのは、高々度の上空というものは生き物が飛ぶのに適した領域ではないということだった。

 問題は大きく三つ。

 風、寒さ、そして呼吸のし難さである。

 まず風だが、当然ながらそれを直接目で見て確認することはできない。

 これが地上であれば様々なもの――例えば揺れる草木、波打つ水面といったものが間接的に風が吹いていることを教えてくれる。

 だが雲の種類によっては睥睨するような高度ともなると、進む先で風がどのように吹いているかを知る術が無いのである。

 いや、これがただの風ならばよいのだ。

 問題はこの風がとてつもない力を秘めた気流ということであり、これに巻き込まれてしまうと、竜とて風に弄ばれる木の葉のようになってしまうのである。

 空から地上の様子、地形などを把握できれば多少は警戒することも可能であったかもしれないが、残念ながら飛行部隊が飛ぶ空の下は遙か先まで真っ黒な瘴気の雲に覆われて何も見通すことができない。

 暴風の渦が壁のようにそこにあっても、実際に揉まれてからでないとわからないのだ。

 この気流は実にやっかいな問題だが、それでもまだ耐えることができ、立て直しも効く。

 しかし次の問題は防ぎようのない気温であった。

 高々度の空というものは、とてつもなく寒い。

 まるで氷の魔法を常にかけ続けられているようなもの。なんとか竜の体ならば耐えられたが、苦痛はある。とてもではないが、のどかな空の旅とはいかない。

 さらに極めつけに問題だったのが、高々度の上空は空気がとても薄いことであった。

 高い山の上は空気が薄いと知られているが、その遙か上空となればどうなるか? 急に高度の高い場所へと移動した場合、体が順応しきれず頭痛、吐き気、目眩などが起きる。これは高所順化によって解消される問題だが、そんな高地よりも遙かに上空となれば順応のしようがない。

 それでも、さすが竜と言うべきか、ある程度の時間は耐えられる。

 しかし、それもせいぜい数十分。

 無理をすれば意識を失っての墜落が起きる。

 竜は魔素の中を泳ぐため飛行自体には問題なかったが、長い時間飛び続けることは不可能だった。

 そこで竜騎士の二人は、三十分ほどの区切りで交代しつつ瘴気領域の中心部を目指すことになった。

 竜になった同僚の背に乗っている状況では、厳重な厚着、シャロから支給された装飾品、そして呼吸の補助をする魔道具によって体力の回復を図ることができる。

 デヴァスは交代の度にレムニヴとフィンバーの背から背へと飛び移るという曲芸をすることになったが、三日間みっちり訓練を行ったのでそつなく行えるようになっており、もし失敗して落下したところでその時は自身が竜となってやり直しができるのでそう問題でもなかった。

 この訓練時、なんとなく話題になったのは、自分たちの祖先である古き時代の竜についてだ。

 古代竜とも呼ばれる祖先たちであれば、この過酷な空であっても構わず飛び続けられたのだろうか、と。

 かつて比類なき強さを誇った竜。

 しかし邪神との戦いにより数が減り、もはや竜族のみでは絶滅を逃れ得ない状態に陥った時、選んだ選択は他種族との混血であった。

 結果、代を重ねるごとに『竜』としての力は弱くなり、竜化できない者も増えていく。例え竜になれたとしても、薄くなった血の影響はその強さにも表れた。一般的な尺度からすれば竜というただそれだけで強いのは確かだが、『古代竜』と区別されるようになった祖先からすれば、とても『竜』を名乗るに相応しくない、竜に似た何かと断じられるのではないだろうか。

 しかし、例えそうであったとしても、竜となれる者は現代においては強者であり、期待される存在である。

 それがデヴァスには重荷だった。


    △◆▽


「デヴァス、お主もう記憶が戻っておるのではないか?」


 ある時、ヴィルジオからそう尋ねられたデヴァスは、素直にそれを認めた。


「お主は妾の竜鱗を一目見ただけで何者か判断したようだが、やはり生まれはザッファーナなのか?」

「はい」

「ザッファーナを出たのは竜化できるとわかる前か?」

「いえ、後です。私が完全な竜化ができるとわかったのはまだ少年の頃でした」

「わからんな。さぞ喜ばれ、持て囃されただろうに」

「ええ、そうですね。しかしそれは、私にとって余計な期待だったのです。好む好まざるに関係なく、対スナーク、対魔王の戦力として軍に組み込まれることが決定している人生に私は悲嘆しました」


