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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
11章 『想うはあなたひとり』編
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第692話 14歳(春)…猶予一日目・誤算

 広場を埋め尽くした黒いスライムはその形を流動的に変化させ、それは踊っているようにも、のたうち回っているようにも見えた。

 俺はその光景を茫然と眺めていたが、ただ惚けているだけでは何の解決にもならないと、今回集まった者たちに模擬戦を行ってもらうことにした。


「あ、私もやるー! とにかくぶっ飛ばせばいいのよね!」

「わしもやるぞ!」


 意気揚々と参加を申し出てきたのはミーネとシャロ。

 これを皮切りにメイドの中からも希望者が現れ、ティアウル、リビラ、シャンセル、リオ、アエリス、ジェミナ、ヴィルジオ、シャフリーンも一緒になって戦うことになる。

 一方、見学に回るのは俺、クマ兄貴を抱えたアレサ、コルフィー、そしてサリスだ。


「さて、ではどう戦うかを決めねばならんな。ただ無闇に戦闘を行うのでは意味が無い。なるべく効率良く、こちらに被害が出ないような戦い方をせねばならん」


 戦い方について俺からの指示は特に無いため、ここでシャロが模擬戦参加者を仕切り始めることになったが、ここに集まった面々にはすでにシャロがシャーロットであると伝わっているのだろう、これについて文句を言う者は現れず、皆、大人しく話を聞いている。


「とは言え、何もこれ一回きりというわけでもない。そこでまずは単純で効果的な戦いを行ってみるとしよう。要はあれじゃ、わしが魔物の群れに魔法を叩き込んで弱いのをあらかた片付けるので、後は残ったものを順番に潰していくというだけの話じゃ。簡単じゃろ?」


 適当な作戦のようではあるが、それが可能ならばこれほど効果的な戦い方はそうそう無い。

 まずはシャロの提案通り戦ってみることになり、シャロの他、魔法が使える面々が一緒になって魔法大会を開催することになった。


「準備はよいか? では――開始じゃ!」


 シャロが叫び、まず放ったのは魔法――ではなく、空間叩き潰しだ。

 めしょっ、と広場にいた魔物の大部分がこれでぺしゃんこ、戦闘不能となる。さらに魔法ぶっ放し班が続き、残る魔物たち目掛けて魔法をばかすか叩き込み始めた。ミーネもきゃっきゃしながら魔術をぶっ放している。楽しそうで何よりだ。


「なあ! これってさ、俺たちっている!?」


 そう尋ねてきたのはネイである。

 この様子を見ていると、もうこれで何とかなるように思えてしまうが……、さすがにそこまで楽な展開にはならなかった。


「ふむ、強い個体が残ったのう。ではここからは各個撃破じゃ! 魔法隊はくれぐれも誤射には気をつけるように! ここなら何とでもなるが、本番はそうもいかんのでな!」


 作戦が次の段階に移行し、待機していた者たちが残る魔物の掃討にかかる。

 すでに広場を埋め尽くしていた魔物はほとんど倒され、生き残った強個体の数もそこまで多くはない。寄って集ってボコボコにするのでそれほど危険も無く、殲滅は速やかに行われていく。

 ただ、この階層のボスとして用意された巨大スライムはさすがに手強かった。いや、強いと言うよりもタフなのか。

 バートランの爺さんを始めとした、戦闘力の高いメンバーがこれでもかと攻撃を叩き込むことでようやく撃沈することができた。


「よし! 集合! ちょっと休憩じゃ!」


 初めての模擬戦が終わり、シャロが皆を集めて休憩を取らせる。

 戦闘開始から、殲滅完了までおよそ三十分ほど。

 これはなかなかの好成績だと思う。

 実際のスナーク、特にその階層の主となっているであろうバンダースナッチはもっと手強いのだろうが、それでも三十分ほどで広間に湧いたスナークもどきを殲滅できたのは見事である。

 しかし……、これではダメだ。

 これほど速やかに殲滅しても、三十分はかかってしまう。

 登る階層は六十八層。

 かかる時間は単純計算でも三十四時間。

 ここに移動する時間、さらに苦戦した場合、不測の事態が起きた場合などを考慮すれば必要となる時間はもっと増える。

 そしてこの時間が、そのまま六門軍が戦い続ける時間になるのだ。

 死者を出さないためにも、防衛する時間は少なければ少ない方が良い。だが時間短縮のためには塔の攻略を急ぐ必要があり、無理を強いれば今度はこちらで死者が出る。

 何か別の、もっと時間を短縮できるような方法は無いだろうか?

