第688話 14歳(春)…しめやかな夕食
庭園には意見のまとめ役兼相談役としてロールシャッハ状態のロシャに残ってもらうことにした。そのロシャの補佐はヴィルジオが務め、預けてきたプチクマは庭園の様子をクマ兄貴に送ってくれる。クマ兄貴は自分の顔のすぐ前に小さく向こうの様子を投影させており、何かあればすぐにわかるようになっている。
現在、向こうはイールが配置した六つの『門』を軸として、どのように防衛戦を行うか、スナーク戦の専門国である星芒六カ国の王と代表、そして召集された関係者を交え話し合いを行っている。
「おお、戻ったか」
王都屋敷に戻ると、急に騒がしくなったからだろう、まずは父さんが現れ、それから母さん、セレスとコルフィーとミリー姉さん、そしてクロアが集まってきた。
「その、会議はどうだった? 王様たちは協力してくれそうか?」
心配そうに父さんが聞いてくる。
「うん、大丈夫だよ。さすがに世界の危機だからって、すんなり協力してくれることになった」
「そうか、そこは何とかなったか」
『……』
一緒に戻った皆が何やら言いたげな感じである。
ちょっとばかし端折ったけど嘘は言っていない。
「それで……、父さんたちは何をしたらいい? 戦いに参加すればいいのか?」
「え? いや、父さんたちはクロアやセレスと一緒に屋敷に居てくれればいいよ?」
「息子が世界の危機に立ち向かおうとしているのに、そういうわけにはいかないだろう」
「そうね。もう引退してずいぶんになるけど、まだそれなりに戦えるのよ?」
「それはわかるけど、二人には屋敷に居てもらいたいんだ。何て言うか……、気が散るから。屋敷に居てくれた方が気が安まる」
「気が散るって……」
父さんは納得できないようだったが――
「んー……、これは駄目みたいね」
母さんの方はすんなり諦めてくれた。
「え? リセリー? 納得しちゃうのか?」
「この子がやりやすいようにしてあげるのが一番重要だから」
「そ、それはわかるが……」
「誰の心にもね、限界はあるの。今は特に大変でそれを――、っと、まあともかく、ここで意地を張って作戦に参加しても、この子にとっての気がかりを作るだけになってしまうわ。それにあなた、ベリア学園長が自分の弟だったことの動揺が収まっていないでしょう? それを引きずったまま戦いに参加するの?」
ベリアが父さんの実弟という事実は驚きだったが、父さんからすればその程度の話ではないだろう。
父さんはしばし考え込むことになったが、やがてしょんぼりしてぽつりと言う。
「不甲斐ない親ですまないな」
「そんなことないよ。これはさ、ここで頼れるとか頼れないとかじゃなくて、二人には屋敷に居てもらいたいっていう、俺の気持ちの問題なんだ。俺は二人の息子で良かったと思ってるよ」
「……そうか」
父さんは困ったような微笑みを浮かべ、それから俺の頭を撫でた。
ずいぶんと久しぶりのような気がする。
と、そこで――
「ごしゅぢんさま、ごしゅじんさま、シアねーさま、もどってきてくれますか?」
セレスが心配そうに尋ねてきた。
さすがに状況を正確に把握しているわけではないのだろうが、それでもシアが連れて行かれ、それから誰も彼もが浮き足立っている状態に言い知れぬ不安を感じていたのだろう。
俺は元気づけようと微笑みながら言う。
「大丈夫、シアは戻って来る。ってか兄ちゃんが迎えに行くから。悪い神様にメッってして、返してもらうからな」
実際はぶっ殺す気だが、そこを正直に話すのはセレスの情操教育によろしくないので柔らかい表現で誤魔化しておく。
「兄さんは大丈夫なの?」
セレスを安心させていたところ、今度はクロアが尋ねてきた。
「ああ、大丈夫だ。楽勝ってわけにはいかないが、そこは何とかするさ。今まで通りにな」
「うん……」
と頷いたクロアだが、そっとアレサの顔色を窺っている。
まずい。
これはまずい傾向だ。
心配かけすぎて、クロアの信用が無くなってきている。
「ほ、本当だよ? 兄ちゃん大丈夫だよ?」
「兄さんの大丈夫って、普通の人の言う大丈夫とずいぶん違う気がするから……」
「ぐふ……!」
聡明なクロアの言葉が心に刺さる。
いや皆さん、うんうん頷いてないでフォロー、フォローをお願いします。
△◆▽
家族と話したあと次の行動に移ろうとしたのだが、自主訓練に行っていたミーネがひょっこり戻って来て言った。
「ひとまず夕食にしましょう」
「戻るなりおまえは……。まあ慌ただしいことになってゆっくりできなかったし、みんなは夕食を――」
「みんなじゃなくて、あなたよ。病み上がりなんだから、ちゃんと食べないと駄目だと思うの」
「む……」
確かにこれまで水分補給くらいしかしていない。
ってかずっと緊張状態なせいか気持ち悪くて、あまり食事という気分ではなかったのだが……、でも食事を抜くのは良くないな。ミーネの言う通り、今の俺は特に。