 曖昧な微笑みを浮かべ、デヴァスは続ける。


「竜として生まれただけで、穏やかな生活を送ることができない。これに嫌気がさした私は軍に放り込まれる前に故郷を捨てました。そして紆余曲折の結果、傭兵団の団長という、いったい何の為に国を出たのかわからない状態になっていました」

「穏やかな生活か……、なるほどな、記憶が戻ってもそのまま屋敷に留まって大人しくしていたのは、それが望みであったからか」

「はい。この屋敷での生活は、いつか思い描いていた夢の続きでした。できればずっとこのまま仕えさせていただければと思っています」

「そうか。ならば……、まあこのままでよいか」


 屋敷に置いておいても問題は無いと判断されたデヴァスは、それからも庭師としてレイヴァース家に仕えることになる。

 しかし、この生活の中でデヴァスの意識は少しずつ変化していくことになった。

 レイヴァース卿は戦いを好まない。

 その感覚はよく理解できるが、にもかかわらず彼は尋常ではない戦場に身を置くことを躊躇わない。

 それは力ある者の責任感からだろうか?

 かつて自分に課せられていたものと同じだろうか?

 いや、それは違う、とデヴァスは考える。

 レイヴァース卿は『力ある者』というわけではない。

 単純な強さで言えば、シア嬢やミネヴィア嬢の方が遙かに強い。いやそれどころか、メイドたちの中で真ん中くらいの強さだろう。

 戦いを好まず、強くもない。

 にもかかわらず戦うその真意は?

 導名のためだとしても、死んでしまったら意味がない。

 いったいどこからその『意志』が発生しているのか、デヴァスにはわからなかった。

 もし、自分にもそんな『意志』があれば、勇敢に戦うことができるのだろうか、とデヴァスは心のどこかで自問自答を続けた。

 そして――、今。

 世界樹計画が再開すると聞いたデヴァスの胸に宿ったもの。

 もし再開を許せば、もうこれまでのような生活はできなくなる。

 あの屋敷での日々が失われる――、それは我慢ならないことだった。

 世界のためとか、人々のためとか、そういう大それたものではなく、デヴァスにとってあの屋敷での生活が、あの屋敷で暮らしている者たちが大切に思えるからこそ、やらねばならぬと自分でも不思議なほどあっさりと覚悟が決まったのだ。

 彷徨い続けた日々の果てに辿り着いたレイヴァース家で、デヴァスは戦いに赴くためのささやかな理由を見つけたのである。


    △◆▽


 竜騎士の二人は交代しつつ飛行を続けた。

 途中、乱気流に煽られ、三人仲良く宙を舞ったりもしたが、なんとか飛行を継続し、ようやく目指していたものが見えてくる。

 それは眼下覆い尽くす暗き雲、その中心たるとてつもなく巨大な渦であった。


「ありがとう」


 ここでデヴァスは竜騎士の二人に感謝を述べた。

 一人では到底辿り着けなかった出発地点に立てたのは、間違いなくこの任務を成し遂げてくれた二人の努力あってのものだ。

 デヴァスは竜に姿を変えたあと、瘴気に耐性を持たせるための魔道具、それからアークがすっぽりと収まり頭だけ出ているベルトの長い鞄を首飾りのようにかけ、さらに人の姿になって背に乗ったレムニヴとフィンバーにしっかりと固定してもらう。

 この作業が終わると、レムニヴとフィンバーは二人とも竜の姿になって言った。


「頑張れよ」

「頑張ってくれ」


 二人は簡潔な言葉でデヴァスを励ます。

 一緒に訓練を受けた三日間は、短くはあれど濃密なもので、時間の許す限り三人は色々なことを語り合い、確かな絆が生まれていた。

 故に、多くを語る必要は無かった。


「ああ。では、また後で」


 最後にそう告げ、デヴァスは渦の中心、その深部へと下降を開始した。


※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/10/20

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/07/13

※さらにさらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2022/01/31


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