 ああいや、有るには有る。

 だがそれをやると、悪神を逃す確率が非常に高い。

 それではダメだ。

 それは後の世に問題を繰り越すだけになってしまう。

 だから……、他の方法でなければ。

 例えば、そう、まず何層かはこうやって攻略して、そこからは俺が神々の恩恵使用による強化状態で各階層のスナークを精霊化させ、そいつらを味方に付けて進んでいくというのはどうだろうか?

 可能――、いや、危うすぎるか。

 その場合、俺はタイムリミットを抱えることになり、本当に時間との戦いとなる。俺がぶっ倒れたらすべて終わり。もし予想よりも時間がかかるとわかっても、もう取り返しが付かない。


「御主人……、様?」


 内心、焦りまくりな俺の顔をサリスが窺ってくる。

 様子がおかしいと感じたのか?


「ん? ああ、少し、考えていてね」


 そう言って誤魔化し、何とか案を捻りだそうと考える。

 せめて昨日のうちに塔の広さを把握しておけば……。

 いや、昨日は昨日できることをめいっぱいやっていた。

 さすがに考える余裕が無く、知ってしまった場合はそこに思考のリソースを割くことになって別のところが詰まっただろう。

 なら色々片付けた夜だったら?

 眠らなければよかったか?

 しかし体調が万全の状態ならいざしらず、後々のためにも今は休息することも必要、そこは割り切るしかない。

 だから――、今が最短、ここでどうにかするのが最速だ。

 こうして俺が精神の立て直しをしていたとき――


「レイヴァース卿、一つ提案がある」


 そう話かけてきたのはガレデ――、ではなく、サイ・オークだ。


「あー、提案か。どんな?」

「卿もすでに理解していると思うが、塔の攻略にかかる時間は短ければ短いほどよい。しかし単純な侵攻では何十時間とかかる。――だから、敵は私たちに押しつけて卿は先に進め」

「な――」


 サイ・オークには俺の苦悩がお見通しだったらしい。

 かつてこいつが搭載していた読心回路とでも言うべきものは決戦の際についでにぶっ壊しておいたはず。なら単純に推測したのか。

 困っているところにせっかくの提案だったが、さすがにそんな作戦を採用できるわけもないし、まずそもそも通るわけがない。

 だというのに――


「はは、それはいい。大闘士殿を無駄に待たせるわけにはいかん」

「大闘士殿に任せていただけるなら、これほど名誉なことはないな」


 サイ・オークの無茶な提案に、賛同したのは筋肉バカどもだ。

 まあこいつらはノリで言っているようなもの――


「……?」


 いや、そうじゃない。

 俺は今回集まった者たちを見回し、やっと気づく。


「ふざけんな! 俺にお前たちに死ねと言わせる気か!」


 つい咄嗟に叫んでしまって、取り繕っていたのが台無しになった。

 集まった者たちはバカじゃない。

 いやまあバカみたいなのも混じっているが、それでもこの塔攻略には時間がかかってしまうことくらい把握できていたのだろう。

 バートランの爺さんと話したときに感じた違和感の正体はこれだ。

 塔を登ることの困難さをまだ知らなかった俺と、すでに知っていた爺さんとの意識のズレ。俺は外の防衛力の不足について話していた。でも爺さんは自分が外に回されるようなことにはならないと確信していた。だから違和感があった。


