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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
11章 『想うはあなたひとり』編
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第693話 14歳(春)…猶予二日目

 猶予の二日目。

 俺のやることは一日目とそう変わらない。

 庭園で六門軍や黄門軍が訓練する様子を見学するのと、また出来上がった分の薬草汁で『悪漢殺し』を製造するくらいである。

 さっそく庭園を訪れたところ、六門軍の訓練がすでに行われ始めており、ひとまず俺と同行する皆は作戦本部となっている『バベルの先っぽ』の最上部にある展望台へと向かった。

 到着後、まずはロシャからの報告を受けていたが、そのうちに六カ国の王様や代表たちも集まって来た。


「おお来たか。と言うことは今は朝なのだな。ここは良い場所だが常に明るいので時間の感覚がおかしくなるのが問題だな」


 そう言って笑ったのはドラ父さん。

 ちょっと話をしていると、さらに他の王様たちも集まってきて気づけば簡単な会議になっていた。

 昨日はずいぶんと悲壮な気配を漂わせていた王様が多かったが、今朝は見違えるように落ち着き、体操着姿ながらも威厳を感じさせるくらいになっている。

 ただ……、多くの王様がその手に小さなスライムを握っており、もみもみしたり、ぺちぺちしたりしているのが気になる。

 もうスライム無しではいられない体になってしまったとか、そんなことはさすがに無いと思うが……。

 その後、ロシャに勧められ、六門軍が訓練する様子を少し見学することになった。

 昨日は体操着だった兵たちも、今日はしっかりとした装備を身につけている。


「あの各軍に色分けされた鎧は――、ああ、イールですか」

「うん。頼んで全軍の装備を用意してもらった。こう言っては何だが……、見た目や性格に反して本当に凄まじいな、イールは」

「ええ、実はすごいんです」


 あいつが人に好意的なのは本当に幸いなことだった。


「こうして見ると、全体の動きがだいぶ良くなっているのがわかりますね」

「昨日はどう軍を動かすか、こちらの試行錯誤もあったからな」


 何しろ急だったのでな、とロシャは苦笑する。

 いや、昨日の今日でここまでまとまりが出てきているのは凄いことだ。


「なにしろ急ごしらえの混合軍だ、動かそうとしても混乱するばかりで軍の体をなさないのではと思ったが、危機感に裏打ちされた真剣さが急速に練度を上昇させているらしい。一人一人が、本気でどうすればいいか考えながら訓練を行うのは大きい」


 なるほど、と納得しつつ、予想以上に上手くやってくれているロシャや王様たちに感謝する。


「それでな、今日は実際に魔物と戦う訓練も予定しているのだ」


 この実戦訓練は三時間ほどの間、ひたすら襲い掛かってくる魔物の群れと戦い続けるという内容である。


「三回を予定しているのでな、そろそろ最初の実戦訓練を始めようとしていたところだ、せっかくだからそれも見学していくといい」

「そうですね、ではそうします」


 この後の予定は地下深くで訓練を行っている黄門軍の様子を見学して、それから『悪漢殺し』の製造をするくらいなので、ここで時間が押しても特に問題にはならない。

 こうして俺は実戦訓練を見学することになったのだが――


「なんだか上手くはめられたような気がする……」


 訓練開始に際して、全軍に向けちょっとお話をすることになった。

 いらねえだろ、とは思ったが、そう言えば王様たちを焚きつけて兵を集めさせたまま任せきりだったので、助けてもらう俺としては戦ってくれる人たちに挨拶くらいはしておくべきかと思い直したりもしたりする。

 ちょうどいい機会かもしれないな、と俺が納得したところ、あれよあれよと準備が進み、現在、俺はイールが『バベルの先っぽ』前ににょきっと生やした大きな舞台のど真ん中に立っていた。

 正面には六門軍と黄門軍の皆さんが整列しており、すぐ背後には各国の王様や代表者がずらっと並んでいるという、非常に息の詰まる状態である。

 もはや緊張感すら漂う状況のなか――


「いいよー、いいよー、物憂げな表情が素敵よー」


 まるで異次元からやって来た珍獣のように、うきうきとした様子で舞台の下から俺を撮影しているのはルフィアであった。

 なんだか気が抜けるのだが……、まあいい、とっとと始めて、とっとと終わらせよう。


『どうも、レイヴァースです。この度は、急な召集になってしまったこと、本当に申し訳なく思っています』


 無難に無難に。

 協力してもらうのは俺だからな、その辺りは気を使う。


『しかし、今回は僕だけの頑張りではどうにもならない事態、こうして集まってくれたあなたがたの協力がどうしても必要でした。このような事態が起きるに至った経緯、皆さんも思うところがあるでしょう。そして、どうして自分が戦わなければならないのかとも、思う方がいるのではないでしょうか』


 職業軍人としての使命感、当人の義侠心、そういったものを省いて残る本心はきっとそんなものだろう。


『ですがどうか理解して頂きたいのは、これは無関係な者の居ない未曾有の事態であるということです。そして、いつか訪れるはずであった危機ということです。どうして今なのか、そう思いもするでしょう。僕だってそう思います。ですが――、それでいいのでしょうか?』


 問いかけ、少し間を空けてから話を続ける。


『僕たちはいずれ死にます。どれだけ努力しようと、死は必ず訪れるものであり、これは先延ばしにすることは出来てもいつかは受け入れなければならないことです。しかし、この場にいる誰もが天寿を全うした後も人の営みは続いていきます。それは貴方がたの子供が、孫が、その子孫が引き継いでいくからです』


 それはごく当たり前の事実でしかないが、今この場では改めてそれを意識してもらいたかった。


『そんな子らに、今回の危機を押しつけたいと思いますか? 今を生きる自分たちが幸せであればそれでよいのですか? 僕は――、であるならば、ここで問題が起きて良かったとすら思います。何故なら、ここで終わらせることが出来るからです。災厄に苛まれる事のない世界を、先に生まれる子らに贈ることができるからです』


 人々はその状態を想像することはできるだろうか?