「うん、食事くらいちゃんととるか」
「そうそう、はい、みんな食堂ね、私もお腹すいたわ」
ミーネの強引な勧めがあり、ひとまず皆で食事をとることに。
なるべく時間をかけないようにと、夕食は魔導袋に保管してあった料理を並べるだけにした。それでもミーネの魔導袋が開かれると、食べ放題バイキングになっちゃうのだが。
「もごもごごごん」
さあ召し上がれ、と言うミーネはもう思いっきり頬張っている。
クマ兄貴が映し出す庭園の様子を眺めながら食事をとっていると、なんだかニュースを見ながらメシを食っているような気分になってくる。
「ティアウル、悪いけど食事のあとヴィルジオに差し入れを持っていってくれるか。王様たちには庭園なら好きなだけ補給ができることを知ってもらうためにイールが食事を用意するが、アレのことを知っているヴィルジオはあんまり口にしたくないだろうからさ」
「わかったぞ!」
今回のことでイールは各国に恩を売ることになったが、かつて奴が何をパワーに変えていたか(今でも変えてると思うが)知られると問題が起きそうなので何とか隠し通さなければならない。
それからも食事は続いたが、状況が状況なので会話の弾む賑やかな夕食ということにはならなかった。
と、そこで倶楽部への伝達をお願いしたパイシェが戻って来る。
「ただいま戻りました」
「おかえり。ひとまず食事をとりながらでいいから報告してくれ」
「はい。上級闘士に事態を伝達し、現在は参戦希望者がどのくらいになるか把握を急がせています。個人の事情、実力的な問題、さすがに闘士すべてが参加とはいかないでしょうが、それでもかなりの数になるのではないかと。特に聖地ロンドの者たちはそこらの兵よりも遙かに活躍してみせると意気込んで訓練をしていますよ。すぐにでも動けます」
気持ちが逸ってしまって筋トレか……。
まあ今回ばかりは頼もしいことだ。
「わかった。パイシェは食事のあと、庭園に行って闘士代表として話し合いに参加してくれるか」
「了解しました。レイヴァース卿はこの後どうするのですか?」
「錬金術ギルドの本部に向かおうと思っている」
「ん? ああ、ポーションですね」
「庭園に戻ればどうにかなるが、ある程度の怪我ならポーションで対処してもらいたいところだからな。なるべくなら多めに提供してもらえないかとお願いに行くんだ」
「猊下の仰る通りですね。聖都からは聖女も参戦しますが、全員で範囲回復魔法を使ったとしてもすべてを補うことはできませんから」
「うん。あとは……、アレ。『悪漢殺し』を製造するために必要な薬草がどれくらいあるか確認したい」
そう話していたところ――
「あの、御主人様、少しよろしいですか」
「うん?」
サリスが話しかけてくる。
「御主人様でなくともかまわない仕事は、代役として私たちに任せていただけませんか? 御主人様にはなるべく休息をとっていただきたいので……」
「そうじゃの。婿殿の体調が万全であればまだよいが、今は病み上がりじゃからな」
「同感だな。んじゃあ……、錬金術ギルドは私が行くよ」
そう名乗り出たのはリィだ。
「あの酒の誕生にも立ち会ったし、一応は加護も授かった。私なら邪険にされることもないだろ」
確かに休めるところは休んでおいた方がいい。
ここは厚意に甘えておくところか。
「あー、じゃあリィさん、お願いします。もしかするとギルドに入り込んでいる闘士たちがすでに薬草汁の製造をしているかもしれないので、あった場合はそれを持ち帰ってください。明日から『悪漢殺し』の製造にとりかかります」
そのためには闘士倶楽部の聖地であり『悪漢殺し』の製造所になっている国境都市ロンドへ向かう必要があるが、去年の年の暮れ、聖都のお祭りの際にシャロに無理言って精霊門を拵えてもらったので屋敷からそのまま行ける。
基本は緊急時や重要な用件に限り利用、としておいたが、今回がまさにその状況だ。
「猊下、製造には力を使うことになりますが……」
「まだ万全ではないけど、明日はもうちょっとマシになってるだろうからさ、仕上げに必要な放電くらいどうにかなるよ」
それから俺は皆に任せられることは任せようと、仕事を割り振っていった。
こうなると俺がやるべきことは……、ああ、あれだ、ルフィアに依頼した記事のチェック。これは俺が行わなければならない。
「もごごご?」
と、そこで食事を続けながらミーネが尋ねてくる。
「今日の所は特にない。でも明日はイールが庭園に塔を再現してくれるから、その確認に同行してくれ。戦場となる場所の下見は重要だろ? 魔物を用意してもらって模擬戦も行う予定だから一応訓練にもなる、かもしれない」
「もご!」
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/05/14