「だが、それ以外に方法はあるまい。もちろん、状況はそれを行うことすらも難しい。私たちも考えてみたが、なかなか良い案が浮かばなくてな」


 確かにそうだ。

 押しつけるにしても、塔を登って行かなくちゃならない。上の階のスナークを押しつけるためには、生贄を引き連れて行く必要がある。

 状況は厳しい。

 だが、それでも、俺は犠牲を勘定に入れた作戦は嫌だ。

 必死こいて『誰も死なないかもしれない防衛戦』を提案したのに、どうして塔攻略は『誰かは生き残るかもしれない作戦』を考えなくちゃいけないんだ。

 つか集まった連中も連中だ。

 なに『それもやむなし』みたいな顔して受け入れようとしてんだ。

 ふざけんな、俺の周りはバカばっかりか。

 どいつもこいつもバスカーみたいに尻尾振って引き受けようとするんじゃねえよ。

 それじゃあダメなんだよ、俺の気分が悪いんだよ。

 助けられたシアの気分だって悪いだろうよ。


「サイ・オーク、おまえの提案は却下だ」

「却下だと?」

「ああ却下だ。待て。ちょっと考えるから。なんか冴えたやり方があるはずだから待て。考えさせろ」


 そうは言ってみたが、まいった、何か思いつけるという予感が無い。

 くそっ、愚痴る相手もいねえ。

 もうなんだか泣きたい気分になってきたが、そこで魔導袋からカラ揚げを出してはひょいひょい口に運んでいたお嬢さんが言った。


「まとめて一網打尽とかできたらいいのにね。ほら、最初の冒険の書の大会のとき、あなたがやられたみたいに」

「ああ? あー、あれか。そうだな……」


 俺が率いるコボルト軍団が誘い込まれてまとめて燃やされたアレか。


「そりゃそんな都合のいいことが――」


 と言いかけ、言葉を止める。

 何かが引っかかった。

 そしてそれを壊さないようにそっとたぐり寄せたところで、ふとした疑問が浮かぶ。


「可能――、かもしれない……、のか?」


 作戦は複雑化する。

 実現可能か、不可能かは、実際にバベルへと辿り着くまでわからない。

 しかし可能性はある。


「集合! ちょっと話を聞いてくれ!」


 この思いつきがふっと消えてしまわないうちにと、俺は皆を集め急いで考えたことを説明する。

 驚く者、呆れる者、愉快そうに笑いだす者、色々いたが、これが実現できれば被害は抑えることができる。


「わかった。それでいこう」


 そう言ったのは、話を聞いて笑いだしたバートランの爺さんだ。


「結局、防衛ではなくこっちで戦ってもらうことになりました」

「ふふ、そうなったな。だがこうなると、決死隊という名称はあまり相応しくないかもしれん。ここは外で戦う軍に合わせてみんか?」

「あー、そうですね。決死隊というのはよくない」


 便宜的に決死隊と言っていたが、それは死者が出まくっても求める戦果をもぎ取るための部隊だ。

 塔で戦う者たちが、それに相応しくあってもらっては困る。


「じゃあ色を決めないとね! んー、じゃあ黄色とかいいんじゃない? ほら、あなたって雷撃だすし、雷って黄色っぽいし!」


 ミーネがそんなことを言いだした。

 発想はこいつの言葉がきっかけだったし、ここは尊重するとしよう。


「んー、じゃあ黄色でいいか」

「うん、黄色ね!」


 こうして塔の攻略に関わる者たちは黄色を冠した軍ということで『黄軍』と決まる。

 いや、他と合わせるなら『黄門軍』か。

 ……。

 黄門……?

 いや、まあこっちの言語からすればなんの関係も無く、俺が気になるだけだからいいんだけども。

 でもなぁ……。

 シリアーナ姫を救出する軍が黄門軍か……。

 あとでシアに何か聞かれても知らんぷりすることにしよう。


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― 新着の感想 ―
[一言] いや、もう、なんというかね、ほら、ねえ?
[一言] 全ては尻に収束すると言うことか…いやホント、この状況でもネタに持っていくその手腕、見事と言う他ないですね。
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