 なにしろ、この世界は『いずれ魔王が誕生する』という不安をずっと引き継いできたのだ。

 だから想像してみてほしかった。

 後の世に対する、後顧の憂いのない状態というものを。


『僕は、胸を張って伝えたい。いずれ生まれてくるであろう子らへ。ここに集まった人々が世界を救ったのだと。そして貴方がたもどうか胸を張って伝えて欲しい。自分たちが世界を救ったのだと。僕たちが希望を繋ぎ、それと同時に世界が救われる瞬間に立ちあえる。それは光栄で誇り高いこととは思いませんか?』


 名誉ある戦い――、それは戦士を鼓舞する常套句だが、今回に限っては誰もがそれを認めるだろう。

 今の世も、後の世も、場合によっては唯一の『聖戦』であったと語り継がれるのかもしれない。


『繰り返します。今回の事態はいずれ訪れる危機でした。しかし、これは未曾有の危機であれど不可避な死ではありません。乗り越えることのできる試練なのです。ですから、どうか戦ってください。凌いでください。僕が塔の最上階へ辿り着くまで凌ぎきれば、それで勝ちです。必ず――』


 と、俺は握りしめた右拳を掲げて言う。


『僕がすべてを終わらせます』


 断言し、ひとまず俺は語り終えた。

 静寂。

 反応は――、無い。

 あれ、これはちょっと外してしまったのだろうか……、せめてお情けの拍手くらいしてもらいたいんだけど。


『ご、ご静聴、ありがとうございました』


 もうこの場には居られぬ……!

 俺はそそくさと逃げだそうとふり返ったのだが、そこでどっと歓声が上がった。

 びっくりして思わずビクッとしてしまったくらいだ。

 時間差で反応するとか、心臓に悪いのでやめて欲しい。


「さすがじゃのう、婿殿」


 いそいそと塔に引っ込んだところ、出迎えてくれたシャロが言う。


「さすがってほどでもないよ……」

「そうかの? 悪神が去った後に市民たちを落ち着かせたり、国王たちを脅したりと、婿殿はこういうのが得意かと思ったんじゃが」

「いきなりだったから、間に合わせでそれっぽいことを喋っただけだし。まず俺の目的はもっとみみっちくて、とりあえずシアを連れ戻すってだけだからさ。あとはそれを実行するのに人手が必要で、その人手を動かすのに建前が必要で、なるべくなら気分良く働いてもらおうってだけなんだ」

「それをさらっとやるのがさすがと言うのじゃが……」


 納得いかないようなシャロだったが、そこでサリスが言う。


「得手不得手は別として、御主人様自身が得意と思っていないというだけなのかもしれませんね」

「ふむ、これまでにもこういう事はあったのかの?」

「ありましたよ。私が立ち会うことのできたのは、エクステラ森林連邦のスナーク防衛戦での演説と、ヴァイロ共和国でティアウルさんを取り戻す際に行った演説ですね。特にヴァイロでの宣言は『勇者王による悪役宣言』として世界的に有名になりました」

「それはわしも見たかったのう……」

「いやそんな目で見られてもどうにもならないし……」

「シャロさん、そこはルフィアさんの記事を読めば、雰囲気は掴めると思いますよ」

「おおそうか、ルフィアは――」


 とシャロが捜したところ、ルフィアはイールから紙を受け取っていた。

 何だあれ?


「はい、演説の内容はしっかり記録しましたよ」

「ありがとう! さすがの私も撮影しながら記録はとれないから、すっごく助かったわ!」

「おぃぃ! おまえまた記事にすんの!?」

「え? そりゃするわよ。だってほら、今は少しでも人々の不安をやわらげないといけないところでしょ? この演説の記事はきっとその役に立つわ!」

「ぐ……」


 そう言われてしまうと、もう俺はルフィアを止めることができない。


「じゃあ、さっそく仕上げるから!」


 そう言い、ルフィアはすぐに立ち去っていった。

 あいつホント無駄にフットワークいいな。


    △◆▽


 それから――。

 初となる六門軍の実戦訓練が開始された。

 展開し巨大な円陣となった六門軍を、ぐるっと包囲しているのはスナーク役の真っ黒スライム軍団である。


『始め!』


 やがてロシャからの合図があり、真っ黒スライム軍団が一斉に六門軍へと押し寄せる。

 六カ国のスナーク戦は押し留めた後に殲滅という手順を踏む国が多いが、今回は何日も防衛するのではなく、半日を凌げばいいというものである。そこで戦い方は竜皇国のそれ――、要はとにかく殲滅という戦い方になっている。

 この戦いは三時間で切りあげられ、それから兵はしばしの休息。塔で観戦していた者たちは問題点の話し合いと修正が始まる。

 なかなか厳しいようだったが、こうした状況をあらかじめ経験できるのは僥倖だろう。想像だけの戦術でもって、いきなり瘴気領域の中心で戦うなんてのは、多大な犠牲を覚悟してのものでしかない。

 イールと出会ってなければどうなっていたかと考えると、少し恐いくらいだ。

 さらにイールは『門』の内側に運びこまれた負傷者を片っ端から完全回復させており、この安心感、心強さは戦う者たちの士気の低下を防ぐのにも一役買っていた。

 最初の実戦訓練は『お試し』であり、用意された魔物の強さも手加減されているらしく、それを思うとかろうじて凌ぎきったという結果は成功とは言えないかも知れない。

 だが、まだ時間はある。

 すべてはここからの頑張り次第だ。


※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/01/28


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