第690話 14歳(春)…猶予一日目・迷宮庭園
朝食後、俺はさっそく迷宮庭園に向かうことにした。
ここで飛行訓練を行うデヴァス、それにつきあうシャロは別行動となる。
「それでは、行って参ります」
「ああ、頑張ってくれ。シャロ、頼むな」
「うむ、任された。まあわしは指示が終わり次第、すぐそちらに合流するんじゃがな」
こうして二人と別れたのち、俺は庭園へ移動。
これには皆だけでなく、妖精たちもついてきた。
「いやほら、普段通りにしていたらいいんだろ? こうして気が向いたからついていくってのも普段通りってわけさ」
そう言うのはピネ。
殊勝な――、本当に殊勝なことに妖精たちは何か協力しようとしてくれているらしい。
気持ちはありがたいのだが、困った。
マジで特に必要ないから放置していたのだが……、まあやる気があるなら庭園内の連絡係としてこき使ってやってもいいかもしれない。
そんなことを思いつつ庭園を訪れると、六つの門の中心に昨日までは無かった塔が生えていた。
クマビジョンの映像は、あの塔の上からのものだったのだろう。
と、そこで地面からイールがにょきっと現れる。
「どうもどうも、おはようございます」
「ああ、おはよう。なあ、あの塔なんだけど……」
「はいはい。あの塔はですね、ほら、バベルの塔の複製を依頼してきたじゃないですか、あれの先っぽ部分なんですよ。ロシャさんからですね、塔をすべて埋めてしまうのではなくある程度は地面から出してくれとお願いされたので。軍の動きがよく把握できるように、ということらしいですよ」
「あー、そういう理由でか」
納得である。
ひとまず埋まっている部分は『地のバベル』で、地上に出ている部分は『バベルの先っぽ』と呼ぶことにした。
「バベルの先っぽって……、ま、まあいいでしょう。ちなみにあの先っぽは精霊さんたちでもわからなかった部分なので、ロシャさんの要望に応じて各国の指導者や呼び寄せた相談役の人たちが宿泊できるようになっています。最上部は下を一望できる屋根無しの展望台で、皆さんは今そこに集まっていますね」
「わかった。じゃあまずはそこへ向かうか」
さっそく『バベルの先っぽ』最上部にある展望台へ向かい、ロシャに現在の状況を聞かせてもらうことにする。
そして到着した展望台、そこから見渡すと、庭園と古代都市を繋ぐことになる『門』は『バベルの先っぽ』からずいぶんと距離を空けて配置されていることが改めて把握できた。
「ヨルド側に設置する門は、背後を取られる危険性を無くすためバベルの塔のすぐ側面に置くことにした。この塔から門までは空白地帯があるように見えるが、それはこの塔が地中に埋まっている塔の先端部でしかないからだな。実際は六つの門を結んで出来る円が、バベルの一階部分の広さにあたる」
ロシャが言うには、集結した軍の展開訓練はこの『門』の外側を古代都市、そして内側をこの庭園と想定、強く意識させながら行われているようだ。
「現在は展開の最適化を行っている。こちら側でどのように配置しておけば、向こうで速やかに陣形を組めるか、とな」
要は『門』を飛び出す順番決めか。
「横幅の広い巨大な門だが、それでも軍がまとめて出撃するには窮屈だろう? さらに広くすることは可能だ。しかし門を広くしすぎると、軍の展開中、スナークに押し込まれるという危険も高くなる。得策ではないんだよ」
「なるほど、そういう理由ですか」
「極端な話、正確な位置を把握できれば、シャロなら門の外側に展開させた軍をまとめて現地に飛ばすこともできるのだが……」
「それは手っとり早いですね」
「だろう? まあそれでは軍をただスナークの中に放り込むことになってしまうから、実行は出来ないのだがな」
「ですよねー」
いくら手っとり早いとは言え、まずは防衛戦を行う場所を作り出さないことにはどうにもならない。
「ところでロシャさん、王様たちのあの格好はなんなんですか? ってか下で頑張ってる人たちもみんな同じ恰好ですよね」
話が一段落したところで、俺は個人的にちょっと気になっていたことについて尋ねてみた。
展望台にいる王様たちも、下の兵たちも、まるで運動会にでも参加するような半袖短パン――いわゆる体操着的な格好をしているのである。
「あれか。もうなりふり構っていられない状況なので、とにかく活動しやすい格好をさせることにした。何気に楽だと好評だよ。ただあれでは誰が王かわからなくなるのでね、とりあえず国の代表には金色の帽子をかぶせた。胸と背中の文字は国と自分の名前だ」
「な、なるほど……」
俺が寝ている間に庭園では革命が起きていたようだ。
「兵の方も同じように区別がつくようにしてある。まずは六つの門を白門、黒門、赤門、青門、緑門、紫門と名付け、星芒六カ国の軍を軸とする連合軍も、担当の門に合わせて白門軍、黒門軍――ということにした。これらを総じて六門軍。まあそのままだな。兵は配備されることになった門の色の服を身につけ、指揮する者はそれとわかる帽子を被るなど、見てわかるようになっている」
合理的なのは確か、ロシャはよくやってくれている。
でも、いい大人たちが誰も彼も体操着を着て活動しているという様子は、俺の感覚だとちょっと異様に思えてしまう。
リマルキスは年相応な感じだからいいんだが。
「ん? お気に召さないかね?」
「あー、いや、そういうわけではないんですよ。ただ王様たちに元気が無いように見えるのは、もしかして格好のせいなのかなと」
「いやいや、そこは疲れだよ。徹夜だったからな。実は休んで構わないと言ってあるのだが……、眠れないのだろう、とても。それでここに集まってしまっているのだ」
王様たちも不安か、そりゃそうだ。
民衆の不安に対しては少しでもやわらぐようにと手は打ったが、王様たちは放置だった。忙殺されていれば気も紛れるものの、現状では座して見守るのがお仕事。これはつらいか。
何かリラックスさせられるようなことはないかな、と考え始めたところ――
「しけたツラしてんな! 元気だせって、なんとかなっから!」
ついてきたピネが顔色の悪い王様に絡み始めた。
あいつ本当に物怖じしないな。
まずいと判断すると即座に下手に出るが。
「元気でねえか? しゃーねーな、よし、おーい、イール!」
「はいはい、なんでしょう」
ピネが呼びかけると、床からイールがにょきっと生えてくる。
「このオッサン元気がねえからさ、ちょっとお前を叩かせてやってくれよ」
「え!?」
これには王様びっくり。
「いいですよー」
「ええっ!?」
イールの返答を聞いてさらにびっくり。
「まあ叩いてみろって。ほれ、こうこう、こうだ」
ピネがイールの上にぺたんと座り込み、小さな手でぺちぺち叩く。
するとそれを見ていたミーネが言う。
「手本を見せてくるわ」
「おっ、じゃああたいも」
と、ミーネに続いたのがティアウル。
イール引っ叩きの先駆者二人組である。
さらに、ジェミナとリオも向かい、四人はピネが乗っかったイールを囲んでぺちぺちし始める。
いったい何が始まったのか、と他の王様たちが怪訝な様子で見守るなか、四人はイールをぺちぺちしてはぷるぷるさせる。
やがて、ピネに絡まれた王様がふらふらとイールに近寄ってしゃがみ込み、四人に加わってぺちぺちし始めた。
「……ふふ」
厳しかった王様の表情が少しやわらぐ。
するとその様子を見て、他の王様たちも吸い寄せられるようにイールに近づいて行った。
結果、イールをぺちぺちする順番待ちの列ができる。
「おっと、私ったら大人気ですね。待たせるのも悪いですし、ちょっと分身を出すので皆さんそちらもどうぞ」
こうして展望台は巨大なスライムだらけとなった。
このスライムを王様たちはだいたい四人くらいで囲んで一心不乱にぺちぺちである。
名前付きの体操着を身につけた大の大人たちが、うっとりとした表情でスライムをぺちぺちしている光景は、正直なところ異様と言うしかなく、事情を知らない者が見たら邪悪な儀式でも行っていると勘違いしてもおかしくないだろう。
しかし、スライムに夢中な王様たちの中には、お互いで戦争をやっているような王様たちもいる。
今だけかもしれないが、それでも仲良くスライムを囲んでいる。
その様子は、すべてが無事に片付いたなら、一時的にでも国同士の争いが収まるのではないか――、そんなことを俺に想像させた。
と、ここで別行動していたシャロが合流。
「な、なんじゃ!? なんじゃこの有様は!? 儀式か!? 邪悪な儀式か!?」
いかん、事情を知らないシャロは大混乱だ。
本当にびっくりしているようだったので、落ち着いてもらうためこの実にしょうもない経緯を説明した。
「とまあ、そういうわけなんだ」
「……」
シャロが何とも言えない表情になってしまった。
経緯はわかったが、納得してよいものかどうか悩んでいるようである。
「えっと……、それでロシャさん、今日はこの展開訓練を続けるわけですか?」
「ああ。他にも展開後、補給はどのように行うか、負傷者はどのように退かせるか、そういったことも確かめる予定だ。これには迷宮の運搬人――デリバラーの手を借りようと思っている」
「デリバラーですか……」
運送能力、迅速さ、そして度胸。
魔物蠢く迷宮を仲間のためと駆けるデリバラーならば、この未曾有の戦場も駆け回ることができるかもしれない。
「今日の内に目処を立てておきたいのはこれくらいだな。明日にはイールに魔物の軍団を用意してもらい、実際に戦闘を行う予定だ。その結果から問題点を洗い出し、修正を行った後さらに実戦訓練。これを繰り返し、最終日までにはひとまずの形にする」
ロールシャッハ――若い頃のシャロの姿をしているロシャは本当に頼もしい。
たぶん昨日から今日まで問題が起きなかったわけではなく、ロシャが上手く起こさないようにしてくれていたのだろう。
「わかりました。ではロシャさん、引き続きこちらをお願いします」
「うん、任された。君は?」
「僕はこれからこの塔がどうなっているのか把握して、どう攻略するかを考えます」
六門軍と名称のついた連合軍の様子を確認した俺は、それから『地のバベル』へ向かうことにした。
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/01/28




